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閑話:縄張りの整理整頓


******



 先日、なんだか理解出来たような出来ていないような、仮初契約改め、お試し契約が始まった私達。


 

 ある日の週末のこと――



「鈴、明日は休みだったよね? 俺も丁度休みなんだが、どこか出掛けないか?」

「明日ですか? すみません……実は、部屋のいらないものを整理しないといけなくて」


 服をため過ぎないように敢えてコンパクトなタンスを置いているのだけど、それがもうパンクしてしまいそうなほど溜まっていて、いい加減整理しないさいと母から言われていたのだ。

 久遠さんを優先してあげたいところではあるけれど、明日絶対にやると母と約束している以上はやらざるを得ない。


「だったら俺も手伝うよ。ほら、ついでに部屋の模様替えとかをするなら棚でもなんでも俺が持つし」

「久遠さんがうちに来るってことですか? 久遠家の規模に比べたら事務所を除けば我が家の生活空間なんて、物置程度ってご存じでしょう? 久遠家を見たことはないですけど」


 ひよこ貯金箱を割ろうとした時に、ある意味でドキドキなサスペンスを想像した久遠さんが以前部屋に入っている(追い掛けて来た)けれど、あれとは事情が違う。この友達以上恋人未満な関係でいいのだろうか?


「鈴、誤解しているようだけど、俺が今生活しているのは小さな独身寮だよ。実家は……小さいとは言わないが、昔から引き継いできた古いだけの建物だ。それを引き継ぐのは兄であって、俺じゃない。それに碧海のご実家だって、決して小さくはなかったじゃないか。俺としてはあれくらいの方が家族の息遣いが感じられていいと思うな」

「そう思って下さるのでしたら……」


 結局、久遠さんに押し切られ、お手伝いをして頂くことに。こんなことをお試しの最中にさせてしまって良いのだろうかと思ったけれど、(縄張り)に招かれるのは気を許している証拠なので、了承されただけでも嬉しいとか。


 現状は両親の縄張り内に間借りしているような感覚だったけど、そう言われてみたらそうなのかと気付く。



 そして翌日――



「久遠さん、今日は宜しくお願いします」

「力仕事は任せてくれ。部屋は二階だったよね?」


「はい、こちらです。どうぞ」

「……!」


 階段を上がり切ったところで、久遠さんが急に私の前に出て、口元に人差し指を立て、そのまま止まるようにとハンドサインを出した。


『なにか嫌な気配がする。念の為、後ろに隠れて』と小声で言われ、緊張が走った。久遠さんが来る前にも私は部屋にいたのに全く気付かなかった。


 ドアを思い切り開放し、久遠さんが中へ入るや「なぜお前が!?」と叫ぶ。


 漏れ聞こえた馴染みある相手の声に、こっそり顔だけ覗かせると、そこにいたのは私の机の椅子に腰掛けながら、久遠さんに用意しておいた焼き菓子と、我が家で一番高い御抹茶を優雅に飲んでいる朱羅兄だった。


「え?」


 あたかも呼ばれていたかのように、当たり前に部屋にいる朱羅兄。一瞬、私が約束を忘れていたのだろうかと記憶を掘り起こしてみたものの、覚えはない。


「やあ、鈴。窓の鍵は必ず閉めるよう言っているだろう? 不用心だよ」

「忘れていたんじゃなくて、換気をしようと思って、って違うよ! 朱羅兄、どうしたの?」

「不法侵入も甚だしいな」


 久遠さんがわかりやすく苛立っている。


 この二人はどうしても合わないようで、朱羅兄がいる時の久遠さんは、ずっと眉間に皺が寄っている。


「どうしたとは酷いな。鈴が得体の知れない者と二人きりで部屋に籠るらしいと聞き、危険が及ばぬよう、こうして馳せ参じたというのに」

「得体って……出仕先が一緒なんだから、私以上に知ってるでしょ!」


 わざとらしくやれやれとポーズを取り、最後の一つとなった焼き菓子をパクリと摘まむ。


「そうだったかな? 顔見知り程度でしかないよ」

「その通りだな」

「そんなことある!?」


「あー!! それより、机の上に置いてあった焼き菓子、全部食べちゃってるじゃない!? 久遠さん用に朝焼いて用意したのに……ハァ、お茶菓子他になにかないか探して来なきゃだよ」

「え、俺の為に作ってくれた焼き菓子!? それがない、だと?」


 朱羅兄と私の間に立った久遠さんの背中からは、なにか禍々しいオーラが見えるような気がする。食べ物の恨みは怖い。

 そうと気付いていても、全く気にもせず上機嫌な朱羅兄はひらひらと半分齧ったお菓子を見せびらかす。彼のメンタルはどうなっているのだろうか?



