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13:大根役者は実力の差を知る

******


「鈴、お腹は空いてないか? ちょうどこの近くの店で昼食を考えていたんだが、先にどうかな?」

「そうなんですね。どんなお店なんですか?」



 今日は久遠さんからお誘い頂いた逢瀬で、家まで迎えに来てくれた久遠さんに「今日はどこへ行くのですか?」と聞いたところ、まだ新しい飲食店で久遠さんも初めて行くところだとか。



(初めて……となると、価格帯が未知数ってこと、よね?)



 なんなら時価とか、おまかせコースのみと書いてあった場合は、生きた心地がしない食事になるに違いない。私だって従兄に朱羅兄という御曹司がいるので、お高い店が初めてというわけではない。

 でも、それはあくまでも誕生日祝いとか一族の集いのようなもので、自分が主体なわけではなく、お財布の心配もないものだ。


「そうなんですね」と笑顔で答えた私は、忘れ物チェックをする仕草の中で財布を持った。




(!?)


 感触では相変わらず財布の中身は……くっ、軽い。



 ふぅ、腹をくくるしかないか。



 久遠さんに支払い時に足りなくてお金を借りるなんてこと、いくら庶民派の碧海家と言えども許されない。火神家まで恥を掻くかもしれない。かと言って、「そこのお店って庶民価格なお店ですか?」なんて聞けない。



 禁断のひよこ貯金箱を割らなければならないときが来てしまった――



「久遠さん、私……あの、アレを忘れちゃいまして、ここで少し待ってもらえませんか?」

「アレ? 構わないが、ハンカチかなにか?」



 私は覚悟を決め、少し強張った顔付きで、自宅ではなく隣に併設されている事務所へと入る。


 ちなみに久遠さんは「なぜ事務所へ?」といった疑問符が浮かんでいるようだったけれど、スルーだ。



「えっと……確かここに。あった、あった」



 事務所の工具箱にあるトンカチを持ち出し、再び外へ出て今度は自宅の玄関へと回ると、ハンカチではなくトンカチを持って出て来たことに、久遠さんがギョッとした顔で私とトンカチを交互に見ていた。



「鈴、忘れ物ってソレじゃない、よね……? そんな物騒な物、どうするんだ?」

「ええ、ちょっと……」



 ニコリと悟りを開いたような笑顔で答える。



「ちょっとって……ねぇ、鈴。なにか補修作業があるのなら、俺が代わりにやるから」

「補修? いえ、今から行うのは、むしろ()()()()


「破壊だって!?」



 意味深な言葉だけ残し、若干目が据わった状態の私が歩みを止めないので、心配になった久遠さんはそのまま私にぴったりとついて来てしまった。


 後から冷静になれば、それはそうだろうと思う。


 逢瀬ということで、今日は桜模様の入ったチーパオ――所謂チャイナドレス――を着ていた。

 

 スリットはほんのわずか、その分スカート丈は膝辺りの少し短めだ。そんな可愛い逢瀬向きの服装に、持っているのがトンカチとは正気の沙汰ではない。



 部屋の前に到着。



 普通なら女子の部屋に簡単に男性を上げるなんて、と思われるかもしれない。ただ部屋にあるのは机、飾り気のないシンプルな寝台、本棚、タンス、以上。学生寮と似たような雰囲気だ。

 引っ越して来たばかりというのもあるけれど、とにかく物が少ないもので。所謂、「わぁ~これが女の子の部屋か、可愛いね」みたいな要素はない。ミニマムな生活、もしくは節約しているとも言う。


 そしてそんな中で唯一女子っぽい【ひよこの貯金箱】が今から消えようとしている。


 私の視線がひよこに向くと、何となく察したらしい久遠さんが歩みを早め、私よりも先にひよこを掴んだ。そして視線はひよこを見てからトンカチだ。



「ひよこって、これ?」

「久遠さん、それ返して下さい」



 持ち上げた久遠さんの口から呟きのように「軽……」と溢れた。


 酷い、頑張って貯めてるのに。


 その軽さとトンカチを持った私の決意で気付いたらしい久遠さんが、ひよこを背後へ隠した。



 じりじりと室内で無言の攻防が繰り広げられようとするも、あっさり久遠さんは私からトンカチを取り上げてしまう。


 あぁ、武器がー!!



「かくなる上は、父さんに似顔絵を売りつけるしか……」

「鈴……」



 武器を奪われた私は、部屋の窓から外を眺め、黄昏れていた。


 父は娘からの贈り物を殊の外喜ぶ。私の個性が光る芸術性溢れる絵であろうと「これ、父さんを描いたの!」と言えばそれはもう父の絵となるわけで。

「鈴は画家の才能があるな」と、持ち続けても価値なんぞ上がりようもない絵を毎回買い上げてくれるのだ。



「鈴、君の覚悟はよくわかったけど、支払いとか気にしなくていい。これは『逢瀬』だから、もっと気楽に美味しい物を食べに行こう」

「逢瀬……でも逢瀬って毎回久遠さんがお支払いするんですか? それは気が引けます」


「じゃあ、次回はちゃんと折半にするから。今回は譲ってくれないか?」



 久遠さんはあざとさを覚えたようで、両手を合わせると耳と尻尾をふにゃんと下げて懇願する。私がケモ耳と尻尾に弱いと完全にバレているようだ。いつの間に!



