16:感謝の日①
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「今年の感謝の日は何にしようか」
【感謝の日】とは親、兄弟、親戚と、身近で自分がお世話になってるなと思う相手に感謝を捧げる、国民の祝日のことである。
もちろん私は毎年家族とアキちゃん、朱羅兄に渡していたけれど、昨年までは学生でお金もなかったので、お花とか、お弁当とか、ブラッシング券とかを渡していた。
今年からはついに職業婦人の仲間入りをしたわけで、少し趣向を変えてみたいと思ったものの、如何せんまだそこまでの余力もない。お財布はいつも薄いまま……
別に散財しているのではなくて、一人暮らしをする為にほとんど貯金していることが理由なんだけど。
う~んと悩みながらも置いてあった筆記帳をペラペラと捲る。これは左京さんから借りたお菓子の手順書を書き写したものだ。
順番に色々作っている最中だけど、どのお菓子もとても簡単なのに美味しい。
「これは手作りオランドラ風菓子の、ええと……ケーキの作り方。大きなケーキにたっぷりのイチゴを乗せて……ハッ! コレいいかも!」
今までは難易度レベル1~2までだったけど、このケーキは初のレベル5である。大きなものを作るとなるとそれなりに材料費もかかる。なんせ事前練習もしなくてはならない。
「買う方が間違いはない……でも大きなケーキに驚いて欲しい気持ちもある。よし、作ろうじゃないか!!」
こうして今年の贈り物はイチゴのたっぷり乗った大きなケーキにしようと、とりあえず決めた。
あまり時間もないので、仕事中、少しでも材料費を節約する方法がないものか考えている。
ちょっと酸味は強いけど、以前、一人ピクニックで山へ行った際、イチゴが自生しているところを見つけたのだ。イチゴはそこへ摘みに行くとして、問題は生クリーム。私にとっては高級品だ。
「肝心要の生クリーム、ここはケチりたくないよね。生クリーム、ああ生クリーム、生クリーム……」
「ちょっと! ユービン、歩く時はちゃんと前を見て歩きなよ。僕の綺麗な白い肌に傷でもついたらどうするつもり? それとブツブツと『生クリーム』を繰り返して何? 怖過ぎだから」
ハッとして見上げれば、ここは白虎棟へ向かう廊下で、目の前には兎月家の四つ子で末っ子、右近さんが腰に手を当てながらプンプン怒っていた。
私を「郵便」と呼ぶのは白虎秘書の兎月さんだけだ。次男、朱雀の右京さんは「碧海さん」、三男、青龍の左近さんからは「鈴殿」と呼ばれている。
四つ子なので当然左京さんとも似ているんだけど、右近さんは末っ子のせいかちょっと我が儘っ子な雰囲気と、常に美容――主に美白――を気にする女子力高め男子なので一番個性が強い。
「す、すみません! 高級な生クリームを、どうにか安価で手に入れる方法はないものかと考えていたもので」
「生クリーム? なんでそんなものが必要なのさ?」
「いえいえ、そんなたいした理由ではないので……」
「やっぱり肉ばっかりはお肌に良くないよ。これからは植物性のものを多く摂るべきだね」と基本的にベジタリアンの右近さんはよく語っていた。
それだけに、動物性由来の食品の話など「えーなにそれ太りそー」とか言われて、また「植物性由来の~」と言ったうんちくが始まりそうな気がするので、さっさと通り過ぎたいところである。
「……ふ~ん、あっそ。なんかユービンのくせに感じ悪くない? 僕、美容の為に毎日牧場から新鮮な牛乳を直接仕入れて飲んでいるから、口利きできるけど。まぁ、関係ないみたいだし、いいよね?」
「実はたっぷりイチゴの大きな生クリームケーキを、感謝の日に家族に作ってあげたくてですね」
牛乳って身長伸ばすだけじゃなかったんだぁという感想は置いといて、まさか美容がご趣味の右近さんに、牧場の伝手があったとは……嬉しい誤算。
「生クリームの? ああ、左京が前に異母兄弟の誕生日用に大きいやつ作るって練習してたかも。家の中がくっそ甘くて吐きそうだったっけ。ニオイだけでニキビできそうだったよ」
「……左様ですか」
やっぱり四つ子って言っても個性はそれぞれなんだよね。左京さんの作るお菓子はどれもとても美味しいのに!
