31:内緒の飲み会①~悩み相談編~
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ここは火ノ都。かつての古巣です。
え? 告白のことはどうしたですって?
朱羅兄が「仕事で火ノ都へ行くのだが、一緒に行こうか。鈴は休みだろう?」と言うもので、話に乗っかってみたわけです。火ノ都へは朱羅兄と一緒に向かったわけだけど、彼は仕事の用で来ているので明日まで別行動だ。
「ではね、鈴。久しぶりの交友を楽しんで、悩みなど記憶から消してしまうと良い」
「あー……うん。朱羅兄はお仕事頑張ってね」
この一週間、ひたすらに久遠さんが訓練の時間帯を狙って配達することで、避けに避けまくって迎えた休日。
事情を知っているらしい左京さんからは、「副隊長、目に見えて落ち込んでおりますよ」と言われ、罪悪感が半端ない。でも、今は本当になにを話したらいいのかもわからないし、もしも返事を求められたら? とか考えるだけで頭が痛い。
誰かに相談したくても、母には元から仮初のことを言っていないので言えないし、父はもちろん論外。アキちゃんが一番話し易いとは思うけど、ツガイ同士の恋愛だから参考にし難いのも目に見えている。
奇しくもそのタイミングで火ノ都の親友から『泊りで遊びに来ない?』とハガキが届いた。
両親から一人で向かわせるのはと難色を示されたものの、そこに朱羅兄の同行の助け舟が入ったことであっさり許可が下りたというわけだ。
朱羅兄と別れて数分、友人との待ち合わせ場所に到着し、本日の相棒ウミから降りる。
仕事の時の少年っぽい格好――主に陽兄のお下がり――とは違い、襟は首元まで詰まっているけれど鎖骨の間がほんの少しだけ開いていて、腰元から切り込みが入った水色のアオザイ。
ちなみに下は、スカートに見えるほど裾が広がる生成色のゆったりとしたパンツを履いているので、馬にも跨りやすいのだ。
人族の女性は横座りで馬に乗るみたいだけど、どう考えても怖い乗り方だと思う。
「お待たせ~!」
「あ!」
少し離れた所から、見知った友人が手を振り走って来る。
同じくアオザイ風の――とはいっても私のような乗馬目的ではない――表面の生地は黒の総刺繡で、透けて見える下地の赤がなんともセクシー。視覚的にもけしからんです。
「わぁ! チャコ元気だった? あ、お化粧してるでしょ? 服もなんか大人っぽーい」
「きゃー久し振り! リンリン――は、いつも通り、変わりなかったわね」
友人と再会を喜びながら騒いでいると、チャコと似た顔立ちをした青年から「自分の鞄を僕に預けて先に行くなよ」と少し呆れを含んだツッコミが入る。
「リンコは化粧やめときなよ。特に安価な化粧の粉は鼻がムズムズするから僕は嫌いだ」
「千太郎も久し振り! チャコは化粧上手だし似合っているからいいんじゃない? 女の子はお洒落したいものなんだよ」
このチャコ、千太郎というのは学生時代の一番の親友、猫族の三ヶ谷 千夜子ちゃんと千太郎、双子姉弟だ。
ちなみに私が掘った落とし穴に嵌ったラッキーボーイである。
当時の千太郎は、ちょっとヤンチャなお年頃でズケズケと意地悪ばかり言うので、『穴に入って反省したまへ』という意味を込めて落としておいた。毒気を抜く的な?
