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19:いつまでも あると思うな チャンスと契約

前半◆:兎月 左京、後半◇:久遠 蓮生

◆◆◆◆◆ 



 鈴さんからは「左京さん」でお馴染み、黒の玄武隊 熊族の影暁(かげあき)隊長と久遠副隊長付の秘書官、兎族の兎月 左京と申します。

 

 所属は玄武隊に属してはおりますが、非戦闘員で、上司の書類作業の補佐やスケジュール管理、雑務などが主だった業務です。

 ただ影暁隊長は書類業務が大の苦手でして、そのほとんどを久遠副隊長が受け持っております。その為、私は副隊長の執務室にいることの方が多いのです。



 長い耳が微かな音を拾い、窓の方を振り向けば、兄弟である四男の右近が窓枠にぶら下がり、手を振っていた。



「珍しいお客ですね」

「どーも。一応、誰にも見られないように来たつもり。中入れてよ」



 見られないようにと言ってますが、十分目立っていると思いますけどね。


 ここで揉めても仕方がないので、窓を開け中へ招き入れる。会議でもないのに自分の上司がいない他の隊の執務室を訪ねると言うことは、それなりになにか重要な報告があるということ。

 右近にはソファへ座っておくよう指示し、私は入り口から少し離れた廊下に「来客中」の看板を立てた。そこから先には立ち入らせない時に使用する。



「それで、一体何事です?」

「えぇ~珍しく弟が訪ねて来たってのに、お茶も出ないわけ? 接待してよ、接待」



 ドカリと雑に足を組みソファに凭れ、両手は頭の後ろに回している愚弟は、どうやら長生きしたくはないらしい。寝言は寝てから言うものだ。



「……折檻(せっかん)されるか、石棺に入れて埋められるか、どちらが良いですか?」

「はいはい。ホントみんな冗談通じないよね」


「右近」

「わかってるよ。でもさ、こうして報告しに来たことには感謝してよね」




 相変わらずふざけてばかりいる右近に苛立ちを覚えたものの、聞かされた報告は確かに感謝するものでした。




「――ってわけで、ユービンが話してたのって、内容的にお宅の上司でしょ? ヤバくない? お堅い印象だったけど、浮気すんだね」

「浮気などするはずがないでしょう? そんな器用さを持ち得ているのなら、とっくに結婚くらい済ませていますよ」



 

 仕方がないので右近にも仮初契約の話を掻い摘んで話しました。兎月家の秘書官は各隊付きにはなりますが、秘匿が必要なもの以外はこうして情報は共有したりします。耳は多ければ多いほど良いので。

 

 ただし、自分の隊に関係のない情報については、上司から調べろとでも言われない限り、共有していても漏らすことはしません。

 例えば朱雀隊の担当は右京なので、右京は蓮生副隊長が鈴さんの件でこんなことがあったと知っていても、朱羅副隊長へ耳打ちしたりはしません。もちろん事件性がないものに限りますが。




「ふぅん、仮初ねぇ。だからユービンは悩んでいた割に、泣くわけでも怒り狂うでもなかったんだ。僕なら別れるって言ったら『それだ!』みたいに勝手に納得しててさ。あれってどう考えても本人は終わる気満々じゃない?」

「そちらでもそうでしたか。私と話した時も、『契約も終わる』と不穏なことをおっしゃってましたから、そのつもりなのでしょう。副隊長には早めに私の方から伝えます」


「そ。じゃ、あとは頼んだから。僕だって毎度悩みを聞いてやるほど暇じゃないし」

「右近、お前は意外と他人には面倒見が良かったのですね。兄には面倒ばかり掛けるというのに」



 右近は「は? たまたま休憩時間だったから聞いてやっただけだし!」と、こだわりの美白顔を赤く染めながら、窓からまたどこかへ跳ねて行った。



 あれでいて白虎の隊長、副隊長の前では真面目にやっているだから、やってやれなくはないはずなのに。四つ子ながら右近の考えは一番よくわかりませんね。

 



◇◇◇◇◇




 事務仕事が粗方片付いた頃、兎月の方から「副隊長、少し休憩にしましょう」と声が掛かった。「しませんか?」ではなく「しましょう」は、兎月翻訳で「休憩しろ」か「ここに座れ」を意味する。



 いつものような茶菓子はなく、もの凄く濃い緑色の液体が目の前に出された。香り的には緑茶が凝縮されたようなもののようだが、これは飲めるのか? 


