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26:演技じゃなくて、本気!?

******



 完全に静まり返ってしまった店内を指の隙間からチラリと見れば、びっくりとした顔でこちらを見ているお客さんや給仕さん。


 笑っている人は皆、自分を見て笑っているように見える。



(やってしまった……あまりに久遠さんが話を聞かないから、店内に響き渡るくらい大声で言っちゃった。ここにはもう二度と来れない!!)



 もう恥ずかしくて恥ずかしくて、両手で顔を隠し「すみません……」と謝って、隠れるように縮こまってベンチシートに再度腰を下ろした。もう置物になりたい。


 周りを気にして、久遠さんがどんな表情をしていたのか見ていなかったけれど、でもきっとみんなと同じだろう。呆れて言葉も出ないのか無言だ。

 


(こんなことなら本当のことなんて言わなければ良かった……)



 あまりの恥ずかしさから今度は情けなくなってしまって、ポロポロと涙が溢れてきた。



(どうしよう、止まらない)



 さすがに自分でもこんなところで泣くつもりなんてなかった。


 でも、陽兄の友人のお店でなんて恥ずかしいとか、もう軽蔑されたかなとか、大勢に恥を晒してしまったこととか、色んなことで感情が崩れてしまったのだ。

 

 こんな姿を他の人に見せてはいけないと思い、小さな鞄からハンカチを取り出したところで頭上に影が差す。

 見上げれば、いつの間にか私の隣に久遠さんが音もなく移動していた。隣に座ることで周りの視線から私を隠してくれているようだ。


 すでにハンカチを持っていた久遠さんが、気遣わしげな顔で優しく涙を拭ってくれた。



「鈴、こんなところで君を泣かせてしまってすまない」

「……いえ」


「君には不名誉なことだったのかもしれないけど……俺は正直ホッとしたんだ」

「……見栄を張ったのに?」


「ああ、見栄で本当に良かった。今はまだ無理かもしれないが、俺にも口説く機会があるってことだろう?」

「……くど? え? あの、誰を?」



 これは私をフォローする為の演技というやつなのだろうか? 本気の話では絶対ないと思うから、きっとそうなのだろう。「泣かせちゃってごめん」みたいな。

 

 別にもういい。どの道この役目は降りる予定だったのだから、この見栄のせいでフラれたとか、そんな設定にしてくれていい。


 いっそ、この涙も有効活用してくれれば本望だと思う。


「どうぞ、一思いに言って下さい」と念押しの視線を送る。




「君に決まってるだろう?」



 え、逆なの?


 私が久遠さんを振る方になれと? そう思って、自分を指差してみたところ、無情にも久遠さんが笑顔で頷く。急にこんなことを即興でされても、とは思うけど、お陰で涙も引っ込んだ。


 私的にはフラれる一択しかなかったから、自分が振る側のイメトレが全く出来ていない。悪役令嬢ならいざ知らず、悪役町娘なんて誰得なのだろうか……


 でも、久遠さんがいかにも次の台詞を待っている眼差しだし、ええい! やりますよ!!



「そ、それは他を当たって下さい。私そんなに軽い女じゃないですし、遊ぶだけの関係なんて、お、おこ、お断りです、わよ!」



 間違って悪役町娘入っちゃった! 言い慣れないことは言うものじゃない。



「もちろん、君が軽い女性だなんて思っていないし、遊びの関係は俺だって嫌だ」

「……?」



 重大なことに気付いたのだけど、私と彼は、実はなんら意思の疎通など測れていないのではないだろうか。もはや久遠さんの計画が、振りたい側なのかフラれたい側なのか、はたまた食べに来ただけなのか、全くわからない。