そこへ姉のチャコがやって来て、これは怒るかと思いきや「ナニコレ!? おもしろそ~!」と言って一緒になって穴を埋め、肩から上だけになった千太郎が「もうしません! 許して下さい」と言うまで二人でおしゃべりしながら眺めていたという……とても心温まる思い出だ。
そんな千太郎も成長期を迎えるまでは、女の子同士の双子だと思っていたくらいそっくりだったけど、今では身長差がつき、チャコ同様の薄茶色の髪もツーブロックにしているせいか、細身ではあるものの精悍な雰囲気を纏っていた。
ここ火ノ都のような温暖な田舎では、さらりと軽いチャンパオを着ている人が多い。土ノ都では色んな地方出身者が移り住んでいるせいか、服装も元の出身の服装をしている者、流行りのオランドラ製の洋服を着ている者と様々である。かく言う私も、着慣れたチャンパオが日常でもメインだ。
千太郎もいつも通りチャンパオを着ているけれど、彼は下のパンツの裾が足首の上で窄ませてある。動き回る猫族にはそちらの方が実用的だと思う。
対するチャコも成長期と共に160cm弱の私の身長を超え、必要な所にだけお肉配分がされた嬌姿である。体質からしてとても不公平だ。
小型獣人とは言っても、父親がオオヤマネコ、母親が三毛猫なので、千太郎は175cmくらい、チャコが170cmくらいだろうか? 中型よりの小型種に該当するから、クラスでも二人は大きい方だった。
毛色と特徴的なケモ耳を見るに二人は父親似で、兄弟姉妹の中でもやはり大きいのだとか。耳の先に小筆のような毛がちょこんとあり、可愛い。
「リンリンは、どれどれ……へぇ一応唇の保湿だけはしているのね。あ、これって高級品じゃない!?」
「え? 見たらわかるものなの!? えへ、実は女子力を磨けって怒られてからは塗ってるの」
以前、右近さんに『ユービンって唇の保湿してないでしょ? カサついてんじゃん。これあげるから少しは女子力磨きな』と目力強めにリップクリームを渡された。少し強めの香りではあったけれど、高級品で伸びが良く塗り易い。
右近さんのものはジャスミンに似た香りだったせいか、『鈴らしくない香りだけれど、お気に入りなのかい?』と朱羅兄に聞かれ事情を話すとにこりと微笑み、『こちらと交換しようか。そちらは男性的な香りだから、私が使うとしよう』と言って、甘い蜂蜜の香りがする、可愛い陶器入りのリップクリームと交換したのだ。
交換はしたものの、朱羅兄は使っているのだろうか? 後日、右近さんにはジト目で見られ、『……僕のあげたものより良いやつに変わってるじゃん。誤解されるようなこと言ってないよね?』と怒られた。もちろん、右近さんは親切心でくれたのだと話してある。
「匂いでしょ? 高級品は自然派だから臭くないし。リンコも少しくらいお洒落に目覚めろよ。女の子なんだろ? 一応」
久し振りに会ったというのに、そんな雰囲気を感じさせないし、遠慮のない態度も物言いも変わらない。私もそんな二人だから気を遣わないし、自然体でいられる。
千太郎も一見冷たい言い方だけど、実際、学生時代はお淑やかな女子ってなんですか? の如く、わんぱく女子だったからね。一応、性別女子という言い方は正しくもある。
さて、今日は親に友人宅へ泊まってくると伝えてあるけど、言ってしまえばまぁ、友人宅でお泊まり飲み会である。
まさにドンピシャなタイミングでのお誘いに感謝しかない。
「一旦忘れる」ならお酒だろう。そして、陽兄が言う「食べて笑う」まで全て兼ね揃えているのは飲み会じゃないかと思う。