 兎月を窺うもそれは黙殺され、代わりに白虎の兎月から受けたと言う報告内容を聞き衝撃を受ける。



「なんだって! 鈴がそんなことを?」

「はい、先日もお伝えしましたが、やはり鈴さんは誤解していらっしゃるようですよ。せっかくお二人だけの場を用意したと言うのに、話も出来ず終いとは……」


「あれは、隊長から呼び出しがあったからで。それに、鈴の態度が明らかに不自然で、話すのを少し躊躇ってしまったと言うか」

「ハァ……」



 兎月は濃厚緑茶をぐいっと一息で飲み干すと、ガンッと乱暴にカップを置いた。見た目にも態度でも怒っているとわかる。



「宜しいですか? ”機会”とは、誰でも、好きな時に得られるものではありません。掴み損ねたが為に、運命が変わってしまうこともあるのです。現に、こうして副隊長がきちんと話さなかったことで、おかしな方向へと進んでしまっているではないですか」

「だから、それについては次回会った時に話そうと」


「次回? ふふ、随分と余裕がおありなのですね。すでに彼女からの評価は浮気性な男へ格下げですし、速やかに契約を終わらせようとお考えだと言うのに。誘いに乗って頂けるとすれば契約解消の時くらいではないですか?」

「浮気性って……鈴にはなにも話していないはずなのに」


「だからでしょう? 彼女が一般人だからと甘く見過ぎておりませんか? そもそも、ここ最近の副隊長の行動は、私から見ましても謎過ぎます。ある程度ご事情を教えて頂けなければ、協力しようがありません」

「……わかった、話す」



 こうして俺は家族にすら話したことのないツガイの存在を、兎月に打ち明けた。もちろん、鈴音の名前や前世が猫だったことまでは伏せたままだ。

 

 正確には家族には前世の話はしていた。だが、自分の前世が猫だった話は、流れ星の話からしたせいか全く信じて貰えず、夢で片付けられた。

 それでも時折「これは前世で――」などと思い出を語る俺への見る目が、いよいよ病気ではないかと疑われ始めたて以降、その手の話は一切やめた。今思えばその頃から寡黙になったのかもしれない。

 

 今だって本当なら「この世界のどこかに俺のツガイがいるから見合いなどしない」と言えれば楽ではあるけど、どこにいて、どんな人で、いつ会えるのかわからないものを信じろという方が難しい。



「俄かには信じ難いのですが、ツガイは本能の部分で感じ取るものと聞きますから、副隊長がそうだとおっしゃるのでしたらそうなのかもしれません。ですが、それならばなぜ鈴さんに副隊長は惹かれたのです? 鈴さんと副隊長のおっしゃるツガイが同一人物だという可能性は?」

「そうならどれほどいいか。だが残念ながら、彼女自身の匂いはまだ一度も確認できていないからわからない」


「完全獣化で接したことがあるのですよね? それでもわからないとなれば……魔法薬の使用、ですか。あれだけ身内の匂いを複数纏わせているのですから、なにもそこまで過剰に匂いを消さなくともとは思いますが」

「さすがにまだそこまでは中々踏み込めない。そうまでしなくてはならない、なにか家庭の事情があるのだろう」



 個人が持つ匂いは相性を確かめるばかりのものではない。特に嗅覚が優れている犬系の種族は、本人が隠していても体調、感情の大きな変化に気付くことができる。


 それに、当然匂いだけが好きになる指標ではない。獣人にとって「好みの匂い」は、ざっくりと言えば人族が好みの顔の人を見かけて「可愛いな」とか「格好良いな」と思うような、そんな感覚に近い。


「そこにいないのに香るだなんて、そんな不思議な話は聞いたことがありませんが。しかし、ツガイ同士ではなにかの窮地に立たされた時には第六感の様に伝わるものがあると言いますし、それに近いようなことでしょうか?」

