14:自覚 / side 久遠 蓮生
◇◇◇◇◇
春から仲間に加わった新人歓迎会という名の飲み会。
普通ならばすぐに行うが、四神では各隊の判断で少し時期をずらしている。
ようやく一通りの流れを覚え、一定の訓練にも慣れ始めた頃、周りの実力と己の実力の差が見えて来て落ち込む者、逆に調子に乗る者が出始める頃にあえて行っている。
酒を交わしつつ、先輩隊員からの叱咤激励を受けたり、ありがたい言葉を頂戴する場でもある。
会は一度で全員集まることは勤務上不可能なので、二度に分けての開催となる。先日は熊族の影暁隊長が、今日は副隊長である自分が、飲み過ぎて暴れたりする者が出ないよう、目付け役も担って参加している。
すでに二年目以上の者は、初年度に先輩隊員から色々と学ぶ為、理性を失うほど飲むような者はいないが、新人は加減がまだわからない者、緊張から飲み過ぎてしまう者といるので注意が必要となる。
少々羽目を外したとしても、もれなく忘れられない洗礼を受けるので、余程の愚者でない限り同じ過ちを繰り返さない。
「では、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
飲み会だ、無礼講だと言っても新人がいる輪の中に上官が入っては、どうしても雰囲気は硬くなってしまうもの。
二階の貸切大部屋で乾杯の音頭を取り、新人隊員と軽く話したところで、一階へ。俺と兎月、そしてどうしても同席したいと懇願してきた三ヶ谷の三人で飲んでいた。
こういった機会に先輩隊員と新人は親睦を深めた方が良いのだが、三ヶ谷は持ち前の愛想の良さからすでに馴染んでいた為、少しの時間ならと同席を許可することにした。
基本的に俺も兎月も盛り上げ役が得意な性格でもない。飲む時は静かにゆっくりと酒を傾ける方だ。
「副隊長、思いつめたような様子ですが、どこかお加減でも悪いのでは?」
兎月が言うには、乾杯の音頭を取り、移動してきた辺りから思いつめたような表情をしているらしい。
確かに、眉間に触れるとシワまで寄っていた為、眉間を揉み伸ばす。
今日の飲み会でなにか不備でもあったのか、もしくは他になにか? と変に気に掛けられてしまった。こういった会合の手配なども全て兎月が取り仕切っている為、気になったようだ。
「すまない。体調は問題ないが、ちょっと、な……」
「久遠副隊長、なにかあったのですか? 自分で良ければいくらでも聞きます! 酒で流せば聞いた話も忘れますから、秘密が漏れる心配もないッス」
「三ヶ谷、秘密はともかく、酒を飲むと忘れると言うのは問題では?」
忘れてはならないこともたくさんあるだろうに、相談内容と共に流してしまっては全く意味がないと兎月が三ヶ谷に苦言を呈し、三ヶ谷もうっかり発言にバツが悪そうだ。
「少し、聞いてもいいか?」
「ええ、私達で宜しければ」
「言うだけはタダッスから!」
常に俺を陰ながら支えてくれる兎月だけでも十分ではあるが、やはり若者ならではの忌憚のない意見というのも参考にしたいと思い、三ヶ谷にも聞いてもらうことにした。
「それで、どういったお話でしょうか? 人事とかその辺りとなると、三ヶ谷を下がらせますが」
「もしくは、久遠隊の技量強化訓練の内容をどうするか、とかッスか?」
「いや、これが一体何なのか自分でもよくわからなってきてな。君達が知っているなら教えて貰いたい」
「副隊長にわからず、自分でもわかることッスか? 一体なに系ッスか?」
「三ヶ谷、まずは話を聞いてみましょう」
目を輝かせ、グイグイ質問してくる三ヶ谷を抑え、兎月がこちらへ話を振る。
俺は、ここ最近の身体の異変を挙げていく事にした。
