36:お試し開始と宣戦布告 / side 久遠 蓮生
◇◇◇◇◇
今日は年に一回ある、市民参加型の炊き出し訓練の日。
広い河川敷で四神抜刀隊を中心に、自警団や警吏の有志らと共に、各持ち場の区域内で炊き出し訓練を行っている。
鈴には先日”お試し”の了承を貰った日の帰り道に誘い、約束を取り付けていた。
しかし戻るや一人反省会に浸る間もなく、兎月や母からヘタレだなんだと説教を食らい、もう少しあざとく行けなどと責め立てられ、この三日ほどは人族に定評があると言う長耳を持つ兎月から、耳を自在に動かす指導まで受けた。
母の言葉ではないが、こんなことを可愛さなど皆無の俺がしたからと言って、本当に効果があるのだろうか?
俺は一体なにをしているのか……
そうして迎えた当日。
「久遠さーん! お待たせしました」
「鈴! 手伝いに来てくれてありがとう」
少し小走りで向かって来る彼女へ手を振り応える。
「いえいえ。やっぱりこういうのって日頃から訓練しておかないと、いざって時に困りますもんね。むしろ、声を掛けて下さってありがとうございます!」
「そう言って貰えると俺も嬉しいよ」
鈴はむんっ! と腕まくりをし、『私はどこをお手伝いしたらいいですか?』とやる気満々だ。自作だと言う、小花柄のエプロン姿が可愛過ぎて眩暈がする。
市民へは昼の時間帯に合わせての開催となる為、かなりの混雑となる。
俺も鈴と共に裏方へ回りたかったがそうもいかず、彼女の親友の兄だったと言う――そして、いつの間にか俺の想い人を知っていた――三ヶ谷に、「くれぐれも」を強調して彼女を託した。
炊き出しの提供は市民が対象である。
つまり、親衛隊も当然やって来る。言い方は悪いが、俺が希望するしないに関わらずだ。公開訓練以上に間近で触れ合える? と人気らしいが……もはや全く目的が違うものになっている。
きちんとした目的のものならともかく、そうではない者にまで俺は愛想を振りまきたくはない。俺は叶うのなら彼女の隣で一緒に握り飯を作っていたかった!!
そんな心境だと言うのに、ほんの少しでも鈴に「浮気……?」などと疑われたくはない。そう思い事情を伝えるも、「全く気にしませんから大丈夫ですよ!」と張り切って送り出され、複雑な気持ちになった。
もしかしたら嫉妬してくれるかも? などと、淡い期待を抱いていた俺のことなど一切目もくれず、一心不乱に小さな手でご飯を握る鈴。そんなつれない君でも好きだ。
小さい形の彼女のおにぎりは、小さな子供や食の細くなったお年寄りに人気だった。聞こえてくる「美味しい!」と言う声に、俺自身も誇らしい気持ちになる。
俺の鈴が握りました! と声を大にして言いたい。もちろん彼女のものは一粒たりとも若い男性獣人には渡していない。
こうして炊き出し訓練は盛況の後に終わり――ここからが本番だ。
「あれ? もう片付けですか? 確か、夜まででしたよね?」
「ああ。ここを片付けたら、今度は基地に戻って打ち上げをやるのが伝統なんだ。四神抜刀隊全体の交流も兼ねているが、奉仕者や身内も参加できるから、鈴も行こう」
「わぁ、楽しそうですね! じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろん。忙しくて食べられなかっただろう? 打ち上げではなんでも好きなものを食べていいよ」
基地では広い演習場を目一杯使い、好きな材料を取り、大きな七輪で各自好きなように焼いて食べる。炊き出しに参加していない待機組の隊員達や兎月ら文官が、こちらの準備を担っている為、すぐにでも始められる状態だ。
「家の魔道コンロに慣れてしまっているので、火加減とか難しそうですね」
「そうか。それなら火力調整しやすいようにしてあげるよ」
左から強火、中火、弱火、保温程度になるように炭を動かすと「わあ~凄い! ありがとうございます」と言い、そこからは鈴が主体となってテキパキと準備をしていた。
俺は野営の時に薪から熾した火で肉を焼くことに慣れていて、かえって魔道コンロの方が触れる機会が少ないだけなのだが。少しは彼女に良い所を見せることができて良かった。
不慣れながらも鈴は大きな肉を四枚程並べて焼き始めた。これはもしかしなくても俺の分も焼いてくれていると思っていいのだろうか? 今までの鈴の食事量を見ても一枚が限度だと思われる大きさだ。