「そうなのかもしれない」


「出会ってもいないのにツガイの感覚があって、かと思えば、ツガイでもないのに鈴さんに惹かれてしまうことの矛盾ですか」

「ああ。鈴に会えばどうしても気持ちがそちらに向いてしまうし、その比率が大きくなって行けば行くほど『ツガイを忘れてしまっていいのか?』と問う自分もいて。そんなことを考えること自体、鈴にも、見つからないツガイに対しても不誠実に思えて、今一度しっかり自分と向き合おうと思って鈴とは少し距離を置いたんだ」


「私に『強化訓練を始めるから鈴にはしばらく会えない』と言っていた時ですね」

「無心でいるのは訓練が一番と言うのもあるが、隊長からも『親衛隊への対応時間が短い、少しは対応しろ』と命じられていたから……と言うのは、ただの言い訳だな」



 だが、それらを一切鈴に話さず「会えない」とだけ告げて避けていることも、彼女に対して不誠実で卑怯なことをしているという罪悪感があった。

 話して彼女にどう思われるのか、嫌われたくない、まだ離れたくはないという身勝手なエゴが、結果的に彼女を怒らせ、自分への印象を底辺まで落としてしまうことになったのだから、救いようのない大馬鹿野郎だ。



「そしてその最中にツガイの手掛かりが見つかったと」

「そういうことだ。俺もまさかとは思ったが」



「微かに香るこの匂いの者を探している」と言って、引き出しにしまっていた、メッセージの書かれたハガキを兎月に見せた。第三者へツガイの匂いを確認させるのはあまり気分は良くないが、協力を得る為だ。

 

 送り主は全て違うのに、ハガキに書かれた文字は同一の書体。メッセージハガキのみの方は香りがほぼ送り主の匂いや他の郵便物に上書きされてしまうが、封書に収められたハガキの何通かに鈴音の匂いを微かに感じるのだ。


 兎月も匂いを確認したが、該当者は記憶の中にないようだ。


 確認していく中で、書体がほぼ同一なのは、予め文字が書かれている”メッセージ付きハガキ”というものを購入してのことだとわかった。流行りに疎い俺は、初めはそういった字体が今は流行っているのかと思っていて、そちらの書体ではなく、むしろ送り主の書いたメッセージの方に注目していた。

 

 文字から匂いがするわけではないが、全ての共通がこのハガキにあったので、送り主ではないのなら、製造元を訪ねるべきかと考え始めていたところだった。



「やはりハガキの件でしたら、鈴さんに聞いた方が早いのではないですか? 郵便に関するものであれば、紙漉き職人やそのハガキの製作者とは当然取引もあるでしょうし。鈴さんでわからなければ、鈴さん経由で北斗さんへ顔繫ぎを依頼するとか」

「……確かにそうだな。差出人を探し続けたが、行き詰ってる。ずっと会わずにいる鈴に、俺の都合で呼び出して聞くのは気が引けるが、やはり聞いた方が早いのかもしれない」



「では、早速明日お声掛けしてみましょう」

「ああ、そうだな」




 明日は口を利いてくれるといいのだが。




◇◇◇




 あいにく今日は午後から大荒れの天気となりそうな予報。朝から獣人の間では荒れる予想をしていた為、公開訓練は中止。


 親衛隊の来訪がないのは気楽でいい、だが……



「大荒れ予報では、さすがに郵便の配達はお休みでしょうね」

「そうだな。小柄な鈴では危険だ、無理はしないだろう」



 兎月は珍しく窓越しに空を眺めながら、ふぅと息を吐いていた。



「兎月も降り出す前の方がいいだろう? 俺が残るから、今日はもう上がっていい」

「宜しいのですか? 荒れてからでは、雨が耳に入りやすいので御配慮に感謝致します」



 小雨ならともかく、大雨となると濡れるのを嫌う兎族には辛い。鳥獣人で編成されている朱雀隊も、通いの者は早々に帰らせていた。ある程度兎月の方で資料を揃えたり、やれることは済ませてくれているので、後は俺一人でも十分にこなせる。


 


「明日は鈴と話せるだろうか」




 獣人は雨に濡れることを好まない者がほとんどだし、鈴は未発達の鳥獣人と思っている俺は、配達は「絶対ない」と踏んでいた。



 だが、隊でもまだ経験が浅い新人によく見られる”無鉄砲”なところが、例に漏れず鈴にも備わっていたと知るのは数時間後のことだ。





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