12:逢瀬らしい逢瀬とは / side 久遠 蓮生
◇◇◇◇◇
今朝の走り込みは港方面へ行ってみた。
小さな即席の露店が五軒ほど出ており、規格外の鮮魚が一般向けに売り出されているようだ。
それに気付いた鈴が急にソワソワし出し、速度を落とす。これは見たくて仕方がないのだろうと思えば、足を止め「少し立ち寄ってみないか?」と自然と声を掛けていた。
誘った瞬間、「久遠さんも気になりますか!」とキラキラと目を輝かせ、期待に満ちた声に思わず笑ってしまいそうになる。
(気になっているのは君の方だろう?)
込み上げる笑いを堪えている口元は、汗を拭うフリをして隠した。
「一人ではあまり見る機会もないからね」
「ですよね! 露店も必ず出るものではないので、今日はきっと豊漁だったんですよ!」
予定していた分の距離は走れなかったものの、こういう日もたまにはいいかもしれない。
鈴はゲッソがたくさん手に入ったのでゲッソ飯を作ると言っていた。俺は食したことはないが、きっと彼女なら上手に作るのだろう。
(今日の逢瀬も中々楽しかったな)
ゲッソを張り切ってたくさん購入したまではいいが、本日の愛馬である雌のウミが気味悪がって帰りは乗せてもらえず、仕方なく片手で馬を引きながら、片手に大量のゲッソの入った桶を抱えて帰ることに。
俺が家までゲッソを運ぶと何度言っても、仕事が遅れては駄目だからと言って聞かず、しまいには「力はなくても、気合だけはあるので大丈夫です!」と言い、背中をウミに鼻で押されながらヨタヨタと帰って行った。
(疲れて配達に響いていなければいいが……)
寮へ戻り、隊服に着替えて玄武棟へ向かっていると、数名の部下とすれ違った。
「「「久遠副隊長、おはようございます!!」」」
「ああ、おはよう。ん? 乾、お前髪型変えたのか」
「え!?」
乾は柴系統の犬族隊員で、まさか自分に言われているとは思わなかったのか、目を丸くし、内巻きにカールした尻尾が緩急な動きを見せている。
「思い違いだっただろうか?」
「いえっ、いいえ! 切りました、変えました! 劇的に変えました!」
「そうか。中々いいじゃないか」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
劇的に変わったと言われると、どの辺が劇的なのかはわからないが、外見だけでなく、内面も磨いたのかもしれない。
同性から言われても褒め言葉というのは嬉しいものらしい。特に乱れてもいないのに、髪型を褒めたせいか、彼は手櫛で髪を整え始めた。
(少し気持ちはわかるな)
社交辞令だとわかってはいるが、彼女から「素敵です」と言われた時は素直に嬉しかった。それと同時に、もう少し見た目にも気遣えば良かったとも思ったが。
普段の早朝逢瀬とは違って訓練でもないが、かと言って観劇を見るような大人しいものでもない。畏まった服装でも訓練服でもないとなると、一人で食事を摂る為に出る用で軽装程度の、それも黒っぽいものばかりが目立っていた。
だから着て行った服は、その中でも比較的明るめのものをとなんとなく選んだだけのものだ。自分は所詮、ありきたりな台詞しか言葉にできなかったのに、初心な彼女はそんな自分の言葉に大きく動揺を見せた。
頬を染める女性――主に親衛隊――は何度も見てはいる。なにもしていない、言ってもいないのに、自分のなにが良くて頬を染めるのかとずっと不思議に思っていた。
同じく彼女たちに世辞の一つでも述べられるような、奉仕の心でもあればより喜ばれるのだろうけれど、不器用な自分にはとてもできそうにない。
気の利いたことは言えないが、本心じゃない世辞は仕事と割り切らない限り言うことはないからだ。