「つい目で追ってしまう」
「犯罪の臭いですか? 副隊長はそういうのお得意でしたよね」
「何者なのかわからない」
「相当頭がキレて、隠蔽の上手い奴なんスね」
二人はごくりと息を飲み、只ならぬ犯罪の香りがするかの如く、表情は真剣そのもの。
「考えると動悸がして、落ち着かない。それに、胸が苦しくなる時もある」
「胸が!? 治療院へ早めに掛かって下さい!」
「その人だけ輝いて見える」
「ちょっ、輝くってなんスか! わざわざ目立つ真似を?」
「それなのに、終わりの日を思うと、なんて言うか……」
「終わりの日? 副隊長、それは……」
「離れるよりも近付きたい」
「……あの、兎月さん、これって、アレのことでしょうか?」
「……ふむ、そうですね」
三ヶ谷が顔を赤く染め、あわわとなっているが、俺は構わず話を続けた。こうして話している間も動悸がするのだ。
「こうして誰かに依存し、癒しを求めるのはストレスから来るものだろうか?」
最近は身体も休めているのだが。休養がまだまだ足りていないということか。
可能性として、知らない間に動悸が激しくなったり、幻覚を見るような毒物を盛られた、という仮説も考えられるかもしれない。
いや、むしろそう考えた方が自然か? この仕事をしている以上、逆恨みを買うこともある。
「「それは恋です」」
「なに?」
自分の中では毒物と当たりをつけ始めていたというのに、まさか二人同意見とは……なにかの間違いではないのだろうか。
(鈴に恋を? あり得ない。俺には鈴音と言うツガイがいるのに)
だが、至って二人の表情は真剣で、いたずらに嘘をついているようにも見えない。
「待て、恋とは落ちるものでは? どこかに落ちた記憶はないのだが」
前世の猫の頃、鈴音を追い掛けようとして、見事に棚から落ちた。『大丈夫!?』と鈴音に抱き上げられた時、すごく胸がドキドキしたのを覚えてる。
あとから近所の野良猫に相談したら「オメエもついに恋に落ちたか」と教わり、まさに言い得て妙だと思ったものだ。
「副隊長、失礼を承知で発言しますが、どんだけ恋愛に興味なかったんスか! 恋の穴に落ちるとかないですから! すでに恋の沼落ちもいいところッスよ」
「副隊長にもようやく春が……お酒が沁みますね」
勝手に結論付けて、生温い祝いの雰囲気に入らないで欲しい。
鈴音はこの世界のどこかに絶対いるし、今世でもツガイのはずだ。そう認識しているのに、他に目が向くなんてそんなことあるはずがない。
その辺りを聞いてみたいが、猫族は割と自由恋愛、兎族は一夫多妻、一妻多夫な種族の為、全く参考にならない。
確かに鈴は可愛い、と言うか愛らしい。真っ直ぐで面白いし、喜怒哀楽もわかりやすく、一緒に居ても落ち着ける女性だと思う。でもこれは妹と言うか、親衛隊と似た感情ではないのか?
「間違いないと言い切れるのか? そこまで言うのなら当然、お前達もそういった経験があるということなんだな?」
「ええ、もちろんありますよ」
「自分はつい最近失恋したので、新たなる恋の炎を燃やそうと思っているところッス!」
兎月も毎日忙しい中、器用に仕事と恋を両立していたのか。勝手に同類と思っていた、すまない。
三ヶ谷は……失恋しても前向きだな。
しかし、そうなると鈴音のことはどうなる? あくまで前世がツガイであって、今世は違うのか?
それなら気配を感じるはずも、前世を思い出すこともなかったはずだ。
まさか! そもそもこれが勘違い?
ツガイと直接出会っていなければ駄目なのか? あんなに鈴音の気配を感じていたのに……
待て、考えてみたらちょうど鈴を助けた辺りから、全くあの感覚がない。俺が別の女性に現を抜かしたから……?
