27:レインとアル / side 久遠 蓮生
◇◇◇◇◇
内容が内容だけに、一番離れていて、周囲に客もいない席に移動した。
追加で注文したコーヒーが運ばれて来るとお互いに声量を落として話始める。
「おい、本当にオマエはあの【レイン】なのか?」
「ああ、そうだ。そしてお前は【アル】だった。そうだろう?」
昔、おままごとの延長で『リンネ』と呼ばれていたことがあると鈴から聞いた時に、何となく引っ掛かっていた。
匂いも忘れているし、核心があったわけではない、殆どカマを掛けたに過ぎない。
あのおしゃべりなオウムのアルが、まさか鈴の義兄になっていたなんて。
だが、これまで人族の鈴が、この獣人しかいない国でのびのびと暮らして来れたのは、記憶持ちの陽の手助けが何かしらあったお陰ではないだろうか。
「ああ……今更その名前を呼ばれることがあるとはなぁ。それにしたってレイン、」
「今は蓮生だ」
「そうか、蓮生。オマエかなり変わったな。くくっ、猫から黒狼って」
「それはお互い様だろう? 陽だってオウムから鷲なら、大出世だ」
「ヤメロ。ツガイには『薄っすら前世の記憶持ちで、前世の鈴は俺の恩人だった』とぼかして伝えてはあるけど、オレがなんだったとかは不明ってことになってんだ」
「別に、オウムも鷲も同じ鳥族じゃないか」
「『住まいは鳥籠、鈴に餌を貰って、毎日相手の言葉を真似して遊んでた』って言えるか? オレにだって矜持ってもんがある」
「……確かに」
あの頃は当たり前だったが、それを知らない陽のツガイからすれば、たとえ前世でも、鈴が陽に給餌をしていたような扱いになる。話さない方が良いこともあるとは、こういうことだな。
俺はどうだろう? 覚えていない鈴に少し寂しくは感じたが、愛して欲しいのはレインではなく俺自身だ。
鈴へ視線をやると、一人ご機嫌に氷菓子を食べていた。
(早くあそこへ戻りたいな)
鈴の食べている時の表情は本当に可愛い。口は小さくて、頬を膨らませながら食べる様は小動物のようで、「もきゅもきゅ」と鳴ってもいない効果音まで聞こえる。
好き嫌いがないのか、なんでも美味しそうに食べるから、次はどんなものが良いだろうと幸せな悩みに浸るのだ。
離れた所から見ても可愛らしい鈴を愛でていると、目の前からビシバシと威圧が飛んでくる。
「……おい、妹をジロジロ見んな」
「昔馴染みだと言うのに、随分冷たくないか?」
陽は行儀悪くベンチシートに凭れかかり、雑に足を組んだ。
本来、俺の方が年上で社会的地位を見ても、こう言ってなんだが上だ。
しかし、「鈴の身内で兄」そして「前世でも鈴音を託した相手」となると話は変わり、俺の方が圧倒的に立場は弱い。
「なぁにが昔馴染みだ、今世ではほぼ初めましてだろ。それに前世のことがあろうと、今はオレの妹なんだ。揃いも揃って同じ時代、同じ国に転生するとは思わなかったけどな」
「陽には感謝しかない。鈴を守ってくれてありがとう。まさか獣人の国に鈴がいるだなんて思いもしなかった。二度ほど人族の国へは視察の護衛を買って出て渡ったりはしたんだが、ここに居たのではどれ程探しても見つからないわけだ」
<人族は人族の国にいるもの>という固定概念に縛られていた。一家で引っ越して来なければ、未だに出会えていなかったかもしれない。
「俺が(前世を)思い出したのは七歳の頃だったが、陽はいつ頃なんだ?」
「赤ん坊の鈴を見つけた時だから……四歳だな」
ずっと不思議に思っていたことがようやくわかった気がする。
「俺と鈴は七歳差……つまり鈴が誕生した頃か」
「ああ……時期的にはそうだな」
何度かあった<鈴音の気配>これは多分、陽達が越して来た日とあとは俺が鈴を助けた日だ。鈴と会って以降、一度も感じなくなったのは、俺が鈴音と再会を果たしたから?