「わからないって顔だね? 鈴は大丈夫と言ったけど、やはり誤解が解けていないせいだと思うんだ。今日こそちゃんと聞いて欲しい」

「でも誤解って、久遠さんが親衛隊の方を日替わりで呼び出したり、他の女性とほぼお見合いのようなお茶会をされたことですよね? デマなんですか?」



「ぐっ……デマじゃ、ない……けど」

「ですよね」



 どう考えてもショックを受けるなら女性側な気がするのに、久遠さんが頭を抱えていた。でも、喧嘩別れを狙うのなら「私がいるのに! 最低!」くらいしか思いつかない。



「言葉だけ並べればそうだけど、目的が違う。全くの誤解なんだよ!」

「じゃあ、ただその方達を弄ぶことが目的だったんですか? 最低……」



 ジト目でぽそっと呟くと、更に目に見えて久遠さんが動揺し始めた。



「弄ぶ!? 違う! 絶っっ対に違うから! 俺に届いた釣書の中に、長年探し続けていた人の匂いが微かに付着するハガキが入っていたんだ。それなら、その手紙の主がその人なんじゃないかってまずは思うだろう? 釣書の女性は俺が呼び出すとよりややこしくなるから、それを避ける為に母に頼んだんだ。かえってややこしくなってしまったけど。親衛隊も確認しただけで、完全に二人きりになんてなってない」

「別に誤解でもなくないですか?」



 そもそも、コソコソとやっていること自体、裏切りと言うか浮気のようなものではないのだろうか。まぁ私達は付き合っているわけじゃないから、久遠さんの言う「誤解」には当て嵌まるけど。



「会ったことは事実だけど、会ってすぐに違うとわかったから、それきりだ」

「そうですか。でもその香りの主さんなんですよね? 久遠さんの好きな方って。見つけられたなら早く口説かれた方がいいのでは? お相手の方も、きっと喜びますよ」



(なんだ。好きな人ができたんじゃなくて、香りすら忘れられないほどの好きな女性がいたんじゃない)



 結局のところ、久遠さんにはずっと想う相手がいて、私には見つかるまでの間、見合い話を引き延ばしてもらえれば良かったってことなんだ。

 それなら始めにそう言ってくれたら良かったのに。もしもその相手が私達を目撃とか噂を聞いてしまっていたらどうするつもりだったのかな。


 

 私なりに精一杯の嫌味を言ったつもりだったのに、久遠さんは目元を赤く染め、普段すっきりとした琥珀色の瞳が、今はとろりと溶け出したハチミツのように甘く私を見つめていた。



「そうかな? 鈴は俺がその相手を口説いたら受け入れてくれると思う?」



(びっくりした……お相手のことを思い浮かべての表情だったのね)



 自分に向けられたと思い、意識したことが恥ずかしい。直視出来なくて視線を自分のコップを持つ手元へ落とした。



「絶対受け入れますよ。だって玄武隊の副隊長様ですよ? 強くて、格好良くて、地位も申し分なくて、その上優しいだなんて、独身女性なら誰だって頷きます」


「ありがとう、鈴は俺をそういう風に見てくれていたのか?」

「ち、ちが、くもないですが……私()ではなくて一般論、そう一般論ですよ!」



 私からの印象は、和み時々あざと系わんこだ。


 仕事外で会う時は気が抜けているのか、よくぽやっとしてるし、完璧に見えていた始めの印象とは大分変化があった。そして時々あざとい。



「もう少し時間が必要なのはわかっているけど、のんびりしていると誰かに獲られてしまうんじゃないかって、不安で眠れないんだ。まずは気持ちだけでも知って欲しい」

「そうですね。順序として、先に気持ちを知ってもらうと言うのは良いかもしれません。眠れないほどご心配なら尚更です」



 偉そうにうんうん肯定しているけど、実はあまりよくわかってない。



「そうか」

「はい。ですから、いつまでもこういう関係でいるのは……なんて言うか」



 取り敢えず密着されたままでは敵わないので、彼を私の隣から押し出すべく肩に添えた手は、なぜか久遠さんの両手に包まれる。「どういうこと!?」と見上げれば、意図せず、より至近距離で見つめ合う形となっていた。