ツガイの手料理とは、ご褒美以外の何ものでもない。
二人、隣同士で並んで座り、鈴が作って俺が助手の様に道具を渡したり、調味料を渡したり。焼き始めると彼女は言葉数が減り、顔は真剣そのものだ。
邪魔をしないように俺も黙ってその横顔を眺めた。
「ここなら何か度数の高いお酒でも垂らしてフランベとか豪快に出来るかな。でも、あれってどんなお酒でも良いってわけじゃないんだっけ……」
「ふらんべ? 聞いたことがないが、それってもしかして前世の……?」
馴染みのない単語が耳に入り彼女を見ると、どうやら独り言だったようだ。
「ハッ! 空腹過ぎて妄想が口をついてましたか? 前世の記憶のことは三番目の秘密なのに、しょっちゅうボロが出ちゃうんですよね」
「三番? ちなみに一番は、やはり種族のこと?」
この間は記憶について『たいして隠してもいない』と言っていた気がするが。
「それは二番です」
「種族で二番なら、一番は相当なんだな。それって教えてくれたり……?」
「駄目です。一番は体重ですので、絶対に秘密です! でもそうですね……目安としてはリンゴ三個分と思って頂ければ」
「ふはっ! 一番は体重か……しかしリンゴ三個分ではあまりに痩せ過ぎじゃないか?」
「むむ……確かにそうですね、設定したのが初等部時代なので。では、カボチャ三個分にします」
「くく……三個と言うのは固定なんだな。それにしても、君は前世の自分のことも覚えていないのか?」
「はい、どんな顔だったのかもわかりません。久遠さんはハッキリ覚えているんですか?」
「どうかな。やはり全てではないかな……でも、記憶があってもなくても、俺は今の君が好きだから」
「……そう、ですか」
なぜかそこで会話が途切れ、また静寂に包まれた。
集中しているのかとそっと覗き込めば、魔石ランプの灯だけではハッキリとは見えないが、顔が赤い。
「……熱い」
思わず漏れたと言った風な小さな呟き。
「熱い? それで赤いのか。七輪に近過ぎるのかもしれない、俺が代わるよ」
焼き手を代ろうと申し出たものの、彼女は片手で顔をパタパタと扇ぎながら平気だと言う。じゃあ、せめて俺に扇がせてくれと言えば、風魔法を使うからいいと言って、自分の顔に向かって魔法を放った。
「あ。強す、ぎ……たあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「鈴!?」
鈴は加減を誤り、ゴォォ!! と言う轟音と共に、しゃがんだままバク宙状態で吹き飛んだ。
魔法を使うと言った時点で身構えていた為、幸い怪我をさせることなく、くるくると回転しながら弧を描いて飛んで行った彼女を受け止めることができた。
流石に吹き飛ぶ彼女を目撃した者達からは、なんだどうしたと声が上がっていたが、虫に驚いてしまっただけだと言って収拾した。
もちろん人族の鈴にそんなことは無理だが、猫族なんかは結構飛べるので違和感はない。
「久遠さんが四人に見えます……スミマセン、動揺しちゃって失敗しました」
「動揺? なにか気になることでもあったのか?」
少し不満気に目を細め、呆れたようにこちらを見つめている。
「……無意識ですか」
「無意識って……え? もしかしてだけど……『好き』って言ったこと? 赤いのは照れてるから?」
「ち、違いますよ!! 炭! そう、炭が熱かったんです! あー熱い」
「鈴が照れてる……嬉しい、可愛い」
「もう、降ろして下さい! お肉が焦げちゃいます」
横抱きにされたまま両手でグイグイ俺の肩を押すが、ムキになっている姿も、耳がまだ赤いことも嬉しくて仕方がない。
「ハハハ、わかった、わかった」
体勢を戻すと視線は肉を一心に見つめ、言い聞かせるように「集中、集中」とブツブツ言っている。
残念、もう少しだけ照れる彼女を見ていたかった。
香辛料と肉の焼ける香りが漂い出した頃、ようやく彼女の口角が上がった。
「久遠さん、こっちの二種類がそろそろ良さそうです」
「わかった。皿は二枚でいい?」
自分で言いながら少し新婚のようだなと浮ついていた所、その気持ちごと吹き飛ばすような敵意を孕んだ威圧を放って来る者が近づいて来た。
「鈴、こんな端の方にいたのか」
「あ、朱羅兄!」