だから鈴へ言った言葉は自分の本心から出たことで。
(顔を真っ赤にして照れている様は……結構くるものが、)
無意識に相好を崩していたことに気付き、軽く咳をして「ではな」と、そのまま部下とは別れる。
「久遠副隊長が先月切った髪型の変化に、気付いて下さるとは思わなかった」
「なんか最近の久遠副隊長、ちょっと近づきやすいよな。さっきも、微笑んでなかったか?」
「僕なんて小型種だから常に小走りで追い掛けてるけど、最近は『すまない。少し早過ぎたな』って言って、『小型種だとこのくらいが丁度良いのか?』って僕に歩調を合わせてくれたんですよ!」
「強くて優しいは反則だよな」
「寡黙なイメージだったのに、あんな風に笑うこともあるんだ……」
「やっぱり恋人が出来たってあの噂は本当なんですね」
角を曲がった途端、わっ、と一斉に話し出し、会話が混ざり過ぎて、なにを言っているのかわからないが、喜んでいたのならなによりだ。
それにしても、相手が同僚や仲間なら、こんなに簡単に――誰でも言えるようなものしか思い浮かばないが――言えると言うのに。
無意識に触れてしまった髪。
春の妖精のようだとか、とても心地の良い花の匂いだとか。そう思っていたのに、口を開こうとすると別の感情が言葉を塞ぐように邪魔をして、結局なにも言えなくなる。
彼女を見ていると、切ないような、どこか懐かしいような、どこかくすぐったい思いが込み上げたり。
心臓が押し潰されそうな時もあれば、少し鼓動が早くなったり。
これほどまでに情緒や体調が乱されるのは、つまり……そういうことなのか?
この状態に名前をつけるのなら――
ストレス――
彼女と仮初契約を結ぶ前は、苛立ちや焦燥のような不快感が残る症状が多かった。これは母の見合い強行が原因だが。結んだ後は動悸が早くなるなどの症状はまだ残るものの、不快感はない。
契約前と後で違う部分と言えば、休憩や休日を必ず取るようにしていると言うことだ。
休日を上手く使えなかった俺は、たまの休日すらも億劫に感じていた。精神も身体も休めないまま過ごしていたところに、あの見合い話でついに限界を迎えたに違いない。
今は逢瀬をする必要性もあることから、必ず休日は取るように切り替えた。しかし、彼女との逢瀬は肩肘を張るようなことは全くなく、少しの運動と息のしやすい安らげる時間となっている。
◇
原因がわかり、スッキリとした気持ちで機嫌良く執務室へ入れば、兎月がもの言いたげに待ち構えていた。
「兎月、どうかしたのか?」
「……」
兎月はスンと真顔になり、深く、深ーく息を吐いた。そして小声で「仮初の……」と言い、話を続ける。
「恋人とはどのような感じなのです? 何回かは逢瀬を重ねたのでしょう?」
「ああ! すっかり報告を忘れていた。以前、朝の走り込みで偶然……という話はしたと思うが、あれからも朝は頻回に会っているんだ」
その時に彼女が「ピクニックに行きませんか」と誘ってくれて、昨日行ってきた話を兎月に報告してみた。案外順調だろうと得意に思っていた俺は、このあと兎月から怒られるとは露ほどにも思っていなかった。
「どこが順調なのですか!!」
「え?」
「朝はあちらの馬の散歩の都合も相まって、よく会われるからと言う理由だけで一緒に走り込み。逢瀬かと思われたピクニックも提案は鈴さんからで、手を繋いだとはいえ指先のみだと」
「ああ、恥ずかしかったようだ」
俺も正直緊張していたが、まさに彼女が初心なのだとわかる仕草できゅっと握るものだから、初のまともな逢瀬ならこんなものだろうと納得していた。
