29:ツガイなんていらない① /side 火神 朱羅
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「よりにもよって、あの男の記憶まで呼び起こさなくても良かったのに。平等主義だった鈴音らしいと言えばらしいが……」
陽からの報告を聞いた後、私は怒り、悲しみ、焦り、色んな感情で昂っている気持ちを静める為に、一人机で手を組みながら瞑想していた。
こんな時は彼女のことを考えるのが一番良い。
私は時を遡り、記憶が戻ったあの日に起きた奇跡を思い出していた。
「二度目ましてだね、鈴音。また会えて嬉しいよ」
これが一番初めに私が彼女に掛けた言葉だ――
火神家の嫡子であった北斗伯父が碧海家へ婿入りし、次男である私の父が火神家を継いだ。
火神家は昔から鷲族の長を多く輩出してきた名家。鷲族の長になると言うことは、一部を除く鳥獣人の統率者とも言える。
もちろん
、過去には別の分家の者が当主に収まったこともある。
獣人族は人族のように、必ずしも当主の子が跡を継げるわけではない。一族を統率できるほどの実力がなければ上には立てないからだ。よって、家格はそれほど重要ではなく、実力が重視されている。
私が生まれる前、当時祖父が当主を務めていた頃のこと。
若い時分から頭角を現していた伯父上は、当主はもちろん、一族も次期当主として認めていた。私の父は中等部の頃には文官へ転向し、兄の補佐をして行くという構図まで出来上がっていたと言う。
そして月日は流れ、適齢期をとうに迎えてしまった伯父上。
本来であれば長男から結婚するところ、当時の北斗伯父は朱雀隊に属しており、「朱雀隊の頂点を獲るまでは嫁なんざいらねぇ」と言い、聞く耳も持たなかった。
今はどうであれ、周囲も次期当主は北斗伯父と思っていたし、当時まだ壮健であった当主の祖父も「それまでは俺が当主の仕事をやりゃあ済む話だ」と言って容認していた。
そうした経緯もあって、私の父の方から先に婚儀を行う運びとなった。
そして私が誕生から少しして、北斗伯父がツガイと出会い、電撃退職。配達業を生業としている碧海家へ婿入りをしてしまう。
私が先祖返りで完全獣化できることはすでに一族中が知ることで、「どの道、朱羅が継ぐなら内政はこのまま弟にさせ、火神家を継げばいい」とあっさり家督を譲ってしまったのだ。
ツガイ同士を引き裂くことは困難を極める為、祖父母も結局は私の存在があったお陰もあって婿入りを許可したのだとか。この騒動で寿命が10年は縮まったそうだ。
普通は文官である父が一時的な代理とは言え、当主などあり得ないのだが、父は伯父を支える為に「武」ではなく「知」の能力を高めていた。
武とは異なった才能ではあるが、当主に必要な実力とはなにも「力」だけではない。力が優先ではあってもそれをうまく扱えないようでは意味がないからだ。
ただ父も積極的に当主代理など、やりたかったわけではない。
他に一族の中の誰かが当主を名乗り出ても良かったのだが、早ければ私が成人した時点で当主交代もありえるとなると、そう長くは勤められない。
気合で当主に君臨していたという祖父から父へ当主の座が移ったのも、私がすでに10歳を過ぎた頃だったので尚更である。
その上、完全獣化できる者を下に置くこともまた抵抗があるようで、手を挙げる者はいなかったそうだ。
とはいっても次期当主予定の私は当時まだまだ殻のついた子供。当主代理の父と当主補佐兼指導役として伯父の双方から鍛えられるという、英才教育なるものは物心ついた頃から始まっていた。
私自身、幼い頃は純粋に父や伯父の聡明さ強さに憧れを抱いていたので、訓練や学習とはいっても二人が自分に関わってくれることを素直に喜んでいた。
