25:仮初はもうお終い……ですよね?
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ここは喫茶 ダン・ダイ。
以前は茶屋だったものがオランドラ風のものも取り扱う喫茶店に改装され、新装開店したお店。お品書きは流行りのオランドラ風のものや地元に根付いたものと多岐に渡っている。
店内の作りも前世的言い回しをすれば、アジアな雰囲気にオランドラの洋風香る雰囲気が合わさって、非常に洗練されていた。店内を見ているだけでもお洒落な雑貨屋さんにでも来たようで気分が上がる。
陽兄の学生時代の友人一家が経営していて、開店祝に来店した陽兄とアキちゃんからも、私が好きそうな雰囲気だったと聞いていて、ぜひとも行きたいと思っていたのだ。
喫茶店に変わってからは店名通り、店主の趣味であるダン・ダイやダン・タム――三味線に似た弦楽器――の生演奏なんかもあって、座席間や通路も贅沢に広く取っていることもあり、恋人同士に特に人気だとか。
もちろん、久遠さんと私はそういった関係ではない。
それなりに逢瀬向きで、お礼をするお店としてもお洒落な割に高過ぎず、かと言ってお安いわけでもない、自作の”リシュランガイド”によればコスパは星3である。
今日にでも久遠さんとの仮初契約が終わるだろうと予想しているけれど、考えてみたら私と久遠さんの交際(仮)は知られてはいるみたいなのに、一緒に居る時はギョっとした顔をする人は多いけど、こちらを見ながら噂をするような人はあまり見受けられなかった。
少なくとも親衛隊からの噂では、私如きは「ありえない」珍獣枠のようだし、言わば「久遠様のご乱心」に近いような扱いなんだと思う。
そうなると私が仮初ポジションに居続けることに意味はないわけで。それなら私も「お疲れ様でしたー」みたいな気軽さで退場することも可能だろう。
いくら醜聞を利用すると言っても、名誉を傷つけられるようなものが欲しいわけじゃない。
これなら私の醜聞なんて、すぐに消えてくれそうである。
別れる(演出)前の心境としてはおかしいけれど、早くも解放感に満ちている。
まずはお礼の為の喫茶をして、その後は一流役者と化した久遠さんがうまく収めるだろう。
時間もわざわざ昼過ぎに設定したのはこの為で、お別れするのにガッツリ食べるのも変かなと思ってのことだ。金銭的理由も……なくはないけど。
先日「最初で最後」だとわかりやすく私は伝えたし、久遠さんもそれをわかって「(短期間の)約束だったしね」と返してくれたのだと思う。
予定期間より少し早いけど、仮初の恋人役はそろそろ「終演」を迎えるのだ。
公開訓練前の早朝はそこそこ会ってはいたけど、食事に行く逢瀬は片手で足りる程度。久遠さんの休みと、私の休みが合う日を選ぶとそんなに数は多くない。あとは配達時に左京さんも交えて話したり、何回かに一回休憩に参加していたくらい。
きっとお茶会に呼んだ方のどちらかが好きな人なのだと思う。それなのにお誘いするのは悩んだけど、現状付き合っていることになっているわけなので、終わりを迎えなければ久遠さんが二股を掛けているように思われてしまうだろう。
この最後の逢瀬で雨の日のお礼も果たし、スッパリと振って頂こう。誤解の件を聞かなかったのは、今日そのネタを使って欲しかったからだ。
やはり別れにはきっかけが必要――と言うのも、火ノ都に住んでる親友との文通で、「誤解なのに信じて貰えなくてフラれた」と延々愚痴が書いてあり、なるほどと思ったのだ。
誤解は時間が経つほどに解釈が変わって行ったりして、あまり良い結果を生まない。早めに解く方が良いようだ。
私と久遠さんは特に恋人でもないし、誤解と言っている噂の件について、間違っているものでもないのだから、私は誤解しているわけではないと思っている。
ただ、それについて私がどう思ったとか、久遠さんがなにを思ってその行動をしたのかという部分だけ、お互いにわかっていないだけだ。
