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2:ゴミ被りのリンデレラは、恩人に平手打ちをして逃げる

******


 えー……っと、現実の私は迷子中ですので、右往左往しているこの時間を、お国紹介に活用したいと思います。



 ハイ、ドーン!



 ここは神獣 麒麟様が天から降り立ち、獣人をお創りになり国を興した――と神話で語り継がれている――ナインテイル。



 北は水ノ都(みずのと)、南が火ノ都(ひのと)、東が木ノ都(きのと)、西が金ノ都(かのと)と分かれています。


 ここ土ノ都(つちのと)は花の都でもあると同時に華の都でもあって、やっぱり国中のものが集まるし、人族との交易が始まってからは異文化的な建物や物資が入って来るからか、地方からの移住希望も増加傾向に。


 かく言う私も、他国の食文化には興味津々なので、良い匂いがするお洒落なお店など、地図を書きつつ記している。お陰で土ノ都に来てからはそわそわとしっぱなしです。

 

 まずはお給金が入ったら、絶対にオランドラ風カフェに行くと決めているのだ。

 


「その前に元の道に戻ることが先決なのよね」



 この辺りはきっと”裏通り”と言うところなのだろう。建物を密集させているせいで陽が入りにくく、薄暗くて雰囲気が悪い。


 賃貸集合住宅なんかは、とにかく狭い土地でもたくさん借り手が欲しいと考えれば縦に伸びたり、奥行きが妙に長かったりするしかないわけで。


 それはまだ理解できるけど……


 本来、ここには道があるはずじゃない? と思うところにまで違法住宅が立ち並んでいるのはどういうことか。


 もちろん国も管理してるし見回りもしているけれど、撤去させてもまた誰かが建てると言うイタチごっこ状態で、現在は違法建築取締の専門部署を立ち上げたり、法を整備している段階らしい。

 これが早めに決議されれば、現状は厳重注意しかできなかったことも、しっかり取り締まることができる。


 市民権を得る手続きや、住む場所の斡旋を待つ時間すら惜しむ日雇い労働者、素性を大ぴらに出来ない者は多少お金がかかっても、それが違法住宅と知りながら住むので、需要があれば供給する建物もどんどん建って行くわけで。


 こういった取り締まりを裏朱雀はフォローするのだろうか。



「……秘境に迷い込んでしまった気分」



 こうなっては仕方がない。いよいよアレを試す時が来たようだ。


 我が家は鷲族、わからないのなら飛んで上から見たらいいじゃない作戦!


 もちろん、翼が欲しくとも翼はないので私は飛べない。でもずっと飛んでみたい願望は持ち続けていたのだ。


 イメージ的には見上げた高さくらいの屋根までは届くはず。屋根から屋根に渡れば簡単に元の場所に戻れるという寸法。

 


「せーのっ! とりゃあ!!」



 風魔法で少しだけジャンプの補助をして、あとは身体強化で思い切り地面を蹴って飛び上がる――



「やったー! 届ぃ……あ、」



 目測では届くと思った屋根には全く及ばず。


 掴もうと伸ばした手はスカッと宙を切る。藁をも掴む思いで、目についたものにしがみついている状態だ。


 間一髪で落下は免れたものの、みょ~んと情けない姿でぶら下がっている。



「良かった……外にたくさん洗濯ロープがあって」



 建物と建物を結ぶようにたくさんのロープが交差していて、この洗濯紐に衣類がかかっているせいで、より陽が差さないんだと思っていたのに、今ではロープ様々である。



「ラッキー! このロープには洗濯物が掛かっていないから、このまま横移動して行けば小さい屋根に乗って、そこから下に降りれそう」



 位置としては大体ロープの2/3の辺りといったところだろうか?

 

 迷路から抜け出るよりも、今はこの窮地を誰にも見られずに脱する方が優先だ。


 カバンは特に金目の物も入っていないので軽量化を図る為、下に落とすも、靴まで片方脱げてしまった。



 くんっ――と少し揺れる。景色が下がったような……?



「まままま、まさか……!?」



 最近体重が少し増えたかもしれないと密かに思っていたけれど、ロープが耐えられないほど肥えてしまったとは!



「痩せる! 戻ったら絶対に減量するから、もう少し耐えて!」



 ギチ、ギギギ――どう考えても不穏な音としか思えない音が鳴っている。ロープの繋目から!!