私が三歳の頃、陽が誕生し従弟ができた。兄弟がいない為、お互いすぐに仲良くなり兄弟のように過ごしていた。
陽が四歳、私が七歳の頃、陽に「今年の流星群はオレの家で見ようぜ!」と誘われ、屋根に上がり一緒に夜空を眺めていた。
厩舎に落ちた不思議な流れ星、そしてそこに落ちていたのは星ではなく、小さな星の欠片に照らされた獣人族ではない赤子。
まだ人族との交流はしたことがなかった私は、当然人族の赤ん坊を見るのは初めてで――
あまり見ることはない桜色の髪は目を引くけれど、我々鳥獣人のような翼もない。サル族に少し似てるけど耳も小さいし、尻尾もない。
なにより体格が細く、小さ過ぎる。こんな弱弱しい子はすぐに死んでしまうに違いないと思った。
陽と私は驚いてはいるのに声が出ず、それでも目を逸らすことが出来ないでいる目の前の赤子を観察していた。
しばらく赤子の頭上に留まっていた流れ星の欠片、それは徐々に光が弱くなり、赤子へ向かってゆっくり落ちているように見えた。「赤子に当たったら死んでしまうかもしれない」そう思った私と陽は咄嗟にその星の欠片へと手を伸ばした。
指が触れた途端、硬いはずの星の欠片に十文字の亀裂が入り、星の中から光が溢れる。パキンと音を立てて割れたその刹那、星は四つに分かれ、一つは空へ向かって飛んで行き、残りは私と陽、そして赤子の中に吸収されていくも、その眩い光にしばらく目が開けられなかった。
「――ハッ! ……ハァ」
「な、なんだ今の……!?」
一瞬なにが起きたのかわからなかったが、陽にも同じ現象が起きていた。前世の記憶が流れ込んできたのだ。
お互いにかつては目の前の赤子――鈴音――の愛玩動物。オウムのアルと、私は兎のシュシュ。
別の意味で衝撃を受けた。この私が小さな兎……
陽も「前世がただのおしゃべり好きなオウムとか……軽く死ねる」とショックを受けている模様。こちらからすれば案外楽しそうに映っていたのだが、そうでもなかったのだろうか?
ただ、鈴音と再び会えたことは望外の喜びで、今はまだ会話はできないが、いずれ自分達のことにも気付いてくれるかもと胸が一杯になった。
◆◆◆
予想に反して鈴は小さいながらもすくすくと元気に育った。同じ火ノ都で過ごしていた私はしょっちゅう碧海家へは行っていたけれど、毎回顔つきが変わっていってるようにも思える。
前世の黒髪黒目の面影は一切なく、桜色の髪に青空を映したような瞳、柔らかな顔つきと言うよりはハッキリとした顔立ちをしていた。
それでも時折見せるあどけない笑顔はかつての鈴音を思い出させ、それだけで私の心を癒してくれた。
私は昔から何でも器用にこなすし、火神家嫡男は強くあれと育てられたので、そこそこの強さもある、と思う。
両親からの愛情は感じているし、父は厳しくも尊敬できる人だ。
しかし、私は火神家の嫡男。
陽も碧海家の嫡男ではあるが、火神家の嫡男とは重責が違う。そもそも陽本人は当主になりたい願望すら持ってはなく、私を支える者を目指しているようだ。
これと言った夢があったわけでもない私は、今更当主になることに不満はなかったものの、当たり前に甘えたり我が儘を言うという行為は、子供心にもうできないのだなと感じていた。
そして鈴が三歳、陽が七歳、私が十歳の頃、驚いたことに陽がツガイと出会った。
伯父夫婦もツガイ同士ではあるけれど、ツガイを見つけられることは稀だというのに、こんなに若い内から見つかることもあるのかと驚いた。
当然、陽はツガイで頭が一杯になっていた。私の方も中等部へ向けての学業が忙しくなっていた頃というのもあり、慶事ではあってもどこか他人事のように感じていた。
(鈴はどうしているだろうか?)
