その②
『面白かったよ』
そう言われて、思わず立ち止まった。
後方から走ってきた自転車がブレーキ音を響かせながら僕を躱し、「くそが!」と吐き捨てて走り去っていく。僕は震える声で聞いた。
「お、面白かったですか?」
『うん、面白かったよ』
茜さんはそう言った。
『こう…、おどろおどろしい描写の中にも、ちゃんと繊細な心の動きがあって、読んでいてキュンキュンしちゃう。主人公の行動に一貫性があるし、ラストもうまく着地できているね』
「……そう、ですか」
『なに? 嬉しいの?』
「ま、まあ…」
『安心しなよ。私、辛口だけど、褒めるときは褒めるからね』
スマホの向こうの茜さんが笑う。
『これ、小説賞に応募しているんでしょ? 残ってんの?』
「あ、はい、四次審査には残っています」
『すごいじゃん。いつ発表?』
「発表は九月ですけど…、もし最終選考に残っていたら、多分、前々に連絡が入っていると思います」
『へえ…』意味深な笑い声。『まあ、とりあえず祈っておくわ。このクオリティなら、多分最終選考にも残るよ』
「そ、そうですかね?」
そう言ってくれると、救われるようだった。
じゃあ、またね。お酒用意しているから、突破祝いに呑もう。
そう言って、茜さんは通話を切った。
僕もスマホをポケットに入れ、また歩き始めた。
そわそわ、そわそわ、そわそわ…。
足元から髪の毛の先が、そんな感覚に襲われる。
「………」
最終選考に残った作品の発表は、九月。だったら、八月下旬には本人に電話連絡が来ていないとおかしい…。今は、八月二十四日。もう電話が掛かってきても良い頃か…。
そう思った瞬間、僕は自分の額をパシンッ! と叩いていた。
塀の上で昼寝をしていた猫がびっくりして逃げ出す。電線の鴉が飛び立つ。
「くそが…、変な期待してんじゃねえよ」
僕は自分にそう悪態を突いた。
多分、これで落選だ。