何一つわからないけど従者になっていいんですか?
三ヶ月近く…。忘れてたと思います。
ごめんなさいね。
恋愛特異点もいいけどこっちもね。
「……従者になれって?」
「えぇ!!」
エリーがそう言う。身を乗り出したまま笑顔で。やけにキラッキラした笑顔が、俺を射抜いているように見えた。
従者という言葉の意味は、彼女の隣にいるおじいさん……サンタクルスを見れば分かる。あの人がいる理由を考えれば。従者の意味が分かる、と思う。
「つまり……一緒にいればいいってことか?」
「一緒にいればいい……というのは確かにそうですが……少し待ってください?」
俺がそういうとエリーは指を唇に当てて、首を傾げて答えた。そして、隣にいたサンタクルスと顔を見合わせる。疑問を感じている。俺に。
そうかもしれない。従者という言葉の意味を。あまり知らずに問いかけているからだ。
「(おかしい……普通の人ってそういうのってすぐ飛びつくはずじゃ……)」
「(ずいぶん変わったお人じゃと思っておりましたが……ここまでとは。やはり、わしらにはこの方でなければ……)」
ヒソヒソ話が聞こえる。ちょくちょく漏れる声から、否定的な内容でないことは確かだった。驚いてはいるけれど、俺を否定しているというわけではない。
冒険者の頃からよく聞かされていた、噂話や陰口を思い出した。良いことも悪いことも、小さな声で話したがる傾向がある。どっちにしても、それは他人に聞かれたくないからやること。別に聞いて面白い話ではなさそうだし、受け流すことにした。
「(それに……わしらは……ですからな)」
最後の言葉は、少しだけ気になったが。
「決めましたわ!」
俺の方へ振りかえって、エリーは言った。その表情は、嬉しそうな笑顔。
「やはり私の従者になる相手はあなたしかいないと、はっきり感じました」
「うん」
「というわけで……。私の従者になるだろうあなたに、何をするか……伝えようと思うのです」
「あっ、確定」
そんなことを言った。俺は従者になることは確定らしい。出会ってそこまでじゃないけど。やっぱりこのエリーという少女は、強引な傾向があるのではと思う。最初から割とそうだったけれど。
「ある日の話。私は急に世直しを志しましたわ」
エリーはそんな言葉を切り出した。世直しとは大きく出たものだ。まさにこの世の中を、この世界を救うため。この世界に出るのだと。ぶち上げたのだ。俺とは大違いだ。冒険者を追放された俺は、いまだに何をするかさえ決まっていない。
ロンゴディートへ行けば、何かあると思ってきているのだ。それがどんな小さなものでも、今は構わない。なんなら雑用でも。
「ですが。私は思いました。世直しと言ってもまず何をしようか? と」
「決まってなかったんだ」
「えぇ、行き当たりばったりでした……」
「行き当たりばったりではなく、お嬢様は決断力があるのですぞ!」
そう言ってエリーは目を伏せた。サンタクルスがそう言うものの、それは決断力じゃないことは俺も分かっていた。
「ですのでまずは、知恵と知識をつけねばと思ったのですわ。私に何ができるか、それが分からなければどうしようもないのです」
「自分に何ができるかさえわからない状態だとな」
「そうなのですわ! 一応武器は持てます! でもそれくらいですのよ」
武器を持てるだけでは、この世界ではなかなか……。と思った。武器を持てるなんて言ったら俺もそうだ。魔法……じゃなくて魔術を使える俺は誇りにしていいはずだし。
「何かを知るなら、まずは……と思い立った私は。すぐさま行動を起こしました。学府へ行こう! と」
「学府へ?」
「はい! そしてここからが本題なのです」
手をしっかりと固く握り、決意を示すエリー。だがすぐに、俺の目の前に目線を映して、しっかりと目を見定めた。