「更に本人が企画したからと女性を徒歩で小一時間も歩かせ、作って頂いた弁当をただがっつき。そのあとの読書で、鈴さんに用意した本が【刀剣図鑑】……こんな興味の欠片も持たれないものを見せたら、誰だって退屈で寝落ちもします! なんですこれは、子供の遠足ですか? 副隊長、あなたおいくつですか!」
「彼女が早起きして一生懸命作ってくれたものを、食べてはいけなかったのか? 彼女も喜んでいたように見えたが……それに寝落ちは寝不足のせいだと」
俺の食べている様子を驚きながらも嬉しそうに眺めていたから、ついもっと喜ばせてあげようと思って食べたことが、兎月にはがっついているという扱いになるらしい。
本だって、初めは「久遠さんの刀は図鑑にも載っているんですか?」等と聞いてくれたし、俺へのブラッシングも「このページのここ! 梳かしつつツボを刺激しマッサージすると言うのがですね」と実践を交えて話してくれたのだ。
「女性はたとえドン引いたとしても、その場では気を遣うものです。大人である副隊長の方が18歳のお嬢さんに甘えてどうするのですか! もっと逢瀬らしい逢瀬をなさい!」
「逢瀬らしい逢瀬と言われてもな……流行りものとかそういったことは、俺は不得手なんだが」
「ハァ、私もこの件に関わっておりますし、これ以上鈴さんにばかり負担を強いることは心苦しいです。では副隊長、逢瀬の場所については三ヶ谷に相談して下さい。彼は年齢も鈴さんに近く、妹もおりますし、若い女性向けのお店など良く知っているはずです」
「わかった、訓練の後で呼び出してみよう」
三ヶ谷か……まだ新人だがやる気のある青年だったな。
「それはそれとして……副隊長、そんなにあっさりと完全獣化した姿を晒して大丈夫だったのですか? 任務ならともかく、普通は怖がられますよ」
「俺も驚きくらいはすると思ったが、彼女が怖がるとは思っていなかったな」
完全獣化も予想以上に大喜びしていたし、俺もブラッシングは気持ち良かったが、梳かしている彼女も恍惚に浸っていたように見えた。実際、戻った瞬間は少し残念そうな表情だったと思う。
「ですが、そんな個人的な場面で見せるなんて、思っていた以上に鈴さんとは打ち解けていたのですね。少し意外でした、女性には苦手意識があるのかとばかり」
「女性が苦手というわけではない。ただ、目を向けて来なかっただけだ。鈴が力の面で弱いのは確かだが、それを補う為の努力や工夫はしているようだよ。不思議と二人で居るのは苦には感じなかったし、むしろ気楽で心地が良かったくらいだ」
「お互いに恋愛感情云々や駆け引きをする必要がない分、いい具合に力が抜けているのかもしれません。なんにせよ、苦になるよりは良いですし、鈴さんは本当に適任でしたね」
「ああ、彼女にお願いして本当に良かった」
兎月がぴくりと耳を左右に動かし、盗聴がないかを確認後、念の為俺に近付き小声で話始めた。
「そうなると、期間の終わりを迎える時はどうするのかが問題ですね。思ったよりも、お二人が気安い間柄になったのでしたら、一時とは言え一応はお別れするわけですし、当面はあまり親し気に接触しない方が良いでしょうね」
「……それは、あまりにも彼女に失礼じゃないのか? 寂しいな」
「わかっていてお願いしたのではないのですか? 事情については私の方できちんと説明しますし、書簡を私が受け取っている間だけ席を外して頂ければ十分ですから」
あの時は切羽詰まっていたこともあり、あまり後先を考えていなかった。期間を設けた方が良いと言うから咄嗟に「半年くらい」と言ってしまったというのが、正直なところだ。
藁にも縋る思いで、何としても鈴に頷いてもらおうと言ったに過ぎない。
鈴には無理だと言ったが、親衛隊の中の誰かに頼むことも全く不可能というわけではなかった。どんな理由であれ、あちらは少なくとも好意は持ってくれている状態なのだ、演技にも見られないだろうし、付き合うことになった経緯も説明がつけやすい。
