その⑧
その、冷たい五文字を見た時、心臓がびくっと跳ねた。
さようならって…、なんだよ。何にサヨウナラなんだよ…。
僕は一度駅を出て、人混みの少ないところに移動してから、母さんに電話を掛けた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール…。
『もしもし?』
出た。だけど…、母さんの声じゃない。男のものだった。
「え…、あ、あの…」
僕は掛け間違いを起こしたのだと思い、すぐに謝って切ろうとした。
だが、電話の向こうの男が、切羽詰まった様子で言った。
「ヒイラギマコトくんだよね!」
僕の名前を知っている。
「はい…」
「ごめん! すぐに連絡しようと思ったんだけど…、サチさんのスマホのロックを開錠できなくてね。丁度良かった!」
「…なんですか?」
僕は路地を歩き、夜の闇を見つめながら聞いた。
「何かあったんですか?」
その時、僕は電話向こうの男を恨んだ。
もう少しさ、ワンクッション、ツークッション置いてほしかった。心の準備をしたかった。まあ、仕方がないことだと思う。なんでもかんでも、漫画みたいに、「○○さん、落ち着いて聞いてくださいね…、実は…」なんて前置き、挟むことはできないんだ。だって、当人だって動揺しているんだから。
まるで、町を歩いているときに、唐突に脳天を銃で撃ち抜かれたような衝撃が、僕を襲った。
『キミのお母さんが…、死んじゃったんだ』




