新しい場所はかなりスペシャル
新しい場所への旅立ちは誰であっても嬉しいものだと思います。
町の外へ出て、駅へとやってきた。小さな町のすぐ近くにあるこの駅は、冒険者がよく使う。
使うからこそ大事にされてきたのだろう。屋根と椅子と柱しか立っていないものの、それら全てはボロボロになっておらず、綺麗さを保っている。
柱の近くで椅子に座って待っているだけで馬車が止まってくれるというのだ。特殊なものなど何もない、ただ待っていれば来るという便利さ。その便利さに、いろいろな人間が助けられている。
俺も今はその一人だ。特に何もせず、ただ一人椅子に座って待っていた。話す相手は誰もいない。周りにも誰もいない。町の中は朝と夜の区別もつかない冒険者でたくさんだが、彼らは外に出ないようだ。当然か。朝早くから依頼を受けて冒険しに行く命知らずはいないだろう。暗いし体も頭も働かない。そんな状態では動きたくない。
今の俺は冒険者じゃないからな。
俺は新しい場所を目指す放浪者だ。だから朝からこうやって、人目につかなくとも動く必要がある。あの町にはもう戻るつもりもない。
あるだけの荷物を椅子に置いていた。と言っても、服や武器、それぐらい。生活に必要なものしか持たない。楽しみがない奴だと、エリウッドに言われていたことを思い出す。
確かに俺はそうだった。エリウッドやトットさん、オフェリアにメルティー。彼らといっしょにすごして、行動するのが全てだったと思う。それがなくなった今、持つ荷物が軽くなったのは否めない。
「何もないのは当然だよな」
「キィ?」
肩に乗せたスリマバードを撫でながら、俺はつぶやいた。基本的に自分のものが何もなかった俺に、今あるのはこいつしかない。
あるだけマシか、とも思った。追放を受けるというのはそういうことなんだと。町の中で出会った追放を受けた奴も……一瞬で全てを失って辛かったと思う。それは自業自得だったり、因果応報だったりすることもあるだろうが。
「……アレだな」
遠目に馬が引く荷車が見えた。意外と速い速度で、こちらへと迫ってくる。
馬車がやってくる。これから俺を運んでいく馬車が。
「行くぞスリマバード。俺たちこれからが始まるんだ」
「キィーッ」
肩に乗っている鳥を指で撫でて椅子から立ち上がり、馬車を待った。その馬車が到着するのは、数分後のこと。
「これは地区横断の馬車だよ。一番大きな都市まで一直線。他の馬車より速く走っていくのさ。乗っていくかい?」
運転手は女性だった。彼女曰く、他の馬車よりも速く走るらしい。世話になろう。
「乗せて欲しい。新しい場所へ行こうと思って」
「よしきた! 後悔はさせないよ」
いつもの調子で答える。運転手の女性は、嬉しそうな笑顔で答えた。
そう、新しい場所へ行く。間違っていない。
今まであった全てを失ったから、そのために。なんてことは流石に言わなかったけど。言ったら言ったで、色々複雑な気分にさせてしまう。
それは、なんというか虚しいというか、哀しいというか。そうなるんだったら、言わないほうがいいかなと思った。
「出発するよ。終点ロンゴディートまででいいね?」
「うん。終点まで行こうと思ってて」
「まかされたよ!」
馬車の後ろに乗った。行き先を告げると、すぐに馬車は出発する。
ロンゴディート。この町からずっと西にある、巨大な都市だ。食べ物も道具も娯楽も、色々あると聞いていた。俺は行ったことがない。
「ロンゴディートは良いところだよ」
「そう? 一度も行ったことがないから分からなくて」
「ああ、ワタシはそこに住んでる」
お姉さんがそう告げた。彼女の言葉を聞く。行ったことない場所のことを聞くのは、新鮮だ。当然、ある程度までしか想像できないけど、想像できる範囲だけでも、良いところだろうと分かるから。
「静かだけど賑やかな場所さね。ほんとに色々なものがある。学校とか、巨大な市場とかさ。おっきな都市だからね」
「賑やかか……」
「そう、賑やか。そういうのは嫌いかい?」
「嫌いというか……」
押し黙った。正直言ってしまえば、よくわからないが正しいところだ。少なくとも賑やかというものに、ずっと触れてはいない気がする。だから黙るしかなかった。答えることができないから。
「別に構わないさ。ワタシは客の機嫌を損ねることはしない」
「……なんか、ごめん」
「謝ることじゃないさね」
俺は謝るしかなかった。お姉さんはそう言っていたけれど、それでも、個人的感情を考えれば、自然とそうなってしまう。
「だけど、聞いてる限りだと良い場所だと思ったよ。新しい生活を始めるには……きっと」
「ははっ、新しい生活には良い場所さ、それは保証するさ!」
そう言ってお姉さんは笑った。嬉しそうな声を上げる。自分の住んでいるところ、自分の居場所が本当に好きなのだろう。
「できることならワタシが案内してやりたかったな。何年も住んでるんだ。隅々まで案内できる」
