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37:仲良く喧嘩はしない / side 久遠 蓮生


◇◇◇◇◇


「ふ、二人共! ほら、お肉も冷めちゃうし、とにかく座って食べましょ、ね?」



 鈴が俺達の間に立ち、皿に移した肉を掲げて見せた。


 お互いチラッと見合い、威圧を消す。



「ああ、そうだな」

「そうだね。ではすぐに手を清めて来よう」



 焼いた肉などは俺が持ち、食べるのは関係者用として設けておいた敷物の方へ。せっかく来てくれたのだから、少しでも長く一緒に過ごしたい。


 

 さて、ここで鈴に敷物の一番端に座って貰えば、隣に座るのは()()()となる。ここに来てまた朱羅に邪魔されては敵わない。彼女と俺との間には、寸分たりとも入り込めないようにしなければならない。


 鈴に、四神の隊員はガタイの大きい者が多くて危ないから、端に座ってと伝えると、「久遠さんを盾にしちゃってすみません」とすぐに状況を見て納得してくれた。


 誘導はしたが、俺は嘘は言っていない。



「おや、鈴は端に座ってしまったのかい?」

「ああ……てっきりご自分の班へ戻られたのかと。残念ですがここはすでに一杯なので、反対側の敷物になら、まだゆとりがあるようですよ」



 もちろん残念なんて思うはずもないが。


 朱羅が手を清め、自分の班から皿や飲み物を受け取りに行っているわずかな時間に、席を確保して正解だった。小狡い? なんとでも。腹黒い大鷲よりはマシだ。



「朱羅兄ごめんね、さっきまでは空いてたんだけど……」



 鈴ごめん、目の前の席も俺の部下に目配せをして座らせてしまったんだ。職権乱用ではない、多分。この辺一帯の平和と俺の心の安寧の為だ。



「ふむ、私も鈴と話したいし共に食したいのだが……そうだ」

「?」



 諦めの悪い男はなにか名案でも思いついたかのように、ポン! と、わざとらしい演出で手を打つと、鈴に皿を預け、あろうことかそのまま彼女を自分の膝の上に乗せてしまった。



「鈴!」

「きゃっ! ななななな、何してるの朱羅兄!?」


「うん? これなら共に食事が摂れる。昔もこうして食べていただろう? 『朱羅にぃにのお膝に座って食べる~』と言って甘えていたではないか」

「!?」



 膝抱っこを強請られる……だと?


 煽りに煽って来るこの男に、怒りが沸かないはずがない。だが、少なくともここには鈴がいる。なるべく穏便に済ませなければならない。


 邪魔で仕方がない奴ではあるが、非常に残念ながら今世は鈴の身内。耐えろ、俺!


 切れるものなら、今すぐその縁など刀でバッサリ切り落としたいくらいではある。だが鈴の態度を見るに、仲が良いのは羨ましいを超えて憎らしいが、扱われ方は身内枠、それも兄枠。つまり異性として見られてすらいないと言うことだ。


 小さい戦いかもしれないが、少なくとも俺は”異性”と言う認識を持たれている。

 


「朱羅副隊長、それはさすがに戯れが過ぎるのではないか? 必要なら俺の場所を譲ろう。彼女は俺がお預かりしますので、とっととそこをどけ……ては如何でしょう?」

「ひゃっ! 今度は久遠さんの膝!?」



 小柄な鈴は正座のまま抱えられ、俺と朱羅の膝の間を行き来している。本人は慌てている様子ではあるけれど、目の前に食べ物が置かれている為、大人しくしているようだ。



「ありがとう、だが気遣いは無用だよ。鈴を乗せて食べるのは()()()慣れているからね。君では緊張して鈴も食べにくかろう、ね? 鈴」

「慣れてない、慣れてないよ、朱羅兄!!」



 ブンブンと首を横に振りながら「私そんなことしてませんから!」と涙目で訴えている鈴。


 大丈夫だ。恥ずかしがり屋な君が、そんなことに慣れているはずがない。


 結局、鈴が小柄だったこともあり、少しずつズレることで俺、鈴、朱羅と並んで座ることになった。狭い分彼女との距離感が近いのは嬉しいが、それは朱羅も同じと言うのが気に入らない。