「右近、こんなところにいたのか。いつまで経っても来ないから、俺が直接受け取りに来たぞ」
私の背後から聞き覚えのある声がしたので振り向く。声の主は青龍隊の秘書官、左近さんだ。
「あ、左近じゃん。僕は遅くないよ! お前がいつも時間より早めの行動するからだろう? それに今は迷える一般市民である、ユービンのお悩みを僕が直々に聞いてやってただけだし」
「あ、なんかすみません、私のせいだったようで??」
全く引き留める気はなかったものの、伝手がある以上は教えて頂けるまで足止めさせて頂きたいところでして。
「『ユービン』じゃない、鈴殿だろう。兎月家ともあろう者が、名前もまともに覚えられないのか? いつまで子供みたいな口の利き方をしている!」
「いえ、右近さんは決して知らないわけでは、」
「うっさいなー。左近は益々オッサン染みてきたんじゃない? せっかく整った顔で四人共生まれたのに、左近が一番老け顔になったよねぇ。あーやだやだ」
ひょえっ!! だんだん雰囲気が険悪になってきた! 兎月さんが並ぶところって初めて見たけど、みんな仲は良いものだとばかり思っていた。
ここは私お邪魔ですし、やっぱり仕切り直して抜け出た方がいいかもしれない。
「で、では~お二人はお話があるようですし、私は配達があるのでこれで、」
「ユービン!」
「鈴殿!」
同時に呼ばれ、思わず背筋を伸ばして気を付けをした。
「はいぃぃ!!」
「手紙はここで受け取るから、白虎分の寄越してよ」
「青龍のも預かろう」
あ、良かった。受け取って下さるのは有難い。まとめる用に自分で作った各四神の色の巾着袋に手紙を入れ渡す。これならバラけてしまう心配もない。ただ、朱雀と玄武は大抵執務室に誰かいるので、使用したことはない。
「ユービンはこういうの得意だよね。美容の女子力は低いのに。でも、この白い熊にしか見えない白虎刺繍はどうかと思うけど」
「ん? この刺繍は各四神を表していたのか? ずっとオオツノシカ族の九龍隊長と隊色を掛け合わせた青い鹿だと思っていたが……青龍?」
「女子力も絵心がなくてすみません……刺繍は今度解いておきます!」
確かに九龍隊長様はオオツノシカではあるけれど、”青い鹿”を作る創造性は持ち合わせていないです。
自分で見ても微妙な出来ではあったけど、抽象的な美術作品と思えば、それなりに愛嬌があって良くないかな? 「ブサ可愛い」という新たな販路を開拓しようと思ったけど、速攻でとん挫したようだ。
まぁでもお二人は悪意があるわけではない。
残念だなぁといった表情で黄昏れていると、右近さんがツカツカと近づいて来て、ぶっきら棒に一枚の小さな紙を出し、さらさらとなにか書き込んだものを私にずいっと手渡す。
「……気に入ってないとは言ってないじゃん、解かなくていいし。それとコレが牧場の名前と住所。行ったら僕の名刺を見せて『右近に紹介された』って言って。僕からも伝えておくから」
「ありがとうございます! わぁ、なんかいい匂いのするお名刺」
そう、割とツンデレなんだよね。だから面倒臭い人だけど、憎めないし、嫌いにもならない。
「ふむ、龍と意識すれば見れないこともないし、私よりも数倍絵心がある。気を悪くしたならすまないな、今日は海苔煎餅しか持ち合わせてないが、あとで食べるといい」
左近さんは天然なのかな? たまにこうしてポケットに誰かからの頂き物なのか、お菓子を持っていると私にくれる人だ。