それとも、野生種と獣人では異なる分、その感じ方も違っているのだろうか。
ああ、胸が苦しい。なにが正解なのかわからない。
「これが恋だと仮定して……こんなに自分の心を制御できないものなのか?」
鈴音を想うはずなのに、浮かぶのは鈴の方で――
いつの間にか彼女が心に住み着いていて、それが鈴音に対しての裏切り行為のようで辛い。「それは恋だ」と言われても、認めるのが怖いとさえ思うのに抗えない。
もう、認めるしかないのか。いや、しかし……
「それが恋愛の醍醐味ッスよ! 自分は当たって砕けましたが」
「私如きの意見ではありますが、そう怖がらず、まずは受け入れてしまえば宜しいのです。何事も経験ですよ。まずは距離を縮めるところから始め、更にお相手を知っていけば、自然と実感できるようになるのでは?」
受け入れてみる、か。
確かにそれが本当に恋なのかどうか、まずは受け入れなければ実感しようもない。
今は仮初だが、それのお陰で交流が出来ている。その間にどうにか距離を縮めなければ、あっという間に期間満了になってしまうだろう。鈴のことだ「お疲れ様でした!」とあっさり去って行き兼ねない。
鈴に恋してる――
そう想うだけで、胸が高鳴り、ふんわり幸せに包まれたような心地になる。
これは恋なのだと……とうとう認めてしまった。
「ありがとう、相談して良かった」
お陰で気持ちも話す前とは打って変わって晴れ晴れとしている。部下二人も「お役に立てて良かったです」と安堵の笑みを溢した。
◇◇◇
「他にもあるでしょう?」的な笑みを兎月に向けられている。非常に飲み辛い。
ここまで一切相手の名前を出していないが、当然ながら兎月にはバレているようだ。
気を遣ってか、兎月が「祝い酒です」と三ヶ谷に酒を飲ませ、すぐにテーブルに沈め、二階へ追いやった。なにか混ぜ物をしたのかもしれない。
少々強引技ではあるが、これ以上は聞かれても困るのだ。すまん、三ヶ谷。
「兎月、その、相手のだが」
「ええ、鈴さんですよね? これで違っているのであれば驚きですが」
「ぐっ……まさか以前から?」
「ふふ。副隊長、ご自身のことには随分と鈍感なのですね。ご実家の方から見合いしろと強制された辺りからでしょう?」
「それは割と初期じゃないか? そんな自覚はなかったはずだが」
「お気持ちの変化が、ですよ。だから私は『鈴さんは適任では?』と申しました。意外にも不器用な副隊長なりに、早朝の逢瀬は続いておりましたし。それに、彼女が配達に訪れる時間帯は執務室にいることが増えましたよね」
「あれは、毎朝走り込みの時間と、彼女の馬の散歩時間が同じくらいで。執務室は……以前からではなかったか?」
「では、配達の数分前からそわそわとして、窓際の資料の整理をし出したり、茶葉の残量を確認したり、私に茶菓子の確認までしているのは? 少しでも雑談できるように、書類業務もさらに早くなりましたね。仮初のはずなのに随分と……と思っておりました」
「嘘だろう……俺がそんなこと」
「恋とは時に盲目になるものです」
ふふ、と笑い、兎月がお茶を飲み干す。
誰が見てもバレバレなことを兎月に見られていたとは……25歳だぞ? 学生じゃあるまいし、恥ずかしいにもほどがある。
お茶を飲み干した兎月は、猪口を追加し手酌で自分へと注ぐと、置かれていた俺の猪口にコツンと当て、静かに酒を傾ける。
飲み干したところでふぅっと息を吐き、満足そうに唇は綺麗な弧を描いていた。
「私は良いと思いますよ。これまでは仕事を理由に逃げてきたとは思いますが、”この人”と思える方に出会えたのであれば、そのお気持ちは大切にされるべきです。どうせ、ご実家の方からも紹介しろとせっつかれているのでしょう?」