「鈴、これは黒の兎月に教わったという菓子かい? また腕を上げたね。とても美味しかった」

「えへへ、そうでしょ? 簡単なのに、味は一級品だよね……って、それなのに食べちゃうなんて!」

「客人用とは気付かずにすまなかったね。代わりに持参した羊羹で許しておくれ」


 見るからに高級感溢れる金塗りの小さな箱。こ、これはっ! 一日十本限定の幻の羊羹では!? これで久遠さんに美味しい羊羹が出せる! さすが朱羅兄だ。


「久遠さんこの羊羹知ってますか? もう発売当初から大人気で、その姿を拝むことすら難しいって言われてて」

「俺は、羊羹なんて望んでない。鈴の焼き菓子が食べたかったのに……」


 久遠さんが今度は壁の方を向いてなにかブツブツ言っている。先程までの禍々しいオーラは鳴りを潜め、今度は哀愁を漂わせていた。


「どうやら客人は羊羹があまり好みではないようだ」

「羊羹は甘過ぎて苦手ということですか……では、干し肉ならどうでしょう? 父が多分どこかに隠し持っていると思うので探して来ますね!」

「違う、待ってくれ! 俺はなんでも食べるけど、鈴が俺の為に用意してくれた焼き菓子が食べたかったってだけで」


「しかし、今から材料を揃え、作り直すには時間が掛かってしまい、片付け作業に支障をきたしてしまうからね。よし、私が片付けは手伝うから、客人には帰って貰えば良いのではないか? なに、ここまで足を運んでもらった手間賃くらい、私が彼に支払おう」

「オイ、なにをふざけ……鈴、どうした? なにが悲しいんだ?」


「うぅっ、手間賃……そうですよ。私ったら副隊長様を焼き菓子という、報酬にもならないもので、言わばタダ働きさせようとしていたなんて!」

「鈴、片付けの手伝いだろう? それに俺が行きたいと願い出たのに、報酬なんているわけないじゃないか。付き合っている女性から報酬をもらう男がどこにいる?」


――ヒュッ!


 風を切るような音と共に、私と久遠さんの間に赤茶羽根の扇子が差し込まれ、顔の前でパッと開かれる。


 ちょうど視界を覆うように広げられている為、朱羅兄と久遠さんの顔が見えない。


「……客人、言葉を間違えては困る。()()()()()()()()だろう? 勝手に鈴の男面しないで頂きたいね」

「そこは……ちゃんとわかっている。ただ、わかりやすく伝えたかっただけだ」


 パチン、と扇子を閉じ、今度は扇子の先を久遠さんの鼻先へ向けた。


「そう……だが、このように交際を偽り、不埒なことを目論む可能性がある輩が鈴に近付いたと知りながら、私が放置するとでも?」

「不埒……? そんなこと目論んではいない!」

「そうだよ、朱羅兄が今のは悪いよ。久遠さんはそんな考えを持つような人じゃないし。そもそも私だよ? 極めて平凡な女子代表だし」


「鈴は平凡なんかじゃない」

「しかし、その平凡女子代表に好意を持っていると彼は言ったのだろう?」

「そっ、それはそうだけど……でも、初対面では未成年に間違えられたくらいだよ? 誘惑すら無理だよ」


「あの時は、」

「ふむ。確かに未成年と思うような者に、久遠殿のように真面目な隊員が手を出すなど、()()()()()()()ことだな。心から詫びよう。疑ってすまなかったね」

「朱羅兄は早とちりし過ぎだよ」


「そう拗ねるな、許しておくれ。私の可愛い鈴が騙されているのではないかと、心配する気持ちもわかるだろう?」

「それは、まぁ……」

「ちょっと待て。朱羅、お前の鈴でもないだろう? お前こそ紛らわしい言い回しをするな」



 こうしてまた二人が揉め始め、全くなにも作業が行われないまま無駄に一時間が過ぎた。



 これなら一人でやった方が良かったんじゃないかと思い始めたところ、敏感にその辺りの空気を読んだらしい朱羅兄と久遠さんが、いそいそと協力しながら掃除を始めていた。



 揉めずにやろうと思えばできるのなら、初めからそうして頂きたい。



***



 元々物の少ない部屋の掃除はスムーズに終わり、いよいよ私の洋服タンスの整理に取り掛かる。


 仮にもお年頃女子のタンスを、魅力的な花の独身男性に公開することになんら抵抗もないのか? と問われれば、ないわけではない。

 だけど、中に収められているのは陽兄やアキちゃんのお下がりが大半を占めているので、自分の物であって自分の物でないような感覚がある。

 

 久遠さんに未成年に間違えられたのは小ささもあるだろうけど、服装が子供服っぽいものを着用していたことも要因だと思う。子供時代のお下がりが多いので仕方がないのだけど。


