新しい場所へ行くけど復讐に呼ばれてなかなか進まない
頑張ります。いろいろ頑張ります。
誰かが走る。どこともつかない場所を、ひたすらに走る。それがどこなのか、どこに辿り着くのか。何一つわからない。
『……っはぁ、はぁっ……お主だけでも……お主だけでもッ』
多分、抱えられていた。息も絶え絶えになっている、誰かの姿がを感じる。おそらく、体力も限界なのだろう。それでも、進まないといけないと言う。それが足を進ませる。
『……追われておる。追手は大多数。もはやこれまでじゃろう……ワシはどうなってもいい……ワシは……長く生きすぎた。長い人生の中で、色々なものを……』
独白。後悔するような声。その最中に、後ろから聞こえる足音。それに反応する。
そして立ち止まった。抱き抱えていたものの両手が、下へと下へと動いていく。
目線は、下へ。降ろされている。自分を抱き抱えたものは、自らの手による束縛を解いた。
『じゃが! ワシが死んでも……お主だけは必ず逃がさねばならぬのだ!ワシの命尽きても……!お主だけは……!』
ガサッ。と何かが当たった気がした。それがなんなのか。わからないけど……。おそらく、これは……自由になったんだ。
『お主! 逃げよ! ワシを置いて!』
ぎゃあぎゃあとした声が、一喝にかき消される。
『良いか!』
声が、聞こえる。
『お主はもう何も、強制されることはない!』
『自分のしたいように、自分の生きたいように動くといい!』
『名前も今日より違う名前を名乗るが良い! もはや道具などではない!』
追いつかれただろう。後ろから足音が止まった。
『さあ行け! お主は……お主はもう自由じゃああああっ!!』
そして、声の主はそれを最後に、行動を起こす……。
「……夢か」
そんな夢を見た。
他ならぬ、俺の昔の夢だ。虫食い状態で暗闇だけど、れっきとした俺の夢だ。誰かに追われて、誰かが死んだ。そんな感じの夢であったけど。
「……毎日これを見るんだよな」
毎日であった。違う夢を、見たことがない。それほど脳内に焼き付いている。
昔のことを思い出して考えるつもりはない。考えたってそれは意味ない事ぐらいは知っている。今日明日明後日。それが一番大事な事は知っている。
昨日までは、その日を生きるための大事な仕事ががあった。冒険者としての価値が存在していた。仲間もちゃんといた。
今日からは、違う。冒険者ギルドに所属するパーティのメンバーではなく、別の自分を見つけなければいけないのである。それは大変な行為であるのだが、行わなければいけない。それをしないと俺は生きていけない自信がある。
「……早いうちに行くか」
そういうと俺は体を起こした。準備しよう。色々と。まずはこの宿を出て、出かける準備だ。
きっと、今いる宿にはもう泊まらないだろう。そう思いながら。
「もう出るのかい? 淋しくなるねえ。もう戻ってこないって」
「あぁ、そうだった……。ありがとうです」
「いいってことよぉ、こんな小さな町より大きな場所に出たほうがいいでしょぉ」
「ま、そんな感じで……。それでは。おばあさんもお元気で」
宿のおばあさんと挨拶をして宿を出た。冒険者だった頃、仲間たちと一緒に泊まった場所だ。少なからず思い出がある。冒険者じゃなくなった今、この町を出るのだから、もう行かないのは明白。だからこれは別れの挨拶。
俺がいるこの町は町と言ってはいるが、全てのお金を冒険者に依存している。いや、冒険者のギルドが自主的に運営に携わっているから、本当の町であるかもわからない。冒険者しか行かないし定住ない小さな場所だから、名前も結局分からない。
なぜか馬車は通っている。駅もある。食べ物とか、武器とか道具には困らない。このように宿もある。まあ言ってしまえば、極限まで冒険者に最適化された場所。そう言っていいのかもしれない。
そんな町を、俺はゆっくりと歩く。殆どの人物は人見知りだ。冒険者のネットワークは広いようで、案外狭い。
「もうこんな町とはさらばするんだろうな」
冒険者でない俺だ。いる必要はないだろうと思った。
キキィーーッ!!