それと、無理に龍に見なくても良いですよ。言ってしまえば青い鹿も”架空枠”で括れば青龍と同等かなって。
こうしてちょっとしたすったもんだもありつつ、後日右近さんに教えて頂いた牧場へ生クリームを買いに伺った。
その時に「多めに購入するならおまけしよう」なんて言われたものだから、調子に乗って3Lも生クリームを買ってしまった私。
「……多過ぎる」
「バッカじゃないの?」と嘲笑う右近さんが目に浮かんだ。
3Lの生クリームとサービス牛乳、卵、砂糖、小麦粉を背負いながらトボトボと歩く。
「これはせっかくだから、生クリームが主役になるようなものにした方がいいのかもしれない」
急いで家に帰り、再度、筆記帳を捲る。確かどこかで見た気がするアレはどこだったか……
何頁か捲ると『これ絶対うまいやつ!』と自分で丸をつけた、あるお菓子に辿り着いた。
「これだ!! これも絶対美味しいよね」
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迎えた感謝の日当日――
感謝の日の祭日とは言え、朱羅兄は今年は出仕にあたっていたので、家族に振舞い後、小さ目のクレープ生地を沢山作った。その場で作って見せたらきっと喜ぶだろう。
事前に行くことは伝えていて、出発前に小鳥隊に「これから向かいます」と伝える。
今日は正面からではなく、裏門から。こちらも許可申請を朱羅兄が取っておいてくれたので、スムーズに通してもらえた。
「あら、碧海郵便の……今日はお休みじゃないの?」
「藤さん、こんにちは! 今日はお休みなんですけど、感謝の日だから従兄の朱羅に」
藤さんには大変お世話になっているので「いつもありがとうございます」と生クリーム多めのミニクレープを渡した。「私に?」と言いながらスッと受け取り、「鮮度が良い内に頂くわ」と言ってご機嫌に見送られた。
感謝の日とあって街へ出る人も多く、人が増えれば揉め事も増えるということで。取り締まりに出払っている人数が多いのか、いつもよりも静かな四神本部内は少し新鮮だ。
玄武棟へ先に立ち寄ってみたけれど、「不在」と札が掛かっていた。
仕方がないので先に朱羅兄のいる朱雀棟の執務室を訪ねることに。
珍しく、朱羅兄と秘書官の右京さんが二人でお茶を飲んでいるところだった。
「お仕事お疲れ様、朱羅兄! それから右京さんも、いつもお世話になっております。休憩中にすみません」
「やぁ、鈴。事裏から連絡が来たものだから、こうしてお茶だけ用意して待っていたよ」
「私まで頂いて宜しいのですか? お気を遣うようでしたら私は席を外しますよ」
「いえいえ、いつもお世話になっている右京さんも、ぜひ。確か、甘い物は苦手ではなかったですよね? この場で包みますので、生クリームの量、ジャムの有無を選んで下さい」
「これはまた面白いものを作ったようだね。生クリームが桃色に染まっているのは食紅かい?」
「おそらくこれは……イチゴジャムで染めたのではないですか?」
「わぁ! さすが右京さんですね。はい、朱雀隊っぽくて、ぴったりかと。朱羅兄は桃色とか、イチゴもハートの飾り切りも好きでしょう? あ、この薄く切ったイチゴでバラの花も作れますよ」
朱羅兄は思った通り、「私への愛の分だけ盛ったものをお願いしよう」と言われ、右京さんは「イチゴでバラの花が見てみたいですね。クリームは普通盛で、ジャムをかけて下さい」と思ったよりも食いついてくれたようだ。朱羅兄や緋炎隊長様が超甘党だから、やっぱり影響されるのかな?