「嫌な予感しかしなーい!!」



 しゅる……


 あ、と気付いた時にはロープを掴んだまま落下していた。ついに私の重みに耐えきれず、片方のロープが解けてしまった。


 これは本気でマズイ!



 片方が解けたことにより、もう片方の紐も怪しい。ここで勢いよく私の体重をかけてぶら下がっては、劣化が見られるロープは絶対に千切れるだろう。

 今までもいくらか下手をこいて来てる経験がある私は、瞬時に下を見回した。



(トランポリンっぽいもの発見!)



 まだ繋がっている側のロープの建物へ向かっている勢いを利用して、千切れる前にパッと手を離し落下。



「キャーーーー!」



 ベリベリ! べしゃっ、ぐにゅ――



「イタタ……た、助かったぁ。って言うかくっさ~い!」



 見事、狙った場所に着地。


 ただし、トランポリンのように見えたのは、生ごみ用の大きなコンテナに被せてあったシートで、それらを巻き込んでの落下である。

 冷静に考えればこんなところにトランポリンがあるわけがないし、この国に存在もしていない。前世の記憶め!


 成功だけど、失敗だ。とにかく臭う。



「そこで何をしている」

「ひっ!!」



 今? 今なの? どうせ来るならあと一分早く来て欲しかった。生ごみの中にいる状態なのに「私不審者じゃありません」って言ってわかってもらえる? そもそもなんで落ちたのかって話だし。


 警吏の人に声を掛けられたのかと思ったら、一般的な私服を着た、大きな三角ケモ耳とふわっふわな尻尾をお持ちの犬族、いや大きいから狼族かな? 日に焼けた肌、短いけど少し癖のある黒髪の偉丈夫が立っていた。

 

 疑いを含む視線は少々鋭く、怖い。


 思わず顔がスンとなる。


 いや、若干啞然とされている(引いている)のもわかるけど、この状態で見つめ合うのは辛い。

 

 臭うから距離も置かれているのだろう、自分の状況が宜しくないこともよく分かる。めちゃくちゃ顔を顰めてるし。



「えっと……あの、着地に失敗しまして?」

「着地? ああ……君は鳥獣人なのか」



 お兄さんが私を上から下へ観察している。だけど見えるのは上半身、ゴミ、コンテナだ。



「ハァ……飛行訓練は学校か、保護者がいるところでしなければ駄目だろう?」

「訓練? いえ、あ、はい」



 普段なら「いえ、私成人してます!」と反論するところだけど、こういう時はわざわざ正直に言わないに限る。やんちゃな子供設定で行こう。少し前まで未成年だったことは嘘じゃない。

 

 それにそう判断されたからか、警戒も解かれた気がする。「なんだコイツ」という不審者へ向ける視線から、ヤンチャな未成年にやれやれといった様子の……まぁ呆れられている視線に変わっただけだけど。


 お兄さんは少し離れたところで、絞っている袖を更に肘辺りまで調整し、腰紐を外して鼻と口を覆うように巻いて近付いてくる。



「さ、引っ張り上げるから手を貸して」



 なんですと!?

 手もこんなに汚れているんだとわかるように前へ突き出し、慌てて首を横に振った。



「いいです、いいです! 服が汚れると思いますし、それに臭いで嗅覚が」

「ああ。正直かなりキツイから、息を止めている間に引っ張り上げてしまいたい。大丈夫、今日は非番だけど俺は四神抜刀隊員だから、救助には慣れてる。ほら、手を貸しなさい」



 ひぃぃ!! 四神抜刀隊!? これって出してもらったあとはに聞き取りとかありそうじゃない? それにこのゴミだらけの格好だもの、警吏の駐在所かどこかに連れて行かれて親の呼び出し……それは避けたい!


 汚れだけは掃ったら井戸水でも頭から被って、「池に落ちちゃった」と多少強引だけど、そう言い訳をしようと決めていたのに。



「いいい、いえいえ、そうかもしれませんけど、私としては気も腰も引けると言いますか……」

「なにを言っているんだ、どう見ても嵌まり込んでいるだろう? 君が自力で抜け出るのは無理だ。俺は狼族だからこの空間に長時間は辛い。我が儘を言ってないで、早く手を出してくれ」



 嗅覚普通の私ですら鼻が麻痺してきたのに、狼族ならそれは相当に辛いだろう。それに、私服も汚れてしまう。



(でも、お願いだから放って置いて!!)