ふと、俺の背後から何かが聞こえた。甲高い悲鳴にもよく似たそれを発した何かは、ぴたりと俺の肩に止まる。
赤色の鳥。フクロウによく似たそれは……
「お前は……あぁ」
思い出した。名前を呼ぶ。
「そうだったな。お前を餞別でもらったんだよな、なぜか……スリマバード」
「キキィッ」
名前を呼ばれると嬉しそうな声で鳴いた。
スリマバードはかつての仲間、メルティーから餞別としていただいたものだ。彼女はよく鳥を飼っていた。何匹いたかは思い出せないけど。スリマバードの言葉の意味は知らない。聞いた事はあるけど教えてくれなかった。
『あ、えーとこれは……いいや! アンタは知らなくていいの! 大した意味じゃないから、ホントよ!』
そんな言葉ではぐらかされた。彼女が言ってるならそうなのだろうか。あの時は納得していた。
今聞く術はないかもしれないから、聞けばよかったと思うが。
そんな鳥を肩に乗せつつ、俺は歩く。まだ朝早い時間であるが、冒険者はそんなの関係ねえ! と言わんばかりに日々を過ごす。彼らは眠らないし、休まない。それに釣られて他の職業……食事を提供する者、武器や道具を提供するものなども皆。あまり眠らないのだ。
だから人と出会う事はよくあって。
「聞いた? このプッチって人……パーティを追放されたらしいのよ」
「びっくりしたわよ。あのエリウッド様のパーティでしょう。みんな仲良かったわよね……」
「何かあったのかしら……悲しいわあ、ゴタゴタなんて。推しだったのに」
俺をエリウッドたちを心配する声や、
「オイ、あいつ追い出されたってよ!」
「どんな酷いことやらかしたんだろうな! ギャハハハハ!」
「こんなガキなんかより俺の方が上手くやれるってのによぉ!」
追放された俺を罵倒する声。さらにはエリウッドたちのパーティに取り入ろうとする命知らずの声までバッチリ聞こえる。
当然スルーをする。聞き流す。心配してくれるのは嬉しいし、罵倒するのも勝手だ。追い出されたのは事実として存在するから、何言っても、変えられないのは事実なのである。
パーティにいた事実は過去。今のために生きるのだ。
「兄ちゃん!」
目的地は馬車を走らせる駅。町を出るほぼ唯一の手段であるそこへと行く前に……声が聞こえた。振り向くと、一人の少年。
「……君は」
そういえば、と思い返す。エリウッドたちに憧れていた男の子だ。近くで両親がサンドの露店を経営している。その手伝いをしているのを、よく見ている。
「兄ちゃん……出てくのかよ」
「……あぁ。もう冒険者じゃないからな」
「なんでだよ! なんでエリウッド様の場所から兄ちゃん……!」
男の子は、泣きそうな表情をして叫んだ。辛いだろうな。憧れのパーティがメンバーをいきなり追い出したのだから。俺は受け入れて前に進んだけど、それを受け入れられない人間がいるのは、分かる。子供だったら尚更。
「仲良かったじゃんか。みんな。オレのパパやママ、オレにだってみんな優しくしてくれた。憧れ、だったんだ。すっごい冒険者だって、みんな言ってたじゃんか!」
「………」
黙るしかできなかった。
「……だからオレ、言ってくるよ」
「……ん、なにをなんだ? 何をいうって?」
「決まってる!」
そう叫ぶと、男の子は走り出した。
「エリウッド様に言ってくるんだ! 兄ちゃんを追い出すなって! だってエリウッド様たちだ! きっと分かってくれるはずなんだ!」
「ま……待って!?」
そう叫んだ。まずい、本気の表情をしている。彼は本気で、俺を戻すように言ってくるそうだ。それはまずい。
一旦相手を追放した人間が、1日経って懇願を受けたからと言って、はいそうですかと元の鞘に戻してくれるわけがないのだ。でも彼は子供だから、それが世の摂理なのがわからないのだ。追い出された行動を再現するだけになる。それは俺にとってもあの男の子にとっても。エリウッドたちにとっても。悪いことになりかねない。
まずい。本当にまずい。このままだとあの子が……深い深い傷を負うことになってしまう。それだけは止めなければ。これからの生活に深い影を落としかねないような、そんなことには流石にしたくない。
「ちゃんとした事情がある……はず! そんな簡単に追放するもんじゃないんだ……!」
「だからそれを、オレは聞きたいんだよ……うわあっ!?」
後ろを振り向いて叫んだから。男の子は何かにぶつかって倒れてしまう。
「いってて……」
「大丈夫か? 急に走ったら……」
男の子に駆け寄って、すぐに立ち上がらせる。
「……いきなりぶつかってきやがって」
男の子がぶつかった何かが、唸るような声を出した。見下ろしながら、そういうは髪をボサボサにした大男。
