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BGM音量0  作者: 喋道
2/3

部屋

 家に着くなり、ツバキは、自分の部屋まで駆け上がり、俺もそれについていく。

 ツバキは、パソコンを立ち上げ、自作のゲームを見せる準備をしてくれた。

 俺は、その間に手洗いうがいをすましておいた。入れ替わりにツバキが手を洗いに行くので、俺は、パソコンの前でツバキの到着を座して待った。

正直、最初に聞いた印象とは裏腹に、ホラーというよりかは、きれいな終わり方だったと思う。



 ゲームが起動すると、黒い無地の背景に「BGM音量0」とだけ書かれた味気ないタイトルが表示された。もちろん、BGMは流れていない。タイトルの下の小さい枠内には、「はじめる」と「おわる」、「設定」の3種類があり、「つづきから」は、なかった。つまり、短編だということを表していた。

 とりあえず、「設定」を開く。いつもは開かないが、なんとなく慎重になってのことだった。すると、たしかに、BGMの値は、0になっていた。ためしに音量を100まで上げてみるも、特に変わりはない。後ろから、「設定は特に使わないぞ」と言われたので、背後霊には、「じゃあ消しておけよ」と返した。「消すのがめんどくさかった」とつぶやかれ、その言い訳には、「まぁ、そうなんだろう」と思った。

 「設定」から抜け出し、いよいよ「はじめる」を選ぶ。画面が切り替わると、まずは、タイトルとほぼ同じ黒い背景なのが確認でき、画面の中央より下に、「いらっしゃいませ。BGM音量0の館へようこそ」と書かれたメッセージウィンドウが目に入る。画面の真ん中の一番下には小さなキャラクターが一体、おそらく主人公だろう。そして、タイトルの背景との最大の違いは、真ん中の一本の線だ。キャラクターの下から伸びて道のように見える。おそらく、ここの上を通り、画面の端を目指すことになるのは容易に推測することができた。俺は、どんどん次のメッセージを表示させる。


 「お客様の来訪を歓迎いたします!」

 「さぁ、まずは、前にお進みください」

 「キーボードの矢印の↑を押すことで前に進みますよ!」


 なんか妙にくどいような言いまわしだ。何か狙いがあるのかもしれない。ふと気が付くと、画面の右上にタイマーがいつの間にか起動していることに気が付いた。「0:08」、「0:09」、「0:10」……どんどん進む。


 「このカウンター何?」

 「秘密」


 減るならわかるが増えるってどういうことだと思いつつ主人公を先に進めるも、画面の上部にたどり着くころには、あることを思い出していた。”音量が0でもBGMが流れていないとは限らない”。つまり、すでに何かが再生されているということだろうか。

 画面上部に到達すると、画面が次に切り替わる。とはいえ、キャラクターが最初の位置に戻っただけで、特に画面に代わり映えはしない。ツバキが「画面は特に変化しないから」と教えてくれた。心の中でそーなんだと返事をする。新しいメッセージが表示される。


 「いいですね!その調子です!」


 「気分を楽にして、ピクニックにでも来ているような気持ちで進みましょう!」


 「あたり一面の緑に、川のせせらぐ音、小鳥の歌声、虫の音。自然と足取りが軽くなりますよ!」


 タイマーは、0:21を超えた。いまのところ、ゲーム自体は、非常に単調だ。メッセージを読み終えると、主人公を動かせるようになる。画面の上部まで動かすと、次に進み、新しいメッセージが表示される。メッセージを読んで進めての繰り返しだ。おそらく今後もそうだろう。タイマーが気になるが、驚かす要素はないと言っていたから、気にせず進めていいだろう。メッセージの言い回しがちょっと引っかかるぐらいだ。


 「さぁ、進みましょう!」


 メッセージに従いどんどん次へ進める。


 「さぁ、前へ!」、「調子が出てきましたね!」、「その意気です!」、「素晴らしい!」、「私があなたの教師なら、花丸をあげているところです!」、「ささ、どんどんいきましょう!」、「グレート!」、「まさに神がかり的だ!」、「あなたは、偉業を成し遂げることができるかもしれません!」、「前へ!」


