10:早朝の馬のお散歩も立派な逢瀬
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朝日が顔を覗かせる少し前、私は日課である散歩の為、厩舎で鞍を嵌めていた。
獣人は基本的に朝日が昇れば活動を始める者も多い為、その少し前から準備に取り掛かる。まだ薄暗いけど魔道ランプがあるので問題ない。
少し重たい瞼を擦りながらも、鞍が緩んでいて怪我などしては散歩禁止令が出てしまうので、ここは緊張感を持ちながらいつも念入りに確認している。
「こら~。クウ、袖が濡れちゃうでしょ」
すでに散歩とわかっているせいか、私の袖や髪をハムハムとしながら『早く行こうよー』と催促している。私は私で「こら~」とか言いつつ、この甘えてくる仕草が大好きなので、相好が崩れに崩れまくっている。
「クウ、今日も調子は良さそうね。お散歩に行こうか!」
「ブル!」
きっと『今日もかっ飛ばして行くぜ!』みたいなことを言っているに違いないクウを撫で、鞍にすらりとまたがる。
うん、本日も実に良い毛艶ですねぇ。クウはよく走るのでトモの具合も一番バランスが良く、つまり格好良いイケウマだ。
踏み台もなくひょいっとカッコよく乗れるようになるまで時間はかかったけれど、練習した甲斐があり今では余裕で乗れる。
「今日はどうする? 街を出て南の丘まで走ろうか。クウはあそこ好きだよね?」
「ブルルル!」
『お前わかってんな! 早く行こうぜ!』の如く興奮を隠せないクウは、爪音をカツ、カツと鳴らし、いつでも走り出せる構えだ。
「じゃあ、今日はそこね!」
まだ街にはほとんど往来はない時間帯。ここは田舎とは違って住宅密集地、ゆっくりとなるべく静かに、そこを抜けたら一気に加速する。
クウは三頭の中では一番気性が荒いタイプの馬なので、こうして発散させないと荒れるし、やさぐれる。
残り二頭はリクは老馬だし、ウミは牝馬なので、大人しい性格だ。ただ、ウミもまだ若いのでやはり発散は必要だけど。
かく言う私も馬で駆けるのは大好きだ。空は飛べないけど、きっと風を切って空を飛んでいる時はこんな風に爽快なんだろうなって思いながら走っている。
小さい頃は父や陽兄、朱羅兄にせがんで背中に乗せて飛んでもらったのも良い思い出だ。
「あぁ……気持ちいいねぇ。私、この時間が大好き。無心になって駆けるっていいね、クウ」
わんぱく度合で行くと、私とクウは結構似た者同士なのかもしれない。なんて、そんなことを考えていたら、後ろから呼ばれているような?
「――い、おーい、りーん!」
「久遠さん!?」
急遽、クウを止めると、すぐに久遠さんが走って追い付いてきた。さすが狼獣人、速い。
「こんなに朝早くに馬で駆ける姿が見えて、誰かと思えば鈴だったから思わず声を掛けてしまった。すまない、なにか急ぎの用だったのを足止めしてしまっただろうか?」
「いえいえ。基本的に皆さん馬なんて乗りませんからね。私は今このコをお散歩中だったんですよ。朝の空気は澄んでいて気持ちいいですし、これから南の丘まで走ろうかなって」
「散歩か……」と顎に指を当て呟いた久遠さんは、袖が短く、ふくらはぎから下は紐で纏められた黒の武僧服を着ていた。隊の訓練用の格好だろうか。
「じゃあ鈴、せっかくだから早朝の逢瀬としようか。俺も日課の走り込みをしていたんだ、一緒に走ろう」
「え? 就業時間に間に合いますか?」
「それ、本気で言ってる?」
「あ、副隊長様に愚問でしたね。では、遠慮なく!」
「そう来なくっちゃ」と口角を上げて笑う久遠さん。私も少し挑戦的な笑みを浮かべ、クウに声を掛けた。
「クウ、走るからには一番を目指すよ!!」
「ヒヒーン!!」
「俺も負ける気はないよ!」
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「やったー!! クウ、私達の勝ちだよ! 玄武の現役副隊長に勝ったなんてすごーい!」
「ブルルン! フンッ!」
クウも後半は負けじと全力を出していたように思う。身体強化を掛けなかったら私は落馬したかもしれないほど、クウは闘志を燃やしていた。
鼻息は荒く、『オレが本気を出せばこんなもんよ!』と多分ドヤってるに違いない。
勝利のキャロを帰ったらあげようと思う。
「ふぅ、俺も結構本気で走ったんだけどなぁ……やはり走りに特化した馬は違うな。鈴の調教も良いのだろう、とても良い毛艶だし健康状態も良いね」
本気と言う割に、そこまでダラダラと汗を掻いている様子はなく。今回は花を持たせてくれたと言うことかもしれない。
久遠さんは「この腹囲の引き締まり加減も良いよね」と言いながらクウを撫で、うんうん頷いている。
これは言っても良いだろうか? いや、良いに違いない。溢れるこの想いは抑えきれない!
