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32:内緒の飲み会②~告解編~

 

******


≪コンコン!≫

 尚もノックは止まない。



「全く、こんな時間に訪ねて来るなんて非常識な奴もいたもんだな。ここはオレに任せておけ」

「こういう時は千兄、頼りになるよね」

「一応、四神は伊達じゃないんだな」

「ありがたいね」



 ドカドカと階下に降り、玄関で応対している千寿さん。微かに「ひっ!」っと聞こえた気がするけど、気のせいかな?

 まさか強盗!? ちょっと様子が気になり、ドアに耳を当て聞き耳を立てると、どうやら千寿さんが緊張しているような、怖がってる? 今度は声が小さくてよく聞こえない。


 振り返り、二人にも伝えようかと思ったら、さっきまでの雰囲気はどこへやら。膝の上に手を置きながら正座をしてカタカタ震えていた。



「へ? どしたの二人共、鬼か悪魔でも来るみたい」

「鬼、悪魔……似たようなもんだろ。こ、こういう時だけはリンコが人族なの羨ましいよな」

「う、うん、ホントそれ。リンリン、今日はもうお開きだわ」



 一体どういう事だろう? 尋ねても二人はそれ以上は語らず、震えるだけで尻尾を抱き込んでいた。



 急にドアが開く。ドアに寄りかかっていたせいでそのまま倒れるも、すぐに誰かにぶつかり転ぶことはなかった。きっと千寿さんだろうと思い、ふと見上げてみる。



「千寿さん、すみま――」

「やぁ、今宵は月が綺麗な夜だね。酔い覚ましに散歩でもどうかな?」



 赤茶色の髪に美しい金色の双眼と目が合った。



「しゅ……!?」

「ところで、『千寿さん』? 随分と短時間で打ち解けたものだね、鈴。さて、今日飲み会があったとは私は初耳だが?」



 思わずヒュッと息を飲んだ。


「思い出せるように空気を入れ換えようか」と言い、窓を全開にするその口調も、動作も優しい。いつも通りの温厚な朱羅兄そのものだ。


 だけど、髪が……髪が感情が昂っている時にだけ、ぶわっと膨らむはずの髪が、まさに今。


 目の奥が笑ってない。怖い!!


 スーっと視線をずらすと、部屋の前の廊下には、双子同様に正座をしている千寿さんがいた。


 あ、嘘は絶対に通じないな、と直感的に思った。一気に酔いも吹き飛ぶ。



「お酒は、その……盛り上がった勢いと言いますか」

「ふぅん? 盛り上がった勢い……ねぇ。いつの間にか鈴も大人になっていたのだね」


「そう、そうだよ! 私だって飲酒はしてもいい年齢なんだし、その場の雰囲気とかってあるじゃない?」

「飲酒は身内で飲む時のみとする約束を、鈴はしていたと私は記憶しているが?」



 肩が思い切り跳ね上がる。まさにギクッ! というやつだ。



「うん? どうしたんだい? 悩みは記憶ごと消して来いとは言ったが、それ以外も忘れてしまったのかい?」



 首を傾げながらもゆっくりと近付いて来る朱羅兄。


 いかん、これはバレてる。


 嘘はいけないと思いつつも、ほんの少しだけ減刑されないものかと言い訳をしてしまった。



「ごめんなさい!! 計画的なお泊まり飲み会でした!!」



 酔った身体でスライディング土下座は少々キツイ。でもこれ以上は駄目だ。地獄の門を開けてしまう! いやもう実際、チャコも千太郎も千寿さんも有罪判決【地獄行】を言い渡された人みたいに正座で俯いてるけどね!