「ガキでも俺は容赦しねえよ……おっと、お前は……」
男は俺の方を見て、小さく呟くように言った。
彼は同じ冒険者だった……と思っている。名前は分からないが、何度か目を合わせたからそう。この町に住むものは冒険者でしかあり得ない。
「兄ちゃんと一緒だ。追放されたんだよ、アイツも」
男の子がそう言ってくれた。
「兄ちゃんとは全然違うんだけどな! 報酬の武器を勝手に奪って換金して、ギャンブルに使い果たした。それを数回繰り返して追い出されたのさ!」
「そうだったな! 思い出してもムカつくぜぇ!」
男はしっかりと肯定してみせた。
ただの自業自得じゃないか。自分から追放されにいってどうするんだと思った。それは罪だろう。誰も許しちゃくれない。
「アイツらは宿に入って早々、俺を殴って追い出しやがった。恩が足りねえ、俺のおかげでおっきくなったんだよ、アイツらは!」
「なにが俺のせいでおっきくなっただ! 誰もてめぇのことを知らないんだよ! 追い出したパーティはてめぇから離れて、ちゃんとやってるさ! クビにするまでは、ずっと金欠で、誰かさんのおかげでいい武器もなかったんだ!」
「舐めてんじゃねえ、ガキッ!」
「ただのガキに舐められてるようじゃ、冒険者の名折れだろ!」
男の子と、追放された男。二人は口喧嘩。その勝敗は、誰の目に見ても明らかだろうと思った。
彼は年端も行かない男の子に、ボコボコにされているのだから。しかも口で。
「まぁそれはいい、それはいいんだ……用があるのは、オメエだよオメエ」
「俺は何もないが」
男が口喧嘩をやめて、俺の方を向いた。興味ないという素振りを見せたが、男は無視して話し出す。
「オメエ……追放されたんだってなあ。知ってるぜ、あいつらだろう? アイツらも薄情だなぁ」
「短く話してくれ。耳から抜ける」
「薄情な連中に捨てられたオメエさんに朗報だって言ってんだよ。……復讐したくねえか?」
男の口から、そんな話が出た。
追放に対する復讐。それが存在するのは知っている。
正当な追放もあれば、不当な追放もある。それに対して大なり小なり、怒りを覚えるのは当然のこと。見返してやりたい、追い出した相手よりさらに上に上がりたいという感情ならまだしも。その上で相手をメチャクチャにしてやりたい、殺してやりたいという気持ちまで芽生える事もある。
それに報いる行動として、復讐というものがある。その行動は大小様々だけど、どれもこれも陰惨なものだと聞いている。復讐心からの行動だから当然だ。ドロドロした気持ちで行なったものは、ドロドロになるだけだ。
「俺は興味無い。他をあたるんだ」
俺はそんなことするつもりなかった。即答。すぐに断った。復讐心というのは持っていない。
だが、男は引き下がる。
「興味無いって本当に興味ねえのかよォ」
「無い。ちゃんとした理由があるだろうしな」
「そうかよォ……なんて思うと思ったか?」
男は暗い目で俺を見ながら、さらに言葉を発する。
「お前……あのエリウッドの仲間だったんだよなァ」
「そうだ」
「『薔薇の大木』エリウッド。『処女神の弟子』オフェリア。『凶刃』トットに……『悪魔』メルティー。お前を追い出したのは……あの連中だな。なあ、『五人目』」
「……その名で呼ぶか」
五人目。それは俺の通称だった。4人でもなんとかなる、とんでもない強さの連中。それに付属するおまけ、五人目の存在、と言った意味を持つ。
ネガティブな意味を持つ通称だったが、俺は気に入っていた。五人目ってなんだよ!って……他のみんなは全力で否定したが。
「そう、五人目。お前はおまけの五人目だから追放されたんだろう! かわいそうじゃねえか。そりゃああの四人だ。五人目とか邪魔だってな……」
「エリウッドに聞けばいいさ。そんな理由じゃないことは俺にはわかる」
無意識に苛立っていたのか、突き放すような口調で話してしまう。こういう奴が一番嫌いなのだ。そもそも無能だから追放されたわけじゃないってのは、あの時聞いて知っているが故に。
「俺はいくら馬鹿にされてもいいさ。だがお前の言い分はエリウッドたちを馬鹿にしてるのと一緒だろ」
「馬鹿にしてるんだよ、だったらなんだってんだ?」
「馬鹿にしてるんだったら許さない」
相手を睨みつける。だが、男は怯まない。
「はっ、随分とお仲間さんが大事だったと見える……だが本性はどうかな、アイツらもお前のこと、本当は邪険に思ってたに決まって……」
「……黙れ」
相手が発したその言葉。それと共に、一言。そして、
「っ……兄ちゃん!」
