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15:好き? 嫌い? / side 久遠 蓮生

◇◇◇◇◇


 パタパタと走ってくる音と、細かい呼吸音が聞こえてきた。

 

 自分が音を捉えるよりも早く、兎月の耳がクルッと扉の方へ向いた時から、そわそわし出すのを止められないでいる。


 あくまで今まで通り「普通」にしたいのだが、残念ながらもはや普通が思い出せない。



『スゥー……ハァー……』



 鈴は扉を開ける前に一度呼吸を整える。

 息を切らせた状態ではきちんと挨拶ができないからという理由らしい。俺も同じく少し呼吸を整える。


 コンコン、とノックは二回で、控えめに扉が開いた。



「おはようございます! 碧海郵便です。お休み明けなので、今日は郵便物が多めですよ」

「ご苦労様です、鈴さん」

「鈴!! お、おはよう! 今日もカワイ……ゴホッ、乾いた空気だな」



 気を引き締めないと、自分の口なのになにを言い出すかわからない。


 彼女が入室後立ち上がったものの、仁王立ちもおかしいし、気を付け直立不動も怪しさ満載だ。両手をどこへやったらいいのか迷いつつ、片手は机の上へ置いて少し斜めなポーズのまま、誤魔化しの咳込みをする。


 全く締まらない。



「湿度ですか? カラッとしてますし、そうかもしれませんね。ところで久遠さん、少し宜しいですか?」

「……俺!? ああ、今は暇だから何時間でも構わない」

「副隊長、まだ書類業務がありますが?」



 駄目だ、気持ちがだだ漏れでつい本音が。


 兎月からも「子供ですか?」と言わんばかりに、若干冷ややかな視線を送られている。


 鈴は、晴れ渡る空のような瞳をパチパチとしながら首を傾げている。そんな仕草すら可愛らしい。



「大丈夫です、お時間はかかりません。荷物受取りの署名を五枚ほど書いて頂きたいだけですから」

「署名か。うん、何枚でも書こう」

「副隊長、五枚でいいのですよ」


「今日はボケとツッコミの掛け合いが面白いですね。久遠さんがボケるって……ふふ、意外です」



 ボケたわけではなく、ただポンコツなだけだと知ったら君は呆れるだろうか?

 

 なんにせよ、それで笑顔が見れたのなら良しとしよう。



 早速署名を普段の三倍掛けて、ことさら丁寧に書いてはいるのだが……鈴の視線を妙に感じる。もしかしてわざとゆっくり書いているとバレたのだろうか。



「久遠さん、なにか良い事でもあったのですか?」

「良い事?」


「はい、尻尾が……」

「あ」



 鈴が控えめに指差した方を見れば、顔だけでもいつも通りを心掛けていたつもりではあったが、耳や尻尾はどうしても隠しきれなかった。

 止まってくれ! と念じても、この尻尾はブンブン揺れるのを止める気はないらしい。

 

 仕方がないので完全人化をし、尻尾を隠すことにした。



「すごい!! 完全人化するとまたちょっと印象が変わりますね」

「そうかな。鈴はどちらが良いと思う?」



 やはり見た目が似た方が良いのだろうか? それなら常に会う時は人化しておくが。



「断っ然、半獣ですね! 鳥獣人の柔らかな羽毛もツヤツヤなところも大好きですけど、主に飛ぶときだけ手や足を獣化させるので、普段はわかりにくいのが残念で。左京さんのような……あっ! なんでもないです」

「兎月?」



 鈴が急に口を噤み、頬を染めながら片手を口元に当て、もう片手は横に振り「変なこと言ってしまってすみません」と苦笑していた。


 なぜ兎月を見て、頬を赤らめたんだ? あまりの衝撃に半獣にまた戻る。



「鈴、兎月のような……なに、かな? 途中まで言ったのならぜひ話して欲しいな」



 若干ぎこちない笑顔になっている自覚はあるが、これを聞かずに帰すわけにはいかない。



「え、でも……」



 チラリと兎月を伺うように見ている鈴。


 兎月は気付いているのに、素知らぬフリで書類整理をしていたが、鈴の視線に根負けしたのか背は向けたまま顔だけ振り返った。 



「鈴さん、どうぞ思ったことをおっしゃって下さい。私は気にしませんので」

「本当にいいんですか?」

「鈴、本人もああ言っているんだ。気にしなくていい」



「良いのであれば……」と言って、兎月の後ろ姿を今度は頬を染めながらうっとり見つめる彼女。


 ちょっと待って欲しい。語るのはいいが、視線は俺にしてもらえないだろうか?



