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34:お試しとは?

 

******


 左京さんの裏切りに若干やさぐれてはいる。


 でもちゃんと話し合いをしなさいと言うことなのだと思う。二人きりと言うのはとんでもなく緊張するけれど、誰かに聞かれる心配が少ない点では良いのかもしれない。


 自分の分の星餅をモソモソ食べつつ、手紙の件について聞いてみることにした。



「久遠さん、その……手紙にありました”お試し”ですけど、一応了承したものの、具体的には仮初となにが違うんですか?」



 仮初にしても、お試しにしても、たまに仕事以外でも会おうと言うことなのだろうと私は捉えていた。だけど、久遠さんはともかく、私はどうしたら良いものなのかがわからない。


 つい最近、誤解による行き違いが生じたばかりなので、疑問は聞いておくに限る。



「全く違う。そもそも仮初は演技(フリ)だろう? 鈴は特別頑張らなくてもいいけれど、できれば俺への関心を少しでも持ってくれると嬉しい。俺は鈴に好きになってもらえるよう努力するから」

「久遠さんが努力ですか……」


「なにか気になる?」

「いえ。私の方は受け身のままで良くて、久遠さんだけが好かれる努力をするのは、一方的じゃないのかなと思いまして。ちょっと恥ずかしいですが……久遠さんは私に好かれる為に、私好みとなる努力をするってことですよね? 無理をしてまで合わせていたら、いつか耐えられなくなるんじゃないかなって」


「普段は結構豪快なところがあるのに、案外君は物事を難しく考えるのだな」

「難しく考え過ぎですか」



 唇を人差し指でなぞりつつ、思考に耽る。


「難しく考え過ぎる」と言うのは、身内からもよく言われていたことだ。でも、そう考えてしまったことを無しにすることも難しい。


 あれこれ悩む私を見て、久遠さんはクスリと笑い、「ではこんな風に思ってはどうだろうか」と話し出した。



「鈴は家族のことが大好きで、とても大切に想っている。そしてもちろん、家族からも愛されている。お互いに大好きだからこそ色々手助けしてあげたくなるし、喜ばせたいとか、悲しませたくないとか、そういう気持ちならよくわかるだろう?」

「……確かにそうですね」


「だから、俺も鈴を好きだからしてあげたいことがたくさんあるし、伝えたいことも、一緒に経験したいこともたくさんあるから、それを知って欲しいんだ」

「あの、質問してもいいですか?」



 話の腰を折ってしまい申し訳ないなとは思いつつも、おずおずと控えめに手を挙げる。


 久遠さんのわかりやすい身内の例えで、好きになってもらう努力については理解ができた。だけど、そもそもの原点を私はまだ知らないのだ。



「いくらでも」

「あの、いつから私を? きっかけと言いますか」



 久遠さんは考える素振りを見せると、「少し、君には不思議な話をするね」と言って、凭れていた頭も上げ、姿勢を私へと向き直した。



「正直言うと、自覚したのは割と最近なんだ。香りしかわからない鈴と、香りのわからない鈴の間で、それが同一人物とは知らずに俺は悩んでいたから。ただ、()()()()意識し始めたのは多分ピクニックの辺りじゃないかな」

「ピクニック!? それって仮初の恋人を始めたばかりの頃ですよね?」



 ピクニックを思い起こしても、たらふく飲み食いして、本読んで、ウトウト居眠りこけて、ブラッシングをした記憶しかない。それにしても、『今の私』ってどういう意味だろうか?



「うん、君の傍は心地良かったんだ。完全獣化した俺に触れる君の手も、全く嫌じゃない所か、むしろずっと触れていて欲しいとさえ思えた」

「それは単にブラッシング技術が高かったと言うだけではなくてですか?」


「ハハ、全く違うとは言わないが……これは習っていないだろうけどね、完全獣化は本能の部分が強く出やすい。それだけに、合わない相手には触れられたくないし、簡単に完全獣化した姿を晒さないんだ。職務や緊急時はもちろん、そんなことは思っていられないが、家族以外であそこまで無防備に晒したのは実は鈴が初めてだったんだよ。あの時は自分でも驚くほど自然に獣化していた」

「え!? そんなに貴重なモフモフを私は布団代わりに……」


「だから君にならいいんだ。ちなみに、もし君が俺を選んでくれたら、その貴重なモフモフは一生君の物だし触り放題だけど、どうかな?」

「え!? 好きになるともれなくおまけについてくるものなんですか!! って、やめて下さい。ちょっと想像してしまったじゃないですか」



 大きなモフっと黒狼(わんこ)と愛馬に乗った私で草原を駆けまわり、ブラッシングしまくって、「世界一の毛並み!」と撫でくりまわしながら、ちゃっかり顔を埋めている自分が簡単に想像できてしまった。