 そして、小出しに出る俺や朱羅の威圧に耐えかねて、部下達はとうとう皿を持ち、離れてしまった。威圧を浴びて緊張感が続く中、どう親交を深めれば良いのかと言ったところなので、申し訳なく思う。



「どれ、鈴が作ったおにぎりはこれかい? ちょうど良く二つあるね。こちらは鈴が好きな具入りだから、私は塩むすびを頂くとしよう」

「おい、それは俺の……!」


 

 どうにか二つだけ取り分けておいたものだったのに、すぐに口をつけられてしまった。殺意しかない。



「あの、久遠さん……良かったらどうぞ?」

「いいんだ、君の好きな具なのだろう?」

「鈴が気にしなくても他の隊員らが作った、玉のような塊(握り飯)はそちらに沢山あるようだ。肉入りの方が彼は好みなんじゃないかな?」



 このままでは彼女も食べにくいだろうと思い、ギチギチに握られた隊員の握り飯を一つ皿へと移した。



「じゃあ、そのおにぎりと私のおにぎりを半分こにしませんか? 少し食べてみたくて」

「鈴……!」



 ここに天使がいる。


 どうぞと差し出された半分のおにぎりには後光が差していた。そのまま受け取ろうと思ったが、一瞬の逡巡の後、そのまま齧りつくことにした。先程の肉の給餌が脳裏から離れない。

 


「久遠さん!?」



 彼女は目を見開いて驚き、耳まで赤く染めていた。もっと俺を意識してくれたらいいのに。



 それにしてもツガイの手作りな上に、照れ顔を見ながらの給餌、これは控え目に言っても――



「世界一美味しい!」



 動揺してくれている間に、鈴の手づからおにぎりを食べきり感謝を伝えると、照れて俯きながらも「あ、ありがとうございます……」と言って残り半分のおにぎりを黙々と食べていた。

 

 その可愛らしい照れ顔の隣からは、射殺さんとばかりに殺気立った”なにか”が見えるが、素知らぬ顔でやり過ごす。

 


「ふふ、鈴。米粒が頬にしがみついているよ」

「え、嘘!? どこ? こっち……?」



 どうやら朱羅がいる側の頬についているらしい米粒。直に取ってあげたいところだが、今回はハンカチで我慢しようとポケットに手を入れたところで、あろうことか朱羅は鈴の口の端についた米粒を指で摘まんで、そのまま食べてしまった。



 

 もう一度言おう――食べた。


 





 今すぐ処しても許されるのではないか?






 人前では恥ずかしいからやめて欲しいと言う彼女に対し、チラリとこちらを見ながら「習慣は中々抜けないものだね。人前では気を付けよう」と、二人きりの時ならまたやると言っているようなものだ。

 



 握り締める手に力が入り、爪が食い込む。


 だが、朱羅の思惑通りに声を荒げるなどしない。まだ、ただの自分の想像でしかないことだ。



 こめかみに血管を浮かせつつ、脳内でどう闇討ちしようか計画を練っていると、彼女がこちらを見上げていた。ただし、視線は少し下の口元の方。

 彼女は何かに気付いたようで両手を口元に当てクスクスと笑う。

 

 その鈴を転がしたような愛らしい笑い声に、怒りや殺意など瞬時に浄化され、ピンと緊張を持たせていた俺の尻尾は、思わず、ふわん……ふわんと左右に揺れ出した。ツガイの力は凄い。



「久遠さんも、お弁当がついてますよ」

「本当? どこかな」



 この流れは鈴が俺の米粒を取ってくれるのではないかと期待が高まる。全く自分で取ろうともしない俺に代り、予想通り彼女の手が伸びたので、俺は甘んじて顔を彼女へと近づけた。



