その⑮
「……ヒイラギに…、見て欲しい小説があるんだ…。展開に悩んでて…だから…」
「こんな無能に聞くなよッ!」
美桜は目をきゅっと閉じて、肩を震わせた。
僕は原稿を投げ続ける。
「神宮寺に頼めよ! あいつはてめえの担当編集なんだ! 僕に頼ることじゃない! 僕は関係無い! 僕に…」
僕に…。
原稿を掴んだ拍子に指先の皮膚が切れ、痛みが走った。
僕は原稿をぱらっと落とし…、腕をだらんと垂らした。
「…僕には、何もできないよ…」
美桜に、僕がしてやれることは何も無い。
美桜は首を横に振った。
「…そんなことないよ! ヒイラギにはすっごく助けてもらった! あんたのおかげで、私は新作を出せたんだ!」
「違う…、全部お前の力だよ」
その場にしりもちをつき、下を向いた。
「僕はただ…、美桜の周りを飛び回っていた、哀れな蠅だ…」
不意に、母さんのことが口から零れ落ちた。
「…母さんが死んだ…」
美桜が「え…?」と息を呑む。
「僕は知っていたんだ。母さんが、睡眠薬を飲んでいることを…。それで、自殺を図れるってことを…。だけど…、何もしなかった。母さんが助けを求めるようなことを言ってきても、適当にあしらっていた。金魚に餌与えるみたいに、金だけの支援をして…、母さんと顔を合わせようとしなかった…。僕のせいだよ。母さんが死んだのは僕のせいだ…」
「…だから、死のうと思ったの?」
「…違う」僕は膝に顔をうずめながら否定した。「…何もかも嫌になった。どうせ…、この先、未来を売った僕に…、良いことなんて何も無いんだよ。何をやっても上手くいかないんだ。骨折り損のくたびれ儲けって言うか…、それならもう…、この世界にいたくなくなった…」
「…ダメだよ。そんなのは…」
「てめえに何がわかるんだよ」
口調が、思考が、半年前の僕に戻った。
「人の未来を手に入れて、幸せな生活送るやつの言葉に、説得力なんて無いんだよ…。いいだろ? 放っておけよ。さっさと帰って書いていろ…」
「嫌だよ! だって、これはヒイラギの『未来』でしょ? だったら、ヒイラギにも…」
「もうお前の未来なんだよ!」
声を荒げる。それだけで、彼女は押し黙った。
「…もう僕の未来じゃない…。僕は関係無い。他人だ。だからもう…、構うな。本当に構うな。僕の前から消えろ…」
顔をあげる。
「僕が、惨めになるだけじゃないか」
その瞬間、僕はぎょっとした。
さっきまでしりもちをついて蹲っていた美桜が、犬みたいな勢いで僕に向かって突進してきていたからだ。
僕は「うわ!」と身体を引く。だが、美桜はそれ以上の勢いを持って僕に飛びつくと、華奢な身体で、僕を押し倒した。
「くそ! 何を…」
そう言いかけた瞬間、僕の口が塞がれる。
美桜が僕の唇に、自分の唇を押し当てたのだとわかった。