「あのですね、左京さんのウサ耳もすごくお似合いで可愛いですし、たま~に裾からチラッと見える尻尾がまた良いんです! 見えたら良い事がありそうな気持ちになるといいますか」



「今日も見れたので、良い事がありそうです」とへらりと笑う彼女は可愛らしいが、同じく獣耳、尻尾を持つ身としては、戦う前に負けたような敗北感が半端ない。



「鈴がたまによそ見をしているのはそれか……」

「えっ!? 私そんなに露骨でしたか! すみません、ケモ耳と尻尾が好き過ぎて、つい……ないもの強請りと言いますか」



 兎月の場合、尻尾が短いから割と服の裾に隠れてしまうことが多い。そもそも趣味嗜好としての意味で他獣人の尻尾を見ることはあまりない。せいぜい相手のご機嫌伺いをする時くらいにチラッと見る程度だ。



「兎月のあれは可愛い、のか?」



 兎月の尻尾を指差す。言ってはなんだが、あの大きさでは鈴の好きな”もふもふ”はあまり感られないと思うが?



「兎族のこの長い耳と尻尾は、人族に好まれる傾向にあるというのは聞いたことがありますが、獣人族でもそう思う方がいらっしゃるのですね」



 兎月が尻尾を珍しく振っている!? 棚の整理で忙しそうに振舞いながらも、本当は照れた顔を見せないようにしているんじゃないのか?



「ひっ、人族がっ!?」

「どうかしたのか?」



 あんなに嬉しそうに兎月の尻尾を眺めていたのに、急に鈴の瞳がウロウロと忙しなく動き出し、明らかに動揺を見せ始めた。



「へ? いえ、へぇ~そうなだなぁなんて思った次第でありまして。知らなかったなぁ、初耳だなぁ。ああっと、時間がっ! では、私はこれで!」

「はい。ご苦労様でした」

「あっ……」



 急に彼女が逃げるように走り去ろうとするので、つい狼の本能で追い掛けてしまう。



(行かないでくれ!)



――バァン!!



 そう思ったら、身体が勝手に彼女が開けようと手を掛けていた扉を押さえていた。

 


「ふぁっ! く、久遠さん!?」

 


 彼女からすれば突然後ろから手が伸びてきて扉を押さえられた状態だ。驚くのも無理はない。


 桜色の髪が振り返り、空色の目を瞬かせて俺を見上げていた。


 今、彼女の瞳には俺だけが映っている。



「久遠さん、あの……なに、か?」



 困ったように目を潤ませながら、首を傾げる彼女が可愛いくて困る。相好が崩壊しそうで、ギュッと眉根を寄せて耐えるも、なぜか彼女から「ひっ!」という声が聞こえた。


 こうして向き合うと本当に彼女は小柄だなとわかる。


 この扉に置いている手をもう少し下げて、交差させれば彼女を抱き締めることができるのに。もちろん耐えに耐え、指に力を込めて扉にメリ込ませているが。

 


「久遠、さん? 扉が……扉が、メキメキいってます!」

「そうだな」



(俺は鈴のことがもっと知りたい)



 鈴は常に完全人化しているのか、特徴が似ている猿族なのか……気にはなっていた。


 ただ鈴からは一度も本人の匂いを感じたことがなく、お下がりで着ているという、身内の誰かの匂いと花香水の匂いしかしない。

 

 養子であることは北斗さんからの娘自慢で聞いていたし、未発達故になにか事情でもあるのかと思い、本人に尋ねたことはない。

 だが正直、完全獣化した時ですらわからなかった時は、君は一体何者なんだ? と思わずにはいられなかった。


 それに獣の耳や尻尾を「ないもの強請り」と彼女は言った。ならば猿族の線は消えるし、そもそもあの桜色の髪は猿獣人にはほぼ該当しない。

 猿獣人と鳥獣人の混合(ハーフ)の線はゼロではないが、大抵が片方の毛色と片方の種族性を引き継ぐ為、尻尾がないのなら鳥獣人だが、桜色の猿獣人は今の所見たことがない。

 明るい色が多いのは鳥獣人の特徴なので、やはりなんらかの鳥獣人の線が濃厚なのだと思う。

 

 この国の住民登録で、種族は両親――夫婦――のみしか記載されない。例えば狼族と犬族の両親がいたとすると、記載は【父親名(狼族)・母親名(犬族)】そして、その下に子の名前が連なる。

 つまり、鈴は【養子】と記載があるだけで、種族までは書かれていない。


 匂いで判別するか、本人又は家族が言うか、婚姻後の登録時に知る以外ない。



 鈴がうたた寝をした時に完全獣化したにも関わらず、匂いは花の香り、複数の鷲族の香りしかしなかった。その後のブラッシングでもかなりの至近距離まで手が近づいていたのに、匂いがわからない。



 この国にも主に不貞隠しの為に使われることが多いようだが、匂い消し用の薬はある。だが、鈴が使用しているのは恐らくオランドラからの輸入品だろう。完全獣化でも気付けないのはきっと魔法薬のせいだと思う。


 こうまでして徹底的に自分の匂いを消しているのは何故なのか。彼女にはそんな謎めいたところもある。



(翼が未発達だからと言って、そこまで厳重に隠さなくてはならないものなのだろうか? 過去になにかあったのか?)



