盗賊に襲われてたのはきっとたぶん
遅れました。
「いきなりなんですのあなた方は!?」
馬車の中で思い切り叫ぶ。甲高い声で苛立ったような声を上げる。
短く切り揃えられた金色の髪が乱れるように揺れる。顔に軽く触れたりするがそれを気にする余裕などない。
何故なら発砲されたからだ。馬車を狙って、銃弾を放たれたのだ。当たりはしなかったが、その音と襲いかかった銃弾だけで十分恐怖を煽る。
「悪く思うなよ。俺たちは金が欲しいんだ」
男が下卑た笑みを浮かべながら言った。まだもうもうと煙の出ている銃を突きつけながら、馬車へ向かって話す。
彼らは盗賊だった。金持ちから奪っていく…それを仕事にする連中。
黒塗りで豪華な馬車が偶然に通りかかったから、ターゲットにしただけにすぎなかった。
「こんな豪華な馬車なんだ。少しくらいもらってもバチ当たらないと思ったからよ」
「へへへへ……金さえ貰えればそれでいいのさ」
数人がニヤニヤしながらそう言った。
「私が……」
馬車の外では、男が盗賊達と対峙していた。直立不動状態で、相手を睨みつけている。
ただ、今回に関しては相手が悪い。完全に白髪でその姿は老人。武器も持っておらず丸腰。
「わしがお嬢様を身を挺して護らなければ……」
「そんなこと言っている場合ではありませんわ!!」
「しかし、これはわしの役目じゃあ……!」
「あーもう!」
男性を控えさせなければならないと思った。しかし頑固なこの老人はその言葉に耳を貸さない。
今日ほど自分の運命を呪った日はなかったと思った。
「まだ金出さないみたいだ」
「もう一発打てば、その気になるかね……ヘヘヘ」
盗賊達が弾をこめる。絶体絶命。そんな状況がやってくる。
「(誰か……!)」
あまりにも危険な状態の中で、馬車の中で祈るように目を閉じる。
「(誰でもいい、誰でもいいから……助けて……!)」
奇跡を待つしかなかった。それを諦めきれないのは、一縷でもそれがある可能性を信じたいから。
そしてそれは、諦めきれないものに、必ず届くのである。
「あ、な……なんだぁ!?」
「いだだだだ!」
「……えっ!? いったい何が……?!」
馬車の中にいたから。盗賊達の狼狽する声と痛みに叫ぶ声。この二つで気づいた。
目を開ける。目を開けて……外を見る。
そこには。
「……鳥……?!」
そう。やけに大きな鳥と……目があったのである。
「よーしスリマバード、戻れー」
俺の言葉を聞いて、スリマバードが肩に乗る。何事もなかったかのように、肩で羽を休めている。
流石鳥だ。俺が走っていくずっと前に馬車の方へと飛び去っていた。そして一撃を食らわせたようだ。とても役に立つどころか、割と必要不可欠である。
「それで……お前たち」
声を上げる。相手はスリマバードの一撃によって、軽くダメージが入っている。振り向くことはなかなか難しいだろう。それでも続ける。
「金持ち一人を相手に寄ってたかって襲撃しようとは。感心しないな?」
銃声が聞こえた。だから分かる。奴らがあの馬車へと襲いかかっていたということ。また、銃を突きつけたことも。
「それに見たところ、普通の銃だな。どうやって手に入れたかは分からないが……。一歩間違えたらヤバいぞ」
普通の銃。そのヤバさを俺はそれを知っている。
この世界において普通の金属器は、火力が高すぎて下手したら人殺しの道具になる。それは俺でも知ってる至極当然のこと。そういった道具は簡単に使用できるが自分で力を調節することがほぼ不可能に近く、安定性という点で魔法にははるかに及ばない。
「昔使わされたんだよ、それでとんでもない威力が出た。簡単に使えるもんじゃねえ」
「な……何を言ってやがる。盗賊に説教かぁ?」
男が俺に問いかけた。銃は突きつけたまま。今からでも、その引き金を引いてしまいそうな感じだ。
これはヤバい、はっきり言ってそう思った。
「いいや、説教じゃねえ。説教してもわからないだろ。アンタらには」
俺は真剣な口調でしっかりと一言一句聞かせるようにして、こう答えた。こういう相手には……説教じゃ無理だろと。誰かが言ってた。それははっきり言ってわかってしまうから……。
「……だからこれは事実で警告だ。実力行使にでる」
そういうと、俺は何かを背中から取り出した。
これは弓だ。白い木でできた短弓。ナイフとか剣とか、そういうのもよく使うが……。俺にとってはこれが一番馴染む奴。
そしてこれに……今拾った小さな石をセットする。指でそれにしっかり触れながら……。誰にも気づかれないほどの速さで……!!
ヒュッ!
ジュッ!
