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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その⑪

 結論から言えば、あの日、僕は林道美桜の部屋に泊った。いかがわしいことは何も起こらなかった。強いて言えば、風呂上がりの、彼女のしっとりとした髪の毛を見たことくらいだった。


 林道美桜は寝室で、僕はリビングのソファの上に横になり、一日中歩いて疲れていたということもあり、ものの数分で夢の中へと吸い込まれていった。


 八時ぐらいに目を覚まし、一緒に食事を摂った。それから、午後の授業まで、彼女の執筆を手伝った。時間が来れば一緒に部屋を出て、彼女は大学に、僕は自宅アパートに、お互い、「また今度」って手を振り合って別れた。


 明日からまたバイトが始まる。母さんの家に行くのは、今日くらいなものだと思ったが、どうしてもその気になれなかった。


 母さんからは相変わらず、「今日は来られますか?」とか「お腹が空きました」とかメッセージが来る。その度に、僕は舌打ちで周りの通行人を驚かせながら、「今日は行けません。明日も行けません」「自分で何とかしてください」と、心無い返信をした。


 部屋に戻り、夜までゴロゴロしていると、茜さんが差し入れを持って尋ねてきた。そして、昨日部屋に帰らなかったことを茶化した。「彼女だろ? どうせ、彼女なんだろ?」って。一応否定したが、信用してくれなかった。


 次の日からも、バイトが終わると、僕は電車に乗って林道美桜のマンションを尋ねた。

 大したことはしなかった。美桜がパソコンに向かってキーボードを叩いているのを、ぼーっと眺め、そして、時々投げかける質問に、僕なりの答えを返す。「それ、編集者の仕事じゃないか?」という疑問は何処かにポイ捨てした。


 何度も書いて、何度も消して…、また何度も書いて。


 クライマックスの展開に悩み、「本当にこれでいいのか?」「これで読者は納得するのか?」って議論をし、たった数行の文章を書くのに四日も費やした。


 外を歩くときに吹き付ける風が冷たくなるほど、彼女の新作は完成されていった。


 僕が彼女のマンションを尋ねる機会も多くなった。


 母さんからは相変わらず、メッセージが入り続けた。「お金を貸してください」「会いたいです」「顔を見たいです」と。会いたくないということもあったが、新作完成間際で、他のことを考えたくなかった。だから、会いに行くことは決してなかった。その代わり、金をレターパックに入れて送った。



 僕の運命は空虚だ。



その現実逃避をするように、僕は手放した未来…、降り積もる「後悔」を見つめ続けた。

 僕の未来を継承した女の後ろ姿を、指を咥えて見続けた。


 そして、一年が経った。


 身を裂くような寒い冬を乗り越え、吹き付ける風が柔らかくなった。道を歩けば、薄紅の花びらが、ぼんやりとした視界の中を飛び回る。通りすがる人々の足も、心なしか軽やかな季節になった。


 その日、林道美桜の新作が発売された。


 それと同時に、処女作の映画化が決定された。


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