「残念、期待したのに」

「ゴホン……それより、『今の私』とか、『香りだけの私』ってなんのことなんでしょうか?」


「鈴はさ、前世の記憶が少し……あるんだよね? すまない、陽からそう聞いていて」

「え、前世の? はい、隠すほどでもないですが……なにか関係があるんですか?」


「実はね、俺と鈴は前世でも関わっていたことがあって。その時の俺も君が好きで……それで君を忘れられなくて、香りの記憶も持ったまま生まれ変わったって言うのかな」

「……まさか、その香りの記憶を頼りに探していたんですか!?」


「そう。記憶が戻った七歳から、ずっと」

「もしかして! 『リンネ』って言うのは、私の前世の名前……だったり?」



「正解。君の前世の名前が『鈴音』だったんだ」



 だから『君は【リンネ】?』ってあの時 聞かれたのね。でも、名前を聞いてもなにも思い出せないことが残念。



「やっぱり……でも、それなら久遠さんが好きなのは前世の私では?」



 久遠さんと私の前世での関わりが何だったのかも気になるけれど、いるかどうかもわからない香りの主を記憶だけを頼りに探すって、相当な執念を感じてしまう。



「鈴と出会う前まではそう思っていた。でも、春と共にやって来た花の妖精と出会ってからは、間違いなく君が好きだよ。前世の君を好きだったのは前世の俺だから」

「花の妖精とはどなたですか? 出会いは美しいものではなかったはずですが。出会いのスケールが想像以上に大きくて、重い……」


「知らなかった? 狼族は恋愛面では気が長いと言うか、好きになってもらえるまで追い続ける傾向にあるらしい。だからそれだけ愛情深くて……とても重い」

「深さも重さも深海レベル……なんか想像だけで溺れた気分です。優しい久遠さんの印象が、だいぶ変わりました」


「鈴が俺を優しいと思ってくれるのは嬉しいが、優しいのはあくまで鈴にだけだ。こう言ってはなんだけど、優しいだけでは四神の隊長・副隊長職は勤まらない。身近にあまりにも好戦的な鷲族がいるから気付いていないようだけど、俺の種族は狼だよ? 一途で愛情深いけど、敵認定には鷲族同様に容赦しないし、ゆっくりと、けれど確実に仕留めるのが狼族だ」

「ゆっくりと、確実に仕留める……」



「確実に仕留める」と言った時に、久遠さんの琥珀色の瞳が光ったように見えて、少し背中がゾクっとした。まるで自分が獲物になったような、そんな錯覚に陥った。



 おかしい。


 どちらかと言えば、いつから私を? なんて、恥ずかしい質問をしたのだから、もっとこうドキドキするものだと思っていた。もちろん高揚する方の意味で。

 それなのに、ドキドキしているのは変わりないけど、ちょっと違う意味で、顔が赤くなるどころか青くなりそうなのはどうしてだろうか?



「もういいの? もっと俺を知って欲しいな。それに鈴のことも知りたい」

「いえいえ、私なんて取るに足らない、その辺の通行人Aよりも弱い人族ですし、そんなに開示できるほどの特徴なんてないですよ」


「鈴は負けず嫌いな割に、自己肯定感が低いんだな。俺は、家族を大切にするところ、思い込んだらすぐに突っ走るところ、馬愛を得意気に語るところ、幸せそうにご飯を食べているところ、直球じゃないと伝わらないところ、どんな君も好きだよ」

「それは一般的に長所と呼べるものなのか、甚だ疑わしいものばかりではないですか?」


「確かに困ったなと思う部分もあるが、君に振り回されるのも嫌ではないんだ。今はまだできていないけど、そんな君のフォローも俺ができたらいいと思ってる。すまない……会えない間に少し拗らせてしまって、顔を見たら想いが抑えられなくなってしまった」



 どう考えても短所な部分ですら好きだなんて、拗らせ過ぎにもほどがある。ただ、語っている本人は至って真面目に答えているし、ほんのり頬を染めて幸せそうにしている。


 私が久遠さんを知る為のお試し期間中に、恋の盲目キャンペーンも終わってしまったらどうするのだろうか。私の決断より前に、「ごめん、気の迷いだった」と私の方が言われるのでは?



