33:手紙
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「郵便で、」
「鈴さん、お待ちしておりました」
いつもの様に配達に伺うと、ドアを開けてすぐのところに左京さんはスタンバイしていた。ウサ耳が視線に入らなければ、危うく大声を上げるところだ。
「左京さん! あ……もしかして、これから会議でしたか? では、すぐにお渡し……」
「いいえ。本日は手紙を一通、急ぎ、鈴さんにお願いしたいと思いまして」
差し出されたのは、淡い水色の封筒。紙の質もさることながら、型押しの加工までされているとても高価なものとわかり、思わず自分の指に汚れがついていないか確認してしまった。
「手紙の集荷ですね。藤さんのところに間に合わなかった分でしょうか。お預かりしますね」
「はい。できましたら速達で、可能な限り本日中にお相手には手紙を開いて頂きたいのですが」
「今日の今日ですか!? う~ん、近場のルート内ならなんとか……どの辺にお住まいの方でしょうか?」
「はい、住所とお名前はこちらに」
お得意様でもあるけど、ここまでお急ぎだってことは相当重要な手紙ってことだし、なんとかしてあげたい。
私は手紙を受け取り、宛名を見て……首を傾げ、裏返して差出人を見て……固まった。
「左京さん、え? これ、私宛ですよね? これを速達でって……」
「ええ、最重要案件です。そろそろ仕事にも支障をきたし始めております。直接お会いして頂けるのが理想ですが、おそらくうまく行かないであろうと思いましたので、筆談でしたら如何かと」
「なるほど……それでお手紙を」
「はい。さすがに切手も貼られているものを、鈴さんが受け取らないということはないですよね?」
よくわかっていらっしゃる。
メモ書きでもなく、きちんと封がされ切手を貼られた、至って普通の郵便物。私宛であったにせよ、受け取り拒否はできない。
読む読まないは自由ではあるけど、左京さんから手渡しされているのに「読みました?」と聞かれ「読んでません」などと言えるわけがない。
まして今は久遠さんに会わないように配達に来ても責めることもせず、普通に対応してくれる左京さんまで怒らせるわけにはいかない。
「確かに承りました。後ほど拝読させて頂きます」
「一行でも構いませんので、なにかお返事を頂けることを期待しておりますね」
「ぜ、善処します……」
手紙のお相手はもちろん久遠さんだ。
ずっと中身は気になっていたけど、夜一人になった時にようやく覚悟を決め、封を開いた。
久遠さんらしいと言えばらしい、少し固い時候の挨拶から始まり、一行一行きっと思い悩みながら書いたのだろうと思われる文章が綴られていた。
――鈴を泣かせてしまったこと、本当に申し訳ないと思っている。だが、君のことが好きだということに嘘はないし、撤回もしない。
優しい君のことだから『早く返事をしなければ』とか『どんな顔をして会えばいいのか』とか、きっと色々考え過ぎるくらい考えてくれたのだと思う。
一瞬でも、俺のことで頭を悩ませてくれたのだと思えば、それは嬉しいことでもあるが……今は、とても辛い。
もう、何日君の顔を見ていないのだろうか、声を聞いていないのだろうか。
夜になれば寝台へ倒れ、目を閉じてはいるけれど、まるで時が止まってしまったかのように、ずっと夜が明けないままだ。
告白は誤解を解く為の手段の一つであって、今すぐどうこうというものではないし、返事を急かすつもりはない。
今はまだ君の気持ちが俺にないことは……残念に思うが理解している。
でも、鈴が俺を嫌っていないのなら、君と関り続ける機会だけは残してもらえないだろうか。
君との出会いをなかったものにしたくはない。
できれば、約三ヶ月ほど残っている仮初契約期間を”お試し期間”としてもらえないだろうか。その中で少しずつ俺を知って欲しい。答えはそれからでも構わない。
読み終わって思ったことは、嬉しい、恥ずかしい、いつの間にそんなに想ってくれていたのだろう、だ。
それでも、久遠さんもきっとたくさん悩みながら書いてくれた手紙なのだろう。
「私だったらどうだろう? ただ好き、と伝えただけで姿を見せなくなったら……」
きっとすごく傷つくし、告白なんてしなければ良かったと後悔する。でも久遠さんは撤回しないと言っている。これってもの凄く勇気がいることだ。
胸がぎゅっと締め付けられた。
私のやっていることはまるで子供だ。