「ギリギリで自白したから許してあげようか。でも、伯父上、伯母上、それに陽はこれを知ったらどう思うだろうね?」



「え!? もうバレてるの?」

「さすがにそれはまだだよ。だが、今回は私と同行で、私が鈴の安全を保障したからこそ許された外泊だ。それなのにこんな失態を、私がついていながら許してしまったのだから、報告の義務があるだろう?」



 本当ならここで「他のみんなには言わないで!!」と泣きつくところだろう。


 だけど私は知っている。そういうことを朱羅兄は好まない。「陽に隠れて作ってるから、誕生日まで内緒にしてね」といったようなものは当然協力してくれるけど、こういった嘘に対しての協力はほとんどしない。


 ようするに「許すよ」とは言ったけど、「隠蔽してあげよう」というわけではないということだ。



「……わかった、私が言った通り伝えて。でも、友達ともう会っちゃいけないとか、そういうのだけは絶対嫌なの。怒られるのは自分のせいだから受け入れるけど、二人は私の悩み相談にも乗ってくれて、お酒だって歓迎してくれただけで……だから怒らないで欲しい、です」

「全く、友達と会うななどと、私も伯父上達も言うわけがないだろう? だけど飲酒はもう少しうまく付き合えるようになるまでは、やはり身内がいる時のみにすることだよ」


「はい……」

「友人宅でと言うのは、鈴なりに考えたことなのだろうけどね。これがどこかの酒場であれば不特定多数の客がいて、質が悪い者もいる。そんな時にここまで酔いが回ってしまった鈴は、正しく自衛ができるのかい? 私達はそれを心配しているのだよ」



 見つかった瞬間は、一体どこに監視の目があったのだろうとか、プライバシーの侵害だ、私だって大人なのに! と思うところはあった。

 だけど金色の瞳を揺らし、心から憂慮しているとわかるだけに、反論しようとは思えない。確かにふざけて踊っているようなやつに自衛はできないだろう。


 学校では意地悪があったといっても命に関わるようなことや犯罪めいたことなんかは当然なかった。なんだかんだ言っても、小さな世界の中にもきちんとルールはあり、守れない者は罰せられていたからだ。

 みんな最低限のルールには従っていたから、私もそれに守られていたようなものなのだろう。

 

 外の世界とは全く事情が違う。


 事前に「今日は小鳥連れて行け」と宣言されている時もあれば、防犯として知らぬ間に監視されている時も多々あった。

 でも、あくまでなにも危険はなかったのか、怪しい奴はいなかったかなどの情報のみを得ている……と思うので、これまで会話を盗み聞かれたことはない、と思う……多分。その辺はもはや信用取引みたいなものだ。



「朱羅兄、そう言えばお仕事は?」

「ちょうど終わったところで知らせが届いたから問題ないよ」



 確か今日は、火ノ都の端にある山の中腹の洞穴で魔虫の卵が発見され、その調査と駆除で丸一日は掛かると言っていたはず。

 服だって隊服のままだし、よく見れば少し髪も乱れていた。終わって汗を流すことも、休憩もせずに来たってこと?



「大問題だよ! もしかして終わってすぐ……?」

「大事な鈴が酩酊状態で騒いで踊っていると聞かされてはね。心配にもなるだろう?」


「うっ……もう、なんて言ったらいいのか」

「そうだね。さすがの私も今日は疲れている。鈴は『わかりました』とだけ言ってくれたらいいよ。では鈴のご友人、それに玄武隊の三ヶ谷 千寿殿、宴もたけなわではあったようだが、私と鈴はこれで下がらせてもらうよ」



「「「ワカリマシタ!!」」」

「わ、わかりました……」



 朱羅兄は私を横向きに抱き上げ部屋から出たところで、何か言い忘れたことがあったのか、そのままくるりと振り返り、千太郎の方へと視線を移した。



「ああ……それから弟君? 君も酒に慣れていない女性に、飲みやすくとも度数の強いものは与えてはいけないと覚えておくと良い。今回は狙ったわけではない不慣れ故の愚行のようだけど、次は無事でいられる保証はないからね?」

「ひゃいっ! か、かしこまりにゃしたっ!」



 多分、まだまだ飲酒に不慣れな者同士で飲むのは危険ってことを釘刺したのだろう。ちょっとお疲れ気味で冷ややかな視線の朱羅兄に、千太郎は尻尾を握り締めながら平謝りしていた。