その後は形式上、格式の高いレストランで肩の凝りそうな食事をして、噂が立ってくれる程度に月に一回でも会えば済む。
親衛隊とは言っても恋心ではなく、憧れだったり目の保養だったりが目的の者も多くいるのだから、割り切れる大人な女性に頼めば良かった話なのだ。
兎月の発案でもあるが、お互いに結婚願望がなく、醜聞も気にしないと言うだけで、なぜまだ出会って間もないような鈴に俺はお願いしたのだろう。
「鈴に頼まなければ良かった」
「それも今更ですよ。まさかと思いますが副隊長、本気に……?」
「本気? まさか! 彼女は妹のようなものだ」
「妹、ですか」
俺には鈴音と言うツガイがいるのだ、二心を持つわけがない。
だが、鈴と親しくなれたのは、紛れもなくこの”仮初の恋人役”のお陰である。いざ終わりのある一時的な関係なのだと改めて告げられてしまうと、なぜだか寂しく思っている自分がいた。
◇◇◇
「三ヶ谷、少しいいか?」
「は、はい!」
早速午後の訓練終わり、新人隊員の三ヶ谷を呼び出す。
さすがにまだ入隊したての為、本人はなぜ呼ばれたのだろうと緊張がありありと表に出ており、少し申し訳ない気持ちになる。
「私的な話だ、楽にしていい。三ヶ谷は今20歳位だったな?」
「はい、今年21になります!」
「実は俺の友人|に、最近恋人ができたそうでな。気の利いた店とかそういうなことには疎いから、今はどういったところが若い女性には好まれるのかと聞かれたんだ。だが、残念ながら俺もそういった部分には明るくない。兎月からはお前が適任だと聞いたから、参考までに聞いてみようかと思ったわけだ」
「兎月さんが!? 光栄ッス! あの、参考までに副隊長のご友人は、年齢も副隊長と同じくらいの方でしょうか?」
まだ新人の三ヶ谷は訓練時にも使用しているであろう覚書用紙を取り出し、熱心に書き込んでいる。姿勢としては素晴らしいが、内容的には恥ずかしい。
「年は25だ。あまりにも若者向けの店だと友人が浮いてしまうのではないかと心配していたな」
「25歳はまだ十分お若いと思いますが。それこそ副隊長のような美貌まで兼ね揃えた方でしたら、どこへ行っても別の意味で浮いてしまうかもしれません」
「それは困るな。とにかく彼女に嫌な思いをさせず、気も遣わせたくない……らしい。視線が気にならず、かと言って敷居も高過ぎず、更に若い女性が好みそうなところとなると、やはり難しいだろうか?」
三ヶ谷は少し思案の様子を見せたと思うと、指を三本立てて俺の前に突き出した。
「副隊長、可能でしたら三日……いえ、二日でいいのでお時間を頂けないでしょうか? 店の名前もですが、場所やなにがおススメなのか等まとめたものがあった方が宜しいですよね? 明日、自分は非番ですので、妹にも少し聞いてみます」
「いいのか? せっかくの非番なのに」
「他でもない副隊長直々のお願いですよ? むしろ喜んでこの任務を引き受ける所存です!」
「そうか、ありがとう恩に着る」
二日後、剣の稽古をつける体で情報を入手する。「筆記試験並みに心血を注いだ自信作ッス!」と豪語していただけあり、店の名前と住所、価格帯、お薦めと人気の品、店の雰囲気など、詳細に書かれていた。
「この中から彼女さんの好みそうなお店を選んで頂ければ」
「彼女の好みか……」
(危うく上から順に行くところだった)
「やはり好みに合わせてあげた方が会話も弾みますし。って、こんな基本的なことは必要ないッスね」
「基本……? いや、そうだな、もちろん知っているだろう」
逢瀬らしい逢瀬の前に、俺は基本も知らなかったらしいと知った。




