オデッセイ・ワン
ーー2083年。
地球人から見るとするならば救世主の年から2083年目の事だが、我々の暦を使うなれば宇宙世紀元年だ。ふふ、これは今日より始まる暦の事ではあるがな。
宇宙世紀という年号は地球での時間を元にして作られてはいるが、無駄を排してシンプルなシステムになっている。ヤード・ポンド法を使うクソ共とは共栄出来ない様に、宇宙に地球のしがらみは持っていくべきではないのだ。
1秒が100集まって1分、1分が100集まって1時間、1時間が10集まって1日、1日が10集まって1週間、1週間が10集まって1ヶ月、1か月が10集まって1年とまぁシンプルに纏めた。
これは宇宙人の知恵だ。僅か十数人しかいない地球外出身人。だが選ばれし者の知恵というのは……我ながら恐ろしいものよ。
思い返せば、はるか20年前。私は火星の移住プラントで産声を上げた初めの火星人だった。人種は地球人と言いたい所だが、連中の様に細かく言えば、白人と呼ばれる区別らしい。
ともあれ、地球に住む70億の人間を熱狂させて産まれたこの俺は、マーズ・ワンと名付けられた。
地球の言葉で初めの火星人を指すと言っていた。
俺はこの名前に不満があったが、マーズ・スリー、マーズ・フォーと兄弟やらご近所さんの番号が増えていく毎に、これも悪くないと思い始めた。
何事も最も初めに行われる事が正しくて、尊いものだ。
地球で最も有名な者がキリストという男で、西暦の始まったジューダスクライストから二千年ちょっとだが、今地球で生きている70億の人間が総じてキリスト並の知名度がない事がその証明だ。
まぁ、つまりはマーズ・ワンの俺が最も尊い男という事。
これはとても意味のある事なのだ。
さて、歴史を振り返ると、俺のすぐ後に産まれた次の宇宙人は月人だ。
地球人同士の子供で双子。「つきの」という名字を持ち、「かぐや」と「うさぎ」と名乗っている。
まぁ、名前からして地球のしがらみを残した憐れな者達だ。
何かの話から名前を取られたらしい。
そして、次に生まれたのは俺の妻だが……これもまた産まれが罪深い。皆と同じく地球人同士の子供。そして、宇宙ステーション内で産まれたので、何星人でもない。
名前がまた酷い。名字すら無く、夏と名付けられているのだ。妹や弟は殷、周と続くと言っていた。これも地球の何かの由来なのだとか。
ともあれ、今日は我が子たるオデッセイ・ワンの誕生の日。宇宙人の妻と火星人の俺の子だから純粋な宇宙由来人同士の子と言える。
ふふ。
カッコいいだろ?
オデッセイは地球由来ではなく、俺の作った宇宙語だ。地球ではオデュッセイアという言葉があるらしいが、中身は知らん。故にこれは宇宙語だ。
さて、妻の分娩が終わったサインが点灯している。そろそろ、地球人向けの動画パーティを開催しても良いだろう。
俺はモニターの前に座って、パチンと指を鳴らした。
「やぁ、地球を這い回る蛆虫共。今日は貴様らに偉大なニュースがある。世界で最も偉大な男……俺の子が誕生した。名前はオデッセイ・ワン。俺よりは偉大じゃないが、まぁまぁ偉大な男……男かな。者だ。俺……俺より偉大か、いや、それは……」
産まれて初めてスピーチに詰まってしまった。
子が産まれたのだ。動揺してしまったのだろう。
それもまぁ仕方ない。
心を落ち着かせていると、画面に地球人からのコメントが一斉に流れ出した。うねうねとした嫌な文字だ。
このタイミングでコメントが増えるというのは、言葉が分からなくとも、何が書かれているか分かる。
胸が掻き毟られるように傷んだ。
「ともかく、今日から宇宙世紀が始まる。きちんと100秒おきに1分経過とするように。以上だ」
指を鳴らして回線を切断すると、モニターに自分の顔が写った。
きっと、子供は俺に似て美しい顔をしているに違いない。
俺はウキウキで分娩室のドアを開けた。