「っだぁ!? あっずぁ!!」
男が銃を手から離した。落とした銃なんかに目もくれず、手を押さえる。
「ってぇ……! そしてあちぃ……一体何をした!?」
「石だよ。ただ石を射出した」
「石……!? 」
「ただの石じゃねえけどな。燃える石を放ったんだよ。魔術を使ったんだ」
この弓矢と魔術という名のトリック。子供の頃から使えたそれを、俺はずっと使い続けている。それはオフェリアやメルティーからしても、びっくりするものだと聞いた。
ただ、誰に聞いても正式名称はわからない。だから魔術と勝手に呼んでいる。
「ぶつけられてわかっただろ。熱いってことは……。即ち……火のついた石をお前の体に直接ぶちこんだことになる。ただの銃弾撃ち込むよりも、こっちの方が効くってわけだ」
「まだ……まだ当たったところが熱い……!! ぐうああああ!!」
銃を落とした男は痛みと熱さにのたうち回る。赤熱の塊を直接ぶち当てた。やけどじゃすまない。
「てめぇ!!」
「動かない方がいい。動いたら死ぬからな」
一人の怒号とともに、周りの仲間が一斉に俺に銃を突きつける。しかし俺は告げた。
「次打つのは石だけじゃ済まさない。火矢を放つ」
「は……?」
「脅しじゃないぞ。火矢が触れればお前達もただじゃ済まない」
「まさか……燃えちまうのか?」
「どうだろうな……」
どうだろうなと言いつつも。俺には答えが見えていた。草原、よく燃えるものがある。そこに炎を投げ込む。
どうなるかなど、一目瞭然。
「どうなるか予想はつくが。試したければ撃ってみるといいさ。ただし。相当なもんを賭ける必要はあるけどな」
沈黙。奴らは顔を見合わせる。そして。
「ちぃ……ずらかるぞてめえら!! 捕まったらパーだ!」
「おう!!」
彼らは銃を下ろし、踵を返して、走り出した。銃を落として蹲っていた男もかかえて、スタコラサッサ、逃げ出す。
「ちゃんと冷水で冷やすんだぞー!」
去り行く彼らに、アドバイスを送った。そう、対処法は簡単だ。ちゃんと理解できれば、すぐ対処できる。
熱いのなら冷ませばいいのだから。
「というわけで、盗賊は去ったぞ。大丈夫だ」
止まり続けていた馬車へと近づき、俺は声をかける。当然武器などは持たず。
「助けてくださったのですか!」
俺に真っ先に話しかけてきたのは、白髪のお爺さんだった。おそらく、この馬車に乗ってきた人だろう。武器とかは何も持ってないし、おそらくあの盗賊達に囲まれて、何も出来ずにいたのだ。
あのままの状態でいたら何が起きていたかわからない。
「感謝の極みでありますぞ……何があってもおかしくなかった!」
「大丈夫さ。見捨てたら寝覚が悪かったと思うし」
その言葉は本当だった。だってそうだ。夢に出そうな光景になる前に止められてよかったのだ。
「今日のため、明日のためにやるのさ。今の俺は一人だし、それしかないから気楽なもんさ」
そう言って言葉を切った俺は、彼らに背を向けて、軽く手を上げる。助けただけで十分だ。あとはもう平気だろう。
「それじゃあな。今度は襲われないようにしなよ」
「待ってくだされ! 貴方にはお礼を……!」
「……あれー?」
縋りつかれた。去り行く俺の目の前へと一瞬でワープするかのような速さで回り込んできたのだ。弱々しいのは演技だったのか? と言わんばかり。
「……いやー、結果的に助かっただけだから、何もいらないからさ……」
「それでも! 助けてくださったことに変わりはありません! 御礼をしたいのですが……!」
「お礼は要らないさ。だから俺はこの辺で」
「せめてお礼の品だけでも! 受け取ってもらわねば私の立場がありませぬ……!」
「ちょっと待って、そこまでかな?? そこまでされること? どれだけ腰が低いんだ」
ご老人が全力ですがりついてくる。貴族の馬車なのだから、普通ただ通りがかって助けただけの奴に、そこまで執着する必要はないはずだろう。困惑しかない。
「わかった。礼の言葉は受け取るから。次からはもっと相応しい奴に声をかけてやれよ、な?」
埒があかない。強引に振り解くわけもいかないので、とりあえず彼の礼だけは受けようとした瞬間……。
「あら、その礼でしたら私も……伝えたいものですのに」
声が聞こえた。可憐な女性の声だ。
「お嬢様……!」
「その行動、分かりますわよ。サンタクルス。しかし今は慎みますように。高貴ではありませんわ」
「申し訳ございません!」
「ふぅ。……さて、貴方が私を助けてくれた方ですわね。お付きのものが失礼致しましたわ」
サンタクルスと呼ばれたご老人は、すぐに声の主の方へと下がった。すぐにふりむく。
「あの都に御用があるのでしょう。私もそうなのですわ」
すると、そこには。
「えぇ。ここで会ったのも縁というもの。一緒に街へいきましょうか。お礼は、きちんとしなければなりませぬもの。ふふっ」
綺麗な金の髪を整え……まさに可憐な一輪の花のように笑う、一人の少女がいたのだった。
ようやく貴族の子と出会いました。
ただ彼女も……かもしれない。
余談ですが魔術と魔法は違います。
魔法は分かりやすく、魔術は分からないのです。
今はこれだけ覚えていてください。
ちなみにオフェリアとメルティーは魔術を使えません。
逆にプッチは魔法が使えません。