その④
だけど、「運命」とはうまくいかないものらしい。
高校の時から、数多の小説賞に応募し続けた。だけど、良いところまで行って、結局は落選する。そして、本来ならば僕が小説家になるきっかけとなった今回の小説賞でも、きっと落選した。未来は潰えた。さて、これからどうするものか。
※
アパートに戻り、ポケットから取り出した鍵をドアノブに差し込んでいると、隣の部屋の扉が開いて、茜さんがひょこっと顔を出した。今さっきまで昼寝をしていたのか、目が充血し、頬に布団の痕が残っている。
「おかえり、ヒイラギ」
「…こんにちは、茜さん」
茜さんは扉を半分開けた状態で、半身をこちらに突き出して、この前貸した新作小説の原稿を僕に寄越した。
「これ、返すよ」
「…いや、茜さんにあげます」
「…いいのかい?」
「要らなかったら捨ててください」
「こんな傑作、捨てるなんてもったいね。キミが賞を取ったら、『生原稿です!』って言って、オークションに出すことにするよ」
「うん、売るな」
茜さんは一度引っ込むと、また顔を出して、手には原稿の代わりに缶ビールを持っていた。
「今晩、呑もうじゃないか。キミの最終選考に残ったお祝いだ」
「よしてくださいよ」
僕はドアノブに差した鍵を捻って笑った。
「物欲センサーってやつです。期待したらダメです」
いや、僕の場合、「期待しなくてもダメ」だった。僕が、「受賞する未来」を売ってしまったばかりに、「落選する未来」は、確定しているのだ。
茜さんは少し目をきょとんとさせて、また微笑んだ。
「そうかい。じゃあ、『寂しい女を慰める会』で呑もうじゃないか」
「…そうですね」
僕は力なく笑った。
ドアノブを捻って開けた瞬間、ポケットの中のスマホが震えた。
俊敏な動きでスマホを取り出す。
茜さんが「おっと! 編集部からの電話かな?」という。
液晶を見て、僕は首を横に振った。
「母さんからです」
「なんだ」
茜さんは自分のことのように、残念そうな顔になった。
僕は「そう簡単にいきませんよ」と笑いながら、スマホをポケットに入れた。
「あれ? 出ないの?」
「はい」苦笑する。「どうせ、金の相談ですよ」