追放するって言われたけど割とアレでした。
ここから物語がはじまります。
物語の始まり=プッチ追放になりますが…。
ではどうぞ。
「お前をパーティから追放することにした」
小さな部屋。そこでいきなり男が静かに告げた、その言葉が耳に届いた瞬間、俺は完全に硬直した。思考停止とはまさにこのようなこと。想定外の言葉を叩きつけられた時、人は考えるのをやめると言うが、まさにそれだったと思う。
俺……プッチは一応、ギルド所属の冒険者ということになる。色々あったけど、今は冒険者だ。昔の話は、今は考えないようにしている。今の方が大事。それが俺の考え方。今の方を大事に思うからこそ、頑張れる。ちゃんと生きられる。そんな考え方の俺からしたら……。今回その身に起きた事件は、まさに青天の霹靂で、心の底から大ダメージであるわけなのだ。
「全員で決めたことだ。色々と話し合ってな……そういうことになった」
そういうことってなんだよ……と思いながらも、言葉に対する返答を口にすることができない。かける言葉が、思いつかない。
俺の目の前にいるのは4人。その誰もが、男1人に女3人。全員かなりの実力者だ。そんな彼らと俺の距離は、同じ部屋に立っていて、近いけれどかなり遠い。分かるのは、全員で決めたこと、と言う言葉から。皆その考えを共有していること。つまりとりつく島はないということ。
「話は終わりだ。それじゃあな」
「おうそれじゃあな……じゃないっ」
黙っていたら、目の前の相手が話を打ち切ろうとしていた。このままだと本当にとりつく島なく終わってしまう。思いっきり口を挟むことにした。
「ちょっと待ってくれエリウッド……エリウッド・ローズフラワー!」
俺は相手の名を呼んだ。リーダーであるエリウッドの姿を。男である俺から見ても、随分魅力的なガタイを持つ……“ローズフラワー”の名前のごとく薄い桃色の髪を持つ男。周りからも信頼のとっても厚い人物だ。そんなエリウッドが、人を追い出すなどあり得ない。被害者として、話を聞きたかった。
「プッチ。色々言いたいのは分かるけど……」
だが俺の言葉に返したのはエリウッドじゃなかった。3人の女性のうち1人。金色の長い髪の毛。それを指でなぞりながら、俺に言葉を返す。
「……オフェリア」
彼女の名はオフェリア・ロナ。普段はかなり気だるげな感じだけど、優秀な回復役で、敬虔な神の信徒だ。なんでも、どこかの豪商出身者で金持ちだけど、なぜか冒険者をやっているらしい。
そんな彼女が、いつものように気だるげな姿で俺のことを見ながら、淡々と言葉を返す。
「話は終わりって言ったはずよ。不平不満があるのは知ってる。当然だけど。でも残念だけどこれは私達が決めた事」
「そ、そうなのです……」
そんな中でおどおどとした様子で手を挙げた。2人目の女性……トットさんだ。
トット・ヤン・クージョ。俺もよくわからないけど東の国出身らしい彼女は、影のように真っ黒な髪の毛をぼうぼうに伸ばしている。オフェリアの長髪が規律的なら、彼女のそれは無秩序。手入れとかは、オフェリアがやってたような気がする。うん。
そして彼女はカタナという武器もちのサムライだ。東の国から伝わったものらしい。触れたら敵が一瞬で斬れると評判らしいが、とても難しいと聞く。少なくとも俺には、扱えないと思う。
普段おどおどしてても、彼女は強い。
「私たちは……。きちんと……。話をしたのです、あなた抜きなのは、ごめんなさいです。でも……それを言うのは……はい……」
とんでもなくおどおどした様子で、しかし確固たる意思を俺に伝える。
ただ、俺は見逃さなかった。トットさんの目線が、エリウッドたちの姿をチラチラと見つめているのを。オフェリアも、エリウッドも。そしてもう1人の女性も。自分たちの意思を合わせるように、言葉を選んでいるように見えた。みんなで決めた、と言うのは間違ってないと思う。だけれどそこには……よくわからないが、何かあるのだと思わされる。
「私たちは……実力のある冒険者です。でも、もっと上がりたいというか……上がらないといけないというか……あの、その……」
「よーしトットはこれ以上言わなくてもいいからよ!」
「ありがとうございますぅ……」
完全にしどろもどろになっていた。トットさんの言葉は支離滅裂で、彼女の目も、真ん中にぐるぐるが渦巻いていた。エリウッドが言葉を打ち切る。
ほっとしたような感情が、見えた。トットさんだけじゃない。エリウッドにも、オフェリアたちにも。
