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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その⑪

 あの後のことはよく覚えていない。気が付くと、僕は両手足を拘束されて、白いベッドの上に仰向けになっていた。真っ白な天井と、消毒液のツンとした匂いが印象深かった。

 看護師さんがやってきて、「気分はどうですか?」と聞いてきた。

 僕は、「何がです?」と返した。

 これは、先生から聞いた話だ。

 取り乱した僕は、「返せよ! 僕の未来を返せよ!」と叫びながら、何度も母親の死体に殴りかかろうとした。看護師さんが五人がかりで取り押さえても、それを振りほどいて暴れ続けた。遂には言葉にならない悲鳴を上げ、周りにも咬みつき始めたので、ベッドの上に縛り付けたのだった。その途中、「てめえのせいだ!」「てめえがあの時現れなければ!」と、空中にいる何かに向かって怒鳴り続けたため、やむを得ず、精神安定剤を注射したそうだ。

「気分、大丈夫ですか?」

 若い看護師さんはにこっと笑って、そう聞いてきた。彼女のこめかみには、爪で引っ掻いたような痕が残っていた。

「……ごめんなさい」

「いいえ、慣れていますから。大好きな母親が死んじゃったら、誰でもそうなりますよ」

 大好き…ね。

 母さんが死んで次の日、僕は退院した。どういうわけか、入院費は要らなかった。

 年に一度、会うか会わないかの遠縁の親戚がやってきて、不満げな顔をしながらも、母さんの葬式を挙げてくれることになった。でも金は出してくれなかった。葬式代を払うと、僕の金はゼロになった。

 母さんは遺書を残していた。拙い文字で、「今までゴメンネ」と書かれていた。棺桶に入れて、母さんと一緒に焼いた。

 スマホを見ると、美桜から何件も着信があった。メッセージには、「昨日はごめん」「明後日は空いているからおいでよ」と書かれていた。僕は「うん」とだけ返信した。

 適当に母さんの葬式を行い…、火葬場で燃やした。骨を拾って、祖父母の墓にぶち込んだ。

 お坊さんがお経をあげている間も…、味気の無いお膳を食べている間も…、遠縁の親戚に「よくかんばったね」と、なぞるような労いをもらっている間も…、アパートに戻って、ジャージに着替えている間も…、何も感じなかった。

 母さんに、「未来」だけじゃなくて、魂までも抜き取られたみたいだった。

 お膳の残りを食べて…、寝て…、起きて、歯を磨いて、寝て、風呂に入って…、寝て、起きて、顔を洗って、ゼリーを食べて、寝て。

 茜さんが心配して見に来てくれたけど、相手にすることができなかった。

 そうしているだけで、二日が経った。

 美桜との約束に遅れるわけにはいかず、惰性で起き上がった。

 身支度を整えて、財布とスマホを持って部屋を出る。

 いつものように、電車に乗って隣町向かい、そこから歩いて、美桜の住むマンションに向かった。彼女に、こんな腑抜けた顔を見せるわけにはいかない。

 頬を引き締め、目に力を込め、いつも通りな風に作って、マンションの前に立った。

 さあ、いつものようにやろう。

 彼女の小説を書く手伝いをすることだけが、僕の生き甲斐だ。僕の幸せだ。今日もそうしよう。ケーキを一緒に食べながら…、次回作について語り合おう。映画の進捗でも聞いてみよう。そうしていたら…、きっと、嫌なことも忘れるさ。錯覚でいい。僕の未来はきっと、明るいものになる。

 そう、一歩踏み出した時だった。


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