その⑰
気が付くと、僕は真っ暗闇の中に立っていた。
地面の感覚がしない。前を見ると、ぼんやりと光があって、色とりどりの花が風に揺れていた。
ああ…、そうか。ここはあの世の手前か。
察しがよかった僕は、「よし」と、頬を一度叩いて、光のある方へと歩き始めた。
歩きながら、走馬灯を見る。
僕は、楽しい小説が好きだった。
たくさんのキャラクターが登場して、毎日のようにわちゃわちゃはしゃいで、笑って、泣いて、怒って、また笑って…。読んでいるコッチも、彼らの仲間になったような気分になれて、気が付くと、頬が緩んでいるような小説が大好きだった。それが、僕の書く小説の理想だった。
だけど、母さんが他と比べて、如何に屑なのか知るたびに、自分の家が落ちぶれていると突きつけられる度に、笑っている場合じゃなくなった。
周りから、馬鹿にされるたびに、まるで胸を観音開きにして、「心」ってやつを抉りだして、地面に擦り付けているようだった。
未来を失くした僕が、「僕」を保とうとすればするほど、ゴリゴリ、ゴリゴリ…って、心が削れていく。
気が付くと、「生きる小説」が好きになっていた。
登場人物全員が不幸なのだ。明日の光を見る気力もない。人に興味がない。生を諦めている。幸せを渇望している。そんな彼らが、大切な人を見つけ、目標を見つけ、希望を見出し、明日の光を浴びながら「生きていく」小説。それが僕の理想になった。
思えば、ただの自慰だったのかもしれない。
自慰で良かった。慰みで十分だった。それだけで、心は満ちたのだから。
もう、いい。
夢はいらない。
恋もいらない。
まともな人生が送れないなら、それで十分。今の今まで、漫画や小説でよくある「運命に抗う行為」をなぞることができたんだ。それだけでいい。僕は僕を褒めてやる。「今までよく頑張ったね」って。
これで、悔いはあるけど、「諦め」を抱いて死んで行ける。
「……」
そこまで考えたところで、僕の脳裏に、美桜の笑顔が浮かんだ。
「………」
僕が自殺しそうになっているのを見た時の、あの悲しそうな顔。
どうして、あんな顔ができたのだろう?
もう関係無いじゃないか。僕は何も成しえることができない。彼女は、栄光の道を突き進む。
もう、二人は交わることは無いのだ。例えるなら、お城の王女様と、地下室で蹲る鼠だ。
鼠が王女に触れることはできない。近づこうものなら、すぐさま叩きつぶされる。
それなのに、どうして彼女は…、僕のことを見て、あんなに悲しそうな顔をしたのだろう?
「………」
考えても、死んで脳に血が行かなくなった僕には想像の余地が無かった。
ただただ、彼女を「悲しませた」という現実だけが、足首に咬みついていた。
あーあ…。って思いながら、花畑の中に踏み入れる。
光に包まれた時、僕は静かに涙を落とした。
どうして、僕は、僕の大好きな人を失望させてしまったんだろう…。
その瞬間、誰かが僕の名前を呼んだ。




