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30:ツガイなんていらない② /side 火神 朱羅


◆◆◆◆◆


 鈴が七歳、私が十四歳の頃。


 鈴は相変わらず身体は小さいが、料理作りに興味を持ち「お弁当、作ってみたの」と言って、昼に伯父上に連れられて届けてくれた。鈴もようやく学校に入学できることになった頃だ。



「朱羅、鈴は天才かもしれん。この歳で卵を巻けるのは鈴くらいじゃないか?」



 伯父上の娘馬鹿ぶりはいつものことだが、確かにこんな小さな身体で、よく台所に立てたものだとは思った。



「朱羅兄、下手っぴだけどね、一番上手に出来たのだよ」

「そうか。嬉しいな、ありがとう」

「俺のは卵の殻とお焦げのオマケつきで、香ばしくて食感が楽しいものだったぞ」



 獣化させた翼で頭を撫でると、嬉しそうにふにゃりと相好を崩す様は可愛らしい。

 

 私は基本、学校の食堂で食べているけれど、『昼食だけじゃ全然足んねぇ!』と陽が鈴に話したことがきっかけだとか。陽は年中成長期のようで羨ましいことだ。


 それを聞いて、上の兄()で足りないのなら、更に上の私はもっと足りないのではと考えるのが鈴らしい。


 火神家では母の料理が壊滅的な為、料理人が作った質の良い、均衡のとれた食事が毎日用意されている。だが、徐々にこの整い過ぎて隙の無い食事が、却って苦手となり食が細くなっていった。


 あまりにも食べなさ過ぎる日々が続いた頃、心配した母が「栄養がある」とされたものをひたすらに飲料化しただけの、味覚と嗅覚がやられてしまいそうな、毒にしか見えないおかしなモノを作り、無理矢理飲ませてくるようになった。

 そのあまりに心的外傷(トラウマ)を生むほどの味に耐えきれず、以降は小食でも訓練の一環と思って最低限は食している。

 

(もう今日の昼食で基準量は満たしているから、十分ではあるのだけど)


 食堂での食事量も報告が母に伝わっている為、鈴の弁当を優先させたかったが、先にノルマ分は食していた。

 腹は十分に満たっていたけれど、鈴が手づから一生懸命作ったのだから少しでも食べてやらねば。



 そう思って蓋を開ける――




 目に飛び込んできたのは、小さな手では収まりきらないだろう大きさの歪な握り飯と、形が不揃いの焼き過ぎな卵焼き。



 たった二品ではあったけど、早起きをして私の為に作ってくれたもの。

 

 当然昼には冷めている弁当だけど、食べると不思議と心が温まった。料理人が作る本格的なものとは比べ物にならない出来栄えなのに。

 

 私を想い、私の為だけに作られた弁当は、世界で一番美味しかった。



(鈴音が、鈴が作ったからだろうか)



 そんなこともあって、食が細いで定評のある私が、昼食後、更に鈴の弁当を完食したことが母の耳に入り、喜んだ母がさらに鈴を褒めたことで、鈴も張り切って頻繁に作ってくれるようになった。鈴は乗せられやすい。



 回を、年月を重ねて行けば、鈴の弁当の腕は目に見えて上がり、薄っすらとあるという前世の記憶を参考に彩りよく、又、小遣いを叩いて特注で作ってもらったという花型や、愛の象徴だと言うハート型、星の型抜きなんかも活用して可愛らしい弁当を作るようになった。


 私はその技術や彩の美しさ、苦手な物の抵抗を少しでも減らす為にと、愛らしく作り変えるという心遣いが嬉しかった。何より、作る間はずっと私を想ってくれているのだと思えば、喜びもひとしおと言うものだ。

 