 メッセージのほとんどは、前へ進めるよう促すものだった。しかし、たまには、まったく関係のない話(オムレツの作り方や雑談などそこそこ面白い)が表示された。そして、ついにゲームの終わりへと導くかのような意味深なメッセージが表示される。タイマーに目をやると、1:41だった。


 「あなたは、まっすぐ進んできました。そして今も。しかし、例えばですが紙に線を一本、縦に引いて、ハンドルを傾けるように90度曲げた後でまた縦に線を引くと、十になります」、「それでは、前へお進みください」


 なんとなく不穏な空気を感じる。


 「あなたは、まっすぐ歩いてきたつもりでも、画面を傾けることができるのであれば、まっすぐがまっすぐとは、なりえません」


 「どの位置を通っているかわからなくなりますから」、


 「それに、同じ道を何度もなぞっているだけで、本当は、少しも進んでいないのかもしれません」


 「ところで、なぜ私は、あなたにこんな話をしているのでしょう?」、


 「長引けば長引くほど不利になる。そういうこともある」、


 「前へ」


 最初の調子とは打って変わって、今度は、逆に足を止めさせるような言い回しだ。とはいえ、他にやることもないので前へ進むしかないと諦めたところで、あることに気が付く。ひょっとしたら、後ろに戻れるのではないか?主人公の後ろには、少しだけ戻れるスペースが開いていたのだ。試してみると、「後ろに戻ることはできません」と表示された。「そこで戻るのかー」と、ツバキが何かを得たような感じで言った。俺は、「うるさいな、ちょっと興味が湧いただけだ」と言い返した。


 ゲームに戻り規定にそって進むと、「あなたのしていることは、正しいことなのでしょうか?」、「自分のしていることに自信をもてますか?」、「そのうち壁に突き当たるかもしれません」と次々に不安を煽ってくる。なるほど、これは、精神を攻めてくるゲームか。なんとなく嫌な気分になるな。しかし、「ひょっとしたら、あなたは、呪いの言葉をなぞっているのかもしれませんよ」というメッセージが表示されると、少しばかり拍子抜けしたのは事実だ。しらずにコックリさんをやらされていて、そして、何の問題もなくそれを終えていたような、具体性のない呪いは、俺の恐怖の対象となりえるものではなかった。それでも一応、ゲームを終わらせるため、まっすぐ進める俺の前に表示された次のメッセージは、予想外のものだった。


 「それでは、そろそろお遊びは、お終いにしましょう。まさか、こんな戯言を信じたわけではありませんよね?まぁ、もちろん、私の話は、一つの事実ではありますが」

 「これは、人の悪意の話です」

 「右上のタイマーをご覧ください」


 2:20ほどになる。


 「そして、私の話を思い返してください」、

 「それらのすべてが無駄だったとしたら、あなたは、怒るでしょうか?」、

 「ただあなたの時間を無駄にするためだけにこのゲームが作られたとしたら、あなたは、どう思うでしょう」

 「ご安心ください」

 「私は、あなたの期待を裏切りません」

 「もっと酷いものがあなたを待っています」

 「BGM音量0というタイトルは、変だと思いませんか?」

 「いったい何の暗示なのでしょう」

 「いきなり人を驚かす要素がないから?音で恐怖心をあおるようなゲームじゃないから?メッセージだけで人を恐怖させる試みだから?」

 「すべて違います」

 「実は、音は流れているのですよ。最初からね」

  「人の、断末魔がね」

  「ほら、ピクニックに来ているのを思い出して。川のせせらぎを聞いて、小鳥の歌を聴くように、虫の音に耳を傾けるように、人の死に際の声を聴いてください」

「何の慈悲も得られなかった悲劇の断末魔を」

 「正直に打ち明けますと、私は、あたなにこれを聞かせるために時間稼ぎをしてきました。そして、『今も』。さぁ、前へ」

 