俺のあの予感は勘違いでもなんでもなかった。
やはり鈴がツガイだからこそ反応できたのだろうと思うと、無くしかけていた自信も蘇る。
「オマエ、そこまで第六感が働いていたのに、よく今まで鈴のこと気付かなかったな?」
「ああ、それは――」
それは陽達にも原因はあると思う。
消臭効果の強い石鹸の使用と花の香り。そして鈴の着る服も家族のお下がりや、あえて匂いを移しているものを着用させていた。だが、一番の原因は人族の国で作られた魔法薬だ。
主に体臭や酒気、煙草の臭いを気にするオランドラの貴族間では当たり前に使用されているものらしい。
さすがに自分が尋ね人とも知らない鈴音が、わざわざ消臭対策を取っているだなんて思わないだろう。あの嵐の日に居残っていて本当に良かった。
ただ喜びも束の間、残念ながらツガイ独特の甘い香りは、翌日にはまた完璧に消されていたが。自分のツガイの証拠である香りが感じられないのはとても寂しい。
先程近付き過ぎてしまったのは、愛しくて触れていたいと言う思いももちろんあるが、不安な気持ちを落ち着かせる為の方が強いのかもしれない。
ツガイの香りも、自分の印も何一つない今の状況は、近くにいるのに直接話せず、手紙でしかやり取りできないような、硝子越しの温度の感じにくい触れ合いに似た、そんな寂しさともどかしさがあるのだ。
それでも現状、香りが隠れていて良かったと思うのは、まだなにも始まっていない俺と鈴との関係性で、ツガイを前にしても、なんとか平静を装えるところだろうか?
あの日、薬の効き目が切れてから漏れ出した微香だけでも、気を引き締めていなければ酔いしれそうな香りだったのだ。思い切り香っていたのなら、慣れるまでは平静ではいられないかもしれない。
魔法薬まではいかなくても、消臭石鹸で洗う程度で少しずつ慣らして行きたいところだ。
「なるほどね、でもこっちはオマエの存在なんて知らなかったし。それに、火ノ都の田舎暮らしの頃は魔法薬までは使ってなかった」
「……薬の使用は土ノ都の治安、か?」
「そういうこと。火ノ都からここに配達に来ていた父さんが裏朱雀の打診を受けた時に、治安のことを危惧したんだ。それで、ここではなるべく人族であることは言わずにいた方がいいだろうって、手に入れてきたわけ。弱い人族の女が一人でいるなんて危険だし、心配するのは当然だろ?」
「確かに……しかし、そうとわかっていてなぜあの仕事を鈴にさせたんだ?」
「わかんねぇのか? 鈴はここで生まれ育ったし、これからもこの国で生きて行くんだ。それなのにあの性格のアイツに危ないからって『ずっと家に引き籠ってろ』とでも言うのか? オレはそんなアイツを見たくねぇし、籠の鳥の寂しさはオレが一番よくわかってる。家業なんて本当は手伝わなくてもどうとでもなるけど、今の方が守りやすいんだよ」
そうだ――
鈴はこの国で生まれ育っているのだから、この先もここで暮らして行くのだ。一緒に遠出をした時も、馬の散歩の時も、あんなに生き生きとしていた彼女。
窓越の景色、花瓶に刺してある花しか触れることができない生活では、彼女の陽だまりような笑顔はすぐに陰りを見せるだろう。
自分の香りを隠し、強者の匂いを纏うことで防衛しているから、鈴は自由に過ごせているのだ。さらには陽や朱羅の鳥笛がより強固な鎧代わりになるのだろう。
鈴は小さな星屑と共に突然陽の家の厩舎に現れ、その星の欠片に触れて戻ったという陽の記憶。その星は四つに割れて一つだけどこかに飛んで行ったと言う。
最後に欠片は鈴の身体の中にそのまま消えて行ったと言うが……鈴の記憶ももしかして少しはあるのではないか?