 しかし本人はそれを、可愛い弁当に私が喜んでいるのだと勘違いしたようで、それからずっと可愛らしい弁当となっている。

「可愛いものを見つけると朱羅兄が浮かんじゃうの」と言うので、それならそれでいいかと思うことにした。


 とはいえ、可愛らしい弁当はそのまま鈴を表しているようで、結局私もそちらに愛着が沸いたのだけど。


 こうして彼女の作った弁当を食べては癒され、ふと気が付いた。



 甘やかしてきたつもりが、いつの間にか甘やかされているのは私の方ではないか――




 鈴が五歳前後の辺り、陽から前世の記憶が少し戻ったらしいと知らされた。


 その時、「鈴は朱羅のツガイじゃないのか?」と唐突に聞かれたことがある。



「……残念ながら」

「あんなに可愛がっているのに? 他とは明らかに違うじゃん」


「お前の言葉を借りるなら、『出会った瞬間、恋と言う名の雷がドカンと落ちるような感覚』だと言うじゃないか。私には落ちなかったようだよ」

「うわぁ!! ヤメロ! 忘れてくれよ!」



 本人にとってはまた一つ増えた黒歴史らしいが、出会った時の感覚はそんな感じだと当時力説していた。しかし、陽がそんなことを私に聞いて来るとはあまりに不自然に思える。



「陽……大方、私の父か、母辺りから探りを入れるように言われたのではないか?」

「ゔっ……まぁ。でも、オレも鈴と朱羅がって言うなら良いなとは思ってた。鈴は朱羅に懐いてるし、朱羅になら安心して託せる」


「私にその気があっても、肝心の鈴にその気がなければ成立しない話ではないか? 鈴が私を慕ってくれているのはわかるが、それは恋情とは全く別のものだ。とにかくまだ鈴は精神的にも成熟していない。そういったことは育つまで待ってあげるべきだと思うが?」

「そうだな……わかった」



 万が一にもそんな話が上がって来たとして、それを鈴も承諾をしたと言うのならもちろん喜んで受け入れる。実際、親同士が話しているのを聞いたことがあるからだ。

 可愛い鈴は私の癒しでもあるし、前世を含めても――今は記憶は一方的ではあるが――付き合いが長い分気兼ねもしない、そしてなにより彼女の食事は残さず食べることが要因だろう。

 


 両親も、伯父たちも私が鈴を、というのは気付いている。異性との関りも、話題も鈴くらいしかいないのだから、そう思うのも仕方がないし隠しているわけでもない。


 だからと言って、当人達の気持ちを無視したような婚姻はしたくはない。まだよく理解も出来ない鈴に「朱羅のお嫁さんになりなさい」と言えば、私に懐いている鈴ならば「わかった!」と張り切って頷くだろう。それでは意味がないのだ。


 私は今度こそ正しく選ばれたい。


 鈴が、鈴音が好きだし、必要だ。



 それでも……こんなに想っていても、ツガイではないこともまた、確か。



 ツガイではないのに、私の気持ちだけで無理強いは絶対にしたくない。あの子は【ツガイ】に敏感だから。




◆◆◆



 ようやく鈴が卒業し、成人を迎えた。


 成人を迎えたとはいってもまだまだあどけなさが残るが、裏朱雀の協力が必須なこともあり、一家で中央へ引っ越して来た。住み慣れた土地から引き離すのは可哀想ではあったけれど、これまでより彼女に会いやすくなるのは嬉しい。


 

 先日は「お互いにいい歳になっても独り身だったら共同生活をしないか?」と提案してみた。


 昔は「兄」だから堂々隣にいることを許された免罪符が、今は「兄」であることがかえって男として意識されない弊害となっているからだ。

 

 鈴と二人の生活はきっと穏やかで、楽しいものになると容易に想像できる。その日常の中でゆっくりと私たちなりの「カタチ」を作るのもアリなのではないかと思ったのだ。


 鈴が真実、結婚というものが嫌なのであれば、そのままでも構わない。世間の目がと言うのなら形だけの結婚、所謂「白い結婚」でも良い。


 前世では私が一番最初に鈴音と別れることになった。最期に鈴音が流した、私だけの為に流された涙を見て「ああ、やはり私は鈴音が好きだ」と思った。


 それと同時に襲われた寂しさと悔しさは、今でも大きなしこりとなって記憶の奥底に残っている。今世、兎族ではなく寿命の長い鷲族に転生したのは、その思いの強さからではないかと、己の執着の強さを感じた。



(最期まで共に居られれば良い、そして私を選んでくれたのなら、なお良い)



