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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
83/112

その④

『そうですか…』


 未来売買人の女は、面白そうに…、でも何処か残念そうに頷いた。

 僕は「もう来るな」という意味を込めて、さらに続けた。


「吹っ切れた…、というと嘘になる。だけど…もう大丈夫だ。多分、人の運命って、そんなものだと思うんだ」


 ふふっという笑い声が聞こえた。

 女は、赤い唇に手をやって、肩を震わせて笑っていた。

 上品に、でも、蔑みを込めて。


「なんだよ、なんか、文句でもあるのか?」

『いえ…、とても滑稽でして』

「滑稽だと?」


 睨むと、女は切り裂くように言った。


『だってそうじゃないですか? 今の貴方…、負け惜しみを言ったんですよ?』


 腹の底で、何かがゴボッ! と音を立てた。


「負け惜しみ…、だと?」

『負け惜しみです。試合に負けたチームが、でも、僕たちは一生懸命頑張ったから、と清々しい笑顔を浮かべるのと同じです』


 女は目元を覆う銀色の前髪を、そのしなやかな指でかき上げた。

 金色の視線が、僕の胸を貫通した。


『他者に、自分の幸せを任せるのですか? それは、貴方の幸せではありませんよ? いや、幸せですらありません…。ただの、慰みです。自分が幸せでない現実から逃げるためのものですよ? 貴方は今、現実逃避と自慰を同時に行ったんですよ?』

「そんなわけ無いだろ!」


 僕は声を荒げていた。


「言った通りだ! 美桜が小説家として活躍する姿を見ることが! 僕の幸せなんだよ! それが、僕の人生を豊かにするんだよ!」

『残念ながら、林道様の人生が、貴方の人生を豊かにすることはありません』


 女の口元がニヤッと笑う。


『林道様の運命は…、林道様のものなのです。貴方のものではない。わかりますか? 貴方はただ、ショウウィンドウからおもちゃを眺める、子供なのですよ…。いくら見つめたところで、そのおもちゃが貴方のものになることはない。楽しめても、所詮は空想の世界…。残るのは虚しさだけ…』


「馬鹿かよ!」床を踏みしめた。「虚しくなんかあるもんか! 美桜と一緒にいると…、楽しいんだ! 幸せなんだ! それが証拠だろう! 僕の人生が豊かな証拠だろう!」

『残念ですが…、それは雨雲の切れ間から覗く、陽光のようなものです』女は静かに言った。『冷たい雨が降っていることに変わりはありません。貴方が濡れていることに変わりません』

「それでもいいって話をしているんだろうが…」


 話が通じない女に、僕は今に殴りかかってしまいそうだった。

 風もないのに、女のマントが揺れた。


『ヒイラギ様は、我々のお得意様ですからね…。ここは、親切心で教えましょう』


 唇に指を当てて、声を潜めていった。


『貴方の運命は…、変わらず空虚なままです。それでいい…と強がれるのも、今の内ですよ? きっと、冷たい雨に打たれ続け、体温は奪われ、辛くなる時が来ます…』


 金色の瞳が僕を見据える。


『我々は、未来売買人ですから…、わかるのです』


 その瞬間、まるで、水の中に絵の具を垂らしたときのように、女の輪郭が揺らいだ。

 僕は「まて!」と言って、女に飛びついたが、伸ばした手は空を切る。

 耳の奥に、女の声が響いた。


『いいですか? 運命は空虚です。それに、貴方は気づけていない…。見てみないふりをしている…』

「この! 何処だよ! 出て来いよ!」

『もう、手遅れなのですよ』





 そして、女の声は聞こえなくなった。


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