 現状埋まってるから見えないけどね、出たらそれはそれは哀れな姿だと思うの。


 好き嫌い別として、初めての都会で出会った、整った顔立ちで偉丈夫なお兄さんに、そんな姿を晒したい女子います?

 さすがの私にも恥じらいはある。例え生ゴミに埋もれたままでも、守れる矜持(プライド)はあるはずだ。


 

「いえ、これくらいなら出らぁぁぁ!」

「全く、君は世話が焼けるな」



 彼は私の脇に手を差し入れ、畑の根菜よろしくスポンと引き抜いた。あまりに汚れていたせいだろう、驚きに目を丸くし、『獲ったどー!』の如く持ち上げられている。高い! 高いよ!



 マンドラゴラの引き抜かれた時の気持ちが少しわかる。今は「ギャーー!!」と叫びたい。



 お兄さんは私を持ち上げたまま、多分軽く怪我等がないか確認してくれている様子。鼻へのダメージが相当なのだろう、眉間のシワが凄いことになっている。そろそろ降ろして欲しいと言ってもいいだろうか?



「あの、お兄さん?」

「ううん……どうするか」



 どうするも、なにも降ろしてくれたら良いかと。


 何かよくわからないけど、お兄さんは臭そうに顔を顰めたまま悩むと言う、なんとも形容しがたい表情をしている。未だ私はぷらーんとぶら下がったまま、どうしたら良いのかわからない。



「あのっ! お兄さんの嗅覚では辛いと思うし、私も汚いですから、早く離れた方がお互いの為だと思うんですよね。ようするにそろそろ降ろして頂きたいです」

「そうだけど、あー……でもこれは……洗うべきかな」



 私はあなたの洋服に付いた染みか何かでしょうか? 「お気に入りだったのに、すぐ洗えば落ちるかな」みたいな感覚で眺めないで欲しい。


 この人、四神抜刀隊だって言ってたけど、本当なのかな?



「とりあえず、服も着替えないといけないな」

「はえ?」



 私は危機感を覚えた。



 ここは裏通り。こういった人の良さそうなフリをして、相手の警戒心を解き、人を攫う……なんてこともあるかもしれない。


 

「まずは洗い流す方が先か」

「洗う!?」



 黒だ。この人、どこかに連れ込んで私をひん剥こうって魂胆なんだわ!


 このままでは、どこに連れて行かれるのか、わかったものではない。

 

 特訓を思い出そう。痴漢対策の最終奥義は……ちょっとこの格好では無理だ。幸い、今は抱き上げられていて顔が近い。使えるのは手と、ゴミ。

 

 私は覚悟を決めた。



「お兄さん、助けてくれてありがとう! そして……ごめんな、さいっっ!!」

「え!? ぐっ、うぅ!!! なん、で」



 お兄さんの顔にゴミをこれでもかと押し付け、バチンと身体強化で思い切り頬を引っ叩いた。グーパンと悩んだけど、一応助けてはもらったしと思い、平手に格下げしたつもり。



 効果はゴミで九割、平手で一割といったところだろうか。ようするに、このお兄さんは大型種で強いので、私の平手では大した攻撃にもなってない。

 だけど、きっと彼の人生の中で受け取ったことなどないはずの、センセーショナルなものを顔面にお見舞いされたことで、慌てて手を離すことになった。


 離さなければ、顔面に塗り込んだゴミは拭えないから、嗅覚は暫く死んだも同然である。自分でやっておいてなんだけど、本当にごめんなさい。



 カッコよく着地は出来なかったものの、どうにか転がり落ちた私は、投げっぱなしの荷物や、靴が片方脱げたままなのは構わずその場を後にした。彼が蹲っている間にできるだけ遠く離れなければならない。




「ハァ、ハァ、めっちゃくちゃ怖かった! もう絶対に裏通りには近づかない!」



 

 おそらく自称、四神抜刀隊名乗りの犬系大型種の黒髪のお兄さん。優しそうな顔でも油断はしてはいけなかったと反省。朱羅兄にも相談した方がいいかも。



 そう心に固く、固く誓ったのにすぐに再会することになるとは、この時の私は思ってもいなかった。



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