「なるほど分かったよ。みんながそう言うのか」
俺は口を開いた。感情は、よく分からない。よくわからないけど、少なくとも。目の前の仲間たちに対する激しい怒り? と言うわけではなさそうである。
冒険者だ。追放というものはたくさん見てきた。俺が見てきた追放というのは、もっと暴力的で、中傷的で、残酷で。だからこそ追放された相手も、激しい怒りを持って相手への報復などを叫んだのだ。
ギルドも追放の報告には敏感だ。何回もメンバーを追放、メンバーの入れ替わりをしてきた曰く付きの連中などは、罰金や報酬、武器の没収など色々なペナルティを科すこともある。それほど追放とは、した側にもされた側にも、なんならギルドにも。ダメージが大きいものなのだ。
そんなものを何度も見てきた。だから分かる。追放とは、おっかなくて、恐ろしくて。残酷なものであると。
だからこそ、最初はそう言った感情はあったけど……。少なくとも、激しい怒りを抱く必要はなさそうだと思った。
コレがもっと攻撃的だったらそうかも知れなかったけど。
だが、とにかく現実問題として。追放がなぜかほぼ決まっている状態ならば。
冷静に考えて、聞かなきゃいけないことが、あると思った。
「みんなそう言うなら、決まったことなんだろ。口出す権利はない」
「あぁ。だからこれで話は……」
「だったら教えて欲しいことが一つある。追放される理由を教えてくれ」
「……!」
彼らの表情が変わった気がした。おかしいなと思う。表情が変わる? なぜだと。
なら畳み掛けよう。何かわかるかも知れない。
「そうだ、理由だよ。追放する理由。落ち度とか欠点とか。ほら、よく追放する時ちゃんと色々言ってるだろ」
そう、それが聞きたかった。追放する時、追放する側は追放する側へ向かって理由を言うわけだ。無能だからとか、弱いからとか、職業が雑魚だからとか。よくあるのはそんなやつ。
馬鹿だとは思ってる。でも馬鹿が通じてしまうのが、この世界。少なくとも彼らはそう思ってるってことだし。冒険者も死にたがりじゃない。そいつ1人のために全員が死ぬのが嫌……と言う可能性もあるっちゃあある。
だからこそ、今回もそんな感じであると思ったのだが……。
「……そうだ、ちゃんと理由はある」
エリウッドは静かにそう言う。だが……その目線が、別の方向に向いていることを、俺は気づいた。そしてその目線を受けて……彼らが近づく。
「……本当に……えろと……。……は俺が……べきだが」
「そうね、アンタが……べきよ! できる……でしょ!? この私に……と?!」
「……です……っ、私には絶対……!」
……声だ。声が聞こえる。詳しくは聞き取れない。俺でも分かる。
これは……。めっちゃくちゃ狼狽している声だ。とんでもなく、恐ろしく。虚をつかれて焦っているような、そんな声だ。これは……理由はある。理由はあるのだろうが……うん。何と言うか。
こんな感じで話されたら気の毒になる。
「別に、教えて欲しいだけで強制的にやるつもりはなかったんだが」
そう言うしかなかった。話を切り出す。
「話すつもりはないなら……別に理由は問わないし……」
「キャハハハハ! バッカみたい!!」
そんな中で嘲笑うような声が聞こえれば、今の今ままで、ずっと黙っていたもう1人の少女。赤い髪と顔を振り乱しながら、嬉しそうに笑っている。
「メルティー。ずっと黙ってたけどいきなりだな」
「面白くて黙ってただけなのよ!」
俺は彼女の名を呼んだ。
メルティー・ラヒム・タターリャ。彼女は小さな身なりをしているが、祖国では五指に入るほどの偉大なる魔術師を自称している。自称というけれど、それは嘘ではない。母国では赤い髪という風貌も相待って、“悪魔”と呼称されていたようだ。
その言葉は正しく。本当に悪魔だと思う。小悪魔だけど。
「プッチぃ……。アンタそんなに知りたいんだ? 追放される理由!」
「いやこの状況を見たら……俺はそんなこと言えず……」
「いや! 知りたいはず! そうでしょ絶対そう! だったらぁ……アタシが教えてあげるわ? べ、つ、に。アタシはあいつらと感情は違うしぃ?」
『……!』
その言葉を聞けば、驚いたのはエリウッドたちだった。その姿を知ってや知らずや、メルティーは嬉しそうに言葉を続ける。
「アタシたちがアンタが追放する理由。それは……アンタがアタシたちに比べて! とんでもなく! 絶対的に! 無能だか……」
「そぉい!」
パァン!