 跡継ぎ問題は、幸い陽と晶がいる。多く子を成すことがあれば、その内の一人に「火神」を名乗ってもらうでも構わない。むしろ本来の正しい形に戻るだけだ。


 そもそも当主なんて私の子だとしても、強くあるかどうかなんてわからないのだし、他の実力がある者、なりたい者がなれば良いとすら思っている。


 少なくとも伯父は私に負い目があるはずなので、きっと味方になってくれるだろう。



 もちろんそれは手段の一つにしか過ぎない。鈴が成人した今は、少しずつ態度も変えて行きたいと思っている。

 

 鈴は深くは考えていないようだったけど、そうなったら楽しそうだという思いはあったようで、仮想共同生活の話は思いの外盛り上がった。

 私との生活に、悪い印象や抵抗を抱いてはいないのだとわかり、内心胸を撫で下ろしていた。



(陽と晶が祝言を挙げる頃に、もう一度提案してみよう。鈴は二人の邪魔にならないように家を出たいようだから)



◆◆◆



 久し振りに陽が私を尋ねて来て「良い話と悪い話がある」と言う。



 良い話は碧海家の近くで売家が出たこと。折良く出た話に、すぐに押さえることに決めた。



 そして悪い話――

 


「鈴が黒狼(久遠)に告白された、だって?」

「ああ、ついさっきな」



 鈴のことは「仮初で一時的なものだ」と奴は私に言ったのだ。仮初から本気になってしまうのは、あり得ないことじゃない。だが、少なくとも奴に後れを取ることはないと、そう思っていた。


 それなのに、よりにもよって”黒狼のツガイが鈴だ”という話は聞きたくはなかった。


 なにかされたわけでもないのに、黒狼のことは初めからあまり好きではなかった。だが、今になってその理由がわかった気がする。

 


「アイツ、黒猫のレインだった」

「レイン……」



 だから好きにはなれなかったのだ。


 陽とは今世では従兄弟同士、血の繋がりや記憶が戻る前の関りもあり、そのまま良い関係を築けていたが、彼は駄目だ。




 ドクン、と心臓が跳ね、ぶわりと髪が逆立つ。




「ツガイ? それがどうしたって言うんだい? 鈴にわからない以上は証明しようもないものだ」

「え!? それはまぁ、そうだろうけどさ。でも、ツガイじゃさすがに、」


「では陽は、同じように晶がツガイ認識出来ないとして、そこへ他の男がやって来て『晶は俺のツガイだ!』と言って来たらあっさりと身を引くのかい?」

「ア”ッ? そんなふざけた野郎は海にでも沈めて来るに決まってる」


「そうだろう? 大体、久遠が鈴のツガイだと証明するものはあるのかい? そんなもの、私だって言えることだろう? そんな本人にしかわからない戯言を信じて、鷲族がおめおめと身を引くようでは、私は次期当主の座を辞して、更に翼を折らねばなるまい」

「朱羅、本当に鈴はツガイじゃないのか?」


「ああ、ツガイではないよ。なにか問題でも? 世間ではほとんどがツガイ同士ではないんだ。ツガイとは陽や伯父上のようにお互いが認識して、初めて成立するものだろう?」

「そう言われてしまえば、まぁ」


「陽、お前も言っていたね? 大切なのは鈴の気持ちと鈴の幸せだと」

「言った。それに変わりはねぇよ」


「ならば、お前はそのまま鈴の気持ちに沿っていてくれたらいい。私は私で努力するのみだ」

「鈴にも余計なこと言うなってことだな?」



 まんまと私と鈴の共同生活の夢を踏み荒らし、ツガイというだけで大切に大切に見守ってきた鈴を簡単に得られると思うな。



――気に入らない。



 鈴の相手になるのなら、何よりも彼女を優先できて、自身も相手も守れる強さを持った者でなければと、ずっとそう思ってきた。



 よりにもよって、面倒で厄介な男に見つかってしまったものだ。




 自分が好きになった相手がツガイで良いではないか。



 鈴が抱えているツガイに対する不安、今ならよくわかる。




 私もツガイを見つけたら、この気持ちは消えてなくなってしまうのだろうか?


 前世の鈴音との関りも、今世でずっと見守って来た鈴との思い出も、全てそのツガイで塗り替えられてしまうのだろうか?

 

 私にとってツガイなど、もはや夢ではなく悪夢でしかないではないか。





 それならば、私はツガイになんて一生会えなくても良い。





 ツガイなんていらない――




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