「今回も随分溜まったものだね。相変わらず処分が苦手なのかい?」

「うぅ……だって、まだ着れるなぁとか、これはアキちゃんが大事に着ていたやつだなぁとか、これなんかは珍しく私のサイズにも合っててとか、そう思うと捨てられなくて」

「物を大切にすることは悪いことじゃない」


 久遠さんがフォローを入れつつ、「少し見ても大丈夫?」と言って、掛かっている服をざっくりと見ていた。


「全て処分じゃなくても……あ、これとか、とても刺繍が美しいチャンパオじゃないか。桜ベースの襟や袖は、鈴の髪色に合わせたのかな?」

「それは私もお気に入りなんです。実は、」


「久遠殿も中々お目が高いね。それは私の青年期の服を女性物に作り変えたのだよ」

「朱羅の……」


 このチャンパオは朱羅兄の着ていた服なので、もちろん質が良い。ここぞという時にしか着ていないので、まだまだ現役で行けそうである。

 元は綺麗な花の刺繍が施された赤系のシンプルなチャンパオだった。そこに桜色の生地と合わせて素敵なワンピース風に仕立て直し、誕生日プレゼントとはまた別枠で渡されたものだ。

 

 袖は腕の辺りは細目で、先へ向かってふんわりとバルーンのようになっている。スカートはAラインのような広がりはなく、ほぼストレート。洋風が合わさったチャイナドレスのようなデザインだ。


「取り出してみると結構ある……どうしよう」


 取り敢えずベッドの上に一通り服を並べてみたものの、掛けてあった時よりも多く見える。すると、断捨離のプロこと朱羅兄は、顎をひと撫ですると、「これかな」と言い、処分する服を取り上げる。


「この三点は少しデザインが幼く感じるから処分するといい。私の方で今作らせているものが間もなく完成するだろうからね」

「また作ってくれたの? いつもありがとう」

「……鈴、君は新しい服はほとんど買わないと言っていたのに、朱羅の用意した服はいいのか?」


「朱羅兄の場合は知らない間に仕立て直してくれていて……それに、私しか着れないサイズですから」

「それにしても……微妙に赤系や金刺繍が多くないか?」

「それは仕方がないというものだよ。私につけられた印象色(イメージカラー)というやつで、そういった衣装ばかり用意されているのでね。それに鈴の髪色とも非常に相性が良い」


「ね、鈴」と言うと朱羅兄は機嫌よく目を細め、優しい仕草で私の髪をひと掬いし、するりと梳いた。


 私の髪色が可愛いくて大好きだという朱羅兄が昔からやっていることなので――私からすると「またやってるよ」くらいの感覚――久遠さんが目を丸くしてポカンとしていることにも気が付かなかった。


「鈴、君は朱羅とはその……」

「え!? 違います! 朱羅兄はお見合い話を避ける為に、『重度のシスコン男』という女性がドン引きそうな評価(レッテル)を自ら貼りに来ているんです」

「やれやれ、鈴はいつもそうだね。まぁしかし、確かに役には立っているようだよ。お陰で私は女性に囲まれることはない」


 囲まれないだけで、きちんと親衛隊は存在する。


 朱羅兄の親衛隊は「遠くから愛でる・お触り禁止」がモットーのお姉様達で構成されている。これは朱羅兄が親衛隊が近くに寄ってくる時は笑顔を一切見せないのに、距離を開けていると軽く手を振ったり、笑顔を見せてくれることに起因している。


 本人はなにも明言していないけど、離れていてくれるならサービスくらいはしてあげよう言っているようなものだ。

 失礼な気がしてならないけれど、色々とあった末に彼なりに考えてのことなのだと思う。



***



 本と同じで「あ、これは〇〇の時の思い出の服だよね」とか「うわっ! 懐かしい~」なんて一着一着見ていると進まないので、また黙々と作業を進める。こういうところも、私が片付けが上手くない要因である。


 特に久遠さんの集中力には目を見張るものがあって、「これは良くない香りだから処分」「これは色が良くないから処分」とブツブツと唱えながら、ポイポイと処分行きの箱へ。


 悲しいかな、六割は消されてしまった。


 集中してからは早かったので、部屋の片づけは無事午前の内に終えることができた。二人が棚やベッドなどを配置換えしてくれたので、それだけでいつもとは見た目も変わり、ちょっと新鮮な気分である。


 結局、家でお昼を振舞ってからもずっと朱羅兄は私の隣に腰掛けて、私の正面に座る久遠さんを牽制し続けた。

 ではそろそろお開きかな……となったところでようやく、「少しだけ残した仕事があるから、私も久遠殿と共に失礼するよ」と言って、「なぜお前と一緒に帰らねばならない」と文句を言う久遠さんを無理矢理引き連れ帰って行った。



 恋人同士でもないのに部屋で二人きりは、きっと緊張するし朱羅兄が居てくれて助かったとも思ったけれど、さすがに終始不満駄々洩れで、最後までフォローしてあげられなかった久遠さんを見ていたら、申し訳ない気持ちが増して来るもので。



 明日、お詫びに食べたがっていた焼き菓子を差し入れしてあげようと決め、台所へと向かうのだった。



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