「ハァ、耳が痛いな。すでに兄が結婚し子供がいるお陰でマシな方ではあるが、確かに出向けば話題はどうしてもそちらに向くから、あまり顔は出していない」
以前も皆が出払っている時を見計らって、必要なものを取りに帰ったら、しっかり自分の部屋に釣り書が何枚か置かれていた。想い人とは順調だと伝えても、畏奴を放たれていたり、苦しい言い訳とほぼ見抜かれているのだろう。
釣書はもちろん、全て丁重に断りを入れてくれとメモを残し逃げた。
息子の逢瀬に、特殊訓練を施している久遠家の隠密犬を放つのも如何なものかと思うが、『騙されませんからね!』といった母の本気度が伺える。
「見合いならともかく、幸い獣人は人族の国のように身分や出自は割と重視しませんし、ましてツガイであれば誰も反対などしないのでは?」
「ツガイ? 彼女は違う」
「おや、違うのですか? 今まで女性に関心の薄かった方が、余りにも短い期間で興味を示されたので、もしやと思っていたのですが」
「そもそも……彼女が何族なのかすら、わかってもない」
ツガイじゃないとか、何族なのかよりも、彼女と心を通わせたいという思いの方が今は強い。
兎月のようなツガイ認識の薄い種族でも、今の俺の状態は、ツガイを見つけたのだと思えるくらいの変化なのか。
確かに、今まで女性との交際などしたことはないし、初等部時代ですら必要最低限の関わりだった。今も鈴以外の女性とは仕事以外での関りは持っていない。
「確かに彼女の種族は私も不明ではありますが、碧海家の養子であることは間違いありません。朱羅副隊長の火神家とも親戚関係なのです。そちらとの結びつきは、久遠家としても決して悪い話ではないのでしょう?」
それでは火神家との結びつきを作る為に、鈴を利用しようと言っているようではないか。そんなことを考えるくらいなら、初めから割り切った政略結婚を受け入れた方が余程マシというものだ。
少し酒が入ったことで感情的になっているらしい。持っていた猪口を少し乱暴に置いてしまい、跳ねた酒がテーブルを濡らす。
「家の結びつきなんて、正直どうでもいい。俺は昔から『自分で決める以外では絶対に婚姻は結ばない』と言ってきた。身体の小ささや飛べないことは懸念される可能性もあるが、たとえ反対されようと、俺は彼女以外との婚姻は――」
自分の口から零れた台詞に驚き、言葉に詰まる。
(婚姻? 自分は「婚姻」と言ったのか?)
自覚した途端、こんなにつらつらと出てくるなんて、確かに恋をしていなければ出てはこないだろう。
ずっと鈴音探しに固執してきて、誰か気になるどころか興味も持たなかったのに。
「まさか婚姻までとは、少々驚きました」
「兎月、お前っ!」
くつくつと楽しそうに笑う兎月。
やられた! まんまと兎月に誘導されていたではないか。
今夜は無礼講、こんな誘導でも怒るに怒れない。それに結局はあれが本音なのだ。
「そんなに度数は高くないはずなのですが……見事に本音が漏れましたね。恋の熱も相まったのでしょうか。遅咲きの春がやってきたのです、桜の蕾が芽吹く日が実に楽しみです」
「ハァ、不器用な俺に咲かせることができるだろうか」
「副隊長ともあろうお方が、なにを弱気なことを」と、まだ飲み切っていない猪口に、更に酒をなみなみと注ぐ。
また誘導されてはたまらないので、溢れそうな部分のみ口にした。
「不器用でも真心は伝わります。それをあちらの心が受け入れてくれれば、きっと可愛らしい花を見せてくれますよ」
「真心か」
彼女の蕾が花開く様子は今は見られない。少しずつ温めて、ゆっくりと花開かせる時が来たらいい。
そして、その花が開く瞬間も、隣に居るのは自分で在れと願わずにはいられない。




