目眩めまわれ振りふられ、MRIで25分、閉所恐怖症の私は自分といかに戦ったか。
私は今、
先の見えない「目眩」と「激しい耳鳴り」という敵と、勝ち目のない戦いを繰り広げております。
耳鳴りはもう30年ほど付き合ってるけど、最近「墜落直前の航空機」なみのキーン音で日常の会話すら聞き取りにくくなってしまいました。
そして……
とにかく目眩が酷い。ただ事じゃない。
というか、目眩が酷くなるにつれて耳鳴りが激化したって方が正しいかな。
まずは二年前に突然起こった「回転グルグル目眩発作」が始まりでありました。
そいつは椅子の上に立って高い棚から皿を取り出そうとしていた時、突然私を襲ったのです。
いきなり上下左右が分からなくなるほど世界が回転しはじめ、富士急ハイランドの360度回転コースター「ええじゃないか」にぶら下げられたようなありさまになってあっという間に椅子から落ちました。落ちたというのは、脳内に響く「ガンッ」という衝撃音と激痛で自覚し、その後10秒ほど気絶。(床はテラコッタタイルです)多分脳細胞がどさっとお亡くなりになられたと思う。
その後も発作は前触れもなく起き、
バスのステップから落ち、家の階段から二回落ち、時にはこぶを作り、時には顔面血まみれになり、目の周りに青タン作って顔中絆創膏、な有り様で友人と飲みに行ったことも。
多分店員さんはDV被害主婦が愚痴を聞いてもらいつつの飲み、だと思ったでしょう。
さすがにこれはいかんと目眩専門の耳鼻科に行きましたよ。
眼振検査とか立位バランス検査とかいろいろ受けて、結果「良性発作性頭位回転眩暈」という診断名いただきました。なんか内耳に小さな石(内耳壁のカルシウム)が剥がれ落ちてそれが刺激となって三半規管が大混乱するとかなんとか。
で、内服薬貰って「内耳から石を出す体操」を教わって毎日していたところ、発作性の目眩は全く起きなくなったのです。
やったこれで解決だ! と思っていたら、それから半年たったあたりから今度は慢性の目眩が始まりました。
いつも足下がふわふわ、視線がぐらぐらして体が揺らめいている。まっすぐ歩けない。
視覚刺激も目眩に繋がるので、たくさんのものが並んでいるスーパー、本屋に入っただけでも視界がぐらぐらし始めるのです。
例えていうなら、自分の体内に、頭から足に向けて長い鎖付きの重りがぶら下がっている感じ。
じっと座っているなら重りは振れない、視線もぐらつかない。
でも、立ち上がり後ろを振り向くと、たちまち頭の動きにつれて重りはぶらーんと揺れ、体ごとそっちの方向に持っていかれるのです。
道を歩く時も、視線を遠くの正面に向けてすり足で歩くなら何とかなる。
でも、脇を子どもがすり抜けたり、横道から自転車が飛び出してきたりギリギリで車とすれ違ったりすると、そっちの方向に視線を動かすだけで重りがその方向に揺れ、体が大袈裟にぐらつくんです。
これが今年四月に入ってから洒落じゃなく酷くなり、ものにつかまりながら室内を移動するしかできず、道に出ると恐怖で体がすくみ、電柱や標識があるごとにしがみつき……
(視線を動かすとグラグラが始まるので交差点でも左右が見られません)
冷や汗をかきながらどうにか進めるのは200メートルぐらいになってしまいました。
まともに買い物にも行けません。
これは発作性目眩じゃない、別の種類の何かだ。脳みそになんか原因があるに違いない!と、
市内の脳外科で目眩もよく見てくれるという病院を見つけ、夫に車で連れて行ってもらいました。
正直バスにも乗れないので車が無かったらたどり着けなかったと思います。
そこで、「どこに原因があるか探るため、頭部のMRI(断面写真)を撮りましょう」と男性の担当医に言われたのです。
ちょっと待って。MRIってトンネル状の装置にすっぽり全身が突っ込まれるあれ?
「あの私、かなりの閉所恐怖症持ちなんですが大丈夫でしょうか」と慌てて尋ねました。
(何しろ4歳のころからの筋金入りの閉所恐怖なのです。幼稚園でもトイレのドアはあけっぱでないと駄目、エレベーターも新幹線も無理。あと映画館と美容院も鬼門)
「ああ、うちのはトンネル式というより機械の左右に隙間が開いてるタイプなので外が見られますよ」とのこと。
そ、そうか、それならなんとかなるだろう。とにかく写真撮らなきゃ診断もできない。
「じゃ、お願いします」
えいと決心して受けることにしました。
はい、これが大間違いでした。
まずはど緊張しつつ、「ボタン、チャック、ホック類の金具のついてる服は全部脱いでからこれを着て」とぺらっぺらの検査着に着替えさせられます。
さて検査室に入ると、完全な閉鎖式ではなく、体がすっぽり入るようにはなってるけど左右に一応隙間が開いてる大きなマシーンが。
じゃあここから外でも見ていよう、と思い、横になったら
「もうちょっとずり上がってここの部分に頭を乗せてください。頭は固定しますので動かせませんよ」
はい?