鞘から直刀を出して突きつけていた。我慢ならない言葉を聞いたからだ。男の子が叫んでいたが、止まらなかった。
これはカタナよりも短いが、鋭い武器。トットさんからもらったものだ。こんなに早く使おうとするとは思わなかったけど。
「お前……いい加減にしろ」
低い声で俺は言った。
「エリウッドたちがそう思うわけがない。俺は……その口で……その言葉を聞いていない」
「そうかよ! だが……心の中でどう思ってるかだよなぁ!」
「どう思っていようが、俺はエリウッドたちを信じるさ。ずっとパーティを組んでた。思い出もある」
目の前の相手がどう言おうと、どう告げようと。俺の心は揺るがない。ずっと仲間だった相手を信じる。それが俺の答えだと、叩きつけてやる。
「立ち去れよ。これ以上悪口言うとどうなるか分からないぞ」
「……そんなもん決まってるじゃねえか……復讐に参加してもらう、お前の意思がどうであろうとなぁ!」
しかし男は、再び叫んだ。
「エリウッドやオフェリア……トットにメルティー。アイツらがムカつくんだ、俺たちよりも遥かに持っていきやがる……。テメェが復讐に参加しねぇなら力尽くだ……。テメェがそう思ってるんだったら連れてくりゃ、アイツらは動揺するだろうよ!」
「そこまで……するのか」
「そこまでするさ! せっかくのチャンスだ、使わないわけがねえ! 恐ろしさを教えてやらなきゃなぁ! 殴ったりなぶったり……。そうだ、エリウッドは縛り上げて、目の前で女たちを回すのもいい……! お前にもおこぼれを……」
「ーーーッ……」
瞬間、動いていた。刃を相手の首に突きつける。
動揺の目が、見えた。
「……どうなるか分からないと言ったろ。お望み通りにしてやる」
「やめろよ兄ちゃん! あんな奴殺したって!」
「……あんなこと言ったんだ。殺されたいってことだろ。止めるな」
男の子が、俺を止める。全力でしがみついて止める。だが、その白刃が、相手の首に食い込むまで、あと少し。
「止めないわけがない!だってそれは……!」
それでも、男の子は叫んだ。
「エリウッド様やみんなが悲しむだろ!!」
「……はっ」
その言葉を受けて、俺は武器を持つ手を緩める。食い込ませるまでには行かなかった。思いっきり近づいたけど。
「……テメェ……自分が何をしたか分かってんのか……」
呆然とする男。
クェアアアアアッ!!
「ぐあっ!? なんだ……!?」
何かが男を切りつけた。鋭い爪。その正体が、すぐに分かった。
「スリマバード? まさか……」
「クェーーッ! クェーーッ!」
バタバタと飛びながら、梟のような鳥が相手を威嚇する。
「そうか。飼い主や俺を馬鹿にされたから……」
すぐにスリマバードは、俺の肩に止まる。男は顔を斬られたようだ。血が流れている。
「くそ……やめだやめだ! ずっとお花畑でいるんだな!」
男は捨て台詞を吐いて、一気に立ち去った。
「……どうなるかと思ったよ、兄ちゃん」
男の子がヒヤヒヤした様子で、話しかけてきた。
「止めてくれて嬉しかったさ。止めてくれなかったら、かなりやばいことになってた」
「エリウッド様たちが悲しむと思ったんだ」
少年は続ける。
「だってずっと仲良かったじゃん。ずっと仲良かったのに、いきなりだからさ。追い出した理由なんてわからないけど……聞きたいとは思ってるけど……」
「……そのことだが」
「だけど今はいいや!」
そう言って少年は笑った。
「兄ちゃんが今でもエリウッド様たちのことを思ってるなら、きっと悪い理由じゃないと思ったんだ。知りたい気持ちはあるけど、今は隠しておく」
「……ありがとな。助かる」
「あぁ!」
男の子の頭に手を当てて、優しく撫でた。その言葉が、一番助かっている。
「あ、馬車が駅に来る時間だぞ」
「そうか、もうこんな」
そんな中で男の子が言った。
「ちょっと待ってくれな!」
男の子は角に去る。すぐに何かを持って、戻ってきたけど。
それは紙に包まれた、何かだった。片手で持つには大きすぎるもの。
「ポーク……豚を焼いたものを崩したサンドイッチさ! パパの作り置きだけど、旅の朝飯ってことで持っていけよ! 味は保証するさ! お代もいらない!」
嬉しかった。ご飯はどうしようか考えてなかった故に、これは天の助けといえよう。少年の助けだけど。
「……もらっていく。馬車の中で食べる」
「あぁ、そうしてくれっ」
嬉しそうに二人笑った。そして俺は立ち去る。駅にたどり着いて、馬車に乗る。
こうして新しい場所へと、旅立っていこう。
ただ。この町も……割といいところだったんだなって、思うわけなんだけれど。
プッチの過去については、まだわかりません。
けど結構黒かったりする…?