 まさか……私で告白練習する気じゃないですよね? さすがにそれは嫌だ。



「久遠さん、やめませんか? 他に想う方がいるなら、私達もう別れ――」

「鈴、()()好きだ。ずっとずっと君を探してた。呼んだ女性達は皆、君が始めたメッセージ付きハガキの使用者だ。あの雨の日に香りを確認したから間違いない」



 え、メッセージ付きハガキ? 雨の日に香り……


 はて? と小首を傾げて考える。


 あの時、確か『君だったのか』的なことを言われたような気がする。それ以降はお茶会の噂は聞かれなくなって、親衛隊の方達も「残念よね」とか「一度くらい夢を見たかったわ」とか言っていたような?


 てっきり一人に絞られたからだとばかり……って、それが私?



「そう言えば……そんなこともあったような?」

「思い出した? あれにすっかり振り回されてしまったよ。まさか、そんな新しい試みをしているだなんて思わなかったから。いや、真っ先に鈴に聞かなかった俺が悪いな」


「なんか、すみません……」

「いや、君への誤解が解けたならいいんだ」


「それより、私を探していたってどういうことですか? 子供の頃とか、どこかでお会いしているんですか?」

「そこはまたいずれ。それよりも鈴、俺は君に告白したんだけど。『絶対受け入れてくれる』って、鈴は言ったよね?」



 じりじりと更に私の方へと身を寄せ始め、私の腰に器用に尻尾を巻き付ける。



「え、そ、そそそれはまた別の、ほら一般論的な……?」

「その一般論では、強い、格好良い、地位もある、優しい、独身女性なら()()()()()()んじゃなかったのか?」


「あれぇ……? 私以外のその他一般って言いませんでしたっけ?」

「俺が頷いて欲しいのは鈴だけだ。その他になんて興味はない」



 私の耳元に口を寄せ、私にだけ聞こえるような声量で囁いた。


 ひぃぃ! と耳を押さえて隣を見れば、なんか久遠さんの目が狙いを定めた狩人みたいになってる!! ニッと笑ったその顔も少し悪い大人な感じで、怖すぎる。



 どうしよう、まさか自分のことだなんて思わないじゃない! だから正直適当に……ちょっとやさぐれた感じで言っただけだったのに。



 演技じゃないの? 本気!? 久遠さんが私を? 私は獣人じゃなく人族って知ってるのに。



 全くの予想外で私は頭が真っ白状態だし、久遠さんは返事をするまで手を握ったまま放しそうにない。


 

(私、こんなのどうしたらいいかわからないよ)



 握られた手を見つめ、そして見ても何もないのに天井を見上げる。もはや思考を放棄し始めている。



 今日フラれるんだって、そう思っていたのに。



 思考が停止する直前、包まれた片手をスッと抜くと、無言のまま、首に下がっている鳥笛を思い切り吹いた。





***






「で? 鈴。これは一体どういうこった?」

「うっ、ひっく……だって、もうどうしたらいいのか、わかんないんだもん」

「鈴、すまない。少し強引過ぎた」



 陽兄がたまたま近場にいたこともあり、吹いてから1分以内で、文字通り飛び込んできた。久遠さんと対峙するや即乱闘でも起こしそうな形相だったので、「手は出さないで、話を聞いて!」と止めた。

 ようやく空気を読んだ久遠さんは自主的に向かいの席に移動して行った。私は陽兄と並んでというか、兄に凭れるように寄り掛かり、ヨシヨシと慰められている状態である。


 陽兄は私がグスグス泣いているのを見るや超不機嫌(ガン飛ばし)顔になり、久遠さんを前にしても態度を正す気はゼロである。



「アンタは確か玄武隊の……久遠副隊長、でしたっけ? ウチの妹に気まぐれでちょっかい掛けるのやめてもらえせんか? コイツは今まで異性と交際はおろか、恋愛の『れ』の字もわかんねぇ初心なやつなんですよ」



 ギャー!! ちょっと陽兄、それ酷過ぎない!? 見栄を張ったことがより一層恥ずかしくなるじゃない。


 涙が逆再生のように、ギュンって引っ込んだよ!



