その⑧
店員さんの間延びした「ありがとうございましたぁ~」という声を背に受け、店を出た。
何度も断ったのだが、林道美桜は「いつものお礼だから」「プレゼントだから」と言って、店員が勧めてきたランニングシューズと、通気性のいい薄手の靴下を買った。
そして、買い物袋を僕の胸に押し付けてきたのだった。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
林道美桜が僕の横に並んで、満足げに笑った。
「ねえ、早速履いてみようよ」
「嫌だよ…」僕は首を横に振った。「夜におろすと、狐に化かされる。それに…、今日は吉日じゃない…」
「そういうジンクスを気にする人?」
「信じていないさ。だけど、もし不幸なことがあった時に、言い訳できないだろう?」
「ああそう」
林道美桜は読み上げるようにして頷くと、さっき買った自分の分のランニングシューズを買い物袋から取り出した。タグを千切り、エレベーターの傍にある柱に手をつき、スニーカーを脱ぐと、靴ひもを器用に緩めながら履いた。
そして、勝ち誇ったように笑うと、「どう?」と聞いてきた。
正直、彼女の藍色のロングスカートに、桜色の靴は似合わないと思った。
「うん、似合っているよ」
「藍色のロングスカートに、桜色が似合わうわけ無いでしょ? ファッションセンス無いのね」
「林道は人を気遣う精神を知った方がいい」
「だったら、この似合わない色のシューズを履いている私を気遣ってくれる?」
「はいはい」
僕は観念して肩を竦めた。買い物袋から靴を取り出すと、彼女同様に、タグを千切って履いた。店で試し履きした通り、ジャストフィットだった。
「おお…」
流石、メーカー小売価格一万円のシューズ。メーカー小売り価格二千円のシューズとは段違いだ。なんかこう、包まれている感覚がすごい。
僕を見て、彼女は満足げに頷くと、「さあ、行こうか」って言って、また僕の手を引っ張った。
「ごめん、そろそろ帰らないと、終電が過ぎちゃうんだ…」
「何言ってんの。せっかく来たんだから、もう少し回ろうよ」
林道美桜がにかっと笑う。
それから、ショッピングモールの閉店が近づくまで、僕は彼女に連れまわされた。
メイクショップに、アクセサリーショップ、ネイル専門店で爪を可愛くしてもらった。ファンシー雑貨店にも入り、女子高生と混じって変なデザインのシャープペンシルを買った。
キラキラした雰囲気に酔ったので、「別のところに行こう」と要求すると、映画館に連れていかれた。ポップコーンとコーラを買って、よくわからないミステリー映画を観た。思ったより面白かったが。ベッドシーンがあって気まずかった。
書店にも入った。
「ヒイラギはさ、どんな小説が好きなの?」
「幸せを手に入れる小説」
僕は本棚に並んだ文庫本の背表紙を眺めながらそう言った。
「幸せを手に入れる小説?」
「うん、主人公は、みんな不幸なんだ。親がいなかったり…、虐められたり…、あと、五体満足じゃなかったり。どん底に立っているって感じかな? その中で、自分で生きる理由を見つけていく小説が大好きなんだ。マイナスなのが、ゼロに立つ。決してプラスには行かない。少しだけの幸せを掬いあげていくような…、そんな小説かな?」
そう早口で説明した。
当然、彼女は眉間に皺を寄せて首を傾げていた。
「わからないな」
「つまり、林道が書いているような小説さ」