「きゃう!!」
メルティーがその言葉を言う前に、エリウッドが口を塞いだ。彼女の頭を、思いっきり叩く。
「バカ! お前……にも…こと……じゃねえ!」
「でもでもだって……そうじゃないと……」
声が聞こえる。エリウッドとメルティーの声だ。
「すまなかったな。とりあえず……無能だからって理由じゃない」
「それは分かってたよ」
だって俺は彼らに一度も無能だの弱いだの言われてないから。だからこそ、それが理由じゃないと言われても信用できた。彼らはいきなり弱いと言う理由で放逐する存在じゃないと知っている。
「ということは、他の理由か? 例えば新しいメンバーが加入する目処が立ったとか……」
「そっ、それもあり得ません!!」
柄にもなく、トットさんが叫んだ。急に叫ぶからみんな驚いたぐらいだ。
「いや、あの……。プッチさんの代わりは……代わりはいないですけど……いないと思ってて、それはずっと変わらないです。でも……えーとその……。ごめんなさい、私には無理ですぅ!」
急に叫んだけれど、すぐにいつものようにおどおどしながら、そんな言葉を言うトットさん。彼女の言葉は、とっても長く、聞き取りづらいけれど。逆にそれが、ある種真実であることを俺に伝えてくれる。
「でも……でも……弱いからとか、いらなくなったからとか……。そんなんじゃないです、そんなんじゃ……!!」
すがりつくかのように鬼気迫る言葉だった。トットさん。のそんな言葉。聞いたことがなかったし、周りもそう。あまりにも沈んでしまっていたから。
だからこそ、俺は……。
「分かったよ。何も聞かない。追放も受け入れる」
「そうかよ」
エリウッドたちに、そう言うしかなかったのだ。追放されることを受け入れた。色々アレだったけどそうするしかなかったわけだ。
「どんな理由があっても、理解するつもりだったけど。理由がなくても、色々見たらな」
目の前の彼らの姿を見れば、なんと言うか。自分が追放されなければ……と。思ってしまった。
「自分の武器は持っていきな。裸で投げ出すつもりはねえ」
エリウッドがそう言う。続けてオフェリアが近づく。
「私達と別れてから開けなさい。必ず!1人になったときに!」
「っ……おう」
オフェリアに何か渡された。渡されたものはかなりずっしりしている。なんだろう。ちょっとした予感がする。
「アタシからも。スリマハード!」
キュワーー!!
