その⑨
「わからないな」
「つまり、林道が書いているような小説さ」
「私の小説って、そんな感じなの?」
「そんな感じだよ」
流石、僕の未来によって書かれただけはある。
「だから…、僕もそんな風な小説が書きたかったんだ。誰かの生きる糧になるような、そんな小説がね。まあ、どれも落選しているけど」
そして、これから入選することは決してないだろう。
美桜はにこっと笑った。
「きっと書けるよ。ヒイラギなら!」
お世辞には、聞こえなかった。
ギリギリ、終電には間に合った。だけど、その時に早歩きになったのがまずかった。
無理して足を動かしたために、林道の膝に痛みが走ったのだ。
彼女は顔を青くし、頬を脂汗が伝う。目には涙が浮かび、揺れる電車の中、しきりに「いてて…」と唸っていた。
「だから言っただろ。時間に余裕を持って動けば良かったんだ」
「ふん、べ、別に、このくらい平気だし」
はい、強がり。
電車が、林道美桜のマンションがある駅に到着した。
足が痛んでいる彼女を放って置くわけにも行かず、僕は彼女と一緒にホームに降りた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。タクシー拾うし…、別についてこなくてもいいよ」
「知っているか? タクシーって高いんだよ」
そう言うと、僕は彼女に背を向けてしゃがみ込んだ。
林道美桜の呆れた声が聞こえた。
「なに?」
「だから…、少し…小説っぽいことをしたくなったんだよ」
「潰れても知らないよ?」
「潰れないよ。多分…」
林道美桜が、ため息交じりに僕にしがみつく。僕は彼女を背負って立ち上がった。すぐに、ふらっとよろめく。林道美桜は「きゃあ」と、小さな悲鳴をあげて、僕の首を絞めた。
「ちょっと! 大丈夫? やっぱ、机にだけ向かっているようなヒイラギには無理だって」
「酷い言われようだな。まあ、事実か」
僕は足腰に力を込めて、身体を安定させる。
「美桜が、元陸上部で助かったよ。お前…、すごく軽いな」
「ふふふ、最高の誉め言葉じゃないのさ」
「胸が無い分、もっと軽い」
「おい」
首を絞められる。機嫌を損ねた美桜は、僕の頭をぺしぺしと叩いた。
「ほら、さっさと歩け、馬」
「馬じゃないから」
僕は美桜を背負ったまま、駅を出た。薄暗い道をとぼとぼと歩き始める。
背中の美桜が、嬉しそうに言った。
「いやあ、楽しかったね」




