その④
「わかる」
「………」
「ヒイラギくんの気持ち、すごくわかるよ。楽しいものはしょうがないもんね」
「……」
彼女は膝の辺りに視線を落とした。
「キミの未来を宿しているからわかるんだ…。これは『才能』じゃない…、『努力』だよ。これだけの傑作に至るのに…、『才能』なんて都合の良い言葉じゃ言い表せない…。きっと、あったはずなんだ。この傑作相応の…、キミの努力が…」
「………」
何も言えなかった。たぶん、事実だと思った。やっぱり、周りに蔑まれながらも紙とパソコンに向かい続けたあの時間は報われるはずだったんだ。
一層、未来を売ったことを悔やんだ。
電車は十五分ほど走り続け、林道美桜のマンションがある町に停車した。
林道美桜は「よし」と言って立ち上がると、開いた扉を顎で指した。
「ねえ、ちょっと付き合ってよ。終電過ぎたら泊めてあげるからさ」
「………うん」
僕はぼんやりとしながら頷いた。
次の瞬間、顔を勢いよく上げ、彼女を見た。
「え?」
※
返事をする間もなく、僕は彼女に腕を引かれて電車を降り、駅前にあるバス停からシャトルバスに乗って、ショッピングモールに連れていかれた。
「なんか買うの?」
ショッピングモールの自動扉で潜って中に入った時点で、僕は彼女の手を払いながら聞いた。
林道美桜はにやっと笑う。
「買うよ。なにせ、私はお金持ちだから」
「なんだ? 服屋にでも入って、ブランドものを一列買い占めたりするのか?」
「まあまあ、付き合ってよ。なんか買ってあげるから」
林道美桜は上機嫌に言うと、カツン、カツンと杖を突き、ロングスカートを揺らしながら歩いていった。
僕は「ああ、くそ」と、終電の時間を気にしながら追った。
「歩けるか? 支えようか?」
「お、いっけめーん。だけど大丈夫。こっちの方が慣れてるから」
「ああ、そう」
彼女に伸ばした手が空を切った。
多くの客が、ショッピングモールの通路を闊歩していた。
家族連れ、友達同士…、あれは、カップルかな? とにかく人が多い。ぼーっと突っ立っていると、すぐに後ろが詰まって、舌打ちをされるくらいに。
天井のスピーカーから迷子のアナウンスが聞こえる。
両端には、様々な店が軒を連ねていた。靴下専門店に、宝石ショップ、質屋に、ファンシー雑貨…。こう言うのって、買うか買わないかは別として、見ているだけでも楽しいんだよな。
向かい側からやってくる人と肩をぶつけながら、僕がぼーっと店を眺めていると、林道美桜が呼んだ。
「ほら、迷子にならないでよ」
「…、ああ、ごめん」
慌てて三メートル先の彼女に駆け寄る。
林道美桜は「ほら」と言って、右側の店の看板を指した。
それは、スポーツショップだった。




