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17/77

17:感謝の日②

******



「冗談だよね!? 私もう大人だよ? 重くて無理だよ」


「私の翼よりも軽い鈴が持てずして、どうやって救助活動をすると言うんだい? 一応肩書きだけは副隊長を名乗っているんだ、任せるといい」

「碧海さん、朱羅様はこう見えて力持ちでいらっしゃるのですよ。私も宜しければ見学しても? 荷物の見張り番をしておきます」



 半ば無理矢理 朱雀の訓練場まで連れられて、最後にしてもらったのは何年前だろうかという、大人の高い高いをしてもらうことに。


 朱雀隊専用の広い屋外訓練場の中心には、私と朱羅兄のみ立っている。


 私も初めて足を踏み入れた場所で、これからなにがあるのだろうとワクワクしてきた。


”高い高い”は子供の頃によくやってもらっていた。一般的な高い高いと比べ、持ち上げて飛ばす高さが3メートルくらいあるので、身長などと合わせれば地表より5メートルほどの高さになる。


 そのお陰か私に高所恐怖症の気は全くなく、むしろ楽しむタイプに育った。


 陽兄は乱暴だけど、勢いがあって面白いし、朱羅兄は必ず演目(テーマ)を決めていたりする。



「朱羅兄、今回も演目は決まっているの?」

「そうだね、この身を焦がすような想いを花火に例えて、『愛の打ち上げ花火』と言ったところかな」



 朱羅兄は意外にも演目のネーミングセンスだけ、いつもおかしい。



「あーはいはい。ドーンでバーンでラーブな感じなんだね」

「全く……お前はそういうところは陽に似ているのだね。もう少し情緒というものを……ハァ、まぁいい」



 すごくガッカリしたような表情しているけど、付けた演目のせいでもあるとわかって頂きたい。


 でも、なんだかんだ言って、陽兄のざっくりした性格と少し似ているところがある私。やはり家族は似てくるのだなとちょっと嬉しくなる。



「では、時間も勿体ない、私におぶさりなさい。そして、私が『いい』と言うまでは身体強化を掛けておくのだよ」

「はーい。久しぶりでドキドキしてきた!」



 私がおぶさると朱羅兄は半獣化し、袖なしの隊服から見えていた腕が、大きな赤茶色の翼に変わる。


 正面に向かって翼を煽り上昇気流を作り上げ、そこへ飛び込むとそのまま垂直に登っていく。いとも簡単に気流を起こしていたけれど、鳥獣人なら皆できるというものではない。

 今回はどこまで上がるのだろう? 気流が解けても尚、上へ上へと向かう。地上にいる右京さんはどこにいるのか、私の視力ではもうわからない。


 地上からどれほど離れているのかもわからない辺りで、ふっとスピードを緩めた。



「鈴、合図を送ったら身体強化を解いて手を離しなさい。自分も鳥になったつもりで手足を広げてごらん。私が見守っているから心配はしなくていい」

「えっ!? この高さから?」



「怖いのかい?」



 振り向き、器用に片眉を上げ、敢えて挑発的な笑みを浮かべている朱羅兄。



「まさか、最っ高!!」

「鈴ならそう言うと思ったよ」



 朱羅兄はクスっと笑い、「今だよ」の掛け声で私は朱羅兄から手を離し、身体を空へ預けた。



 落下――



 飛んでいる朱羅兄は私の上にいる。


 

(でも、一人で空を飛んでいるみたい……!)

 

 

 朱羅兄は『いつか自分で飛んでみたい』と言った私の為に、飛ぶ機会を作ってくれたんだ。



 幼い頃、陽兄やアキちゃん、朱羅兄が飛んでいる姿を地上から眺めていた。


『いいな……翼があったら私も一緒に飛べるのに』って。

 


 上空が寒いからなのか、興奮し過ぎているからなのかはわからないけど、上に舞い上がる雫のせいで目尻が冷たい。

 あの頃の置いて行かれた自分もようやく仲間に加われたようで、嬉しくて、楽しくて、ずっと気持ちが高揚しっぱなしだ。

 


 鳥が空を飛ぶのはこの景色が見たいからかもしれない。


 世界はこんなにも広く、美しい。


 この景色を見ているだけで、悩みなんてあっという間に吹き飛びそうだ。



 実際はもの凄い速さで落下しているだけなんだけど、風を受けながら飛んでいる鳥と同じ、そんな夢のような気持ちになった。



「鈴、顔が昔に戻ったようだよ。そんなに楽しいかい?」



 始めは一緒に落下し様子を見ていた朱羅兄は、いつの間にか移動していたようだ。


 真上から朱羅兄の笑い声が聞こえたので、私は器用にくるりと仰向け状態に向き直した。朱羅兄を信用しているから、恐れ知らずにも大の字のままだ。



「それはもう! 朱羅兄、こんな素敵な贈り物、ありがとう。私、一生忘れない!」

「――っ」



 聞こえにくかったのか、返事がない。それにちょうど太陽を背にした朱羅兄は逆行で、その表情も見え辛くてわからなかった。多分、喜んでいる……のかな?


