28:約束 / side 碧海 陽
◆◆◆◆◆
「おい、妹よ」
「なぁに?」
「『なぁに?』じゃねぇよ。兄ちゃんは思うんだがな、仮にも蓮生とは逢瀬の途中じゃなかったのかよ。良かったのか? あんな中途半端に解散して」
「ゔっ、それは良くないだろうけど……いい。そもそも逢瀬のつもりはなくて、私はこの間の雨の日のお礼と、フラれ役を演じて解散するつもりだったし。結局お礼どころじゃなくなっちゃったけど」
時折、妹に訓練代わりにつけている小型偵察部隊の”事裏隊”――妹は可愛い小鳥隊と思っている――の報告で、玄武隊の久遠副隊長が鈴に興味を向け出したと聞き、目を光らせてはいた。
たまたま近場にいたことにはしているが、相手が興味を向け出しているのに、妹は「フラれるんだ~」とお気楽に出て行った為、予め近くで買い出しがてら待機していたのだ。
(しっかし、まさか前世の【レイン】だったとはなぁ)
こう言ってはなんだけど、オレや朱羅の次くらいにはイイ男だし、蓮生が鈴をツガイだと言うのなら、鈴にツガイの認識ができなくても、あっさり付き合うんだろうくらいに思っていた。
だけど妹は未経験故の慎重派なのか、結局保留として返事をしなかった。
もしや幼い頃からこの兄と朱羅、二人のイケメンを見続けたことによる弊害か?
オレと晶を見ていて『いいな、陽やアキちゃんみたいな関係』って言っていたから、色恋に慣れていなくても、憧れは抱いているんだとばかり思っていた。
(……それにしても、このうじうじ状態はなんだ?)
「ったく、『いい』って言いながら、なんだその顔は! 罪悪感満載じゃねぇか」
「だって、誰が見たって素敵な人なのに、返事もせず追い返す形になったのよ? 『何様?』って思われてるよね、きっと」
「思わねぇよ。少なくともオレは、全く思わねぇ」
「それは陽兄が身内だからじゃない」
蓮生が言っていた通り、前世鈴は【鈴音】で、オレはペットの【アル】だった。レインが旅立ったあとも、俺なりに健康に気を付けて鈴に寄り添い、天寿を全うした。
だけど、さすがに鈴音よりも長生きはできるわけもなく……ペットはどうしたって飼い主を置いて死んでいくんだ。
(オレが死んだら、鈴音は大丈夫だろうか? 泣き暮らさないだろうか?)
そんな兄心のようなことを思ったせいなのか、まさか今世で義理だが兄と妹という関係になるだなんてな。
「それでも、オマエが落ち込む必要はねぇ。『返事は待つ』ってアイツは言ってただろ? だったらいくらでも待たせときゃいい」
「いくらでもって言っても、どれくらいが許容範囲なの? 陽兄とアキちゃんはすぐだったんでしょ?」
「オレと晶を参考にすんな。もう出会った時にお互いバチィ! っと電撃が走ったんだよ」
「いいな……わかりやすくて」
「バーカ。オマエ、ツガイに拘ってたら獣人は絶滅すっぞ? 実際ツガイかどうかなんてお互いの心が決めることだ。詳しく聞いたことねぇからオレだって知らねぇけど、人族的に言えば『運命の赤い糸』ってやつと似たようなもんじゃねぇの? なんかチャラチャラした絵本に書いてあっただろ、そんな感じのやつ」
「チャラチャラって……じゃあ、その『運命』っていうのも出会ったらわかるの?」
「そんなもん知るかっ! オマエはなんでも頭で考えすぎだ! もっと単純に、本能とか直感にたまには従ってみろ」
「陽兄は逆に、本能と直感ばかりに頼り過ぎよ」
コイツは時折『自分は獣人じゃないから』と言うことがある。オレや両親がいくら「獣人じゃなくても関係ない」と言い続けていてもだ。
「なぁ鈴、この国で生きて行くんだろ? 自分の家庭を持つことを考えるのは悪いことじゃねぇ」
「……やだなぁ、わかってるよ。でもほら、まずは陽兄とアキちゃんだし、私だって職業婦人になり立てだしさ。そうだ、一人前になったら他の支店を手伝ってもいいかも!」