 兎月から仮初契約をした際に「調べましょうか?」と聞かれたこともあったが、特に事件性があるわけでもないのに本人が言わない、言いたくない個人情報を、秘密裏に調べるのは良くないと思い断った。

 

 そもそも種族がどうあれ、鈴は鈴だ。こちらの基地への入館証の届け出も身元保証は元朱雀隊の北斗さんや火神家の為、変な疑いは持っていない。



 だけど、君のことだから知りたい。



 いずれ自分から話してくれるのだろうか?



 俺はまだ、君の信用に値しない?





「久遠さーん? しっかりして下さい、久遠さーん!」

「副隊長、本当にどうされたのです?」



 兎月が動き出したことで思考から覚めた。



「鈴、俺のこと……いや、俺の耳と尻尾は、好き?」

「は? ……え?」



 鈴の片手を取り、余程気を許している相手にしか触れさせない耳へと置いた、反対の手はふさふさの尻尾で撫でてみる。

 鈴にブラッシングされて以降は、耳と尻尾への手入れも気遣うようになったので、過去一美しい毛並みとなっているはずだ。



「どう、好みじゃない?」

「……あ、はわぁぁ! 久遠さん、み、耳なんて触ってもいいんですか!? ふぁあ! ふさっとした耳とふわっふわの尻尾。はぅ……ふわふわのツヤツヤ」



 彼女の頬は高揚し目が潤んできているが、耳は長めで尻尾は兎月のように短めが好みだろうか? 長い尻尾は最悪短くできるが、短い耳は伸ばすことはできない。せめて長耳派ではないことを祈りたい。


 しかし、先程から「もふもふ……顔埋めた……ハッ! それだけは駄目!」と夢見心地だったり、なにかに気付いたように頭を振ったり。一応、喜んでいると取って良いのだろうか?

 

 尻尾を動かし、頬を撫でると「はぅぅ……夢のようです」と言って頬を寄せているので、喜んでいるらしい。



「鈴?」

「ひゃい! べ、別に、吸い込もうとなんてしてませんからっ!?」



 吸い込む?


 夢の世界から現実に戻ったらしい鈴が目を見開く。尻尾が掴みやすいからか、両手で抱き抱えて持ち帰りそうな勢いだが、もれなく本体も一緒について行くがいいだろうか?



「これ、好き?」



 もちろん、「これ」とは俺の尻尾を指差している。ちなみにまだ抱き締められたままだ。



「そ、そんなの……」

「そんなの?」


「大好きに決まっているじゃないですかー!! 失礼します!!」



「大好き」と答えたあと、ちょっと後ろ髪惹かれる様子で尻尾から手を離し、もの凄い早さで俺の腕からすり抜け出て行った。少し耳も赤かったように見えたのは気のせいだろうか? 怒ったわけではない、のか?



(良かった。特別長耳派というわけでもないんだな)



「久遠副隊長……驚きましたよ」

「うん? 兎月、なんだ?」



 すっかり空気に徹していてくれた兎月にようやく気付く。彼も気配を消すのが上手い。


 うっかり鼻歌でも歌い出すところだった。あくまで耳や尻尾に対してだが、「大好き」と言われたことが嬉しくて仕方がない。



「自覚された途端に随分と大胆に攻めるのですね、副隊長も隅に置けません」

「”せめる”? そう見えたのか?」



 出ようとしたところを押さえた行動が、鈴を責めているように見えた? 


 それなら鈴を怖がらせてしまったのだろうか。



「まさか、無自覚の行動だったのですか?」

「無自覚? なにかしただろうか?」



 兎月が珍しく機嫌悪そうに眉根に皺を寄せ、大きく溜息をついた。



「ここは仕事場ですからね、自制はお忘れなく」

「自制って……」



 呆れたように言うと、また作業に戻りそれ以上は応えてくれなかった。



 だから、どういうことだ……?



 この、鈴が長耳×短い尻尾派なのかどうかを知りたくて行った行為が、他人の目の前でやや過激なイチャイチャを見せつけたことに匹敵すると、落ち着いてから気付いた。空気に徹する気持ちもわかる。


 気持ちは地中深くまで潜って落ち込むと同時に、どうか鈴がそのことに気付かぬように、嫌われないようにと必死に祈ったのは言うまでもない。



 そして、兎月の顔はしばらく直視できなかった。



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