 巻き込んで御免と心の中で謝る。

 

 結局この日は、昔よく遊びに行っていた火神家の別荘に一泊することになった。



***



 翌朝になると朱羅兄は特にくどくど言ってくることはなかった。やっぱり優しい。



「帰ったら、たっぷり伯父上達に怒られるのだろうと思えば、これ以上は可哀想だろう? 私は釘を刺したわけだし、あとは反省後に慰める役で十分だ」

「ふぇぇん……」



 待ち受けている現実を突きつけることも忘れてはいなかった。


 朱羅兄に運んでもらえば早いけど、ウミに乗って来ているので帰路も馬で帰る。

 

 お陰で怒られるまでの恐怖時間が長い。



「鈴、今度私と一緒に飲もうか。正しい飲み方を覚えておくといい」

「お願いします……」



 今回は酔い残りで落馬してもいけないからと、朱羅兄が手綱を握り一緒に馬に乗っている。確かに振動が若干気持ち悪いし、手綱を持つ手に力が入らない為、ほとんど朱羅兄に身体を支えてもらっている状態でしのびない。


 一方、ウミは朱羅兄に昔から懐いているので、重いだろうにもの凄くご機嫌である。なんていうか、走り方が女子っぽい。

 

 行きはバカラッ! バカラッ! と豪快に轟かせていた蹄音が、パカラッ! パカラッ! と軽やかなステップのような音がしている。ウミもお年頃な女子だ。


 

「そう言えば鈴、仮初役をさせるだけでも図々しいと言うのに、さらに立場も弁えず告白をしてきた詐欺師のような輩については、相談して結論は出たのかい? 相手のことなど気にせず、はっきりと断って良いのだよ。彼ならすぐに次の相手が見つかるだろう」

「え!?」



 あまりに急な話題に一瞬落馬しかけるも、朱羅兄ががっちり支えている為助かった。ただ、口から心臓が飛び出かけたのは言うまでもない。



 知ってるのかなって昨日の口ぶりでも思ったけど、やっぱり……きっと、陽兄が妹の気不味い恋愛話を速攻漏らしたのね! 色々心配してくれるのはいいけど、私のプライベート筒抜け過ぎじゃない?



 玄武パン1セットと氷菓子で買収されるとは、なんて安い個人情報!



「まぁいい。それよりも陽の笛を鳴らしたそうだね……私は悲しいよ、結局鈴の中で私の存在意義など、ないに等しいということだから」

「そんなわけない! そもそも普段一番頼ってるのも、甘えてるのも朱羅兄にじゃない」



 冗談で言ってる風なのに、表情は本当に泣いてしまうんじゃないだろうかと思うほど、睫毛を伏せ、瞳を潤ませながら切ない表情をするので、こちらも本気で焦る。朱羅兄の悲しそうな顔には昔から弱い。



「そう、それを聞いて安心したよ。では、洗いざらい話を聞かせてもらえるね?」

「え!? ええっと、あの、すでに陽兄から聞いているのでは……?」



 あれを語れと?



「こういうことは人伝手の情報よりも、やはり本人が一番だ。それに私を一番頼ってくれているのなら、陽には言えなくても、私になら言えることもあるだろう? 遠慮なく()()話すと良い。きちんと話すのであれば、この後の伯父上への報告ではうまくとりなしてもいいよ」

「話します!」



 どこにも逃げ場がない馬上、移動時間もたっぷりとあるときたら『話す』以外の選択肢はどうせないわけで。

 


「――というわけです」

「……なるほど、ねぇ」



 こちらは聞かれたことを話したのに、どんどん背中側から不機嫌なオーラが増幅するという恐怖の乗馬尋問ツアーとなったわけだけど、朱羅兄が約束通りうまくフォローしてくれたお陰で、飲み会の件は軽く注意を受けるのみで済んだのだった。



 朱羅兄の信用度の高さは娘よりも上だと改めて思い知った。

 




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