私も覚悟は決めて来ているものの、考えてみたら涙を流すとか「酷い!」とか言って水をぶっ掛けるとか演技が必要かな? 最悪、怒って黙って(お金は支払ってから)帰る。それともある程度先払いしておく? 久遠さんと事前に打ち合わせをしておけば良かった。
待ち合わせた店の前へ行くと、そこにはすでに久遠さんがソワソワとした面持ちで待っていた。
私に気付いた久遠さんは、ぱぁぁっと表情を明るくしたと思えば、ぐわっと目を見開いた。目力があるから怖い。
「待ち合わせも新鮮でいいけど、やはり迎えに行かせてくれないか? こんなに愛らしい格好をされてしまうと、普段少しだけ隠れている鈴の可愛さが露わになってしまって、攫われてしまうのではないかと心配だ。それに、どれほどの男が俺よりも先に君を目にしたのだろう。嫉妬で狂いそうになる」
「……は?」
誰この人……
最近 恋愛脳らしい久遠さんはいつも通り、いや、いつも以上に恋人演技に磨きが掛かっていた。経験を活かし過ぎである
砂糖ばりにサラサラ~っと甘い爆弾発言を店前で言い放ち、私をカッチカチの氷砂糖化させたのだった。
これからお別れ予定の彼女(仮)にどんな過剰サービスだ。
服なんて失礼がないようにと、選んだだけのグレーのワンピースだ。いつの間にか母が作ってくれていたもの。
黒襟で縦に左右四つの飾りボタンが胸元を飾り、腰には白いベルト、シンプル故に使いやすい。最近、庶民の間でも流行り出してきている【オランドラ風ワンピース】というものを模したらしい。母は偉大だ。
ハッキリ言って、素敵なのは獣人族でも大型種に属する久遠さんの方。
藍色に近い青で斜襟タイプのチャンパオは、曲線的なタイプなので久遠さんの鍛え抜かれた肉体美がこれでもかと主張されている。腰紐も青系統でまとめたのか水色で、それと一緒に桃色っぽい飾り紐が緩く腰にかかっていた。
「素敵なのは久遠さんですよ。桃色を身に着けることもあるんですね。黒の印象が強かったので意外でしたけど、お似合いです」
「ありがとう、嬉しいな。好きな色なんだ」
任務の様に、一通りお互いを褒めちぎった後、ようやく店内へ。
「今日は雨の日のお礼ですので、私がご馳走しますからね。ちなみに、おススメは飲み物と甘味のページ辺りです。特に名物となっている、この『餡子のぱるふぇ』と言うのが一番人気でして」
席に一冊しか置いていないメニュー表をサッと取り、飲み物・甘味のページを開いて彼へと向ける。ほぼハッキリと伝えてしまっているが、ようはこのページ以外は見ないで欲しい。
お礼と言う割に、お茶と甘味では安過ぎる自覚はある。
一応、朱羅兄が『礼など……タオルで十分』と言って、ものすごく高級そうな箱に詰められたタオルを用意してくれたので、それも渡す予定である。朱羅兄にはまたお弁当持って行こう。
「……ふはっ!」
「?」
この一連の流れを黙って見ていた久遠さんが、耐えきれずといった様子で吹き出した。
「そうか、今日のおススメは甘味なんだな。それなら、鈴が厳選したものを食べた方が間違いなさそうだね。でも残念、できれば俺は君とゆっくり食事でも楽しみたかった」
(え、嘘!? 食事?)
こちらをジッと見つめてくる辺り、もしかして空腹だったのかな? 視線を落とし、メニュー表の食事ページを軽く持ち上げチラ見する。うっ、高い。
(今日は別れ話(の演出)をするんじゃないの!?)
なんとなくそんな日に楽しく食事をしてから「美味しかったね、別れよう」「とても美味しかったわ、さようなら」なんて流れにはなり辛いだろうと思って、別れ話にもお財布にも優しい、お茶の時間帯を選んだというのに。
再び久遠さんを見るも、やはり視線は私を見つめたままだ。
(私がせっかち過ぎ? すぐにはそんな話はしないってことかな)
だったら最初からおススメの丼のお店に行けば良かった……安旨なのに。でも丼を食べたあとで別れ話って絶対しないよね? 「あ~お腹一杯! 別れましょう」ってどうかなって。
でも考えてみたら、別に店内じゃなくても良かったんじゃない? 目撃者がいた方がいいのかと思ったけど、普通は悲しい話ってなるべく目立たないようにするもの? しくじった~!