「やれやれ、久遠殿は子供のようだね。どれ、私が――」

「え!?」



 朱羅は手を伸ばしていた鈴を引き寄せ、代わりに自分の手を伸ばし摘まみ取った。



「は?」



 あまりの気持ち悪さに蕁麻疹が出て、尻尾がぶわりと逆立った。奴も取った指はハンカチでゴリッゴリに拭き取り、そのまま近くの焚火の中へ投げ捨てた。



「朱羅……副隊長、失礼を承知で言わせてもらうが、知っての通り、彼女とはお試し期間中でして、俺にとっては何にも代え難い時間。それなのに子供染みた妨害ばかりを繰り返し、恥ずかしくはないのですか?」

「久遠さん……」



 彼女は喧嘩が始まるのではないかとハラハラした様子だった為、大丈夫だとわかるように笑みを向け、尻尾で彼女をこちらへ引き寄せる。尻尾好きの彼女は驚きつつも「前よりもふわふわになってる!?」と言って毛並みを機嫌良く堪能し始めた。


 兎月に『触り心地を重視するならコレですね』と言って薦められた洗獣毛剤(シャンプー)が早速効果を発揮している。箱買いしよう。



「お試し期間、ね。鈴、お前は現状彼をどう思っているんだい?」

「え、私!? 急にどうって、言われても……」

「鈴、いいんだ。まだ始まったばかりだから」


「惚れて惚れて惚れ込んでいるわけではないのだろう? 今はただ、鈴へ好意を寄せた相手が彼しかいない、それに断るような大きな理由もない、と言ったところではないのかな?」

「……私には勿体ない方だとは思ってるけど」

「鈴、勿体ないなんてことはない。むしろ不器用で面白味の少ない男で、申し訳ないくらいだ」



「鈴を悩ませたいのではないよ」と朱羅は言うと、なぜか腕を翼に獣化させた。当然、それはここから立ち去る為ではない。


 彼女の頭を自身の肩に凭れさせると、そのまま柔らかな羽毛でおもむろに頭を撫で始めた。恥ずかしそうにはしながらも、彼女も目を細め嬉しそうにそれを享受していた。

 きっと昔からこうして度々甘やかされて来たのだろう。

 

 これは鳥族によく見られる擦り込みと同じだ。


 鈴が鳥族ではなくても、小さい幼子の頃からしていた習慣なのだとしたら、それを妨害したくても、本人が進んで懐に入ったものを引き離すことは出来ない。なにより彼女に嫌われそうなことはしたくない。



「ようやく職業婦人になったところなのだろう? わざわざお試しなどしなくても、自然に任せたら良い。案外()()()()()良縁があったりするものだと私は言いたいだけだよ」

「そんな手近に縁は転がってるものじゃないよ」



 ここに()が熨斗付きで転がってるが? 鈴、俺の告白を無きものにしないで欲しい。



 朱羅がこちらへ冷ややかな視線を向ける。



「私も失礼ついでに言わせてもらおうか。はっきり言って、繊細でか弱い鈴に、君のような大雑把で武骨な者は釣り合わない。この、時間の無駄でしかないお試しとやらは、鈴が了承したので仕方がないとは思っているが、それでも彼女が少しでも不快感を示せば即終了。以降は二度と()()()に近付かないで頂きたい」

「朱羅兄、繊細って誰のこと? 弱いだけで、か弱くはないし、釣り合わないのは私の方だよ」



 彼女に不快感を与えたなら駄目だというのは理解できるが、『私の鈴』と言うのは聞き捨てならない。俺は短気な方ではないが、こと、ツガイに関してはそろそろ限界を迎えそうだ。