「私はこれからロンゴディートの学校へと試験を受けにいくつもりなのです」
「学校?」
「ええ。あの大きな建物が見えるでしょう? 時計台がある」
エリーは俺に向けて指差した。それに振り向くと、確かに大きな時計。塔のようなしっかりとした高さの建物。
「あの学校は聖アルテミア学園。偉大なる処女神アルテミア様の加護のもとで建てられた、ロンゴディートで一番歴史のある学校なのです」
「処女神アルテミア……か」
処女神アルテミア。エリーの言葉を聞きながら俺は思い出していた。
その神の名前は聞いたことがある。確かオフェリアが信仰していた神だ。と言うかあの小さな街の冒険者たちの中でも、信仰しているものはかなり多くいた。俺は特に信仰していなかったけれど、彼女がそれに対する信仰を示すため、ぎゅっと胸のところで手を組んでいたのを思い出す。
これをすれば回復できたっけ。エリウッドやトットさん、俺も傷だらけだ。それでもここまで生きてこれたのはオフェリアのおかげ。
彼女からも餞別を貰ったけれど、そういやまだ開封さえしていない。アルテミア関連かな? って思う。
「アルテミア様は知恵と幸運を司る神様なのです。冒険者や学業に勤しむ者が信仰してやまないのも当然ですわ」
エリーは言った。その名前をいただくところであるならば、入りたいのは当然だろうな。
「で、そこで学びたいんだ。だったらすぐに行けばいいじゃんか」
「それが単純なことではないのですわ!!」
ドンっと机を叩いて、エリーは言った。周りの人間がビクッと体を震わせる。
「お嬢様!」
「ごほん、すみませんでした」
咳払いをして小さく謝りつつ、エリーは続けた。
「聖アルテミア学園は簡単に入れる場所ではないのです。いえ、簡単に入れるところもあるのですが……」
「事情があるんだ?」
その事情というのを、俺は知りたくなった。
「学園にはたくさんの科がございます。立派な貴族になるための科、騎士になるための科、冒険者となるための科。職人になるものまで。私たちは当然ながら、一番上である……貴族になるための科へと決めたのです」
エリーの言葉は真剣だ。世直しのために学がいる。そのために良いところへ。俺とは違う、ちゃんとした気概を感じる。
「ですが……私たちは失念していた。立派な貴族として認められるには、それに相応しい従者を見つけなければならないと」
「従者を?」
首を傾げた。確かに貴族として認められるなら、それに相応しいものがいなければならないと、思ってはいるのだが。
「でもだったら。いるじゃん。サンタクルスさんが」
「それが……わしは無理なのですぞ……」
「どうしてさ」
そんなことを言えてしまうのが、尚更疑問だ。言い切れてしまうのが疑問だった。
「武が足りぬのです。お嬢様の従者としては明らかに、武が足りない」
「勇気はある、良い従者なのです。彼は。ですが……はっきり言って仕舞えば、強くなく」
「そこまで言うんだ」
「わしが一番よく分かっていますゆえに……」
それはないと思った。サンタクルス。彼はとっても優秀な従者だと思う。従者なんてよくわからないけれど、従うものだったら。彼ほど最適な選択肢はないと思う。
職業ではない、事情があるかもしれないけれど。立派だ。
「それに……わしはもうこの老体ですからな」
自嘲するように、サンタクルスは言った。目の前の相手の白い髭、髪。確かにおじいさんだ。
「老体に鞭を打っても、どうしてもあの学府でやっていける自信がありませぬのじゃ」
心底がっかりした様子で、サンタクルスは押し黙った。
「若い従者はいませんか?」
エリーが小さく言った。憤りの感情を込めてだったと思う。
「そう言った。学園に最初に謁見した時。私はそう言われたのです。あの時私は腹が立って、腹が立って仕方なく……」
──いますわ!! バカにしないでくださいませ!