「ハァ、家業を盛り立てようとしてくれるのはいいけどな、オレが晶もオマエのことも守るから、んなもん心配ご無用ってやつだ。オマエが思うよりも兄ちゃんは強い」
「そりゃあ、私の力じゃ守るなんて言えないけどさ。少しは私だって頼りにされたい」
鈴、オマエはわかってない。
鈴がいるお陰で、家族の団結力は相当強いんだ。
鈴には言ってないけど、出会う前のオレなんて弱虫だし泣き虫だし、完全獣化できる朱羅が羨ましくて卑屈になってたようなガキだった。
守らなければならない妹ができたから、兄として強くなろうと思えたんだ。
「アホ! オマエは良くやってるし、十分役に立ってるっつの。お、あそこはオマエが食いたいってヨダレ垂らしてた玄武パンセットの店だろ? 買ってやるよ」
「涎垂らしてなんてって、ええっ! あの玄武パンセット!? 一度食べてみたかったの! いいの?」
全く似てもいない、玄武の亀の甲羅に似せたパンと、蛇のつもりなのか巻貝のように巻かれたパンに、甘ったるい乳脂肪分が詰まったパンのセットが巷では人気らしい。間違いなくご利益はない。
「おう。甘いもんでも食って、今日のことは一旦忘れて、笑って寝てろ」
「食べて笑って寝るって……ぷっ、ふふ、なにそれー! じゃあ、アキちゃんの分も買って一緒に食べようよ」
――そうだ鈴、オマエは笑ってろ。
「おう、そうだな。三人で食べるか」
「ヤッター! 陽兄、最高!」
『アルは最高だね!』
『アル、サイコー!』
鈴音とアルの光景がふと蘇る。
調子いいのは前世から変わんねぇな。
◆◆◆
妹を抱き上げた日を忘れはしない――
当時四歳だったオレと三つ上の朱羅の元に、流星群に紛れて現れた小さな星。
ずっと弟か妹が欲しいって言ってたから、流れ星からの贈り物なんだと思った。
父さんはなんらかの事情があって捨てられた人族の子供と思っているけど、捨てられたんじゃない、あの場所に舞い降りたんだ。
証拠はないけど、普通の赤ん坊は光を纏わないし、朱羅も光を一緒に見たからオレの勘違いではないはずだ。
記憶の戻ったオレは「妹にしたい!」とすぐに両親に願ったけど、父さんと母さんは難しい顔で見合わせていた。
「陽、その子は、人族の子供だ。孤児だと言うのなら、オランドラの施設へ預けた方がいい。お前が兄として面倒を見て、守ることなんてできないだろう?」
「野生種の小動物を飼うのとは違うのよ? 養子として迎えるのなら、この子もあなたと同様、実子として育てるわ。兄として我慢しなければならないことも増えるわよ、それでも大丈夫なの?」
「そんなの当たり前だろ? ちゃんと兄ちゃんとして鈴の面倒も見るし、もっと強くなって守ってやる! 父さん、母さんお願いだ!」
「陽、あなた、もう”リン”って名前まで決めてるの?」
「ハァ、名前まで付けてしまったのなら仕方がないな」
名前をつけてやるとことは、一族として迎え入れると言う意味を持つ。
それでも、その家の当主でもなんでもないオレにそんな権限はない。きっと警吏に調べて貰っていた数日の間に情が移っていたのだろう、人見知りも夜泣きもなく愛嬌のある鈴を、両親はすぐに本当の娘のように受け入れていた。
たとえ種族が違おうとも”家族”と認めてしまえば懐が深く、情に厚いのが鷲族なんだ。
(無事、鈴音を保護できたことはいいけど、今のままでは到底鈴を守りながら戦うなんてできない)
オレは決意した。
「よし、妹を守れるように、オレも鍛えてもらって強くなる!」
予定年齢より少し早いけど、従兄の朱羅と父が行っていた訓練にオレも加わえてもらうことになった。
今世はおしゃべりだけが得意なオレじゃないってこと、証明してやるぜ!
