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その⑨
ガキの頃…、母さんに聞いたことがある。「ねえ、父さんは?」って。
母さんは、キッチンでぐちゃぐちゃの玉子焼きを作りながら、困ったように笑った。多分、「子供ってどうやって作るの?」と聞いても、同じような顔をしただろう。
「そうねえ」玉子を焦がしながら、母さんは言った。「何処かに行っちゃった」
「何処に行ったの?」
「わからない」
ただ、それだけだった。僕はそれで納得してしまって、それ以上何も聞かなかった。
母さんは笑っていた。泣きそうな顔で笑っていた。
僕は不思議に思った。どうして、泣きながら笑えるんだろう? 「悲しみ」と「喜び」が共存しているのだろう? って。今思えば、それはただの「強がり」だった。
「大丈夫だよ。マコト…、お前のことは、母さんが守るからね」
そう言って、僕を抱きしめる。
フライパンの上では相変わらず、玉子が焦げ臭い煙を放っていた。
柔らかい感触に、何故か泣きそうになって、母さんを抱き返した。
「僕も、母さんを守るよ」
って、誓った。
誓ったはずなのに…。




