1:獣人国育ちの最弱人族とは私のことですが、なにか?
よろしくお願い致します。
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なにがどうしてこんな状態に――
「鈴、君が好きだ。ずっとずっと君を探してた。一般論では、強い、格好良い、地位もある、優しい、独身女性なら誰だって頷く、『絶対受け入れてくれる』って君は言ったよね?」
これまで恋とは無縁の生活を送っていたのに――
「鈴が好きだよ。もちろん、『好き』と言うのは友愛、一族愛、従兄妹愛でもない、恋愛の意味で。もう子供じゃないと言うのなら、ちゃんと理解できるね?」
人生でモテ期は平均で二度程訪れるらしい。
だからって、それが前世から追い掛けて来るほどの、とてつもなく重たい想いだなんて誰が想像しただろうか。
私の前世にも関わりが深いらしい二人だけど――
ごめん、全く覚えていないんですけど~!
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私は【転生者】というものらしい。
小さい頃からよくわからない記憶があって、これって一体何だろうと兄に聞いたら「それは、『転生』ってやつだ。大して覚えてねぇなら気にすんな」と言われた。
確かに転生と言っても、元の自分の名前も顔も、前世どう過ごしていたのかも覚えていないのだ。気にするだけ無駄かもしれない。
残る記憶は断片的なもの、所々付箋で挟んであるところだけ掻い摘んだような感じと言ったらいいのだろうか。唯一ハッキリとしているのは、「日本で暮らす日本人女性だったこと」だけだ。
あとはふんわり、多分前世で見たアジア一帯の民族衣装っぽい服装だなと既視感を覚えたり、国の言葉にはない表現がふいに口をついて出る時とか。
食事をしていて知っている味だなとか、習ったことのない料理を閃く時があるのも、前世の記憶によるもの。この料理に絡みは非常に助けられているけれど、それ以外はさほど役に立たない雑学ばかり。
前世の記憶のことなんて、存在を忘れたまま思い切り背中を搔いちゃって「痛ーい! 背中にホクロあったの忘れてた!」っていうレベルでしかない。
ケモ耳や尻尾、野生種の小動物が可愛くて仕方がないのはただの嗜好なのか、潜在意識に残る記憶からなのか。
いずれにしても、この獣人しかいない国はケモナーとって、天国だと思う。
そう、ここは……この国は獣人の国だ。
その獣人達が暮らすナインテイルで、ただの人族の私がなぜ暮らしているのか。
時は遡る――
星祭りの夜、家の厩舎に落ちた流れ星を追い掛けたら、藁の上に星に照らされた赤子の私を、陽とその従兄の朱羅が見つけた。
大層、神秘的な登場の仕方に二人は相当興奮したに違いない。
私の頭上で小さな星が光っていたと言うのは、多分月明かりに照らされていただけだろう。子供のよくある勘違いというやつだ。良い演出にはなったけど。
特殊効果のお陰か、陽が「絶対オレの妹にする!」と言って離さなかったことや、両親が女の子を欲しがっていたことも重なり、事件性もないことを確認の上、「鈴」と名付けられ、そのまま養子になったとか。
養子ではあるけれど、両親は実子と私を分け隔てなく育ててくれた。そして兄の陽、従兄の朱羅からもたくさんの愛情を受けて育ち、鍛えられたり、サボったり、甘やかされたり、調子づいて叱られたり……すくすくと成長し、地元の公立学園に通う年齢になった。
獣人達の力は個体差はあれど、とても強い。
陽兄と許嫁の晶ことアキちゃんが、幼い頃から私をしごい……もとい、鍛えてくれなかったら、私は学園生活というものを送れなかったと思う。
彼らからすれば、力の弱い人族とどう関わったらいいのかと遠巻きにされるのも当然で、普通は入れる幼獣舎――保育園のようなもの――は断られて入れなかった。
寂しい幼少期ではあったけど、今となっては怪我をさせない為の、ある種の優しさだったのだろうと思っている。
そんなこともあって、なんとか初等部から入学できるようにと兄達のしごきにも火がつき、小型獣人クラスに入ることができた。
何度逃亡しては捕まったかわからない、辛……ありがたい訓練でした。
一番は、筆記と実技の総合点数で見てくれるという、田舎の学校ならではの緩さで助けられたことが大きい。
実技は基本……の更に基本程度しかできなかった為、いつも努力点。落第しない為に勉強は必死で……朱羅兄お手製の【定期試験㊙攻略帳】の力も借りながら頑張る日々。
この世界では人族は個体差はあれど、基本的に皆、大なり小なり魔法が使える。そして獣人は魔法を使えないけれど、そんなものは必要ないほど強いし頑丈だ。
人族は獣人ほど力もないし、強健な肉体を持っているわけでもない。代わりに魔法や魔道技術の発達で様々な便利魔道具や魔法薬を開発していて、少しずつこの国にも浸透しつつある。
魔道ライトや魔道コンロ、魔道給湯機なんかは、使い慣れてしまうともう手放せない。
私がまだ小さかった頃、「鈴は人族だから、何かしらの魔法が使えるんじゃないか?」と言って、獣人族は魔法が使えないのに、両親は私の為に本を取り寄せてくれた。
【絵本で学ぶ、良い子の魔法~初級編~】
あの時はなにもわからなかったけど、絵本で魔法を学べるってこの本凄いとしか思えない。