◆◆◆
気付けば妹も離乳食を食べれるくらいに成長していた。
鷲族はすぐに柔らかい肉を食べたものだけど、やっぱり人族は何もかも違うようだ。
近所の猿族のおばさんが、自分の子を育てる時に人族の育児本を参考にしたことがあるそうで、本を譲ってもらった。経験者が近所にいるのは本当に助かる。
「鈴、ほら、お口はあ~んだぞ」
「まんま、あ~」
十分冷ましてはあるものの、このか弱い妹の舌が火傷でもしたら大変だと、さらに念入りにフーフーと冷ましながら、喉を詰まらせないように確実に嚥下するまで見守る。
「お前はいつになったら噛み応えのある肉を食えるようになるんだ? 柔らかいものばっかり食べるから、腕はムチムチでほっぺがぽにぽにのままなんだぞ? 今日も可愛いなぁ~」
「あ~う~」
横から見た時の頬の膨らみはドングリを詰めたリスだ。なにも詰まってないのに、なんでこんなに膨れてるんだ? すごく軽いのに腕はムチムチで、でも筋肉は欠片もあるように見えない。
そんな鈴も三歳になった。
オレは専ら外に連れ出し、少しずつ体力をつけさせる為に外遊びに見立てた訓練を始めることにした。
とは言っても、鈴はトテトテと走る程度でめちゃくちゃ遅いから、大したことはできない。鈴は外遊びが大好きらしく、毎日喜んで訓練していた。
順調に思えた鈴との生活だったけど、オレが初等科へ進んですぐに晶と出会い、ツガイと判明。この出会いが鈴とオレの関わりを大きく変えてしまったんだ。
晶との出会い自体は喜ばしいことだし、両親のようにツガイ同士で夫婦になることを夢見ていたオレは当然舞い上がった。なんせ前世は生涯独身だったのだ、浮かれるのも仕方がない。
そしてまだ少年期に出会ってしまったが故に、自分でも中々制御ができず……晶一辺倒になってしまったオレは、しばらく妹を放置気味にしてしまったのだ。
ようやく周りが見えてきた頃、今更ながら「妹は?」と思い部屋を覗けば、外遊びが大好きだったはずの妹は、部屋で静かに人形と遊んでいた。
だけど、そこに以前の笑顔はなくて――
ヒュっと喉が鳴り、一気に罪悪感と涙が込み上げる。
鈴はオレの大切な妹で、前世は最期まで面倒を看てくれた鈴音なのに。今度はオレが守る、面倒見るって約束したのに!! オレの大嘘つきのバカ野郎!!
衝動のまま飛び出たオレは、朱羅兄の学校の前にいた。今すぐ相談できる相手が朱羅兄しか思い浮かばなかったんだ。
人形遊びはやっぱりオレが晶と出会ってから始めた遊びで、母さんが作ったものらしい。
両親は共働きだ。母さんは一階の事務所の側の休憩室に鈴を置いてはいたけど、小まめに様子は見ても、付きっきりで遊んであげられるわけではない。
普通なら同じような年齢の集まる託児所へ預けることも可能な年齢だ。だけど、大人ならともかく人族の小さな子供となるとわからないことも多く、体力も少ないから同じような活動はできないだろうと断られて入れなかった。
それをオレは知っていたのに、どうなるのかまではわかっていなかった。
「私には経験がないからわからないが、ツガイと出会った時期がきっと早過ぎたんだ。子供のお前では制御できるはずもない、お前が悪いわけではないよ。それは鈴もちゃんと幼いながらに理解はしている」
「でも、オレ……オレが守る、面倒を見るって約束したのに」
「鈴の兄は陽だけではないだろう? 私も鈴を守りたい者の一人だし、考えはお前と同じだよ。だが、残念ながら私もまだ子供だ。学業のこともあって、やはり毎日は行ってあげられない。でも、今度は二人になるんだ、半人前でも二人で協力し合えばうまく行くと思わないかい?」
「絶対うまく行く! 鈴も朱羅兄が大好きだし、きっと喜ぶ。それに二人共一人前になれば、二倍鈴を守れるってことだよな!」
それからオレは、どんなに鍛錬がきつくても必死に耐えた。少しでも早く一人前になりたかったからだ。
でも、オレと違って朱羅は完全獣化できる火神家の嫡男だったから、さらに学業もしっかり学ばなければならない。
在学中に受けた四神入隊試験にも合格していて、朱雀隊への配属も決まっているエリート中のエリートだ。
オレも同じ道へと考えた時期もあるけれど、傍で守ってやれるやつがいないと駄目だ。
そこで家業の配達事業の道へ進み、併せて鈴が卒業するまでは、父さんが立ち上げた自警団――通称、裏朱雀――へは非正規の応援要員扱いで入団した。