 この一連のメッセージを読んだとき、はっきり言って、かなりの恐怖に襲われた。ほんの一瞬だが。なぜなら、俺の後ろに、これをつくった本人がいたからだ。このゲームをほかにやったものがいたとしても、このゲームの真の恐怖を味わったのは俺だけだろう。作品の作者の息遣いと、作者の本当の息遣いの2つをまさに直に感じた。俺は思った。何だってんだコイツ!なんだってこんなもん作ったんだ!!病んでるのなら、隣の席の母性溢れる命美めいみちゃんに相談しやがれ!命美ちゃんなら、「何か悩んでいるのなら『お母さん(命美ちゃん自身のこと)』に相談してごらんなさい」と優しく言ってくれるに違いないんだぞ!命美ちゃん助けて!ところが、前へ進むと、俺を襲った恐怖とは裏腹にゲームは思わぬ方向へと舵を切る。


 「何の変哲もないサイトを思い浮かべてください。しかし、その裏には、人の断末魔が流れている」

 「あなたには、それらがないと言い切れるでしょうか?」

 「悪意は、一切ないと。知らされていないだけで」

 「そんなことはないと」

 「今まで一度もなかったと」

 「あのサイトも本当は?」

 「しかし、仮にそうであったとしても、それでも、恐れる必要は、ないのです」

 「恐れる必要は、ないのです」

 「前へ」


 「あなたは、このことを聞かされて、どう思いましたか?怒りましたか?悲しみましたか?」

 「しかし、あなたは、私のことを責めることはできません」

 「なぜなら、それは、あなたもしていることだからです」

 「だから、恐れる必要はないのです。さぁ、前に進んでください。」

 「BGM音量0とは、あなたの心の声です。声なのです」

 

 「嫌いな相手を前にして、実際に、心の中で憎しみや恨みを抱いたことはありませんか?」

 「心の中で声を出したことはありませんか?」

 「それも、大きな、大きな声を出したことは」

 「ありますよね?」

 「ただ、これは、それだけのことなのです」

 「だから、恐れる必要は全くないのです」

 「さぁ、前に進んでください!」

 

 「ご来訪、ありがとうございました。我々は、いつでもあなたの来訪を歓迎いたします」

 「いつまでも、いつまでも」

 ゲームを終えると、俺は、すぐさま最初の感想を伝える。「お前、よくこのゲームつくれたな。途中、お前の精神状態を真剣に考えたよ」ゲーム画面を閉じると、代わりにブラウザが表示される。そこで、あることに気が付いた。このゲーム、オンラインで公開されているではないか!なんか興奮した。

「お前、このゲーム投稿したのか」と言うと、ツバキは、あっけらかんと「うん」と短く。謎の興奮に包まれ、感想が自然と出てくる。


 「まぁ、いいゲームだったと思うよ。なんかちょっと深かった気がするし。最後は駆け足気味だったと思うけど」

 「まぁな。正直、最後のほう何も思いつかなくて。途中で力尽きた。これをもう一個作れって言われても作れないね」


 ツバキが投稿したゲームの作者プロフィールを覗くと、「人の骨の折れる音や悲鳴が大好きです」と書かれている。今のご時世でこれは大丈夫か心配になりたずねると、「へーきだろう。さすがに冗談だってわかるだろう」と言われた。それはそうかもしれない。初投稿なのもあって、注目度はかなり低いし、世間に広まる内容か問われると、確かにそうでもない気がした。このプロフィールを含めてのクソゲーだそうだ。

 ちなみに、ほかにも仕掛けがあり、ゲームファイルのBGMの中には、名前だけ付けた空の音声ファイルがいくつかあるというので確認してみると、「断末魔」、「小指が折れる程度の呪い」、「金縛りにある程度の呪い」、等々。ファイルを見た人間をビビらせるのが目的だそうだ。ゲームに添付されているReadMeにも、しっかり、名前だけで、このゲームにBGMは、一切収録されていません」と書いてある。間違いなく、これは嘘ではなかった。一応確認したら、しっかり、ファイルの容量が0だったからだ。完全に名前だけの空ファイルだ。

 ツバキの言うようにプロフィールやファイルを含めてひとしきり楽しんだ後で、いつも通り二人でゲームをしてから、俺は帰路についた。

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