「鈴、そもそも元からコイツとは、ごっこ遊びに付き合っていたようなもんじゃなかったのか? 『今日で多分終わると思う』って張り切って出て行ったじゃねーか」

「張り切ってなんてないし!!」



 告白直後の本人を前にやめてほしい。



「……」

「なんだよ、やたらジッと見て来て。ケンカ売ってんの?」

「陽兄、相手は副隊長様だから! 本当にやめて!」



 久遠さんは黙って陽兄を見ながら鼻をくん、とさせ、首を傾げたり唸ったり。


 眉間には思い切りシワが寄っていて、若干本当にケンカを売っているようにも見えなくもない。張り切って別れようとしていたって表現が気に障ったのかもしれない。



「ほぉん? シカトか……」



(ひぇ! 陽兄が首や腕をポキポキ鳴らし出してる!! 敵認定入っちゃうのはマズイよ!)



「ちょ、ちょっと陽兄、少し落ち着いて、ここお店の中だよ!」

「……もしかして【アル】か?」


「は? オレはアルなんかじゃねぇ! アルは前…………え?」

「俺を覚えてないか?」



 今度は陽兄が眉間にシワを寄せて、じぃっと相手を観察し出した。顎をわざわざしゃくれさせなくてもいいのでは?


 それにしてもなんだろう? 「アル」って学生時代のあだ名とかかな? でも学年も違うし、学校もきっと違うはずよね? 私と陽兄は火ノ都の公立に通っていたし。


 陽兄は「いや、そんなまさか」とか「黒色のアイツ?」とかブツブツ言いながら観察し、久遠さんはそれを黙って見守り、陽兄が思い出すのを待っているようだった。



「まさかオマエも……じゃねぇよな?」

「そのまさか、だと思う」



 なにかに気付いた陽兄は観察の為に浮かせていた腰を下ろし、独り言のように呟く。



「【レイン】なのか?」

「陽兄、この方は久遠 蓮生さんだよ? レインじゃないよ」



 座ったと思ったら陽兄が久遠さんの隣に移動し、更にこれでもかと顔を近づけ、睨みを利かせながら観察している。これでは助けを呼んだのに陽兄が柄の悪い取り立て屋かなにかにしか見えない。

 お陰で陽兄の友人と思われる方が、離れたところからオロオロとこちらの様子を伺っていた。


 一通り観察が終わると、一人で勝手に納得したように頷いて急にニカっと笑い、私を見た。



「よーし、鈴。兄ちゃんはコイツとややこしい話があるから席移動すっけど、オマエはここで大人しく氷菓子でもなんでも食っとけ。ここの支払いは兄ちゃんが出してやるからよ」

「え、陽兄のおごり!?」



「鈴、すまない。少しの間、一人にさせてしまうことになるが」

「いえ」



 むしろ一人になりたいのでありがたいです。



「いいか、大人しくそこにいろよ?」

「わかった」



 移動するぞとばかりに顎でクイっと方向を示すと、久遠さんも頷き移動して行った。どうやら二人は古い知り合いだったようだ。

 


(助かった……)



『君が好きだ』の言葉がずっと脳内でこだましている。


 冷たい甘味を食べても頬の火照りが中々収まらなくて、ゆっくり味わうつもりがすぐになくなりそうだ。

 


 黙っていると余計に意識してしまいそうで、無理矢理「さっぱりしてて美味しい!」と言いながら口に運んだけれど、今日の氷菓子はなぜかもの凄く甘く感じた。




 ドキドキすると味覚までおかしくなるらしい。




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