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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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第七章『でえと』 その①

優しくされたら


泣きたくなっちゃうじゃないか

 もし…、僕が未来を売っていなかったら…、周りの人間は僕のことを応援してくれただろうか? 高校の先生も、さっきの佐藤圭太も、「頑張れよ」って言って、背中を叩いてくれただろうか?

 耳にたこができるくらい、「なれるわけない」「馬鹿じゃないの?」「夢見すぎ」って、言われることは、無かったのだろうか?

 その後、すぐに電車で帰りたいところだったが、駅に行くと、神宮寺さんと林道美桜と鉢合わせしかねなかったので、適当に町をぶらついた。

 コンビニで軽食を買って、イートインで時間つぶし。それもすぐに飽きて、スーパーを回ったり、サイン会とは別の書店で、林道美桜の書籍の在庫を確かめたり…、とにかく不毛な時間を過ごした。

 三時間が経つ頃、暇つぶしにも限界がやってきた僕は、パンパンに張ったふくらはぎに鞭を打って駅に向かった。切符を買ったはいいものの、学生の帰宅ラッシュと重なり、ホームは混雑していた。

 未来ある若者達の中に混ざるのに気恥ずかしさを感じた僕は、駅前のベンチに腰を掛け、自販機で買ったエナジードリンクをちびちびと飲んだ。

 紙袋の中に入っている辞書を取り出し、適当にめくる。中学時代を思い出して、「乳房」だの、「乳首」だの、「性器」だの、くだらない単語を引いては、カラカラと笑った。

 ベンチに座って辞書を読み耽り、時々笑い声を上げる僕は、まさに「狂人」だった。

 頭の中に浮かんだ単語を、片っ端から辞書で引く。

 案外、良い暇つぶしになった。

 辞書の、つやっとして、月の明かりみたいに薄い紙をめくるたびに、時間が脳に溶けていくようだった。

 どのくらいそうしていただろうか? 

 【転送】の文字が霞んで見えた時、僕は辺りが暗くなっていることに気が付いた。

 スマホを見ると、六時五十三分。もう三時間近く辞書に没頭していたことになる。

「……」

 我に返った瞬間、サイン会、町の闊歩による脚の疲れと、読書による目の疲れがどっと押し寄せる。

 人波も引いてきたことだろうと、ベンチから腰を剥がした。

 その時だった。

「ありがとうございます! 楽しかったです!」

「うん、喜んでもらえて良かったよ。今日は行けなくて御免ね」

「ああ、大丈夫ですよ、ヒイラギくんが付き添ってくれましたし!」

 林道美桜と、神宮寺さんの声が聞こえた。

 顔をあげてみると、二人が向かい側から駐車場を横断してこちらに歩いてくるのが見えた。

 うわ…、と思い、ふたたびベンチに腰を下ろす。別に悪いことをしているわけでもないのに、心臓がドクンと跳ね、背中に冷や汗をかいた。

 何に対する防衛本能か、僕は紙袋から辞書を引っ張り出すと、顔を隠しながら読むふりをした。ダラダラと頬を汗が伝う。


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