次に何かがっちりしたもので頭部を固定され、次にドームのようなもので頭部がすっぽり覆われてしまいました。
「それでは25分、頑張ってくださいね。どうしてもだめならこのゴムボールを思い切り握ってください」と丸いボールを握らされる。
あのちょっと、ちょっと待って。
何が横は開いてますだ。何も見えないんですけど? 隙間の意味ないんですけど!
あれあれ身体がドームに入っていく。外の音がいきなり遠くなることで感じる閉塞感。やばい、これやばい。これだめなやつだ!
しかも、25分? 3分だって自信ないぞ!
うわああああ。出して出して出して出して!冷や汗が噴き出る、鼓動が高まる、息が苦しい、あかんこれはあかん。と心の声で叫んでも、もう遅い。
そして、ガンガンガンガン、ギーギーギー、ドンドンドンドンと工事中みたいな音が始まりました。
この騒音から逃れられないという閉塞感でさらに閉所恐怖のレベルが上がる上がる。
さらに驚いたのは、工事中みたいな凄い音で満たされているのに、
耳鳴りのキーン音の方がデカいこと!
なんて耳鳴りだ。私もうこれとも一生付き合うんだ。
どっち悩んだらいい? 耳鳴り、それとも目眩? ていうか、二つとも、ネットで調べた結果「ほぼ治す方法はない」という結論に終わってるというこの絶望感。
とにかく今は閉所恐怖の方が切羽詰まってる。心臓の鼓動が130は超えてきてる。胸が苦しい。背中がたちまち汗でびっしょりになっていく。
握るな、絶対ボールを握るな。ここに何しに来たんだ私は。閉所恐怖歴何年だ、いい加減耐えられる大人になってなきゃ嘘だ!
深呼吸しよう。口から吸って鼻からはいて。あれ、鼻から吸って口から吐くんだっけ?
世界中に今現在いる、虐げられた人や動物のことを考えるんだ。それよりはまだましだと思えるように。下司な方法だけど脳内妄想なんで許してください。
ウクライナ軍につかまったロシア兵、ロシア軍につかまったウクライナ兵、激しい拷問、殺される子どもたち、アウシュビッツのガス室の中の妊婦、中国人に生きたまま焼かれる犬……
だめだ、脳内映像が悲惨すぎて余計気持ち悪い。
明るい方へ、明るい方へ妄想を働かせよう。
病院のお向かいにおいしそうなお寿司やさんがあったな。おわったらご褒美にあれ食べさせてもらおう。マグロの握りのことを考えるんだ!
だめだ、追い詰められた脳が「それどころじゃない」と握りずしを掴んで放り投げた。
えーとえーと、私は人間じゃない、感情のないロボットだ。脳の具合いが悪いんで現在機械で修理中。これが終われば目眩も不安も恐怖もなくなる。修理を中断したら何にもならない。私はロボット、何の感情もない。ここは手塚治虫の描くSFの中の世界……
えと……手塚治虫といえば確か「火の鳥」の中に、ロビタというロボットが出てきたな。人の心を有してしまったロボット。人間になりたいといくら訴えても電気ショックで拷問されるだけ。お前に心などない。倒れ伏したロビタの言葉。
カミヨ、ロビタヲスクイタマエ……
頼む、私もスクイタマエ。
で、あと何分? もう五分はたった?
ああ駄目だ、また恐怖の方が競り勝ちだした。握るなよ、絶対握るなよ。夫に褒めてもらうんだ。よく頑張ったねと言ってもらうんだ……私はロボット……ロビタじゃない方のロボット……
そういえば一人だけ、持続性目眩に何年も悩まされてるというブログを書いてた女性がいた。
足元がふわふわして目眩で道を歩けない、買い物にも行けない、家事もできない。
コンピューターの画面をスクロールするだけで目眩がするので、画面に向かって調べ物や書き物をすることも困難になったと。
担当医は言ったという。とにかくね、この病気で死ぬことはないんですから、深刻にならないで。
彼女は言っていた。生物学的に死ぬことはなくても、もう集中してものを考えることも、好きな小説を書くこともできない。魂が削れて、私という存在が、死んでいくんです……
自分が書いたのかと思うぐらい、同感できた。
もう、集中してものを考えることも構築することもできない。散歩もできない。何もかも普通にできない……
いや、いまはただ、ここから出してほしい。あと一分、あと一秒、どれだけ積み重ねたらこの地獄から出られるの?