そんな言葉を、お姉さんは言った。
「そうだな……また会ったら頼みたい気がする」
「よし、決まりだ! 広い街さ、会うことはなさそうだけど! もし会ったら! ……ってやべっ」
「うわ……っ!」
俺がその言葉に頷くと、お姉さんはパチンと指を鳴らしつつ叫んだ。
その際鞭まで叩いたのか、走っていた馬が興奮して一気に走り出す。椅子から投げ出されそうだった。耐える。危ない危ない。
「やらかしたぁ……大丈夫? 怪我はないかい?」
「怪我はないよ。危ないところだったけど」
ギリギリ投げ出されなかった。何かにぶつかることもなく。無事を保つ。スリマバードも、落ちることなく無事だった。
「すまなかったねぇ。これから丁寧に走るよ」
そういうお姉さんは、丁寧に馬を宥めて鎮めながら、前を見据える。
目の前には道が広がっている。その道をこれから馬車は進む。それに運ばれて、俺も進んでいくのだ。
朝早いからか、太陽が照っている。その太陽は割と暖かく、体を温めてくれていた。
「ここから長い道のりさ。話す内容がないようだったら寝ても構わないよ? 朝早いしさ」
「そうだな……確かに少し眠いかも」
「寝な寝な。安心するといいさ。ワタシが運転する危険なんてないよ」
それにもう無茶はしないさ……とお姉さんは言った。その言葉は自信満々に映って、頼もしく見えた。
その頼もしさに甘えると同時に、ゆっくりとまぶたが降りようとする。
「なら寝ようかな……目的地に着いたら起こしてくれると……」
「当然さね!」
お姉さんがそう言い放つのと同時に、俺は目を閉じた。長い道のりになるとお姉さんが言っていた。その道が、誰にも襲われず、トラブルも起きずな……。いい道になることを祈りながら。
「よーし、着いたよ! 起きな!」
しばらく目を閉じて休んでいた中に、お姉さんの声が聞こえた。その景気の良い声に、意識が覚醒させられる。
目覚めは良かった。鶏の甲高い声に起こされるより、だいぶ良い。アレは耳に嫌な形で残る。べっとり染み付いて離れない。だからこそ寝覚めにちょうど良いのかもしれないけど。
「起きたね? ちゃんと目覚めな、きっとびっくりするよ」
「目覚めてるよ」
俺はお姉さんのその言葉に頷いた。嬉しそうな表情を見せると、彼女は馬車を止めた。
「よろしい。それじゃいくよ、ここがロンゴディートだね!」
そして目の前を指さして、そう告げる。
目の前に広がる光景。それに俺は。
「わ……っ……!」
目を奪われた。おもわず声を上げた。
それは巨大な塔や建物が立ち並び、多くの人が行き交う世界。石でできているであろうそれは、あまりにも豪華で、豪勢で。
どれもこれも、初めて見るものだった。これほど賑やかな場所は、今まで見たどこにもないと思うのだ。
「ここで毎日過ごすのは、本当に豪華では?」
「そうさ。だから好きなんだよ。ワタシ」
ふふんと嬉しそうにお姉さんは笑った。その言葉を本気で正しく思う。初めて見た俺も、すでに心を奪われているのだ。昨日までの町と違いすぎる景色。これから毎日過ごすと言うだけで……びっくりする。
「そんじゃ、お金を払ってもらうかね。旅代と言うことでさ」
「あぁ。今お金を出すよ」
お姉さんにそう言われると、俺は馬車から降りる。
そして服から何かを取り出す。革製の銭入れだ。割と便利だから気に入っている。ジャラジャラと音を立てているそれから、何枚か小銭を取り出してお姉さんに渡した。
「ありがとね!ロンゴディートにようこそ。歓迎するよ! そんじゃ、ワタシは戻るさ。また会えたら会おうか! その時は案内するさ!」
お姉さんは嬉しそうに告げた。その言葉を最後に、馬車はゆっくりと走り去る。それを見送りながら、俺は心の中でつぶやいた。
「(……そうだ。また会えたときに)」
そう、また会えたときに。また会えたら嬉しいと言う、感情を残しながら……俺はゆっくりと歩き出す。
「(そういえば……)」
一瞬頭をよぎったのは、仲間たちのこと。そして餞別のこと。
「(トットさんからもらったカタナ。メルティーからもらったスリマバード。そしてオフェリアからもらった……)」
自分一人になったら開けるように、と言われていた袋を思い出した。
オフェリアに関係するものかもしれない。それが結局何なのかはまだ分からない。彼女は確か宗教の信徒だったと思うから、お守りだろうか。
まあ良いか。今はそこまで関係なさそうだし。
それよりも今は、もっと楽しみなことがある。あの新しい場所へと早く行きたい。自分のことを確認するのがもっと先でいい。
だから俺は、一歩踏み出して。歩き出そうとした。その瞬間だった。
ダァン!
「ッ!?」
近くで、何かが銃撃される音が響いたのは。
すぐに、音のした方向へと目を向け、走り出す。
もっと豪華で、煌びやかな馬車が一台。襲撃を受けていた。
プッチが割と無礼と言うか敬語使わないな?
と思った人。
はい。あなたはとっても鋭いです。