その⑦
「美桜に酒、飲ませたんですか?」
「ごめん」
神宮寺さんはうなだれるように言った。
「編集とご飯を食べていて…、ちょっと飲んでみなよって流れになったんだけど…」
「はあ…。水、買ってきましょうか?」
「いや、大丈夫だよ」
神宮寺さんはにこっと笑って首を横に振った。
「もう買ってあるから」
「そうですか…、マンションまで、連れていくの、手伝いましょうか?」
「大丈夫だよ」神宮寺さんはまた、にこっと笑う。「彼女の軽い身体を運ぶことくらい、わけないさ。それに、僕は担当編集者だから…、先生の身の回りのことはしてあげないと」
「…そう、ですか…」
僕は空気が抜ける風船のように頷いた。
神宮寺さんは「じゃあね」と言って、また彼女を支えながら歩き始める。
美桜は僕に見向きもせず、ただただ、えづくばかりだった。
マンションの方に歩いていく二人を、僕はぼんやりと眺めていた。
「……」
なんだよ…、別に、僕がいたっていいじゃないか…。
僕が…いたって…。
その瞬間、視界を黒い靄のようなものが横切った。頭が、ぐわんと揺れ、脚の力が抜ける。何とか踏みとどまったものの、腹を殴られたあとのような吐き気に襲われ、思わずえづいた。
くそ…気分が悪い。情けないやつだ。
僕は口の端から垂れる涎を拭うと、踵を返し、足を引きずりながら駅に向かった。
駅前に、サラリーマンや、部活帰りの高校生らが大勢いた。皆、眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと文句を垂れたり、スマホで何処かに電話をしたりしていた。
待合室の電光掲示板を確認すると、人身事故が起こったために、二時間ほど運行を中止しているとのことだった。
僕は壁にもたれかかり、事故の状況が、SNSにアップされていないかと、スマホの電源を入れた。美桜から「食べて帰ります。ごめんね」とメッセージが入っていた。それから、母さんからメッセージが入っていた。
『さようなら』って。