ちなみに緋炎隊長様も来客対応にあたっているそうなので、最後に作って右京さんに託した。
朱羅兄には巻いたクレープの上にさらにイチゴクリームを山になるように絞り、そこにハートのイチゴを隙間なく貼り付け軽くジャムを流し掛けた。
こうして若干胸焼けしそうな【私の愛に溺れちゃいな!盛】は完成だ。
「なんと、鈴の愛がこれほどとは。溢れんばかりの重い愛に、本当に溺れてしまいそうだ。ふむ、甘酸っぱくて世界一美味しいよ、鈴」
「このイチゴの酸味のお陰で、下の甘い生クリームと非常に良く合い、最後まで美味しく食せますね。これは兄の左京も食べたのでしょうか? きっと気に入るはずです。とても美しい出来栄えですから」
どうやら兎月家の長男、次男は揃って甘党のようだ。それに兄への理解度も高い。
こんなコテ甘なクレープをとても幸せそうに食べる朱羅兄を見て、衝動買いは間違いじゃなかったと報われた気持ちだ。
と言うより、肯定してあげないと、すっからかんなお財布が報われない。
「そう言えば、この美味しい生クリームが購入できたのは右近さんのお陰なんです。お礼に食べてもらいたかったけど、甘い物は苦手ですよね? それでイチゴの牛乳寒天を作ってみたんですけど、これも苦手でしょうか? 甘さは控え目に作ってはあるんですけど」
「愚弟の? ああ、毎朝飲んでいる牧場のものでしたか。誤解があるようですけど、彼は甘味は苦手ではないですよ、全ては【美容の為】なんだそうです。刹那隊長や雪矢副隊長は確かに美丈夫ではありますが、どうしてお支えする方の為の能力を磨かず、美容へ向かってしまったのか理解に苦しみます」
「全くあいつは」と言いながらも、クレープを両手ではむはむしている右京さんが愛らしい。
「そう? 兎月兄弟は固すぎるから、私は一人くらいあんな感じがいても面白いと思うけどね。それに仕事はこなしているのだから、別に良いのではないか?」
「朱羅様は奴に甘過ぎます」
やるべきことはキチンとやって自分の趣味も器用にこなしているのなら、特に右近さんに非はない。なによりただツンデレなだけだし。
「そんなことはないさ。鈴に冷たく対応しただけだったのなら、注意してこようとは思っていたよ?」
「子供じゃないんだから、『従妹に冷たくしないで下さい』なんて、恥ずかしいから言わないでよね」
「朱羅様、碧海さん、大変申し訳ございませんでした! 私の方から愚弟にはきつく言って聞かせますので、どうか」
一気に表情を青褪めさせ、90度折の本気の謝罪がなされてはいるのに、縦笛のように持った、食べかけのラブリークレープに視線が全て持って行かれてしまう。
「右京さん! 私は気にしていないですし、右近さんはただ、ツンデレなだけですから」
「つん……? 【つんでれ】とはなんでしょうか?」
「鈴が作った造語だよ。ツンツンと冷たそうな態度の者が急にデレる、甘くなるということだ。彼の場合は甘さというより、優しさを見せるということかな」
「なるほど……確かに弟は【つんでれ】に当てはまります。碧海さんは造語の才能がおありなんですね」
「造語の才能……」
あまり役に立たなそうな才能が認められて嬉しくもあるけど、これは私の前世の記憶のものだから、才能ではない。
そして、知らない言葉なのに出てくる前世の知恵というか言葉は、大抵あってもなくてもいいものばかりなのが悲しい。
「全く、私の鈴はいつもこうだから、いつまで経っても私は兄の威厳を見せることができない。困ったものだよ」
「そんなことないよ。朱羅兄や陽兄がいてくれるから、私もこうして安心して外に出られるんだし。いつもありがとう。感謝の日だからってわけじゃないけど、直接言いたかったの」
「私もこんな素直な妹が欲しかったですね。外見だけ美しくしようとしている弟ではなく」
「おや? 私の鈴に興味を持つのはやめて欲しいね」
「右京さんはそんなこと全く言ってないから!」
「ハァ、ただでさえ碌でもない噂が耳に入ってきて頭が痛いというのに。鈴も碌でもない奴の、碌でもない願いなど聞く耳を持つ必要はないのだよ? 私の元にも届くくらいだ、あちらの家だって簡単に騙されるような家じゃない。【ごっこ遊びの奉仕活動】はそろそろ終わった方が良いのではないかな?」
「えっ!? なんでそれ……じゃない、なんのことかなぁ?」
目撃もされているということは噂も少しは立つわけで、そうなると耳の良い朱羅兄にはあの件がばっちり伝わっているということなの!?
とりあえず事情を知らない(と思う)右京さんもいるし、笑ってその場は誤魔化した。
「隠したいのなら好きにしたら良いが、代わりに私にもう少し時間をもらえないかな?」
「いいけど、どうしたの?」
「今日は感謝の日だろう? 今年は鈴へ感謝を込めて、久し振りに”高い高い”をしてあげよう」
「は?」
冗談だよね!? 私もう大人だよ?