ガンガンガン、ゴンゴンゴン、それらを凌駕する耳鳴りのキーン音。
歳を重ねるということは、こうして世界が狭くなっていくということかもしれない。
出来ることが減り、楽しみがなくなり、旅行どころか近場の散歩もウォーキングもできない。好きだった小説書きもできない。脳が耳鳴りと目眩で蹴散らされ、積み上げていた積木が、積むたびに崩されていく。シジフォスの呪い。出来ることはもうないからと横になっているうち、このMRIのマシーンのように世界は狭まり、やがて身動きすらもままならなくなるんだ。その過程を今私は、体験しているんだ。
人生というMRIから出られるのは、死んだときだけ……
頼む、それなら今すぐ殺してくれええええ! キー!!!!
絶望と妄想と焦燥と恐怖の中で、永遠とも思える時が流れ……
やがて音が止みました。
「はい、終わりです。ご苦労様でしたー」
その声を聞いた瞬間、今まで生きてきて、三番目ぐらいに嬉しかったかもしれない。
勝ったぞ! とにかく、自分に勝ったぞ! ここから出られるんだ!
視界がまだぐらぐらする中、ドアにつかまりながら待合室の夫の顔を見ました。
笑顔でした。あとで、私の顔色は真っ青だったと夫に言われました。
「ご苦労様。途中じゃないよね? 最後まで行けた?」
「い、い、イケた。こわ、怖かった……」
そう言うなり夫の隣に頽れました。
「よしよし、偉かったじゃない!」
背中に当てられる夫の手が、ほのぼのと温かかったです……。
結果。脳には何の異常もなし。小脳の萎縮もなし。内耳を拡大するも石の影なし。(そんなとこまで見られるんだ!)脳の血管も正常。
そして診断名は「PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)」
あー、それだと思ってた。ネットで散々調べて、症状が一致するのはそれだけだったんだもの。
これは目眩全体の26%を占める病気で、内耳に起因し、なんだかんだ結局治療法はない。
身体にわざと動揺するような刺激を与えつつ、慣れていくだけ。らしいです。
目眩止めの薬をもらい、次回のリハビリの予約を取って、今回は終了。
何か病気がどうというより、ミッションコンプリート、自分偉かった、という思いだけで病院を出ました。
わたしは勝った。MRIに勝った。とにかくそれが今日のすべてだ。
「ねえ、お昼ごはんのことなんだけど……」
「わかってる。お向かいのお寿司やさんでしょ」
「うん」
「行こう。頑張ったもんねえ」
パニクった脳が放り投げたマグロの握りを拾いに、お寿司を食べに向かいました。
頑張った甲斐あって、そりゃあ美味しかったですとも。
で、全国の閉所恐怖症をお持ちの、MRIを勧められている皆さん。
素でうけるなら、やめといたほうがいいですよ。
どうしてもと決心なさるなら、一番効く精神安定剤を気絶する一歩手前まで飲んでいきましょう。
私は正直者なので、大丈夫ですよ、とはいってあげません。
だってだいじょぶじゃなかったもん。発狂一歩手前まで行きました。
実際、途中でギブアップする人も多いようです。ある男性は、別々の病院で三回受け、三回とも途中でスイッチ押してギブしたと言ってました。
さて、次は耳鳴りの名医探しか。
いや、やるだけ無駄かな。
私はガンです、脳腫瘍です、心臓病です、と告白されれば周りの人にある程度同情もされるだろうけど
「最近耳鳴りと目眩があるの」と言っても、ああ年だからしょうがないねえ、で済まされることでしょう。
耳鳴り目眩なんて世間ではそんな扱い。でもこの辛さは体験したものにしかわかりません。
これね、意識ある限り24時間続くんですよ。そして、どっちもこれという治療法はないの。さりとて悪化したら死ぬという救いもないの。死ぬまでの長いお付き合いになる、不治の病なんです。
今までの経験でわかったのは、耳鳴りが小さくなるのは、左側で固いものを咀嚼しているときと、イヤホンで高音の音楽を聴いてるときと、強いお酒を飲んだ時ぐらいってこと。
そして目眩が嫌なら、ただ一日ソファに座って過ごせばいい。
じゃあ一日中座って過ごし、ヘッドホンでパンクロックを最大音量で聞きつつ、煎餅をかじって、焼酎でも飲むとするか。
でも私糖尿病だから、お煎餅もだめだな。(原料がお米=糖質)
ううむ、どうせえっちゅうんじゃ。
以上、これからMRIを受けるという閉所恐怖症の方がいたなら、少しでも参考になさっていただけると嬉しいです。
長い人生のうちたった25分を、私はこうして耐えましたという、それだけの話でございました。何かの参考にしていただければと。
あ、同じく日常生活がまともにできないレベルの目眩と耳鳴りに悩まされてるそこのあなた。
耳鳴りがやかましくて眠れないしもう死にたいとまで思い詰めてるそこのあなた。
とりあえず今日を生きましょう。この一瞬一瞬を乗り越えられるなら明日も同じように乗り越えられるはず。そうして人生の終わりはいずれ必ずやって来てくれます。
とりあえず生きてるだけで、あなたは偉い!
一緒に頑張りましょ!