「なんて……全力でぶち上げてしまったのです。本当はそう言った人物はいないというのに」
エリーはそう言って、無念そうに目を閉じた。思いっきりぶち上げてしまったと言った。確かに、これは全力の啖呵だ。明らかに侮った相手に対する、全力の叫びだった。
けれどこれは仕方ないと思った。彼女の性格からして、自分を馬鹿にされると嫌だ、一言言いたくなる……という感じである。そんな彼女が一瞬でも侮られたら。
こうなるのは自明の理だったと思う。だって俺も嫌だと思ったもん、これ。
「……このままだと私は嘘つきになってしまうのです」
消え入りそうな声で、エリーはそう言った。
「だからこそ、あなた様に従者なってもらいたいのです」
本題だったのだろう。そう言い放った。
さっきまでとは違う、ぼそぼそとした話し言葉。吹けば消えてしまいそうな、そんな雰囲気がそこにあった。おそらくそれほど、追い詰められているのだろう。
その一方で特に何もない俺。何も考えてないままこの都市へと行って、何も持たずにいた俺。冒険者だったし、何ができるかさえ知らない俺。だとしたら……俺の答えは、決まっていたと思う。
「……貴方様しか知り合った方がおりませんのです。それ以外の方と話すのは、いまさら……。それに……」
「良いよ」
エリーの言葉に、即答することだった。
「特に何もなかったんだ。知り合いもいない、仕事もおそらくない。だったら、差し伸べられたものは素直に受け取らなきゃな」
「本当ですかっ!!」
嬉しそうな表情で、エリーは言った。全てから解放されたような、そんな表情で。
「嬉しいですわ、私はあなたの行為を忘れはしないでしょう! えぇ、きっと!」
「そこまで言われることかな」
身を乗り出すような感じで、喜びを表現する。そこまでされないといけないのか? そう思ったりするけれど。エリーが嬉しいのであれば、まあ良いかなと思う。
俺の感情など、そこまで知ったこっちゃないと思うし。
「改めて言いますわ。今からあなたは私の従者であり、私はあなたのご主人」
「ご主人、それに従者」
その言葉を思い切り反芻する。
「えぇ、ですが私のことはエリーと。エリーと呼ぶと良いですわ! お嬢様と呼ぶのはサンタクルスのみ、なのです!」
「エリーって呼べば良いのか?」
「えぇ、しっかりと!」
サマ付けじゃなくて良いのか、と思ったけれど。本人がいいなら良いと思った。
「……それでは改めて。何にも知らないけれど……」
そう言って俺は言葉を切る。
「従者として頑張る。よろしくな、エリー」
「えぇ!」
そう言って彼女は、満面の笑みで笑うのだった。
「そういえば……この後はどうするべきだ? 学校は? よく分からないんだよな、学校」
そう言った後で、俺はエリーに問いかける。引き受けたけれど、よく分かっていない。
「一応ながら、入学する権利はもらえました」
エリーはそう答える。
「ですが、その権利を行使するのは早くて二日後ですので……。一旦寝て、出直さないといけないのです。馬車に戻らなければ……」
「……馬車で寝泊まりするのか」
ロンゴディートで良いだろうと思うが、エリーにとっては、大事なことなのだろう。
「宿……いえでも私たちは……」
「そうですなあ、わしらはえーと……」
エリーとサンタクルス。二人は互いにチラチラと見て、ため息をつく。一体どうしたことだろう。事情が、いろいろあるのだろうか。サンタクルスに関しては、あった気がするけれど。
「俺もお金がなくてだなあ……追い出された時に、いろいろ貰ったけれど……」
そう言いつつ自らのバッグに手をかけようとすれば。
──じゃらん。
大きく音が鳴った。金属の音。それに手をかけると。割と大きめの、袋。
「オフェリアのだ」
彼女から貰った、割とずっしりした袋。一人で開けろと、口うるさく言われたもの。
「……一人じゃないけど良いか」
心の中でオフェリアに謝りながら開けると……。
「……マジかー……」
「これは……!!」
エリーもはっきりと驚愕し、息を呑む。流石の俺だって、そう小さく呟くしかなかった。
「……大量の……金貨……」
金貨。大金だった。見ればわかる。数日どころか数年。しばらく遊んで暮らせるレベルのものだ。どうやって詰めたんだ、入れたんだ。そう言いたくなるレベルで、大量に入れられた金貨。きっと力を込めて。ギッチギチに詰めたんだろうな。そう思った。
そう決めたら、言葉は一つだ。
「この場所で一班の宿……探すか」
「ええ!」
とりあえず高級な宿へ行こう。そう思うのだった。
エリウッドからは武器を保証され
トットからは新たな武器をもらい
メルティーは万能な鳥を受け取って。
オフェリアは今まで溜め込んだ大量の金貨を与えて追放しました。
プッチのことしか考えてないな!!
こいつら!!