 結局、今回は折れることになり、ひよこ貯金箱も粉々になることは免れた。




***




 久遠さんに案内され、予定のお店まで、なんと恋人繋ぎというやつで行くことになった。どうしてこんなことをしているのか――



 それは、家を出て数メートル進んだところだった。


 耳元に顔を寄せた久遠さんが、声量をかなり抑えて耳打ちしてきた。



『鈴、このまま歩きながら聞いてくれ。どうやらうちの畏奴(いぬ)達が跡をつけているみたいだ。多分、俺達の動向を報告させる為に母が放ったのだろう。申し訳ないけど、手を繋いでもいい?』

『(犬!?)全然気づきませんでした。そういうことでしたら』



 大根役者とは言え、手を繋ぐくらいならできる。


 最近、仮初の恋人としてやることと言えば、朱羅兄がやっていることとあまり変わりがないことに気が付いた。そう思ってからは「恋人の振りと言うのも案外楽勝なのでは?」なんて考えていた。


 そんな調子に乗った私の手を差し出したところ、久遠さんは役者魂に火がついたのか、纏う雰囲気そのものからガラリと変わった。


「鈴、手は離してはいけないっていつも言ってるだろう? ほら、おいで」

「ぴゃっ!」



 大根役者には刺激が強過ぎて、初手から変な声が出た。


 カチコチになりながらも手を繋ぐと、指と指の間に滑り込ませるように絡ませてきて、手は完全固定(ロック)

 きっと耳まで真っ赤になっているであろう私は、空いている片方の手で顔をパタパタと扇いでいた。


 そんな私に気づいた久遠さんがクスっと笑い、繋いでいない方の手で私の顔に張り付いていたらしい髪を、人差し指を頬に滑らせて耳に掛けた。

 更に追い打ちを掛けるように「鈴の顔、林檎みたいに真っ赤で可愛いな」などと言い、私の心臓を止めにかかっている。

 

 キラキラとした琥珀色の瞳は演技とは思えないほど甘く蕩けていて、まるで本当の恋人みたいだと錯覚してしまいそうになるほど。その前に暑くて脳が溶けてしまいそうですが。



「久遠さん、もし転職を考えることがあれば観劇の役者になることをお勧めします。すぐに主役をはれますよ」

「俺が役者に? 不器用な俺に、演技なんて出来るはずがないと思うが」



 久遠さんはきっと「勉強しないで漫画読んでた」とか言いながら、ちゃっかり高得点取っているタイプと見た。クラスに一人は絶対いるよね。




 案内されたお店は、私は行ってみたいなと思っていたけれど、久遠さんのような隊員さんはまず来ないと思うほど、童話の物語に出て来そうな可愛い作りだ。


 そこでも久遠さんは勘違いしそうな台詞や態度の連続で。


 膝同士がくっつく程の小さなテーブルにもドキドキしたのに「足がぶつかってしまうな」と言って、私の隣へ移って来たのだ。


 それなら私が椅子の上で正座でもしますが!?


「隣は緊張します!」と怒っても、「君はすぐに赤くなるな」と笑うばかりで全く取り合う気もなし。


 食事もすごく美味しそうだったのに、そんなに広くもないテーブルでは、どんなに私が端っこに避けていても、どこかしらが触れてしまうほどの距離感となってしまう。


 なるべく無心で食べようとしているのに、久遠さんがそんな私をジッと見て「鈴は本当に一口が小さいんだな」とか「ちょっとすまない。メニューを見てもいいかな?」と言い、私の肩に腕をまわすかのように、手を伸ばしてメニューを取ったりするので、ずっと緊張しっぱなしだった。


 ようやく慣れて……諦めた頃、食後のデザートはパンケーキに果物がたくさん乗ったものを頼んだ。オランドラで人気らしい。


 本当は量が多いので諦めようと思ったけれど、「半分食べてあげるから注文したらいいよ」と言われたのでお言葉に甘えた形だ。




 化粧もほぼしていないのに化粧直しの為一度席を外し、戻ってくるとパンケーキは運ばれて来ていた。



「すみません、もう運ばれていたんですね」

「いや、今来たばかりだ」



 噂に違わず、季節の果物がふんだんに乗ったパンケーキ。それと一緒に自分好みに調整出来る、蜂蜜と生クリームまで添えてあった。夢がたくさん詰まったデザートに胸が躍る。


 ところで……



「半分食べてあげるから」と言っていた久遠さんだけど、取り分け皿は……いずこ?