 抑えきれていない圧を朱羅も感じ取ったのだろう。獣化を解き、鈴から離れると、今回はここまでとでも言うように、立ち上がった。



「さて、鈴のおにぎりと肉も頂いたし……そこの獰猛な狼が私の喉笛を狙っているようだから、そろそろ席を外すとしよう。ああ、狼と言えば、”送り狼”なんて言葉もあるからね。気を付けて帰るのだよ」

「おい、誰が――」


「送り狼って? 心配しなくても、久遠さんは()()()()()()だよ」

「なんだって?」

「え!?」


「私も毎回は良くないと思って断ってはいるんだけど、駄目って言われちゃうから、つい」

「……ああ、なるほど」

「いや、鈴……言いたいことはわかるよ、うん。しかしその言い方はちょっと語弊があると言うか、良くないかな」



 所々おかしいし、言葉が足りていない。それでは常に俺が送り狼みたいになっていないか? 鈴が申し訳ないからって「断ってはいるけど」、危ないから「駄目」だと言っているだけだ。


 鈴のお陰で限界を迎えていた怒りは、心臓が飛び出そうな程の驚きで相殺された。その誤解だけは頂けない。



「……鈴、陽や晶辺りからそう言ったことは習わなかったのかい? 教えたはずなのだけどね」

「鈴、後で教えるから、それはもう口にしないで欲しい。今後の仕事に支障をきたしてしまうから」

「え、おかしなこと言った?」



 朱羅でも予想の斜め上だったらしい。揶揄う気が失せている。


 こめかみをトントンと叩きながらも、去り際に声は出さなかったが『ざ・ま・あ・み・ろ』と口パクをして見せた。

 

 即座に小石を投げつけたが、あっさりと避け、小馬鹿にするように舌を見せた。


 去り際まで腹が立つ。



「珍しいですね。『男同士は喧嘩を経て仲良くなるもんだ』って兄が言ってたんですけど、考えてみたら、朱羅兄が他の人を構うのも中々ないし、もしかして久遠さんに気を許しているってことじゃないですか? ふふ、ト○とジェリーみたい」

「ごめん鈴、それだけはないと断言できる。そしてトムとジ○リーって誰? 学生時代の友達かな?」



 冗談じゃない。アイツと仲良しだなんて……また蕁麻疹が出そうだ。 


 とりあえず正体不明のトムだの何だのは、前世の架空獣人のようなものが、またうっかり口について出てしまったようだ。


 危うく陽を呼びつけて聞き取りをするところだった。


『送り狼』については懇切丁寧に説明し、鈴には()()()()理解してもらった。本人曰く、そういう色恋関係全般は、自分には一生縁がないものと思っていたから気にしたことがなかったそうだ。


 思い起こせば彼女は独自の自己解釈で突き進むことがあるので、今後は「知っているだろう」と思うことも確認が必要なのかもしれない。




 無事、上官としての威厳維持の為に数人の部下の前で誤解を解く羽目になった俺は、彼女に触れた朱羅の上書きをしなければ気が狂いそうだった。



「鈴、今日は黒狼の背に乗って帰るなんてどう?」

「黒狼って……え!? いいんですか!」



 彼女は破顔し、飛び跳ねる勢いで喜んでいた。以前もっと触れていたそうに見えたのは、勘違いではなかったらしい。


 落ちないように背にしがみつく彼女に、上書きが出来て大満足ではあるのだが……普段の俺と一緒にいるよりも、圧倒的に完全獣化の俺と一緒にいる時の方が、饒舌になり笑顔が多く見られる気がするのは気のせいだろうか?


 どちらも俺なのに。


 当たり前なのだが、自称ケモナー(鈴の造語)を語る彼女にあざとさを前面に出した結果、俺は俺に負けたような気持ちになった。



 黒狼の素晴らしさを興奮冷めやらぬ勢いで語ってくれる君は可愛かったし、嬉しかった……が、それの半分でもいいから、本体である俺に関心を示してくれないだろうかと密かに思わずにはいられなかった。






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