麗人の内側
ゆっくり執筆していきます。
『こんばんは,私はアイン。あなたのチュートリアルサポーターです。まずは,あなたの名前を教えてください。』
いかにもなチュートリアルAIが喋りかけてくる。名前は自分の芸名である,玖原 せきだ。名前が被っても使えることは事前調査で知っている。
『ありがとうございます,玖原 せき様。なんとお呼びいたしましょう。』
「せきと呼んでくれ。よろしく。」
『せき様,よろしくお願いします。まず,せき様にはこちらの世界での体を作ってもらいます。今の体をベースに作成いたしますが,人体の基本機能以外なら概ね変えることができます。性転換も可能ですが着ぐるみのように感じてしまうので注意が必要です。それでは,思い思いの姿を作り上げてください。』
(私が作るよ!)
なんて叫んだのはこの体に同居している天使である。なぜ天使と呼んでいるか覚えていないが,こいつはとんでもなく腹黒でとても天使なんて呼べない。まぁ,そんな部分が交渉で大いに役立っているので一概に文句は言えない。
(お前に任せたらどうせろくでもない事になるだろ。)
そう答えるのはもう一人の同居人の悪魔だ。こいつもなんで悪魔なんて呼ばれているか覚えていないが,正直こっちが天使といった感じである。腹黒天使の提案から双方が損しない妥協点を見つける彼も交渉において重要だ。
「まぁ,天使は編集担当だし,そもそも自分の体を作るのだからそこまで変にはならないだろう。」
そう,僕達三人はチームとして玖原 せきをやっている。僕が音楽,悪魔が歌詞,天使が編集担当だ。そもそも天使の芸術センスがなければ僕は到底十万人なんて夢のまた夢だっただろう。
「とりあえず,キャラメイクは頼んだ。僕は少しこの体の使い方を考えるよ。」
と言っても兄妹を驚かす為に有名になり,実は僕でしたが概ねの筋書きだ。問題はどう有名になるかだが,タイミングよく十万人を迎えそうな自分の芸名を使ってマッチポンプでもしよう。天使の作り上げた体をシルエットにして『十万人までcoming soon』なんてすれば宣伝にもなるし一石二鳥だ。どうせなら人間離れした歌も歌ってみたいな,滑舌を良くするためにAGIに極振りしようか。そこまで戦闘にのめり込む気もないしそれがいいかもしれない。遅れて世界に入るのだからある程度事前知識は入れてあるが,そこまでガチガチに攻略する気もないので気軽にいこう。
「完璧だ...!」
どうやら天使が体を完成させたらし...
(え,誰?)
あのチュートリアルAIは今の体をベースに〜なんて言っていたが目の前の美女は少しも自分の面影があるなんて思えない。
「どうですか,この完璧な体!主張し過ぎない凹凸に曲線美!道行く人を魅了し人の目を引く最高の麗人!男装すれば女性人気も爆上がり間違いなしですよ!」
確かにこの姿なら嫌でも有名になるだろう。まぁ,一番大切なのは声だ。歌声が良ければこの体でいいのではないか。
「勿論声も完璧です。最初は150前後の小柄な体を目指しましたが,それだと首が太すぎで仕方なく182cmとしました。その代わり見事両声類となりましたよ!」
それは僥倖だ。歌える曲のバリエーションが増えるなら願ったり叶ったりである。
(早速同期しよう。)
これがこちらの世界での僕らのから...だ...
「ぅぁ...っ...」
絞り出されたその声は誰もを魅了するだろうといった具合だが...体が想像以上に重い...。着ぐるみなんてもんじゃない。呼吸でさえもままならない,幸いここで死ぬ事はないが警戒アラートがビリビリなっている。
『リアルモジュール率1%,その体での活動は困難を極めます。本当に宜しいですか?』
1%?逆にこの体にまだ自分の要素が残っているなんて信じられない。おそらく心臓等の共通の臓器だろうか,いやそれにしては少なすぎる。
(まつ毛と目ですよ。それ以外の物は全て取り替えました。肺活量も人間離れ,それでいて人間としての生殖機能等その他諸々を搭載した人型の化け物です。勿論女性の,ですよ。)
人型の化け物だと?!ただの人間がいきなり化け物になったんだ,体の使い方が分からないのは必然なのかもしれない。すまないがここは悪魔にチューニングを頼もう,僕には無理だ。
「ぅぁぃ...あ...」
体の主導権を握った瞬間に答えたからか,辛そうな返答だった。頑張ってくれ,僕はその体をもう気に入ってしまったんだ。