応援要員の間は自由が利きやすい為、その間「きっと役に立つから今から躾けておくと良い」と朱羅に言われて結成した、事裏隊の育成に力を入れていた。
諜報ならもっとカッコいい名前がいいんじゃないかと思うけど、どこでその名を口滑らせたとしても違和感のない名前だとか。
鈴の学校に一緒についてやれなくなってから、学校の許可も取り、訓練も兼ねて鈴の見守りをさせている。なにかあればすぐに知らせに飛んでくるよう躾けた。
◆◆◆
こうして陰ながら守って来た妹が、ついに初めて鳥笛を吹いたのだ。
初めて吹いたとは言っても、決して今まで何もなかったわけじゃない。それでも、これまで一度も笛を使用されたことはなかった。
学校で男子に意地悪されたとあれば、穴があると見せかけて、避けた先に作った落とし穴に嵌めるとか、非力だと体力で馬鹿にされれば、その分学力で負けないように励み、一部の種族から遠巻きにされようと、『残念とは思うけど、仲良くなりたくない人と無理矢理友達になる必要もないからいいの』と言っていた妹がだ。
一体何事かとすぐに向かい、文字通り転がり込むように店内へ入れば、半べそをかいている妹がいた。
「鈴! 無事か!!」
「陽兄! 手は出さないで、話を先に聞いて!」
鈴の隣にいた男を睨み、急いで駆け寄り話を聞けば、「告白をされたの」とぼそぼそと呟く。どうやら初心な妹には処理しきれなかったようだ。
初めての笛がそんな可愛い理由とは……物理面での対処法ばかり教えてきた弊害だろうか? 恋愛面では男を手玉にとって……なんてことは到底できそうもない。
そしてその告白の相手が少し前に『一時的な仮初の恋人役なのよ。母さん達には仮初だってことは内緒にしてね』と言っていたはずの相手、玄武隊の副隊長、久遠 蓮生であり、前世のレイン。
オレは妹の幸せと、妹が好いた相手と結ばれることが一番だと思っていることに変わりはない。
妹は果たして蓮生の手を取るのか、それとも……
それにしても、成人を過ぎているからなのか、よくツガイを前にしてあんなもので済むなと、感心すら覚える。
蓮生は鈴に嫌われないように、鋼の精神で必死に色々耐えてると言う。伊達に副隊長じゃねぇんだな。
更には鈴から、『自分にはわからないのに、ツガイって言ってくる獣人は信用できない』と言われたらしく、聞いた以上はそれを言い出せないでいるという不憫さ。
獣人同士だったら即婚約くらいはしただろう。
「鈴は獣人のツガイへの溺愛と執着を知らねぇわけじゃねぇけど、本当の意味ではあまり理解できていないからなぁ。想いが通じ合ってしまったら蓮生も抑えが利かなくなるだろうな。でも仮初じゃなく本気なら朱羅がいよいよ動くだろうし……そっちは父さんの攻略より厳しいな」
まぁ、朱羅に関してはいよいよなところまで行けば、鈴が説得するだろう。結局のところ、そのくらいまで鈴の気持ちが蓮生に傾かないと、朱羅は納得しない。
全ては鈴次第ってとこか。
ただな、いくら強い蓮生の嫁になったとしても、心配なものは心配なんだよな。仕事中とかどうしたって鈴が一人になるわけで。
さすがに余程の理由でもない限り、本人の依頼もしくは了承なく、生活面を事裏隊に見張らせる気はない。
「蓮生は次男だし、きっと干渉を嫌がって自分の実家の側には住まないだろうな」
となると、我が家の近くに家を持たせれば、蓮生が不在の時でも鈴は安心できるだろうし、知らない場所よりも暮らしやすいと思うんだよな。
晶もいるし、母さんもいる。同姓は近くにいた方がいいだろう。
考えながら歩いていると、一軒家の前になにか看板を打ち付けている光景が見えた。
「『売家』? へぇ、この家売ることにしたのか……そういや、もう年だから田舎に引っ越すんだって言ってたっけ。あ……」
思わずニンマリとしてしまう。これは良いこと思いついたなぁ。
朱羅もこれには賛成するだろうし、両親は聞くまでもねぇな……蓮生には少し悪いとは思うけど、鈴の安全の為と言えば頷く他ないだろう。
「オレも何だかんだで妹離れできねぇんだなぁ」
仕方ねぇか。『長生きして傍に居て』って前世に約束したしな。
妹の願いだ、兄ちゃんは聞いてやるしかねぇよな?
「さてと、朱羅に報告に行かねぇとな。良い話と悪い話、どっちから話すか……」
きっと怒る……よなぁ。