 それにしても朱羅兄が太陽を隠してくれなかったら、私の目が潰れるところだった。危ない、危ない。



「鈴、最高の笑顔をありがとう。これは私と鈴、二人だけの思い出だ。私も生涯忘れないだろう」

「え? なんて言ったの?」



 大声で言ってくれなかったので聞こえなかったけど、恐らく「それは良かったよ」みたいな感じだろうと思う。



「なんでもないさ。さぁ、そろそろ掴まりなさい」

「うん」



 両手を伸ばすと朱羅兄が近づいてきて翼でふわりと私を包むと、なぜか半獣化を解いた。


 現状翼もない二人が抱き合った状態で、頭を下にして回転しながら落下中である。スリリングどころの話ではない。



「朱羅兄、なんで翼を消したの!? まだ大丈夫? ぶつからない? ちょっと目が回りそう!」

「ハハハ! さすがにここまでするとお前も怖がるのだね。しかし、理解するには及んでいないようだ。さて、これではおぶれない。このまま掴まって後ろへまわるといい」



 そうか、私が仰向けではおぶった状態にできなかったというわけか。それならそれでさっき言ってくれれば、また元の下向きに戻したのに。



 無事おんぶ状態に戻ると、再び両腕を翼に戻し、今度はゆっくりと旋回しながら地上へと戻った。


 すっかり忘れていたけど、下では右京さんが感極まった表情で拍手をして迎えてくれた。なにに感動したのだろうか?



「素晴らしいです! やはり朱羅様の飛行姿は何度拝見致しましても美しい。碧海さんもよく怖がらずに手を離せました」

「お前は相変わらず大げさだね」



 朱羅兄は預けていた上着を受け取り、袖を通す。鏡がないので、微調整は右京さんが行っていた。

 

 右京さんは褒め上手な学校の先生とか向いていそうと思ったけれど、やはり秘書官がぴったりだ。



「そこは信頼しているので。朱羅兄は絶対に私を落とさないって」

「これぞまさに【愛の打ち上げ花火】と言うことだよ」



 確かに深い家族愛・兄妹愛のような信頼関係がなかったらできない。



「最後にお二人が回っているところは特に感極まって……この記念すべき日の立会人となれたこと、幸運に思います」

「皮肉なものだね。知らなくてもいい他種族の兎月ですらわかると言うのに、知って欲しい者には……まぁ、うまくいくとも思っていないが」



 その対象者が私と示すように、二人共私を見ていた。



「ちゃんと伝わってるよ!? 私だって感動したもん! 言わなかったけど、ちょっと泣いたし」



 それを聞いた朱羅兄は「本当にそうなら良いのだけどね」と肩を竦めて全く信じていない様子だし、右京さんも「え? あ、そうなんです、か?」とよくわからないけど、私と朱羅兄を交互に見た後、朱羅兄に謝っていた。



 最後に朱羅兄の髪を見て、薄々気付いていたけど、私の髪もあちこちに広がっていて、右京さんが「纏めてしまった方が宜しいかもしれません」と、朱羅兄の赤い予備の組紐を渡してくれた。



「では私の髪は鈴にしてもらうとして、鈴の髪は私が結ってやろう」

「ふふ、昔のおままごとを思い出すね」



 子供の頃遊んでいたお人形は、全て髪が長かったので結んであげていた。その延長で朱羅兄が髪を伸ばし始めた頃に、お人形のように結んでみたいと言ったことがきっかけだ。

 

 それに付き合わされたせいで、朱羅兄も器用に髪を結えるようになってしまったわけだけど、現在役に立っているのなら良かったということで。


 朱羅兄と私は大体同じ髪の長さの為、彼も手際よく結い上げて行く。



「あとは少し華やかに……とは言っても手近に花の用意がないからね、私の羽根を添えようか。鈴の桜色と私の赤茶色の組み合わせは相性が良い。今日鈴が鳥になった記念に」

「大変良くお似合いです! 碧海さん」

「本当ですか? ありがとうございます」



 朱羅兄も私と同じ一つに纏めた三つ編みで、お揃いの髪型にしてみた。


 気分が高揚していて、今日は朱羅兄とずっと話していたい気分だけど、クレープも鮮度が命だ。


 せっかくお小遣いをはたいたのに無駄にするわけにはいかない為、朱羅兄たちに別れを告げ、急いで玄武棟へ向かった。


 もう少しと言われて空まで飛んじゃったけど、すでにあれから小一時間は経っていた。



 おやつというには夕方へ差し掛かかり始めているけれど、小さめならなんとか食べてくれるだろうか? 遅れて申し訳ない気持ちで、いつもより弱弱しくノックすると、コン「コン」のニ度目が叩かれる前に扉が開いた。



「鈴、待ってたよ! 休みの日に君が訪ねて来てくれるだなんて思わなくて、急な来客があって。さ、座って」

「いえ、私の方こそ、ご都合のいい時間帯とか確認しておくべきでした」



 いつも思うけど、話ながらさり気なくソファ席へと誘導されて、気付けば座らされているの、なんで?