辛うじて仕事をこなしてはいるけれど、左京さんの協力がなければできなかったこと。本来なら仕事は仕事で割り切るべきだし、気まずいのなら尚更久遠さんには「仕事の時は仕事の話だけにして欲しい」と伝えるべきだったのだ。
それにあの時も『返事は待つから』と言ってくれたのに、ただ想いを伝えられただけなのに。私はどれほど久遠さんを傷つけたのだろう。
そう思ったら私も紙とペンを出し、返事を書いていた。
***
「こんにち、」
「鈴!」
勢いよく、久遠さんによって開かれた扉。
それでも久遠さんもびっくりさせてしまった自覚があるようで、「ごめん、驚かせて」と言って、すぐに後ろへ数歩下がった。
「あ、あの……左京さん、これ今日の郵便です」
「はい、ご苦労様です」
左京さんに渡す手紙を少し羨ましそうに見つめながらも、様子を見ているのか久遠さんは何も言ってこないで黙って見守っている。
いつまでも視線を逸らしたままでは余計に気不味いので、こっそり小さく深呼吸をして久遠さんへと向き直った。
「久遠さん」
「! なに? 鈴」
下がっていた尻尾が一気に上昇し、期待にゆらゆら揺れている。
「……あの、これ。久遠さん宛の郵便です」
「俺宛の?」
最近は久遠さんを避けていた為、すでに久遠さんの分も含めて左京さんにはお渡し済みだった。側で見ていた久遠さんもそれはわかっていて、残念そうにしていたのだ。
久遠さんは誰からだろう? と差出人の名前を見るや、ぐわっと目を見開き、片手で受け取った手紙を両手持ちに切り替え、感極まった様相でプルプルと震えていた。
尻尾は高速過ぎてブォンブォンと音が鳴っている。
この尻尾センサーのお陰で、ある程度相手の反応がわかるのは、私のようなアレコレ考えてしまう性格にはありがたい。
(初めからこうしていれば良かった)
隠れているよりも、直接会った方がどう思われているのかわかりやすかったのに。
「鈴!! ありがとう、鈴! 大事にゆっくり読ませてもらうから」
「私も手紙、嬉しかったので……あの、久遠さんのような長文は書いてないですからね」
「副隊長、良かったですね。鈴さん、久しぶりに休憩、していきませんか?」
「うっ……今日はまだ遠慮させて下さい。でも明日……明日はいいですか?」
「いいに決まってる!! なにが良い? 君の好きなものを用意しておくよ!」
「副隊長は手紙を頂けたのですから、今すぐ仕事をして下さい。明日の準備は私がしておきます。きちんと片付かなければ、副隊長は同席させませんよ」
「兎月、君は鬼畜か!?」と言いながらも、嬉しそうに顔を綻ばせている久遠さんが見れて、私も少し安心できた。
私が帰ったあと、久遠さんは鬼気迫る勢いで書類作業をこなしていたという。
翌日私が訪ねると、前日に見た久遠さんよりもやつれた様子で、本当に今すぐ休憩が必要じゃないですか? と思えるほどだった。左京さんが仕事に支障をきたし出したと言っていた仕事量は、とんでもない量だったのだろうと窺い知れる。
「鈴さんの手紙の効果は素晴らしいですね。死者をも蘇らせる効果があるようです」
「私にはそんな芸当できませんよ!」
やつれた久遠さんがフラフラと私の隣に腰掛け、少しだけ私の方へ身体を預ける。ドキっとしたけど、本当に見るからにやつれていたせいもあって、とても追い払う気にはなれなかった。
「鈴は癒しなんだよ。君がこの空間にいてくれるだけで浄化されている気がするし、疲れも感じなくなる」
「久遠さん、しっかり! 間違いなくそれは気のせいです! 疲労が限界を迎えているんですよ!」
私にそんな効果はないし、仮にあったとしても気持ちの問題なので、疲れは休まなければ取れない。そして私に空気清浄の機能もないです。
左京さんが「仕方がないですね」といった様子で、私と久遠さんの前に緑茶を入れてくれた。お茶請けはナインテイルでは定番の、薄皮の星餅――月餅のようなもの――。
中身は餡を夜空、細かく刻まれた木の実を星に見立てていて、星祭りの際にも定番土産品としてよく並んでいるほど。
これは「兎月印」ということなのか、兎の形をしていて可愛いけれど、どこから齧ればいいのか悩むところだけど、それどころではない。
「久遠さん、大丈夫ですか? 甘い物でも食べて、一息入れましょう」
「そうだな。……いっ! すまない、手を酷使し過ぎたようだ。俺のことは気にせず、鈴は食べてくれ」
久遠さんは少しだけ眉を寄せ、痛みがあるのか手首を擦っている。
(これは思ったよりも結構重症なのでは!? 腱鞘炎ってやつなのかな?)