「リンリン、来れて良かったよ~!」
「私も、今日はチャコ達の家に泊まるの楽しみにしてた」
「今日はね、口煩い親もいないから騒ぎ放題よ! あ、でも一番上の兄がタイミング悪く帰省してるけど、無視でいいから」
「すぐ上の千都姉は若い内は楽しめ派だけど、千兄は頭固いよなぁ」
「しっかりとしたお兄さんでいいじゃない」
しかし、聞けば兄弟姉妹には兄貴風を吹かせているのに、仕事の付き合いだと言って自分は頻繁に飲んでいるし記憶もなくす系。そして恋に恋する恋愛体質で、帰省の度に別の名前の女の子に恋をしている話か振られて落ち込んでるか、らしい。
ほんの一分ほどで、しっかりとしたお兄ちゃん像は消え失せた。
***
「「「友情にカンパーイ!!」」」と飲み始めてニ時間。
水のようにガバガバ飲んでいたチャコも、顔色変えずに飲んでいる千太郎も、おつまみもお酒も程よくチビチビやっていた私も、程度は違えど、皆もれなく酔っていた。
当初、飲酒にうるさいと言うお兄さんがいないか警戒していたけれど、出掛けるといった趣旨のメモ書きがありバレずに済んだ。
ご両親は下の双子を連れて旅行へ、上のお姉さんは恋人のところとのことで、家には私とチャコ、千太郎の三人のみ。お兄さんも友人と飲みに出掛けているそうで、帰宅は遅いと予想。
私としては酒場へ出向いて飲酒するのではなく、親しい友人のみでの宅飲みは問題ないと判断している。
別に成人しているし、この国ではお酒も飲める年齢なんだけど、「身内以外と飲んではいけない」と過保護に育てられた私は後ろめたさもあり、親には「飲酒してきます」なんて正直に言ってはいない。
問題ないと断じた割にはビビっている。
「それにしてもリンコが告白されたか~。本性隠して猫でも被った?」
「猫なんて被ってないわよ。むしろ出会いはゴミを被ったくらいで、」
「照れなくてもいーの。リンリンはやればできる子って信じてたからね。あたしは嬉しい!」
「嬉しいのはいいけど、こう言うのってどうしたら良いの? 返事とか、兄は待たせておけばいいって言うんだけど、クーリングオフは一週間程度でしょ?」
「なに? くーりん……? は知らないけど、すでに一週間無視してんだろ? さすがに可愛そうじゃないか?」
「無視はねぇ……女子なら泣いてるわよ。そんなに見込みないなら待たせず断ったらいいのに」
二人共つまみの乾燥小魚をカミカミしながら聞いてくれているが、どちらかと言えば私が悪女のような扱いである。
「見込みがないとかあるとか、全然わからないよ。ずっと仮初で演じて来ていたはずなのに、知らない間に演技じゃなくなっていたんだよ? 戸惑わない方がおかしいでしょ」
「仮初!? なにその後付け情報!」
結局、ことの始まりから話してみれば、私へも多少同情は向けられた。
「でも、そんな契約を持ち出すほど格式のあるお家ってこと? 庶民ならそんなにお見合いお見合いってうるさく言わないでしょう?」
「うん……私も詳しくはないけど、朱羅兄の、火神家とそう変わらないんじゃないかな?」
「ぶっ!! ゴホゴホッ! マジか。リンコ、玉の輿じゃん。取り敢えず付き合っとけば良いのに」
「玉の輿だから付き合いたいとか、格好良いから付き合いたいとか、そんな単純な話じゃないの! そもそも私に『取り敢えず』で付き合えるような器用さがあると思う?」
「ないわね」
「ナシだろうな」
自分で言ったけどさ、それはそれでちょっと傷付くよ?
