その⑪
「私が無理言って、二人分用意してもらった。ヒイラギくんの分も」
「………」
僕は放り出された謝礼品を紙袋の中にそっと戻した。全部、小説を書くための道具だ。乱暴には扱えない。紙袋を右手に持ち、店に戻る。そして、事務処理をしていた店長に近づくとお礼を言った。
「ありがとうございます…、僕の分も用意してくださって」
「いえいえ! こちらこそ! 今日はありがとうございます」
金が絡んだ店長は、人間らしい喜び方を見せた。
「いやあ、本当、光栄ですよ! 小説家さんに来てくださるなんて! もう、サインを書いている姿なんて、神々しくて…!」
うっとりと、数時間前のイベントのことを回想する店長に、僕は聞いた。
「店長さん…、あいつの小説、読んだんですよね?」
「え…」
あいつ。という言葉に、店長さんは一瞬固まった。
「どうでした? どう…、思いましたか?」
本来ならば、僕が書くはずだった小説だった。
店長さんは「はい!」と朗らかな笑みを浮かべた。
「とても素敵な作品でしたよ。特にラストが…、もう、切ないのに幸せというか…、ハッピーエンドではない辺りがもう…、とても良かった!」
「……そうですか」
僕はこくっと頷いた。
「あいつの次回作に…、期待してください。次も、必ず満足させてみせますから」
そう言って店を後にしようとすると、店長さんが聞いてきた。
「失礼ですが…、ヒイラギさんでしたっけ? 林道先生とは、どんな関係ですか?」
「あ、ああ…、まあ」
僕は曖昧に答えた。
「ビジネスパートナーみたいなもんですよ」
「…はあ」
店長はピンとこない顔のまま頷いた。