「後から欠片はどこへ飛んだのかって思ってたけど、そうか……オマエのところへ飛んだんだな」
「そうだと思う。俺もあの日、俺にしか見えない小さな星を見たから。……待て、四つと言ったな? 陽、俺、鈴、後の一人は?」
「くくっ、誰だろうな?」
「ハァ、もういい。わかった」
陽は名前を口にはしていないが、この言い方なら一人しかいないだろう。鈴を幼い頃から近くで守って来た兄二人。そういうことだ。よりにもよってあいつとは……最悪だ。
「なぁ陽、鈴に前世の記憶は……」
「オマエも会話をしていてある程度気付いてんだろ? あの通り、食べた事ないはずのものを懐かしんだり、作ったり、こっちで馴染みのない言葉を使ったりってのはあるけど、オレらの記憶はねぇな」
「確かに弁当を作ってくれた時に、こちらで食べたことがない物もあったな。鈴の創作料理かと思ってた」
肉団子のような挽肉料理は基本的に幼い子供や老獣人にしか出さないし、味付けもシンプルで薄味だ。でも、鈴のものは粗挽肉と混ぜてあるのか弾力は残しつつ、中に色々野菜が混ざっていたり、しっかりと味付けされていて非常に美味しかった。
「鈴の作る飯は美味いよな。あの頃はただ飼われていただけだから、オレなんか特に狭い世界しかわかんねぇんだけど。でもなぜかその狭い世界の部分をアイツは覚えてねぇんだ」
「鈴にはないのに俺達が記憶を持っている……鈴が持っていた記憶を俺達が引き継いだ?」
「あー……どうだろうな? 鈴視点の記憶ってわけでもねぇけど、オレ達は欠片から記憶を得たような気がするから、確かに鈴に収まるはずの記憶を貰っちまった可能性はあるな」
複雑そうに顔を顰めしつつも「でも、今更『お兄ちゃんはオウム君でした』なんて妹に知られたくねぇな」と言い、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。飲み慣れていないのか「にっがっ!」と言い、今度は水をがぶ飲みしている。
「それにしても、性格も以前よりすごく活発になったと思うが、あれは元々なのか?」
「それは、まぁ……すまん。オレと言うか家風って言うかな。でもこの国では強く育ててやらないと、小型には生き辛いだろ?」
「いや、違うよ。責めてるんじゃない。以前の彼女のことも、もちろん慕っていたが、俺は今の彼女を好きになったんだ。それも「鈴音」と気付く前から。魔法薬と陽の上着や帽子の合わせ技の効果は強力だったからね」
「オマエ、ちょっと嫌味入ってるだろ? それがなければもっと早く気づけたのにって。別に嫌がらせじゃねぇぞ?」
全く嫌味がないのかと聞かれれば……まぁ多少はある。これがなければ鈴と鈴音で悩むことも、おかしな誤解が生じることもなかったはずだ。
それでも感謝の方が大きいし、もっと言えば陽と兄妹という関係で、更にすでにツガイの婚約者もいる状態で本当にホッとした。
「わかっている。ツガイ特有の引き寄せる香りがなかったとしても、俺は鈴の内面に惹かれたんだ。それに今はツガイだと言う確信もある。そこで陽、これは鈴の兄として聞いて欲しい」
「うん? なんだ改まって。鈴を嫁に下さいってか?」
「お前な……そういう繊細な話を先に言わないでくれないか?」
「でも実際そうなんだろ?」
昔馴染みとしてではなく、鈴の身内への決意表明として姿勢まで正したと言うのに、あっさり言おうとしたことを当てられてしまい、全く締まらない。
少し声が大きくなってしまい、鈴に聞かれたのでは? と振り返るも、彼女は全くこちらを気にすることなく、例のリシュラン手帳に何やら熱心に書き込んでいた。聞かれなくて良かった思いもあるが、少しくらい気にしてもらえないものかとやはり寂しくもある。
「ゴホン……まぁそれは前提ではあるが、まずは鈴に好いてもらわないことにはなにも始まらない。だが、もしそれを乗り越えたら認めてもらえるだろうか? もちろんご両親にもすぐに挨拶に伺うが」
「ウチは鈴も相手を好いていて、幸せにしてくれるってヤツなら、弱くない限り反対はしねぇよ。特にオマエはツガイって認識があんだろ? 腕っぷしもその立場なんだ、図るまでもねぇよ」
気掛かりだったことが一つ減りホッと胸を撫で降ろす。鈴のことだ、家族に反対されてまで付き合うなんてことはしないだろう。
「ただな……悪いが、あくまでオレは鈴の味方だから。兄としても【アル】としても、伊達に前世から一番長く見て来たわけじゃねぇ。アイツが他の男を好きになって、お互いに良いというのならオレはそっちを応援するぞ。それでもいいな?」
「ああ、鈴の気持ちを蔑ろになんてしない。もちろん、他の男に譲る気もないが」
「ハァ、猛獣に狙われることがどういうことか……鈴はわかってないからな? 引かれない程度にしろよ」
「それは……これから少しずつわかってもらうよ」
「ちなみにアイツの中じゃ、お前は『可愛らしい人』らしいぞ。思わず吹き出しそうになったわ」
「ちょっと待て、なんだ『可愛らしい』って。俺のこれまでの振る舞いが鈴にはそう映っているというのか?」
「格好良い」と言われたいのに「可愛らしい」だなんて。やはりこれまでのポンコツ振りや、攻めの姿勢を取れなかったことがそう思わせているのかもしれない。
「あと、オレは中立だから。朱羅にもオマエのこと報告するぞ?」
「……わかった。ハァ、すでに胃が痛いむ」
前世もなにを考えているのかわかりにくかったが、それは今世においても同じらしい。陽が「中立」で朱羅にも報告するということは、つまり――そういうことなのだろう。
「今以上に関係が悪化しそうだな」
「まぁ、頑張れよ」
次は胸倉で済むだろうか……