 左右、なんならテーブル下も確認したけれど、全てにおいて一人分しか用意がない。



「あの、久遠さん?」

「うん?」



 ここでも久遠さんのアドリブが炸裂し、パンケーキの食べさせ合いをすることに。どうしてこうなった? 



「一人前のものなのに、二人分の食器はお店に申し訳ないと思って断ったけど、駄目だった?」

「うっ、駄目……では、ない……ですけど。でも、食べているのを見られたままというのもまた……」


「なるほど、それもそうだね」

「はい、ですから」



 良かった、わかってもらえたんだと思ったのに、全くわかってもらえなかった。「じゃあ、順番に食べさせ合えばいいよね」と言われ拒んだ所、あざとさに丸め込まれ「少しだけなら……」と受け入れることに。



 お陰で食べた物の味が全て記憶から消えてしまった。


 私は「少しだけなら」って言ったのに、結局食べ終わるまで続いたのだった。




***



 疲労困憊気味になりながら店を出る。


 もちろん、当たり前に手は繋がれて(捕獲されて)いる状態だ。



「鈴、君はいつもどこで自分の買い物をしているんだ?」

「うーん……そんなに買い物はしないんですけど、仕事で着用している革の手袋のお店はよく行くかもしれません。あまり長く持たないんですよね」


「そういえば、仕事中はいつも手袋を着用していたな。今はしていないが、もしかして逢瀬だから?」

「いえ、お休みの日は基本的に着用していないですよ」


「そうか。逢瀬だから特別なのかと期待してしまった」

「~~っ! またそういうっ!」



 恥ずかしくなって手を離そうとすると、「駄目だよ」と言って繋いだ手に力が入る。



 私には全くわからないけれど、今も近くに久遠犬がいるということだろうか? 確認の為に久遠さんには少し屈んでもらい、内緒話をするように口元に手を添え、大きな三角耳に声を潜めて聞いてみた。

 もちろん、直接「犬」とか「見張り」とか言葉に出して、聞き取られてもいけないので、そこは雰囲気で。



『あの、今日はずっと一緒ですか? 離れたりとか、その……しないのでしょうか?』

(訳:今日は一日犬達の監視は続きますか? ある程度監視したら戻るというような可能性は?)


『~~っ!!』



 急にバッと自分の耳を塞いで離れた久遠さんの顔は真っ赤だった。「え?」っと思ったけど、ケモ耳は性感帯だけに一応気を付けたつもりだったけど、ちょっと近過ぎてくすぐってしまったのかもしれない。


 耳は敏感で「内緒話はムズ痒い」と猫族の友人が言っていた。



「久遠さんごめんなさい! くすぐってしまいましたか?」

「ずっと一緒にいよう。君と離れたりなんてしない」


「え?」

「うん?」



 多分、なにか行き違いがあるように感じて、声音を落として再度伝える。



『久遠さん、ごめんなさい。私は久遠さんのように慣れていないので、うまく伝えられないようなんですけど、あの……犬達のことを聞きたくて』

畏奴(いぬ)? ああそっちの……ゴホン、も、もちろん伝わっていた。アレは今日は一日いるようだ、だから君から離れないよ』



 さすが久遠さん、ちゃんと意図は伝わっていた。それに対する返事だったけど、聞かれても良い様にあの返しだったと言うわけか。演技とは奥が深い。



『ふぅ、良かったです。なんだか、別の意味で取れちゃうような言い方だったので、緊張してしまいました。あっ、もちろん演技ってわかってますから』

『それは、俺の方が余程……』



 久遠さんは私に寄せていた顔を戻すと、斜め上を見ながら口に手を当てもごもごと話しているので、うまく聞き取れない。



「え?」

「いや、なんでもない」



 そんなこんなしている内に革製品のお店に到着し、私は黒で(スタッズ)付きの半指手袋を購入。薄い色がいいけど、インクや墨で汚れやすいので黒一択だ。ちなみに鋲付きにしたのは、少しでも強そうに見えるかと虚勢を張っただけである。

 久遠さんも「付け心地が良いから買おうかな」と言って、同じく黒の半革手袋を試着していたけど、恐ろしく良く似合っていた。



 店の中は尾行犬も入れない為、大声では話さないけど普段通りでOKだった。演技や変な駆け引きめいたものがなければ、久遠さんと過ごすのは苦にはならない。


 友人の少ない私にしては随分気を許すのが早いかもしれないと思うけど、久遠さんが朱羅兄のように優しく接してくれるお陰なのかもしれない。



 そう言えば、陽兄にはすぐにバレてしまって口留めはしてはいるけれど、朱羅兄にはこの仮初の契約の件はまだ話していない。なんとなく怖くて言えないままだ。



 契約満了まで隠しきれるだろうか。




 無理、だよね。



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