私のしょぼい治癒魔法では腱鞘炎なんて治せない。
腱鞘炎(仮診断)と疲労のダブルパンチだなんて絶対辛い。せめて、糖分摂取くらいはさせた方がいいだろうと、久遠さん用に置かれた星餅を取り、半分に割ってそっと口元へと当てた。
「え、鈴……?」
「鈴さん……!?」
始めはジト目で久遠さんを見ていた左京さんも、私の行動にはさすがに驚いている様子だった。恐らくはこの行為が給餌行動だと思っているからだろう。
頼まれたでも、謀られたのでもなければ、そう思うのも仕方がない。
でも私的には給餌ではなく獣人命救助、むしろ介護のような感覚だったので、至って自然に振る舞えた。私にとって食事ができないというのは、それほど死活問題なのだ。
「だって動かせないのでしょう? これなら食べられそうですか? あ、お茶も……熱いから冷まさないとですね」
私がお茶をフーフーと冷ましている隣では、久遠さんが目を潤ませながら、痛いはずの手を口に当て噛み締めていた。
「お、美味しい……世界一美味しい……」
「久遠さん、甘さが染み渡っているんですね。わかります、それが疲れている証拠です」
腱鞘炎なのに相当無理をして事務作業をこなしたに違いない。少し前にハガキを量産していた私だ、腱鞘炎の辛さは良くわかる。
「それにしても、さすが左京さんですね! 世界一美味しいそうですよ」
「ええ……今日は特別な付加価値がついておりますから、尚更でしょうね」
左京さんレベルともなると、隠し味的ななにかが入るってことか。奥が深いけど、なにを入れたのか私の舌如きではわからない。
「お茶も世界一美味しい……」
「ここのお茶はいつも美味しいですよね。熱さ加減は大丈夫でしたか? これからはきちんと休憩して下さいね」
「鈴が来た時に一緒にする」
「それって私が来ないと休憩しないってことですか? でも、仕事が……」
「鈴さん、僭越ながら私、鈴さんの配達順路を洗い直してみたのです。このような順番であれば無理なく、且つ時間的余裕も生まれます。ちなみに雨天時はこちらの順番で――」
「え!? あ……先にここからで、次にここへ行って……わぁ、本当ですね! すごいです、左京さん!」
大体の範囲は話したことがあったけど、いつのまに左京さんは調べ上げたのだろうか?
左京さんの書いたものは簡易的な地図で、危険な区域には×印までついていた。私は今まで近場からだったり、遠くの地域からだったりと案外バラバラだったのだけど、左京さんは時間帯による通行量などを加味し、空を飛べない小さい私でも、スムーズに配達できるように考えられていた。
ちなみに速達便でもない限りは、このエリアには大体このくらいの時間帯に配達という決まりはなく、今日届くものであれば、今日中に届くといった解釈である。この辺りは割と緩めで助かっている。
「兎月、君は神か!?」
「おや? 昨日は『鬼畜』と呼ばれていたかと」
「……すまない」
左京さんも案外「鬼畜」発言は根に持っていたらしい。
「仕事が滞りにくい職場の環境作りも私の仕事です。鈴さんには申し訳ないですが、これは鈴さんの為だけではなく、玄武隊全体の為でもあるのです。むしろ今後も鈴さんにはご協力頂けると助かります」
「この順路で回ることが玄武隊の為になるんですか?」
「なる。仕事を益々頑張れる」
「久遠さん、それでは意味がないですよね? 時間を作る為に無理に仕事を詰め込むと言うのであれば、手紙に書いた件はなかったことに、」
「誤解だ鈴。無駄な残業反対! 休日出仕反対! 休暇は100%取得! 休憩は小まめに取り入れ、風通しの良い職場作りを益々頑張る、という意味で俺は言ったんだ」
「黒の玄武隊が急に白の集団になりましたね。では、早速その方針に従いまして、今から休憩してまいりますので、お二人はごゆっくり」
「はい?」
左京さんは「良かった、良かった」みたいに頷いていたし、てっきり和やかなムードのまま三人で普通にお茶を飲むのだと思っていた。
それなのに、どういうわけか左京さんはお茶をグイっと一気に飲み干すと、上品にハンカチで口を拭き、とんでもないことを言い放ち出て行こうとしている。
「兎月は昨日遅くまで付き合わせてしまったから、その分もしっかり休憩は取ってくれ」
「ありがとうございます、そうさせて頂きますね。では」
「さ、左京さん?」
え!? 嘘でしょ? 二人きりってここ職場ですよ? 私も約束をしたからと思って、今日はここで最後だけど。
久遠さんも「しっかり取るように」じゃないですよ! なに言っちゃってるんですか!!
私は手を伸ばし、「行かないで!」とはっきりアピールをしたのに、左京さんは「来客中の札、下げておきますね」と余計な気遣いだけをして出て行ってしまった。
左京さんの鬼畜!!