「しょ、食事ですね。ちょ~っとお待ち下さいね……」
むむむとメニューに顔を近づけ、にらめっこだ。
手元のメニュー表を甘味から食事のページへと移し、眺める。えっと、一番安価なものは……
雑穀米(小)か。
うん、ダメだわ。私だけなら塩でも振って食べるけど。いや、相手が鳥獣人なら意外とイケた。
三個くらいあれば満腹になりそうな、豚饅頭はどう? 御礼なのに見た目がしょぼいか。ボリュームよね……コムザンは? 一応、少ないけど上にお肉っぽいの乗ってるし……米を大盛にしてかさ増しすればいけそう、よね? スープもサービスにつくから見た目もいい。
よし、コムザンにしよう! でも私は食べないのか聞かれると思うから、その時は間食し過ぎたことにして、飲み物でも注文すればいいや。
「久遠さん、これなんてどうでしょう?」
「ぷ……くくっ……!」
ぷ?
久遠さんの身体が小刻みに揺れていた。口元とお腹に手を当てて……なぜか笑われているんですけど!?
「なっ!? なんで久遠さん、笑っているんですか?」
「ン゛ッ……いや、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、必死に考えながら選ぶ姿があまりに可愛らしくて」
「そうやって揶揄うようなら、今度から久遠さん宛の手紙は藤さんへ預けますから」
「えっ!? 待ってくれ! 鈴、すまない、俺が悪かった! お詫びにここは俺がなんでも奢るから、だから機嫌を直してくれないか?」
久遠さんはパンッ! と両手を合わせ、額がテーブルに付きそうなほど頭を下げながら懇願している。
「それじゃ、意味がないですよ。今日は私がご馳走するって話なのに」
「……じゃあ、次回! 次回ならどうかな? 正直お詫びにもならないけど」
「いいです。絶対私以上のお詫びになるじゃないですか」
「いや、俺としてはもう一度君と二人で過ごせる約束を貰えるんだ。ご褒美でしかないよ」
こういう甘言っていうのは演技だとわかっていても、他の女性にも言うんだなぁと思うと、ちょっぴり面白くない。久遠さんはこういうことを平然と言うタイプだと思っていなかったから。
『優しいからとすぐに信用するな』とか『甘言を吐く男は下心しかない』と兄二人がよく言っていたなと思い出す。まぁ久遠さんの場合は演技だから少し違うけど。
席に着いた時から、眩しいものでも見ているような視線だったり、目が合えば優しくて柔らかい微笑みを返したり。まるで私は本当に恋人なんじゃないかと錯覚するような言葉まで。
本当に演技力を磨いたのなら、観劇の主役を張れるほどの逸材かもしれない。
世の中のカップルはこんなに心臓に負担を掛けて、よく平気でいられるなと感心する。獣人だから心臓も強いのかな? この寸劇は心臓への負担が大き過ぎる。
長生きする為にも、この辺でスパっと終わらせて、別れ話に向かうようにしなければならない。
いっそ、怒った態度を見せたらいいのかな?
そう思い、私は久遠さんに商売用の笑顔を向け「せっかくですけど」と切り出す。
「お断りします」
「えっ!?」
衝撃を受ける演技まで……久遠さんすごい。私まで「え!?」に驚きかけたけれど、なんとか口を引き結ぶ。
「仕事は仕事ですし、これからも担当である以上はきちんとお届けには伺います。そちらはご安心ください」
「俺との食事はそんなに嫌だったのか? 今は仕事中じゃないのに、そんな他人行儀な話し方は……嫌だ」
ふぐっ! 『嫌だ』って……なにその言い方!?
私よりも遥かに大きい久遠さんが、雨にずぶ濡れて震えているわんこに見える。どうして目を潤ませてるの? 耳までぺしょりと下げて、なんだか可哀想に見えてきて、傘を差し出したくなる。
「い、嫌じゃないです、けど……ほ、ほら、仕事があるし!」
「もちろん、君の休みに合わせるよ」
「でも休みの日は手伝いとか、掃除とかあったり……?」
「それなら、君のご両親に許可を取ろう。掃除は俺も手伝えるよ。棚でも何でも持ち上げてあげるから、掃除もしやすいんじゃないかな?」
くっ、中々手強いわね……棚を持ち上げるのは見てみたいなって思っちゃったじゃない。
「ああっ! 忘れてました。次の休みは約束! そう、別の人と出掛ける約束があったような?」
これでどうだ! 『君、浮気していたのか!?』そして私が『なによ自分だって!』で喧嘩して別れる。すごい! 完璧じゃない? 私の才能は演者ではなく、脚本にあったのね。
ピシ……
(ん? なんの音?)