「あのう……”お試し”と言うことは、うまく行くこともあれば、お断りする可能性もあると言うことで宜しいのですよね?」



 久遠さんは笑みを浮かべたまま、たっぷりと間を置いて答えた。



「……………もちろん。()()()()()()()

「えと、言うのは自由? 言うだけ?」


「理解はしても、納得するかどうか。逃がしてあげられないかもしれない」

「あ……う、ややや、やっぱり、お試しはなかったことに!」



 ソファから立ち上がると同時に、後ろから長い手が伸びて来て、あっさり捕獲。よろけて後ろへ凭れるようになった為、久遠さんの膝の上に不可抗力で乗りながら、背中は寄り掛かっている状態だ。



「ハハハ、冗談だよ。だから逃げないでくれ。ただ……今、君が俺の隣にいることが本当に嬉しくて、少し浮かれているんだ」

「それで少し!? さっきまで疲労困憊みたいになっていたのに、この腕の力は何なんですか!! 騙したんですか!」



 あんなに「う、手が……」とか言って擦っていたのに、いくら獣人の回復が早いっていってもここまでではないだろう。腰に回された腕をぺちぺちと叩いても引っ張っても、ビクともしない。



「騙してない、全て鈴のお陰だよ。だからもう少しだけ、傍にいてくれないか? この数日ずっと不安で夜も眠れなかったんだ」

「でしたら少しでも寝た方が良くないですか? 私ももう帰りますし、左京さんが戻るまで仮眠でもされた方が……」



「そうだね。今ならぐっすり眠れそうだ」と言い、ようやく腕の力が緩められたと思うと、そのままゴロンと私の膝に頭を乗せた。


 膝上に乗っていたはずなのに、早業である。



「なんで、ここで寝ちゃうんですか!? ちょっと、久遠さん!?」

「帰らないで鈴、あと少しだけこのままで……」



 睡眠不足なのはどうやら本当だったようで、すぐにスースーと規則正しい寝息が聞こえてきた。



「私のせいで悩ませて寝不足だったなら、仕方がない……のかな」



 確かによく見れば目の下には薄っすらと隈があるし、いつも整えている髪もやや適当にまとめたような印象である。

 考えてみたら久遠さんの寝顔を見れるなんて相当貴重ではないだろうか? ましてや狼族が無防備に寝姿を晒すなんて、相手に相当気を許していなければしないはず。


 思い返せば私もピクニックの時に、いくら身元もはっきりしている方だとか、仮初契約したからと言っても、よく男性と二人きりなのに居眠りをこけたものだと思う。久遠さんが私をそういう対象に見るはずないと思っていたにしても、我ながら無防備にもほどがある。



(私も久遠さんと同じように「心地良かった」ってことなのかな)



 久遠さんのことは一度は軽蔑しかけたけれど、こうして理由もわかったのでそこはもう気にしていない。だけど恋愛対象として好きなのか? と聞かれると、そこはまだ不明なところで。かと言って嫌いなわけでもなく、「恋愛」を抜きにすれば好きである。


 だから私も、その気持ちがお試し期間で育つものなのかどうかを計りたいと思った次第だ。



 それにしても睫毛が長い。朱羅兄も相当な美丈夫ではあるけれど、久遠さんは狼族らしく凛々しくて精悍な偉丈夫だ。なぜか野生種のワンコみたいに見える時もあるけど。


 少し乱れている髪を手櫛でそっと撫でるように梳くと、耳がぴるぴると動いた。



(か、可愛い……!! でも、ダメダメ。我慢よ鈴! 耳や尻尾は無暗に触っては駄目って知ってるでしょ?)



 煩悩を追い払いまたゆっくりと髪を梳くも、その度に耳がぴるぴると震え、私を激しく身悶えさせた。



***



「ふぁあ……なんか良い夢を見たような」

「そうか、どんな夢だったんだ?」


「え?」

「ん?」




 これはどういうこと? 私が久遠さんを膝枕していたはずよね? どうして私が久遠さんに膝枕されて寝ているのかしら? あれが夢? それともこっちが夢?



 もう一度目を閉じ……開ける。


 もの凄く機嫌の良い、久遠さんの整った顔のドアップと目が合う。



「すみません、こちらは夢ではないですか?」

「フッ、もしかして寝惚けてる? 夢じゃない。鈴は寝ていても可愛いが、やはり起きている方がもっと可愛いな」



 あ、現実だ。



「あの、私の記憶では、久遠さんが私の膝枕で寝たところだったと思うんです」

「ああ、合ってる。髪を梳いてくれただろう? 嬉しかった」


「では、この状況 is なに?」

「いず? 起きたら鈴もウトウトしていたから、座ったままでは可哀想だし、交代しようかと」



 なんだかんだ私も昨夜は緊張していたから眠りが浅く、安心したことと、久遠さんの安定した寝息で夢の国へと誘われてしまったと言うわけかい! 私は無防備なんてものじゃない、馬鹿なのかもしれない。



「ごごご、ごめんなさいっ! すぐに降りま、」

「駄目。今度は俺が鈴の髪を梳きたい。君は俺のをしたんだし、いいよね?」



 先に本人に許可なく勝手に髪に触れたのは私なので、ここで嫌ですなんて言えない。それに「鈴が髪に触れられて嫌じゃないか”お試し”したい」と言い出す始末。


 結局その後も久遠さんのペースに飲まれて、髪を梳いたり、お菓子やお茶を給餌されたり……



 再度お聞きしたいのですが。




 お試しとは何ですか!?



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