色々試して、使えるようになったのは身体強化と軽い治癒魔法と弱い風魔法だけではあったけど、ここで生きて行くにはとても重要な魔法だ。
きちんとした魔法学校で習ったわけでもないし、本の解釈は自己解釈。ほとんどが感覚と、陽兄的な言い方では”気合”で身につけた。気合は全てを凌駕するとか。
当然、正確な魔力量も適性もわからない私が大きな魔法を試すのは危険なので、初級レベルまでしか使えない。
初級レベルの魔法は適性を持った子供なら誰でも使えるとあったけど、それでも慎重に30秒、1分、5分……と少しずつ発動時間を増やしていって私の安全ラインを計った。
そうしてはじき出された私の連続稼働時間は30分――しょぼい。
それでも、それ以上使用すると……翌日にめちゃくちゃ痛い筋肉痛になるのだ、現実を受け入れる。
これではあまりに役に立たないじゃないか! そう思った私は、中等部の頃に専攻していた”人族文化”の中で、友好国であるオランドラには短期留学なるものがあることを知った。
いくつもの「説得」と言う名の山を乗り越え、高等部の頃一年間だけ留学していたけれど、それの話はまたいずれ。
さて、治癒魔法が使えるってすごいなぁと我ながら思っていたのだけど、治せるのは軽い擦り傷、切り傷、打撲程度のものまでで、骨折とかそれ以上の大怪我なんて土台無理。この辺りは留学したからって能力が上がるわけじゃなかった。
「誰かの傷を癒してあげよう!」なんて思った時期もあったけど、すぐに現実にぶち当たった。
そもそも身体能力の高い彼らは日常の生活レベルではほとんど怪我なんてしない。「舐めときゃ治る」って言うし、回復も異常に早い。
彼らの言う怪我とは、私の言った大怪我に匹敵する……ようするに、これもさほど役には立たない。治療院で生計立てられるかもという淡い期待はすぐに塵と化した。
こうして、特に光るものや特出したものがあるわけでもないけれど、実に平々凡々楽しい学生生活を謳歌することはできたのだった。
話は変わって、我が家「碧海家」は郵便配達を生業としている。
以前は南に位置するのんびり穏やかな地方都市、火ノ都に住んでいたのだけど、この度訳あって首都である中央の土ノ都へ引っ越して来た。
その訳と言うのが、もう一つ我が家が関わっている飛空自警団”裏朱雀”への依頼だ。
家族は鳥獣人・鷲族。狩るのは得意なのだ。
なにを隠そう、私の父は元赤の朱雀隊の隊員だった、らしい。
国には有志で作られた自警団、街単位で管理されている警吏、そして国が唯一抜刀を許可している少数精鋭部隊、黒の玄武、赤の朱雀、青の青龍、白の白虎の四つの部隊に分かれた四神抜刀隊――騎士団がのようなもの――というものがある。
本当はもう少し前から打診はあったようなのだけど、私が卒業間近だったこともあり、それを待っての引っ越しとなった。
そんなバリバリの戦闘一家で育ったのだ、私だって強くもなる。
一般獣人レベルくらいまでなら対処できる体術、馬術(ただの馬愛)、身体強化まで使えちゃう!
なんて……強そうだけど、これでようやく小型獣人の中の下、いや下の上レベルくらいしかない。
それでもこの春、家業の郵便配達員の見習いとして就職し、本日が初出仕。
祝! 職業婦人ってやつである。
「鈴、一人でブツブツとなにを言っているの? 道を覚えるのに歩いて地図を書くんだって言ってたでしょ? 母さんたちは事務所の整理があるからついて行けないの、暗くなる前に帰るのよ」
「母さん、小さな子供じゃないんだから! 今日の夕食は朱羅兄が引っ越しフォーを持って来てくれるんだよね? すっごく楽しみ~」
「鈴……楽しみはいいが、道もまだ不慣れなんだ。調子に乗って迷子になるなよ?」
「わかってるわよ、父さん。行ってきまーす!」
斜め掛けのカバンにメモ紙、ペン、飲み物、そして夢と希望をぽぽいと詰め込み出発だ。
***
私は順調に地図作りに勤しんでいた。
ふむふむ、この道は行き止まりだから危険っと……自分の書いた地図に×印をつける。
「とりあえずは自分の配達区域の下見だけすればいいから、そんなに時間もかからなそうね」
獣人は基本的に地図なんて見ないから、街案内用の地図看板がない。ざっくりと〇〇方面といった簡易的なものしか設置されていないのだ。
人族の国でも、友好国であるオランドラとの交易はあるのだ。こちらへ来た水夫や荷運びの人達が、精々港周辺の飲み屋街しか行かないのは、地図がないからじゃないのかと思う。
まぁそれだけではなく、観光地と名乗るような場所が少ないと言うのもあるけど。
お陰で自分による、自分の為の地図作りが上達したように思う。歩きながらでもスラスラ書けちゃうんだから! いつか『獣人国の歩き方』とか出せるかもしれない。
「ここは道が細くて行き止まりね、じゃあ、この建物の間を抜ければ……ってあれ? ここの区域は格子状に建物が並ぶ場所だってさっき聞いたのに、どうして道があるはずの場所に住居が建ってるの!?」
来た道を戻ればいいだけだと思ったけど、書きながら歩いていたせいかうろ覚えである。なにより建物がどれも似たり寄ったりの集合住宅が多く、目印になりそうなものもない。少しは個性を出して欲しい。
これが都会と田舎の違い。
つまりは……
「ここ、どこ?」
迷った。