俺へと向けた敵意は収めないまま、彼女にのみ目を向け片手を挙げる。器用なことだ。
「今日は手伝いに来ていたそうだね。どうせなら私の元へ来て欲しかったな」
「ごめんね、先に久遠さんからお誘い頂いたから」
「そうか、先着制だったのなら仕方がないね。では、次回は来てくれるのかな?」
「もちろん! 今回で流れは掴めたから、次はもっと手際よくやれると思う」
俺への無視があからさまなのはともかく、瞬く間に次回の予約を済ませてしまった二人に衝撃を受ける。これがすでに恋人関係にあれば遠慮するなり、「久遠さんいいですか?」と伺うくらいはあったのだろう。
だが、お試し程度の関係では不満を言う資格も、止める資格も俺にはないのだと思うとやるせない気持ちになる。
「それは頼もしいな。ところで、そろそろその肉は返し時ではないか?」
「わわっ! ありがとう、焦がしちゃうところだった! あ、こっちのお肉は今お皿に移したばかりでね、多分、朱羅兄好みの半生に焼けてると思うけど食べる?」
「え、鈴……」
ちょっと待って欲しい。それは俺の為の肉じゃなかったのか? 見上げれば、何となく朱羅が勝ち誇った顔をしているように見える。
「もちろんだとも。せっかくなら出来立てが食べたいが、まだ手を清めていない。鈴が食べさせてくれるかい?」
「もう仕方ないなぁ、味見分だけね? あとは手を清めてから座って食べて。はい、あーん」
彼女と同じ丈の長さの髪を耳に掛け、腰を屈めながらそっと彼女へと顔を近付けて行く。
(ああ、やはり……)
気付いてしまった――
鈴へと向ける眼差しには、隠しきれない熱があることに。
顔は彼女が差し出した肉へ近付けてはいても、視線はただ一人、彼女だけを見つめていた。
周りのことなど全く気にも留めず、朱羅にとっては、まるで世界に二人しかいないかのように――あんなにも愛おしさを隠そうともしない瞳で異性を見つめている朱羅など、未だかつて見たことはなかった。
(いや、覚えはある)
声を出さない分、見つめる時はその眼差しに心を乗せていた前世の……非常に厄介な恋敵。
「うん、やはり美味しい……私はもうお前が作ったもの以外で美味しいと感じることが出来ない身体になってしまったようだよ。鈴、私が相手では不足だろうけれど、私を貰ってはくれないか? 幸い将来性だけはある」
「もう、最近増えたねその冗談」
「は?」
なにをサラっと売り込んでいるんだ。鈴の未来の夫(希望)はここにいる!!
鈴には気付かれない程度に威圧を飛ばすと、朱羅がわずかに片眉を上げた。
「冗談ではないのだけどね。それより、ごっこ遊びの次は、お試しなどと言う迷惑極まりないものを始めたとか? 余程自分に自信がない小者と見える。ならば初めから手など伸ばねば良いものを、と私なんかは思うのだけど、鈴はどう思う?」
「え? え? もう知られてるの?」
鈴は一体どうして知られているのかと、俺と朱羅の顔を交互に見ていた。
「ああ……無駄に大きな尻尾をブンブンと振り回しながら上機嫌に歩いているんだ、わざわざ調べるまでもなく、基地内に知れ渡っているよ。お陰で私は非常に気分が悪い」
「ごめんなさい。迷惑が掛かるだなんて思わなくて……」
「いいや、お前は悪くはないよ。鈴、不安に思うことがあれば、すぐに私や陽に言うのだよ? 私達はこう見えて制裁は得意な方だからね、安心して任せるといい」
「ありがとう……でも、制裁は必要ない、かな? はは……」
絶対に他では見せないような微笑みを浮かべ、さらに片目を瞑って不要な茶目っ気まで披露しても、言っていることは制裁予告だ。
そもそも、気分が悪いのは朱羅の気持ち的なものであって、俺は仕事はきちんとこなしているので文句を言われる筋合いもない。お試しも本人から了承を得たものなのだ。
「朱羅副隊長、なぜ俺が彼女を泣かせる前提なんだ?」
「ああ、久遠副隊長。失礼、そこにいたのだね。全身黒いので、積み上げられた炭山かと思ったよ」
「ご冗談を」とだけ返し、ハラハラとしている鈴の手前、引き攣る笑顔を固定したまま会話を続ける。
これは、彼からの宣戦布告と言うことなのだろう。
(上等じゃないか)
一方的な排除ではなく、恋敵として受け入れたと言うことなら、コソコソするよりも余程良い。
襲いかかる大鷲と、迎え撃とうと牙を剥く黒狼を背景に、火花を散らした。