「じゃあさ、『まずはお友達から』って言ってみたら?」
「友達? 朱羅兄と同じ歳くらいの人と?」
「相手だって即フラれるくらいなら、まだ可能性が残る、友達以上、恋人未満の方が受け入れるんじゃない?」
その友達以上、恋人未満ってどういう関わり方をするのかがわからないけど、二人は返事をもう少し引き延ばしたいのなら、今はこれがベストだと言う。
「みんなそんな風にやっているのよ」なんて言われてしまえば、そういうものなのかなと思わなくもない。
「まっ、今日は発散させたかったんでしょ? 解決の糸口は見えたんだし、今夜は飲もう!」
「そーだ、そーだ! リンコの脱非モテにカンパーイ!」
「脱非モテはやめてよ!!」
卒業祝振りに飲んだお酒は、千太郎が「お子ちゃまなリンコにはこれが飲みやすくていいよ」と言って作ってくれた、お酒を甘い果汁やジュースなどで割った”ミック酒”。これがまた飲みやすくて「ほとんどジュースみたいだね~」とゴクゴクいっちゃいまして。
さらに一時間後――私はめちゃくちゃ酔っていた。
そして注意力散漫になっている私達は気が付かなかった。いや、たとえ素面の状態でも気付かなかっただろう。
自覚していた以上に身内が過保護だったということに。
ここは家族で元住んでいた火ノ都。自然豊かな地方都市だけに、街中自然に溢れていて、獣人だけでなく野生種にも人気があり、中央ではあまり見られない動物もいたりする。
友人宅から少し離れた街路樹には、ジッと息を潜めて一部始終を見ていたものがいた。夕暮れ時もなんのその、むしろこれから絶賛活動時間のフクロウである。
フクロウは「ホーゥホゥ」と鳴くと、音もなく飛び立っていった――
***
水のように飲んでいたチャコも最近恋人とあーだこーだ、千太郎も好きな子から「ハッキリものを言い過ぎるのが嫌い」と言われて切ないなどの愚痴を聞く。
さらには酔っぱらい故の意味不明なテンションの高さに「踊ろう!」と盛り上がり、三人でヘンテコで適当な踊りを繰り広げては大笑いしていた。
指笛を鳴らしたり、テーブルを叩いたり、最高潮に盛り上がっているところで突然ノックもなく部屋のドアが開いた。
まさに私がちょうど踊っている最中だったので、最低最悪のタイミングである。
「コラァァ!! お前らまだ成人したばかりだってのに、酔っぱらって大騒ぎするまで飲むなんて十年早い!!」
三毛猫の母親の血を受け継いだ、希少な三毛猫の男性は、髪も上部が白で毛先に向かって黒のツートン、ケモ耳と瞳は薄茶だ。
「はぁ? 急に入って来ないでよ! それに千兄とあたしらは三歳差でしょ? それ言ったら千兄もダメじゃん」
「そんな計算もできないのによく試験通ったよな。あとノックは家族でもマナーだよ」
「ひょわ! お、お邪魔してまひゅっ!」
振り付けでゆらゆら上げていた手はすぐに下げ、そのまま気をつけの状態で挨拶をするも、思い切り舌を噛んでしまった。地味に痛い。
「どうも二人の兄の千寿……って、えぇっ!? 君は鈴さん? お前ら鈴さんと友達だったのか?」
そういって鼻をひくひく、あとはジーっと観察するように見ている。今は匂いを確認してもお酒臭いだけだと思う。
「うっわ、やだサイテー! 前にお洒落な店教えろとか言ってたのって、リンリンを口説こうとしてたわけ? 最悪なんですけど!」
「お店って何の話れすか?」
「リンコ、男としてアレはお薦めしないからやめときな」
「オレが鈴さんを? なんでそうなるっ!?」
相手は私を知っているようだけど、どこで会っているのだろう? 記憶を探ろうとするも酔っぱらっているせいで、思い浮かぶのはリク、クウ、ウミ、つまり愛馬の顔しか浮かばない。酔っていても馬愛は揺るがない。
「鈴さんはオレのこと知らないはずだよ。オレは鈴さんを見掛けるけど、一般郵便は受付嬢の藤さんにまとめて渡しちゃうからね。面と向かって話すのはこれが初めってッスよ」
「あ~四神なんれすね」
「うん。ところで久遠副隊長となにかあった? 今週ずっと精気がなくて皆心配してるんッスよ」
「? 会っていないのれ、わかりましぇん」
「え!? 会ってないの? 全く? それが原因かぁ!」と頭を抱えてしゃがみ込む。
双子の「告白って、四神の副隊長様なの? すごいじゃない」、「リンコ本気で玉の輿狙えるじゃん」から「告白!? ついに言ったの? 副隊長!」と驚くお兄さん。
「ところで鈴さんは今日は泊まりで明日帰るんッスよね? なにかあったら俺の未来まで消滅する可能性もあるから、良かったら明日は俺が送っ――≪コンコン!≫」
話しを遮るように、妙に響くノック音が聞こえた。
こんな時間に訪ねて来るって誰だろう?
魔王の足音はすぐ傍まで迫っていた。




