明日からよろしくお願いします
お金が欲しいです。
オフェリア、なんとかならない?
宿を探すか。
そう思った俺たちがとっても高級そうな宿に辿り着いたのは、わずか数分後のことだった。色々キラキラ輝いている建物だ。なんというかそこは、宮殿のように見えたと思う。王様が休日を過ごすような、そんな場所。王様などには会ったことないから、分からないけれど……。すごく贅沢な生活をしている、かもしれないというのはわかる。
そして今は部屋だ。部屋の椅子に腰掛けている。荷物なんてほとんど持ってないから、何をするまでもなくぼーっとしているけれど。
「すごく、とってもすごいですわ! こんなところに泊まる経験などありませんもの!」
エリーが近くではしゃいでいた。広々としたその中を、パタパタと歩いている。
「貴族なのにこんなのに泊まったことないんだ」
俺はそう言った。嫌味ではなく、単純に気になったからだ。エリーは貴族だと言ったし、金持ち。なのだろう。お金を持っているのなら、俺なんかよりもたくさんすごい場所に泊まっていそうである。
「あ、あー……もちろんありますわよ、もちろん。でもここまですごいのは初めてなので……」
俺がそういうとエリーはバツの悪そうな顔をしてそう言った。不思議だ。エリーがそこまで表情を変える必要はどこにあっただろうか。
「しかし、びっくりですわ。あなたがあんなにたくさんの金貨を持っている、お金持ちだったなんて」
ふとエリーが問いかけた。
「お金持ちならば、そうと言ってくれればいいですのに。一生遊んで暮らせるものですもの……声かけなどしなかった」
「それもなんか嫌だな……それに俺はこんなにたくさんお金を持っているだなんて知らなかったし」
俺は素直に答えた。一人になるまで開けるなと言われて、そのままずっと保管していた袋。その中身がこれだったら驚くだろう。俺もここまで大量の金貨は、持ったことはない。
「オフェリアが今まで貯めたお金っぽいな……こりゃ」
「オフェリア?」
「昔の仲間さ。今は別れたけれど」
エリーが俺の言葉に首を傾げた。彼女は赤い表紙の本を持っている。本自体をあんまり読んだことがない俺には、タイトルがないその本の中身を理解する術がない。
「オフェリア、すごくお金にはシビアだったんだよな」
うんうんと頷きながら俺は、オフェリアの財布の紐が異様な硬さだったのを思い出す。いろいろな依頼を受けて、そうしてギルドからもらったお金を、彼女は一部を使わずにとっておいていた。多くの冒険者にとっては、お金はすぐなくなるものであるのにもかかわらずだ。
そんなオフェリアがいたからこそ、俺たちのお金は回っていたと思う。宗教のシスターという過去はそうさせるんだな。
「お仲間さん、とてもいい人なんですのねぇ」
「もういない。まあ、俺は……五人目だったから」
「五人目、というと?」
「特に活躍しない奴、的な感じだった。いい意味で言われたことはなかった」
エリーにそう言う。秘密にしておくことじゃない。
五人目。エリウッドたちの金魚のフンだった俺を揶揄した言葉だ。真っ先にエリウッドたちはその言葉に激怒していたが……。言いたい気持ちもわかる。
彼らは優秀すぎたのだ。四人でいいだろって思うぐらいに。
エリウッドもそうだ。彼はリーダーとしての立場もあって、しかも最強レベルの剣の使い手だ。トットさんは東の国よりやってきたサムライで、母国では悪魔と呼ばれたメルティーなんならオフェリアも。神に選ばれた100年に一度の魔力の持ち主だ。
こんなもの、誰がどう見ても優秀すぎたと思う。優秀すぎて俺なんか届かない。ただ弓を放ったり、早く走れたり。そういうことぐらい。
とりわけエリウッドらに比べて強くなどない。そんな俺だから、周りから五人目なんて言われたんだろう。俺が一番それを認めている。
「まあそう言う奴だからさ、俺は。追放されても納得したよ」
最初は納得できなかったけどな……。と付け加えたが。今はちゃんと、納得できている。元々恨むつもりもなかった、あの中にいれただけでも満足だったから。今は何もない。