「お陰様で、苛立っていた副隊長の威圧を込めた笑顔の接客により、普段よりも早くお帰りになり助かりました。合わせる飲み物は紅茶で宜しいですか?」

「威圧と笑顔……それだけお仕事の精神的負荷が溜まっているってことですね。じゃあ、今日の甘味はちょうどいいかもしれません! あ、紅茶は砂糖なしで大丈夫です」



 流れるように、左京さんがティーカップを目の前に並べ、ポットにお湯を注ぎ入れる。この二人の阿吽の呼吸のような動きはいつ見てもすごい。


 私の席の隣には大きなバスケットが置かれている為、久遠さんは私の正面に座り、その隣に左京さんが腰掛けた。


 それじゃあ早速テーブルに材料を広げて作ろうかなと、バスケットをガサゴソしていると、頭の辺りに見なくてもわかるほどの視線がビシバシと突き刺さる。



「鈴、その髪型は初めて見るね。花も霞むくらい可愛らしいけど、朱雀棟に立ち寄った? 髪に羽根が絡まっているみたいだ。妙に()()()()()()()()ではあるけど、取ってあげようか?」

「え?」



 鏡を見て来なかったけど、飾りっぽく見えなかったのかな? 私が走ったせいでずれてしまったのかもしれない。



「今日は感謝の日ですからね。家族思いの鈴さんは、家族も同然な朱羅副隊長にもなにかお渡ししたのでしょう?」

「そうなんです! 今回は左京さんの手順書にもあったクレープにしたので、その場でお好みのものを作ってあげたんです。そしたらすごく喜ばれまして――」



 どんなクレープにしたのか、左京さんの手順書を元に工夫してみたことを伝え、その後、朱羅兄の贈り物で一緒に空を飛んで感動したこと、翼なしで二人で落下した時は怖かったとか、頭がもじゃもじゃになったので、結ってもらったことなど、興奮冷めやらぬといった感じで、身振り手振りを交えながら話した。



「――それで、右京さんがなぜかすごく感動していたんですけど、そんなに珍しい光景だったのでしょうか?」

「鈴、その……落下中とか、なにか言われなかった?」


「いえ、『さすがに怖いか』と聞かれたくらいです。右京さんの方が感極まって泣いていたせいか、私の感動は今一つだと思われた感じはありましたけど」

「そうですか。朱羅副隊長の勇ましさに感動を覚えたのでは? 右京は意外と感動しいなところがあるものですから」


「私も飛ぶのがずっと夢だったので、うっかり泣いちゃうくらい感動しました」

「夢、叶えてもらったんだ……朱羅に」



 先程の感動を熱く語ったことで大満足な私は、それじゃあいよいよお二人にクレープをと思ったら、なぜか久遠さんがどんより落ち込んでいた。




「久遠さん、体調が優れませんか?」

「体調()大丈夫ですよ。なんの準備もなく今日を迎えてしまったことを心底後悔し、少々闇の世界へ誘われている程度ですから」



 結論、それって大丈夫と言えるのだろうか?


 久遠さんは無言、左京さんは「真面目ではあるのですが、不器用ですよね」と、肩を叩いて慰めているのか、追い打ちを掛けているのか。


 私へのお返しがないことを申し訳なく思ってくれているらしいけど、ご馳走になることが多いのだから、全く気にする必要ないのに。



「久遠さん、落ち込む必要ないですよ」

「……鈴、君はなんて優し、」


「だって、私が久遠さんから頂く()()()()()ですし、お渡ししたいと思うことはあっても、()()()()()()()()()()から」

「兎月……胸が痛い」

「優しさが止めの刃に変わりましたね」



「だから遠慮なく受け取って下さいね」という意味だったのだけど……久遠さんは益々落ち込み、胸を押さえたままソファにくたりと倒れ込んでしまった。左京さんはそんな久遠さんにハンカチを差し出し、背中を擦っている。



「では改めまして、久遠さん国を守るお役目は名誉とは言え、危険が伴います。本当にいつもありがとうございます」

「ありがとう。君に言われると頑張って良かったと思えるよ」


「左京さんも、いつもご馳走様です。これからも色々教えて下さい」

「これはご丁寧に。鈴さんは盛り付けがお上手ですね、女性ならではの感性でしょうか」



 クレープを渡すと、すっかり元気を取り戻した様子の久遠さん。


 久遠さんは甘味は苦手ではないけれど、あまり得意ではないはずで。砂糖は控えめの生クリームを用意していたのに「俺も、もっと甘さが欲しい」と言って、後半どう見ても無理しているように見えるのに、左京さんが呆れるくらいクリームたっぷりのクレープを、憑りつかれたように食べたのだった。



 久遠さんは後日改めてお返しがしたいようで、「他に夢や欲しいものはない?」と聞かれたけれど、今の所欲しいものはなく、お金を貯めて「一人で自活すること」が夢だと伝えたら、また落ち込んでしまった。


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