「わかりますかっ!! うちにはクウの父親のリクと、雌のウミの三頭いるんですけど、リクは年は取っていますがすごく賢いし、私をよくわかっているっていうか思いやりがある馬で、ウミは睫毛の長い美人さんで女の子らしい、品のある歩き方もできるので街中向きなんです、それに――」
馬愛に溢れた人間が、自分の馬を褒められたのなら、ここぞとばかりに馬アピールをするというものだ。なんせあまりこの国では活躍の場がない、ようするに自慢したいのに自慢する場がないのだ。
我が家でも元々は大きな荷物を引かせる為に飼っていたらしいけど、私が乗れるようになってからは用途も変わって行った。
未だかつてないほど興奮し、馬愛を語り出した私に驚き、目を瞬いていた久遠さんは、耐えきれないとばかりに笑い出した。
「――ふっ、ふはっ! ハハハ!! 鈴がこれほどまで馬愛に溢れていたとは。知らなかった一面を知れて良かったよ。こんなに楽しい逢瀬は初めてだ」
「むぅ……だって、語れる機会がないんです。それにしても、初めての逢瀬が一緒に走るだなんて、こんな可愛さはおろか、ときめきの欠片もないもので大丈夫なんですか?」
目撃されたいわけではないけれど、一応任務として行ったこの早朝の逢瀬。一体誰が『玄武の副隊長様が女の子と逢瀬をしていたようだぜ』と噂してくれるのだろうか?
あまりにも密かにしたのでは、せっかくの仮初の意味がないのではないだろうか?
とはいえ、目立ちたいわけではないし、最終的にはどうせ私がフラれた側の女として噂されるだろうから、期間も半年くらいが無難かもしれない。人の噂も七十五日だ。
「よくわからないが、逢瀬に必ずしも可愛げやときめき? は必要なのだろうか。お互いが楽しめているのならそれが一番じゃないか?」
「そういうもの、なんですか? 久遠さんが良ければ私は良いですけど。でもこういう風に楽しむ形であれば私も無理なくできるかもしれません。いつも一人で走っていたから、誰かと走るのは本当に久しぶりで楽しかったです」
久遠さんは私の七つ上なので、私とは違い多少なりとお付き合いなどの経験はあるのかと思っていたのだけど、この話しぶりでは思ったほどではないのだろうか? 結構あっさりなタイプらしい。
そもそも全く経験のない私の質問に、質問で返すのはやめて頂きたい。
「なんだ、それならまた一緒に走ろうよ。俺も毎日走り込みしているから、このくらいの時間で良いのならいつでも大丈夫だよ」
「でも走る場所も距離も、その時その時で違いますよ? 訓練になるかどうか」
久遠さんは腕を組み、眉を片方上げて、挑発的な笑みを浮かべる。
「鈴、まさか勝ち逃げする気? それにリクにもウミにも会いたいな。自慢の馬なんだろう?」
「そうですねっ! うちにはまだ自慢の馬がいますから!! 勝ち逃げもいいですが、きっと次もクウは負けませんよ。ね? クウ」
「ヒヒン!」
久遠さんも一人で走るよりは、誰かと普段とは違う道を走る方が飽きなくて良いというし、私も馬愛の語り場と散歩が同時にできるという、言わば夢のコラボが叶うので喜んで頷いた。
クウも多分『小僧、いつでも受けて立つぜ!』と言っているに違いない。
仕事中以外での久遠さんと一体どう話したらいいのかなと思っていたけど、いつも通り気さくで優しい久遠さんのままで、緊張もなく話も弾んで楽しかった。何と言っても馬の話だから尚更である。
私のは恋愛の意味とは違うけど、久遠さんが女性に人気があるのは理解できる気がした。きっとこういう優しさや聞き上手なところなのだろう。
今日の久遠さんはいつもよりも軽装なせいか、とても距離感も近く感じるし無邪気に笑っていて、キラキラと輝いて見えた。
きっと光る汗が朝日を浴びて反射したせいだろうけど、綺麗だなって思った。