「……それに言い渡された時のことを考えたら。納得しかできなかったし」
面と向かって追放という言葉を聞いて。話は終わりと言われて。けれど、脳内ではあの元仲間たちが、いとも簡単に追放という判断を下さないだろうという。ちょっとした信頼。それがそこにあった。色々あったけれど。今はその信頼通り。
「ただまあ、追放した理由は結局、教えてくれなかったけれどな……」
心の中でエリウッドたちに苦笑しながら、俺は言った。結局問いかけずじまいだった、追放の理由。それだけが本当にわからない。それだけは心残りだったりする。
エリウッドもトットさんもオフェリアも言わなかった、その理由。
メルティーは俺が無能だから……って言いかけてたけど。今の今まで一度も言われたことなかったから嘘だと思うし。エリウッドにも口封じされていたから。本心じゃなかったのだろう、俺だってわかる。
とにかく、エリウッドたちの中で追放がほぼ決まっていたのは確かだった。なんでかは分からない。分からないけれど。少なくとも……。
「悲しいことがあったのですのね」
「いや、俺は別に悲しくないけれども。悲しみという感情も」
「そうではなくです、プッチさん。貴方もその他の方も、同じくらい、ですわ」
エリーは本を閉じ、ピシャリと言った。
「私はその方たちに会ったことないから分からないですけれど。まずかわいそうだと思いましたわ。追放の決断は、簡単じゃないはずですもの。それに……」
「それに?」
「その追放が不本意だってことが、プッチさんの言葉でも理解できましたから。悪印象は抱きませんでしたわ」
そう言って、彼女は微笑む。
普通は、追放とはドロドロで恨んで恨まれての物語になると思う。だけれど、俺とエリウッドたちの間には、そう言ったことがなかったとは伝えたかった。それをしっかり伝えられたので、色々報われた……と思う。
「それはさておいて、今は私がプッチさんを所有しておりますので! それに関してはその方々にざまあみろと言ってあげますわ!!」
「それは好きなだけいうといいかな」
「追放なければ貴方に出会うことなどなかったのですから。逃した魚はなんとやらですわ!」
にぱーっと満面の笑みですごいことを言う。俺もそれに乗ることにした。それぐらいは……言っていいだろう。俺はともかくとして、エリーの言葉だ。問題はない。
「とまあ、私も貴族としてはそこまでな身。プッチさんのような方が、一番ちょうどいいのかもしれないですわね」
「……そっか」
バッグに本をしまい……エリーが言った。
「……それに、私も……色々」
最後の言葉は、なぜか俺には聞こえなかったけれど。
──キキィィ!
ふと甲高い声が響き渡った。その声を、この一日で俺は何度も聴いている気がするが。
「スリマバード!」
外にいた巨大な鳥……スリマバードの声だった。
俺が叫ぶのを無視したのか。バードは遠くへ飛んでいく。あの方向は確か、街の方だったか。彼がどれだけ速く飛ぶかはわからないが……。飼い主のメルティーかなり速かったと記憶している。
「……数時間。寝て起きたら戻るかな」
「まあ、元気なのはいいことじゃないかと思いますわ」
やれやれと思った。外を見えば夜も暗い。人間は夜行性じゃない。例外はあるが、普通は太陽と共に生きる種族である。
「……寝よう」
「あら、もうお休みですの?」
「いつもはもっと遅いけれど、今日は」
「確かに、かなり動いたと思うのです。どうぞお好きに。私はもう少し寛いでから眠りますので……」
「助かるな」
そう言って俺は立ち上がる。
「あの、プッチさん」
「エリー?」
エリーが俺の目を見て言う。
「……改めてですけれど、これからは従者として。よろしくお願いしますわね」
「……あぁ」
そう言って頭を下げる。
やけにおずおずとした。そんな雰囲気は気になるけれど。ちゃんと仕事を得たのだ。これから頑張っていこう。
そう言って俺は……最初の一日を終えたのだった。
秘密は色々なキャラが持っています。
当然、エリーも。