ピシ、パキっと鳴る方を見ると、久遠さんの手元……水の入った、つるりとした透明グラスが、なんと言うことでしょう! 内ヒビ加工の施されたグラスになっている! 手品!?
先程までは何を言っても笑って余裕で返答していた久遠さんが、急にピシリと固まり、耳をピンと立て、尻尾でベシンッ! と強くソファを叩いている。わぁ、器用……
お、怒ってる? 演技の割にはちょっと禍々しい空気感なのはなぜ……? 妙に背筋が伸びて、変な汗を掻いてしまう。
「……約束? それって相手は男性?」
「え? あ、ええ。一応、そうですね」
相手役は陽兄くらいしかいないけど、『彼氏?』とは聞かれてないものね。うん、嘘は言ってない。お出掛けと言うより「お米買うから荷物持ってー」ってやつだ。
「……ああ、馬鹿だな俺は。鈴に恋愛経験がなくても、言い寄って来る有象無象がいないはずがないのに」
「そんなことは(全く)ないと思いますけど……」
ただの一人もおりませんでしたけど? とは、今更恥ずかしくて言えない。下駄箱に恋文が入っていた経験も当然なく、在学中ずっと内履きと外履きしか入っておりませんでしたよ。
(不発? おかしいな。むしろ、怒るより落ち込んでる?)
つむじまで見えるほど頭も耳も下がって、尻尾はたらん、と床に落ちていた。それはもう垂れ下がった襟巻みたいな感じだ。
良い断り文句を思いつかなかったばかりに、『私、他にも男がいます』と、現状はまだ仮初の恋人中だというのに、二股女のようなことになってしまっている。自ら醜聞の上塗りをしてしまうとは!
変なところで持ってもいない見栄なんて張るものじゃない。
「久遠さん、あのですね、」
「ねぇ、鈴。そいつは君を大切にしてくれる奴なの? 鈴もそいつが好き?」
「そいつ」呼ばわりされてますが、兄の陽なんですよ。
大切にしてくれてるのか? それはまぁ、うん。
好きかどうか? 義理でも赤ちゃんの時から一緒にいるんだもん、兄のことは大好きだ。
「ええ、概ねそんな感じではないかと。でも久遠さん、相手は、」
「言わないでくれっ! 知ってしまったら、俺は……そいつに何をするかわからない」
久遠さんの妄想がどんどん進んで行っちゃう!! 兄を消そうとしないで!
「ですから誤解なんです!」
「ごめん、今は聞きたくない。自分を抑えられる自信がないんだ」
久遠さんは三角ケモ耳を手で塞ぎ、聞かザルのような状態になっている……悲しみに浸っているところ申し訳ないのですが、可愛いポーズ過ぎて止めにくい。
黙って様子を見ていると、今度は席に置いてある陶器の砂糖入れを乱暴に掴み、角砂糖を水の中にこれでもかと入れて飲み出した。
「久遠さん!?」
「……」
決して砂糖水が必要なほど脱水気味でも、疲労困憊でもないはず。そもそも溶け切ってないからジャリジャリと音を立て、咀嚼しながら飲んでいる。そして表情は「無」。
(もうっ!)
バンッ! とテーブルを叩き、思わず立ち上がる。
私が帰ると思ったのか、久遠さんはハッと我に返り、寂し気に目にうるうると膜を張り、見つめていた。
罪悪感がビシバシ突き刺さる。
「相手は兄です! 彼氏がいると見栄を張りました、ごめんなさい!」
「……見栄?」
言い切ったと共に静まり返る店内。いつの間にか生演奏まで止まっていた。
店内のお客さんからの視線が痛い。
慌てて両手で顔を覆って座り込んでももう遅い。
「もう嫌だぁ……」
おうちに帰りたい。




