その⑭
そう思った僕は、すぐに行動に出た。
クローゼットから、高校の学ランを引っ張り出し、ズボンに巻き付いたままになっていたベルトを抜いた。
ベルトを輪にして、窓際のカーテンレールに引っ掛ける。
今まで書いてきた小説の原稿を台にして立ち、ベルトに首を引っ掛けた。そして、原稿を蹴り飛ばし、宙にぶら下がった。
頭上で、ミキッ! と軋む音が響いた瞬間、喉の奥に強い衝撃が走った。
酸を飲んだみたいに、喉が熱くなり、息が詰まる。意図せず「がふっ!」と呻き声が洩れた。肌を電気のようなものが走り、指先の感覚が消え失せる。視界にシャボン玉のようなものが湧き上がっては弾け、閃光を散らすのを繰り返した。
ああ…、苦しい。死にそう…。だけど…、この程度の苦しさなら…、何とかなりそうだ…。
「………」
そう思って、目を閉じた瞬間だった。
ガチャリ…と、部屋の扉が開いた。
「どうもー、お久しぶりに来ましたよー」
雲の間に差し込む陽光のような声で、美桜が入ってくる。
部屋で首を吊る僕と目が合った。
「え…?」
あ…。
バキンッ! と、カーテンレールが外れる音がした。
重力に引っ張られ、床に腰を打ち付ける。お尻から脳天にかけて走る衝撃と、通行止めになっていた気道を酸素が駆け巡ったことによる痛みで、思わず「ぐううッ!」と呻いた。
喉の奥に唾が流れ込み、噎せる。首を抑えて激しく咳き込んだ。
「くそ…、くそ…、くそ…」
死ねなかった。なんで? なんでこんなにも早く…、美桜が来たんだ?
唾を垂らしながら顔をあげた瞬間、美桜が靴も脱がず、杖を突きながらこちらに駆けてきて、僕の青くなった頬を叩いた。
バチンッ! と、乾いた音が響き、首吊りよりも酷い痛みが頬に残った。
僕は糸が切れた人形のように、畳の上に倒れこむ。
美桜が目を真っ赤にして、僕を見下ろしていた。
「…ねえ、なにしてたの?」
「……死のうと思った…」
「なんで死のうと思ったの?」
「死にたくなったから…」
僕はガラガラになった声で言った。また、バチンッ! と、頬が熱くなった。
美桜は肩を震わせながら泣いていた。
「……すぐそこまで来てたんだ…。ヒイラギに会いたくて…、どうせ『来るな』って言われるのがわかってたから」
「…だから、早かったのか」
僕は口の唾を拭いながら身体を起こした。
「おかげで死に損ねた」
「良かった。死ななくて…」
美桜の目から涙がボロボロと零れる。
はあ…。
深いため息を部屋に響く。
僕は伸びてぼさぼさになった髪をかき上げると、蠅を払うように手を振った。
「…そういうわけだ…。僕は死にたいんだよ。もう僕に構わなくていいぞ」
「やだ…」
美桜は駄々をこねるように首を横に振った。
彼女の左手には、ケーキの箱が握られていた。
「死んだら嫌だよ。だって、一緒にケーキ食べに来たんだもん」
「…そうか」
何も感じなかった。
「じゃあ、最後の晩餐に食べてやる。食べたら、帰れ。僕は死ぬ」
「死ぬなら、あげない」
「じゃあ、死ぬ…」
ふたたび、美桜が手を振り上げた。
振り下ろされたそれを、僕は反射的に受け止め、湧き上がる感情のままに、彼女の胸を突き飛ばしていた。
ドスンッ! と、美桜がしりもちをつく。手からケーキの箱が放り出され、三回転して止まった。
僕は足元の原稿の束を引っ掴むと、彼女に向かって投げつけた。
「消えろッ!」
まるで、節分の豆のように、そう叫びながら原稿を彼女に投げつけた。
軽い原稿は、ふわっと舞い上がり、部屋を飛び交った。
美桜は目からボロボロと涙を零しながら起き上がった。
「……ヒイラギに…、見て欲しい小説があるんだ…。展開に悩んでて…だから…」
「こんな無能に聞くなよッ!」