そんな中でメルティーが叫べば、部屋の窓を抜けて何かがやってきた。それが肩に乗る。
鳥だ。巨大な赤い鳥。
「……フクロウ?」
「いろいろなものを取ってくれるわ! プッチの色々が困らないように!」
メルティーはそう言い放った後で、さっさとそっぽを向いてしまった。
「あの……その……私はこれぐらいしか、ないですけどぉ……」
トットさんが渡してくれたのはきらりと光るもの。これは……短刀だ。カタナほどの長さではないが、鋭く光っているそれは、モンスターさえすぐ斬れそうだ。
「きっと役に立つはず、です……プッチさんに渡すものじゃない気が、しますけど……」
「そもそも、追放された人がもらうのがおかし……いよな」
大抵は身包み剥がされて、無一文で投げ捨てられるのが多いな……。そう思いながら。
「色々済ました。さっさと行け」
「……分かった。今までありがとう」
その言葉を最後に、俺……プッチは仲間たちから追放を受け、1人去ることになったのであった。
「さて……と。お前ら……生きてるか? いや……生きてるわけ、ねえよな」
「……冗談じゃないわよ」
「……あ、ああ……私……あの、ほんとに私……」
「っぐす……っひぐ……っ」
さて。メンバーを追放した直後の一室。そこには奇妙な光景があった。
それはまるで地獄みたいな光景であり、人が死んだかのような、そんな重苦しい空気でもあった。その場所に、4人がいた。
見た人曰く。
1人はイライラを隠しきれず。
1人は顔面を真っ青にして。
そしてもう1人は感情を隠す事なく泣きじゃくる。
皆が皆、その決断を悲しみ、後悔しているかのように感じられる。
「……やっぱりおかしいわよ」
「……何がだ?」
「やっぱりおかしいって言ってるのよ! このギルドのパーティが成り立つ条件!!」
そして、オフェリアが思いっきり机を叩いた。そのまま怒りで捲し立てる。
「恋愛禁止、結婚禁止、異性に恋の感情を抱くことさえ禁止! 挙句に……恋の感情を抱くまえにその対象を追放せよ! なんなのこの宗教とギルドマスターの色々を詰め込んだようなルール……! 処女神アルテミア様を信仰しているからというつもりなの!? この杖で殴ればいいのかしら!? いいのよね!」
「お前の信仰もアルテミアだっただろ……」
「アルテミア様は恋愛を禁止してないっての!」
金髪の信徒は、リーダーであるエリウッドの言葉も、意味をなさないほどに、怒り狂っていた。
「わ、私……たち……そのルールで、プッチさんを……あ、ああああぁ……」
その傍で絶望的な表情をしてへたり込んでいるトットがいた。腰に背負ったカタナを抜いて、それを見つめている。カタナに映った顔は、真っ青。
「追放された人はみんな恨んでました……もしかしたら、プッチさんも……私たちのこと恨んで、恨んで恨んで……! もしそうなったら、私はプッチさんの目の前でセップクを……」
「死ぬって!? いきなり死ぬってか!?」
「そんな世界で生きていけません……!」
「カタナを取り上げるしかない……ってメルティーはいつまで泣いて……。まあ泣くしかないか」
「ぐす、ひぐ……っ。だって、だってえ……」
トットが死にかけている中。メルティーも顔をしゃくりあげて、ぐすぐすと泣きじゃくっている。
「むのうって言った……プッチの事、むのうって言った! アタシ、そんなこと今の今まで一度も思ってなかったのに、いっちゃったから……うああああああん!!」
メルティーの泣き叫ぶ声は、あまりにもうるさかった。魔術師でさえも、ただの子供と思わされる。
そう、彼ら冒険者パーティは結局……。プッチのことが大好きなメンバーだったのだ。
そんな中で、ルールによって……不本意ながら、切り捨てを行わざるを得なかった。
そうして生まれたのが、この現状だ。
「……よし。決めた」
「は? 何を……?」
そんな中で、エリウッドは立ち上がった。オフェリアが怪訝そうに見つめる中、エリウッドはこう告げた。
「プッチの追放を招いたのがあのルールなら……俺たちがぶっ壊すしかねえだろ。だから……。俺がギルドマスターになる。そして……」
そして彼らは決意する。
「……ギルドの形式を壊す。必ずぶっ壊す! そのために……今はギルドに貢献だ」
はい、メンバーの方が大ダメージでした。
ここからさらにダメージを受けていくことになるんですけどね……(色々な意味で)。
みんな頑張るんだと思います。
よろしくお願いします。