青空を見て、小さな従妹の瞳が思い浮かんだ。最近は顔を出せていなかったなと、久しぶりに碧海家へと顔を出してみた。
(陽もちゃんと気に掛けていればいいが)
いや、ツガイに夢中になっている間は無理だろう。だけど鈴は人族だからツガイの感覚はわからない。まだ小さいのだ、泣いたり拗ねたり癇癪を興したりしているかもしれない。
そう予想を立てていたけれど――
反して鈴は部屋で一人静かにお絵描きや人形遊びをしていた。
伯母上に聞けば、むしろ陽にツガイができてからの鈴は、聞き分けが良く、一切我が儘も言わなくなってしまったという。
コンコン、と鈴の遊び部屋をノックし、「鈴、久しぶり」と声を掛けると、ぱぁっと表情を明るくした鈴が「あ、しゅらにぃに!」と嬉しそうに顔を綻ばせ、駆け寄って来た。
私はそれをそっと受け止める。
「鈴、一人で遊ぶのは寂しくないのかい?」
「……うん。おえかきたのしいし、おにんぎょさんも、たくさんあるから。リンちゃん、ぜんぜんさみしくないよ」
そう言って笑った彼女の笑顔は、私を迎えた時とは違う。強がりの笑顔だった。
今まで笑顔だけではなく、泥だらけの顔、ムキになっている顔、照れている顔、嬉しそうな顔、色々見てきた。でもこんなに心が痛む表情は初めてだった。
せっかく鈴音も転生して、今では自由に言葉も交わせるのに。なにより、こんな顔をさせたくはなかった。
「いつの間にか鈴はお友達がたくさんできたのだね、私にも紹介してもらえるかな?」
「いいよ。このコがおともだちのリーちゃんで、このコがシュウくん」
紹介してくれた鈴のお友達の人形はどちらも髪の長い女の子のようだったけれど、器用に使い分けているらしい。鈴の桜色の髪に似た方がリーちゃん、赤茶色の髪がシュウ君と言うらしい。
伯母上の手作りだという人形は、他にも白髪と薄い茶髪の人形があり、もしかすると私達を模したものなのかもしれない。陽っぽい白髪とツガイの晶っぽい茶髪の人形は寄り添うように棚に並べて飾ってあった。
「可愛い名だね。ところで棚にいるお友達は今日はお休みなのかい?」
「……うん。おーじさまとおしめさまはチュガイだから。はなしちゃメッなの」
「【獣王子とお姫様】の絵本のお話と一緒だね。鈴もツガイの王子様が好き?」
女の子だけではなく、男でも一度はツガイに夢を見る。ここで育って来た鈴だって当然そうなのだろうと思った。
「……リンちゃん、チュガイきらい。ほしくない」
「どうして?」
「チュガイきたら、はるにぃにみたく、あしょべない」
「陽は……今は出会ったばかりだからね。でも、もう少ししたらまた鈴とも遊んでくれるさ」
「リンちゃん、チュガイわかんないから、ほしくない」
「……そうか」
そう言うと、棚へとやっていた視線を目の前の人形へ戻し、四人掛けの小さなテーブルセットにはリーちゃんとシュウ君だけを座らせた。
陽はツガイができたことで、今は晶しか見えていない。いくら同じ空間で食事をしても陽の視界に鈴は入らない。
離れるのはなにも物理的なことをいっているのではなく、心が離れるということを鈴なりに理解したのだ。
伯父上たちも鈴のことは当然気に掛けていたが、こればかりは時が経ち、落ち着くのを待つしかないと誰よりも理解しているだけに、どうすることもできなかった。
一番は陽が若過ぎて自制が利かないのが要因だ。あまりにも出会うのが早過ぎた。
(でも鈴、お前は三歳だし、まだまだ小さい。我が儘だって言っていい、寂しいと泣いて困らせたっていいのに)
甘えるのを我慢することは自分にも経験があった。なんとなく鈴と自分が重なった。
一度そう思ってしまうと、なんとも鈴がいじらしく見えてしまって、今世は自分が守ってやろう、ずっと一緒にいようと心に誓っていたのに、全くできていない自分を殴りたい気持ちで一杯になった。
自分はまだ子供だから、早く力をつけて鈴を守ろうと考えていたのは間違いだったのだ。未来ばかりじゃない、大切なのは今、この時もなのに。
(いっそ、私が鈴を甘やかせてあげよう。我慢した笑顔なんて似合わない)
「鈴、髪を梳かすならシュウ君ではなく、私の髪を梳かしてくれないか? 鈴とおしゃべりできる朱羅兄と一緒に遊ぼう」
「しゅらにぃにと……? ベンキョは?」
「勉強は大丈夫だよ。だから仲間に入れてくれるかい?」
「うんっ!!」
頬を桃色に染めて、満面の笑みで返事をした鈴。
(そうだ、鈴は……鈴音にはその笑顔の方が似合うよ)
昔のように毎日とはいかないが、可能な限り鈴に会いに行き遊んでいたら、目に見えて私に懐くようになった鈴。
「しゅらにぃに~」と甘えてくる様は、まるで雛鳥のようで可愛らしいし、「かえっちゃヤーの!」と泣きべそを掻く姿には胸が締め付けられ、愛おしさが増していく。
そして、ようやく陽のツガイ一直線な時期が少しだけ落ち着いた頃、本人も妹をほったらかし状態だったことに気付き猛省した。
その後はツガイの晶も加わり共に遊ぶようになり、家で一人寂しく人形遊びをしていた少女は、元の外遊びの大好きな、笑顔の似合う少女へと戻って行った。




