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その⑤
女が消えた後、僕は「なんだよ!」と、持って行き場の無い怒りをどうすればいいかあぐねて、その場で地団太を踏んだ。
なんだよ…、何がダメなんだよ。コッチはこれで満足しているんだ。それなのに、横から入ってきて、逆なでするようなことばっか並べたてやがって…。
「ああ、クソ!」ソファの上に置いてあったクッションを、床に叩きつける。すぐにはっとして、もとに戻した。「…くそ!」
そのままソファの上に寝転がり、目を閉じた。ふて寝ってやつだった。
うるさいんだよ。何が、「負け惜しみ」だ。何が「現実逃避」だ。否定はしないさ。でも、それでいいんだよ。それで感じる幸せだってあるんだよ。僕は、それで満足だ。彼女の姿を見ていることだけで幸せなんだよ。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。
ピコンッ! と、ポケットに入れていたスマホが鳴った。どうせ、母さんからだ。
僕はスマホの電源を切ると、枕代わりにしたクッションの下に滑り込ませ、視界に入らないようにした。そして、先ほどの出来事を忘れるように、静かに息をし、身体の力を抜いて眠りについた。




